第276話「触手お姉さんの中」
「いつきても慣れないな……」
アーサマとともに、腹に空いた穴から大魔神の内部に入った。
灰色の壁が続く中はまるで迷宮のような構造になっている。
「やはり、ここは混沌の力が強い。我の力も制限されてしまうようだ」
ここでは、アーサマも飛べないらしい。
無駄にホモ大司教を特攻させたんじゃないかと密かに疑っていたが、やはり腹に大穴を開けるのは内部に侵入するのに必要な過程だったようだ。
「ニコラウス、お前の犠牲は無駄にはしないぞ……」
そうつぶやきながら、まるで螺旋階段のようになっている道を俺とアーサマはゆっくり登っていく。
「ソナタが
「はい……」
アーサマは道すがら、昔話をしてくれるらしい。
「我もまた、ソナタと同じ世界から来たのだ」
「アーサマもそうだったんですか!」
「ふむ、気がついていたのではなかったのか?」
「そんな気もしてましたけど」
アーサマも、元は普通の人間だったってことなのかな。
それとも地球の神様的な存在だったのだろうか。
「……思い出すよ。あの当時の世界は、ちょうどこんなウネウネしたものでいっぱいのおぞましいところであった」
「あー、ウネウネしてますね」
通路全体がブヨブヨしてて血色の悪いタコとかイカみたいな感じである。
ほんとウネウネとしか言いようが無い
「こんなのばかりだと気が滅入るだろう。だから我は、新しい人の世界を創り出すことにしたのだ」
「塩でぬめりを取って、煮たり焼いたりしたら美味しいかもしれませんけどね」
俺がそう言うと、アーサマ……正確にはアーサマが降臨している八歳の幼女であるアナスタシア二世猊下が滅茶苦茶嫌そうな顔で眉根を顰めた。
どうやら、タコやイカはお嫌いらしい。
「これを食べるとか、ソナタは恐ろしい事を言うなあ……」
「すみません。食糧資源になるか考えるのが癖になってまして」
俺は民や兵を食わせる責任があるので、なんでも食える物なら食糧にしたいのだ。
倒した触手も、干物にでもして長期保存できないかと考えてたところだ。
食えなきゃ畑の肥料にするって手もある。
捨てればゴミ、使えれば資源である。
「いや、今はそんなソナタが頼もしい。むしろ食ってやるぐらいの気持ちでいればよかったのだ。それなのに恐れを抱いていた我の影響で、長らく混沌の生み出したモンスターの死体はおぞましきものとして捨てられてきた。しかし、その実は食べられる物が多いということを示してくれたのもソナタであった」
「食い意地が張ってるだけかもしれませんけどね」
「いや、それもソナタが開いた新しい可能性だ。混沌が生み出した魔獣やモンスターも、我の生み出した動植物と同じく有益なものがある。魔族も人族と同じようにそれぞれが個性を持ち、邪悪な者ばかりではなく善き者もいるのだ。我はきっと、混沌母神を見誤っていたのだろうな。だから、我は……」
「アーサマ。灯りが見えますよ」
登っていった先に、明るい光が見えた。
スパイラルの回廊を登った先は、開けた部屋になっていた。
そして、そこには――
「フハハハハッ、待っていたぞシレジエの勇者!」
「……フリードに、ダイソンだと。なんでお前らがここにいる?」
死んだはずのフリードとダイソンがいた!
