「第六章 「至高の後宮」編」
第278話「まずは後始末から」
混沌母神の触手の渦に取り込まれた俺とアーサマは、三時間後に解放された。
三時間も巻き込まれ続けた意味がまったくわからないのだが、巻き込んだままそのまま混沌母神がそのまま外に出てしまったため、俺達も一緒に脱出できた。
腹に穴が開いていた大魔神の巨体は、中から混沌母神が飛び出すと同時に、その場で瓦解して肉の塊となった。
この一連の大異変は、これで終わったのだ。
終わったのはいいが、その後の後始末が大変だった。
「どうしてくれるんですかこれ……」
俺のつぶやきに、混沌母神は小首をかしげると触手を振り上げて元気に答える。
「ツッチーさん久しぶり!」
今それかよ!
土属性まだ引きずってたのかよ。
触手だけに引きずる……いや、やめよう。
触手お姉さんと一緒で、本体である混沌母神の言うことをまともに取り合ってたら頭がおかしくなるかもしれない。
まず、俺とアーサマは全裸である。
混沌母神は俺達の服を剥ぎとって捨てたために、この巨大な肉の山のどっかに埋まってしまっている。
いや、服を心配をする前に、ニコラウスやニコラウスに飲み込まれた大魔王イフリールや、蘇ったフリードやダイソンもどうなったかも確認しておかないと。
しかし、こんな状況では身動きすら取れない。
「……ハッ!」
完全に気絶していたアーサマが蘇る。
「まだ、アーサマですよね?」
身体は八歳の幼女教皇であられるアナスタシア二世なので、まだ中にアーサマがいるかどうかはわからない。
「大丈夫だ、まだ我だ。というか……アナスタシアは、絶対に出たくないと交代を拒絶している」
「そうですか。まあ八歳の精神であれは、ぶっ壊れますからね」
アナスタシアは、定番のロリババアかと思いきや、割りと普通の子供だったからなあ。
直接的な被害が及ばなかったなら良かったんだが。
「そうだ、タケルにアナスタシアから伝言がある」
「えっ、なんですか?」
「ロリコン、エッチ、ヘンタイ……だそうだ」
「いや、それ俺、悪くないじゃないですか!」
どうしようもない不可抗力だよ! 俺だって巻き込まれてただけだし!
「すでに大魔神の巨体は力を失い、ただの肉の山になっている。混沌より蘇った大魔王達は、再び混沌の奥深くへと飲み込まれて消えてしまったので、もはや心配はないだろう」
俺の抗議を無視して、そんなことを言うアーサマ。
いや、解説はありがたいけどそっちをスルーしないで、俺の無実をアナスタシア聖下に伝えておいてくださいよ。
アーサマは、そこらの肉片を拾って手をこねはじめた。
すると、こねていた手からスルッとクマさんパンツを創りだした。
アーサマはさっさとパンツを穿くと、今度はローブを作って着ている。
あっという間に元通り。
「材料はいくらでもあるから、ソナタの服もすぐ作ってやろう」
「おお、すごい! 手品みたいですね」
「いや、ソナタは今さら何を言っているのだ。我は、創聖女神であるぞ?」
「そうでした」
今回のアーサマは、何の女神っぽい活躍もしてなかったので、もう完全に八歳の幼女にしか思えなかったよ。
これでも中身は、八千歳の創聖女神である。
この辺りには、大魔神に触手に裸にひんむかれた女騎士とかいっぱいいるのだが。
それらすべてにアーサマが、服を授けてくださる。
ほんとすごい、まるで女神様みたいだ。
「タケル、残念っぽい感じに我をとらえるのはやめよ。我は手品師ではない!」
「あ、わかっちゃいましたか」
リアル女神様ですもんね。
心の声とか、全部聞こえちゃうわけだ。
じゃあ、混沌母神もなんとかしてくれませんかね。
とりあえずいるのは悪くないんですが、こう上半身は人間の女性なのでヴィジュアル的に問題があるかと……服を着せてあげるとか。
「またあれに近づけというのか。もうこの際だから言うが、我は二度とゴメンだ!」
「ですよね」
とりあえず、近づくのは嫌だということで。
魔族がよく付けている水着っぽい胸当てをアーサマに作ってもらって、混沌母神の近くにお供えしてみることにした。
おっ、触手で拾い上げた。
「頭に被ったな……」
「俺、実はやると思ってました」
触手お姉さんが、初手でこっちの思い通りに動いてくれた
「まあこっちは放っておいて、我はできる限りの救済を行おう。今回の災厄は我にも責任があるので特別だ。たまには女神っぽい活躍を見せてやろうぞ」
イタズラぽく微笑んだアーサマが白銀の翼を羽ばたかせて飛んでいくと、海に投げ出された人達を救い始めた。
なんとも神々しい光景。
「さてと、こっちの神様はどうだろうなあ」
混沌母神は、こんどは胸当てを左右に引っ張って、背中をこすっている。
惜しい、もう少しだ。
後少しで、下着の使用法を理解するのではないだろうか。
「ツッチーさん見て見て、私も女神っぽいことをするよ!」
言うが早いか、そこらの肉片を拾っていきなり俺の口に放り込んできた。
「んぐぐぐ!」
またこれか!
強引に口に押し込まれて、思わず飲み込んでしまう。
「愛情たっぷり」
「んぐっ、うるさいわ! って、この味……」
思わず飲み込んでしまった肉片は、何故か生焼けのハンバーグの味であった。
※※※
「このような美味しいお肉をお授けいただくとは、『母なる混沌』様の慈愛はありがたいことじゃなタケル!」
オラクルは、ドヤ顔をしている混沌母神を拝んで、ハンバーグ肉をバクバク食べている。
海に投げ出された兵士達の救難はアーサマがやってくれているし、その間に俺達は大バーベキュー大会である。
腹が減っては戦ができぬというが、戦のあとにだって食事は一番の大切なことだ。
「まあ、ありがたいよね」
俺も実は、お腹が空いて仕方がなかったのだ。
激戦に次ぐ激戦でご飯食べてるような暇がなかったからな。
この大量の肉の山、オラクルとカアラが食べられるものだと保証してくれたので、美味しくいただくことにした。
俺が連れてきた魔族の魔術師団や、俺の配下の兵士達はモンスターを食べ慣れているので、大魔神が材料でも美味しく食べてくれる。
オラクルによれば、魔族の崇める混沌母神は恐ろしい破壊とともに豊穣を約束してくれる存在だそうだ。
古代エジプトのナイル川の氾濫のようなものだと思えばいいのかもしれない。
洪水は時に被害も与えるが、肥沃な土壌や水の潤いを与えてくれる。
そのやり方があまりにも突拍子もないだけで、混沌母神は恵みをもたらす存在でもあるのかもしれない。
「私は、こんなもの絶対食べませんからね!」
そう怒鳴って端っこで乾パンを齧っているのは、カスティリア王国宮廷魔術師のレブナントだった。
こいつらみたいに、食べない奴もいる。
「レブナント、食べれば美味しいもんだぞ。ほら良い匂いしてるんだから食えるとわかるだろ。アーサマだって食べていいって言ってたんだから」
ちょっと拡大解釈だが、アーサマもモンスター食は褒めてたしな。
なにせ全長百メートルの質量である。うちには大食漢もいっぱいいるが、とても追いつかない。
バーベキューだと思えば楽しい食事なのだが、とにかく食べても食べてもなくならない。
この肉の山、みんなで食べないと片付かないんだけどなあ。
「あー、おぞましい。何と言われようと、私はそんなウネウネした肉は食べませんよ。あなたがただけで片付けてください!」
「強情だなあ、じゃあこの食糧資源はうちの国がもらっていいんだな?」
一応、カスティリア王国に落ちたものなので、所有権を譲ってやってもいいと思ってたんだけど。
「もちろんですよ。撤去するにもどうしようかと思っていたところです。シレジエ王国が全部持って帰ってください!」
そこに、シェリーがやってくる。
「お兄様、これをごらんください」
「小麦がどうしたんだ?」
シェリーは、さらさらとした小麦の粒を手のひらに乗せている。
「触手部分はハンバーグでしたが、胴体部分を切り開いてみると上物の小麦がたくさん出てきたんです」
「それはよかった。全部肉だと飽きるしなあ」
「小麦は長期保存が利きますから、まさに宝の山です。これで兵站問題は解決ですし、今回の損害の分の補償には十分釣り合う戦果ですよ!」
「おい、レブナント。聞いたとおりだが、本当に分け前はいらないのか?」
「い、いらないです」
今ちょっと迷ったな?
食べてみれば美味しいのに、頑固だから儲けのチャンスを逃すのだ。
「おいおいと、レブナント達も気がついてくれるといいがな。さて、だいぶ食ったし俺も料理を手伝いにいくか」
「お兄様、私もお手伝いします!」
俺とシェリーは、バーベキューで肉を焼いているみんなの下へと歩いて行った。
大魔神の襲来、そして世界の危機は世界各国の陸海軍を
全世界の兵士や魔術師がともに一つの敵と戦い、そこには魔族も協力していたことがしっかり歴史として残ったのだ。
長い年月で染み付いた偏見や対立の傷跡は、なかなかなくならないものかもしれない。
だが、人族の信仰する女神アーサマと、魔族の奉じる混沌母神との融和はここに成った。
そして、街が崩壊してしまっているためにほとんど野宿という状態ではあったが、みんなが打ち解けてともに焚き火を囲んで話し合ったこの日。
連盟各国の軍上層部の合意により国際連盟軍が創設された。
特に損耗の激しかった海軍の穴埋めのためという実利的な要素が大きいが。
国境を超えて海の治安を守る国連軍の艦隊ができたことは、世界の平和と協調に向けて新たなる一歩を踏み出せたと言えるだろう。
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