かつてのゲルマニア帝国との戦いで俺に敗れ去った金獅子皇フリード。
フリード亡きあと、ゲルマニアの皇帝を僭称して俺と死闘を繰り広げた拳奴皇ダイソン。
大魔王イフリールが待ってると思ったら、なんで死んだはずのこいつらが今さら出てきてるんだよ。
「まったく久しいではないか、シレジエの勇者よ。またこうして戦場でまみえるとは、大魔王イフリールに感謝すべきかもしれん」
混沌の力で復活した金獅子皇フリードは、饒舌にしゃべり続ける。
その隣で拳奴皇ダイソンは黙りこくっていた。
「お前達が、なぜここに?」
「わからぬか。余らもまた死して、混沌母神に取り込まれた存在だからだ。今は、混沌母神を蘇らせた大魔王によって復活させられた存在であると言っておこう」
「フリード! 元勇者が、大魔王の使いっ走りとか情けなくないのか」
「フハハハハッ、なんとでも罵るが良い。復活を遂げた余は、さらにパワーアップしたのだぞ。見るが良い!」
フリードは、これみよがしに二対の黒剣を構えた。
「お前、それは……なんだっけ?」
なんか、だいぶ前にオラクルが出してた奴。
「フハハハハッ、これこそが伝説の
「マジかよ……」
これって、死んだはずのボスが、さらにパワーアップして出てくるあれか。
フリードは勇者としての力は失っているようだが、それはアーサマがこうして敵としているのだから当然だろう。
「大魔王の言いなりというのは面白くないが、この力は良いぞ。いっそのことこの力で新たに余が世界を征服するのも悪くはないな」
「そんなこと許すわけないだろ!」
ここでは、混沌の力が増しているのもあるのだろう。
パワーアップというのも満更嘘ではない。フリードから感じる剣気は、尋常ではない量だった。
だが俺にだって『中立の剣』がある。
ここは俺が喰い止めてアーサマを先に行かせる場面か。
しかし、パワーに振り回されているのか自分の力を早々に見せたフリードのバカはともかく、ダイソンのほうは不気味だ。
さっきから黙っている分だけ、ダイソンのほうが手強く感じる。
俺だってフリードやダイソンと戦っていた頃よりは、だいぶ強くなったが。
フリードとダイソンの二人を相手に、俺一人で立ち向かうのはかなりの覚悟を有する。
それでも、ここはやるしかないだろう!
「アーサマは先に行ってください。ここは俺が――」
俺がそう言いかけた瞬間の出来事だった。
「ゲボッ!」
フリードが横っ面を張り倒されて吹き飛ばされていく。
そのままスローモーションで、綺麗に弧を描いて吹き飛んでいって、ズボッと壁にめり込んだ。
信じがたい光景。
何を思ったのか、ダイソンが思いっきりフリードの顔を横殴りしたのだ。
「あれ、ダイソン……?」
仲間割れなのか?
これって一体どういうことだ。
不意打ちされて倒れたフリードのマウントを取って、丸太のように太い拳でボッコボコにする。
おおい、なんだこれ。
「バカな、せっかくのチャンスになぜこんな真似を、ゴボッ!」
フリードに黒剣を突き刺されてもなお、ダイソンはフリードを殴る手を止めない。
「何をしてる、勇者。早く上に行って終わらせてこい!」
「やめぇぐあぁ!」
「ダイソン、なんで俺達の味方してくれるんだ?」
「勘違いするなよ。余は誰の味方でもない。だが、あそこでは我がラストアの民も戦っているのだろう」
「ぐぁああああ、バカな! いまさら民などゴハッ!」
血反吐を吐きながら罵倒しようとしたフリードの顎を、ダイソンは更に強く殴りつけて粉々に砕いた。
「黙れ! この情けない男のように何かに操られて生きるならば、余は死んだままのほうがマシなのだ。わかったら、さっさと行ってこの茶番を終わらせてこい、シレジエの勇者!」
黒剣に斬り刻まれ血まみれになりながらなおもダイソンは、不屈の闘志で暴れるフリードを押さえつけて殴り続ける。
そうか……。
「アーサマ。ここはダイソンに任せて行きましょう」
「ああ……」
アーサマもあまりのことに唖然としているが、ダイソンと戦ったことのある俺には伝わった。
ダイソンは、死してもなお誇り高き拳闘士なのだ。
前にダイソンの死体がレブナントに利用されたことすらあったからな。
あんなのはもうゴメンだということなのだろう。
死闘を繰り広げるフリードとダイソンを尻目にさらに螺旋階段を上にあがると、また大広間に出た。
そこはまるで、王城の謁見の間のようになっている。
そこには大魔王イフリールが立っていた。
その後ろの肉の玉座に座っているのは、普通サイズの触手お姉さんであった。
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