第275話「一撃そして……」
そして、ニコラウス大司教が命をかけた渾身の一撃は、触手お姉さんの腹を突き破った。
「やった!」
これは、ニコラウスでかした!
さすが能力だけはトップレベルの大聖者であった!
ついに全長百メートルの巨体に致命的な打撃を与えたのだ。
本当にやれると思ってなかった。
ドスンと、前のめりに倒れ伏す大魔神。
それだけで辺りに大量の砂嵐が発生する。
それすらこちらに被害を与えるほど凄まじいが、これでさすがに終わりだろう。
そりゃそうだ、腹を破られればどんな生き物だって……。
「えっ……」
また大魔神はヌルっと立ち上がった。
何事もなかったかのように!
「どういうことだよ!」
どうもこうもない。
腹を突き破られてすら、大魔神は死んでないのだ。
乾坤一擲の第一射。
そして、ニコラウス大司教が命をかけた第二射ともに、大魔神を倒すに至らなかった。
こんなのどうしろっていうんだよ。
「勇者タケルよ……」
そう俺に厳かに声をかけたのは、頭に花冠を載せた白銀の髪の幼女。
女教皇アナスタシア二世だが、白銀の翼を生やしているところを見ると……。
「アーサマか?」
「いかにも……済まなかった勇者タケルよ。やはり、最初から我が出るべきだったのだ」
「アーサマ、でもダメだよ。人間大砲になるなんて!」
ニコラウスならともかく。
八歳のいたいけな幼女を犠牲にするなんて許されるわけがない。
「待て勘違いするな」
「へ?」
「誰が人間大砲になると言った」
「あれ、違うの?」
「大魔神のところには行くが、大砲で撃ち出される必要はない。混沌母神の狙いは我である。だから、我が直接あの開いた穴から大魔神の中に行こうというのだ」
「いやでも、敵の狙いはアーサマなんですよ」
大魔神と同化した大魔王イフリールは、その力によってアーサマを潰そうとしているのだ。
わざわざ相手のところに行っては、罠にハマるようなものではないか。
「いや、違うのだ。そもそもの話だが、そなたらが『古き者』と呼ぶ触手状生物は、我の破壊のために作られたものではないのだ」
「じゃあ一体何のために?」
混沌母神に明確な意図のようなものはないと考えられてきた。
だから触手お姉さんの存在にも意味はないと思ってきたのだが、何か目的があった存在だったのか?
「あの触手を伸ばした形状を見ればわかるだろう。あれが創られた目的は、我との接触のためだ」
「……それは、コミュニケーションのためのインターフェイスみたいなものってことでしょうか?」
「コミュニケーションか、まさしくそうかもしれぬ。我が人族を創聖したのは八千年前のことだ。この世界そのものである混沌母神に、意思があるかは定かではないが、それと同時に創られた『古き者』の目的は、我が創聖した人族世界に触れるためにあったのではないかと考えている」
「なるほど、ありえますね」
「我はあの触手状生物が怖かったのだ。だから我はこの八千年もの間、徹底して『古き者』らの干渉を拒んできた」
「気持ちはわかります」
女神アーサマといえど、混沌母神には敵わない。
自分よりも更に力の大きく、しかも何を考えているかまったくわからない混沌生物のインターフェイスに触れられるなど、恐怖以外の何物でもないだろう。
「しかし、人族世界が脅かされているのを捨て置くわけにもいかない。ここに至って、我も踏ん切りがついた。ソナタのいうコミュニケーションを試みることにする」
「アーサマ……」
混沌を恐れる気持ちはわかるし、その恐れを殺して触手お姉さんのところに行こうとする。
それは、勇敢な覚悟であると思う。
アーサマも大変だ。
「それで、ソナタにも付いてきて欲しいのだ」
「ええっ、俺も行くんですか。危ないと思うんですけど」
それは結構……かなり嫌なんだけど。
なんで俺も付いてかなきゃならないんだ。
「確かに危険だな。そのまま入れば、混沌に取り込まれる危険もある」
「ですよね!」
「だが、勇者佐渡タケルよ。ソナタはあの『古き者』に触れて唯一無事だった者だ。それどころかコミュニケーションに成功して混沌母神の力まで授けられている」
「だから、付いて来いと?」
いや、いくらアーサマのご指名でも……。
俺はガシッと肩を掴まれてしまう。
「我は、ソナタのおかげで混沌母神に立ち向かう決心が付いたのだ。勇者とはよく言ったものだ、女神にも勇気を与える者よ!」
「そんなに褒め方されましても……」
アーサマ、それ上手く言ったつもりなのか。
「これも運命だ、諦めよ。さて聖女達よ。我と共に行く勇者タケルに
「
また嫌な予感がするぞ。
「聖女の祝福のキスを……あっ、ステリアーナはダメだ」
「なんでですか!」
また祝福のキス展開だと、すでに俺の傍らで静かにスタンバイしていたリアが抗議する。
ここぞという見せ場を奪われてしまったのだから、怒るのもわからなくはないが、女神への敬意はどうした。
「リア、お前はもう非処女……であることは実は何の問題ないのだが、子供を産んでるからな。そうなると、祝福を与える神聖力は子供に受け継がれてしまうのだ」
「それは、是非もなく始めて聞きましたよ。それが、結婚するとシスターでなくなる理由だったんですね」
ここで明かされる衝撃の真実。
どうでも良いんだが、非処女って……なんでアーサマはいちいち言うことが下世話なんだろ。
リアに乗り移っているならまだしも、八歳の幼女の姿で言われるとちょっと微妙だぞ。
「というわけで、この中ならば……」
「はい。私にやらせてくださいませ!」
手を上げたのはシレジエ司教のシスターローザだった。
リアはもういいけど、うちの教区の司教であるシスターローザにキスされるのはちょっと抵抗があるな。
この場の勢いでやればいいんだけど、後々のことを考えるとどんな顔して会えばいいんだよとか考えてしまう。
「ローザならば問題無いだろう」
「さもありなんですのよ!」
ローザ司教ノリノリだな。
前から、勇者付きシスターやりたいって言ってたもんな。
「アーサマ、本当にキスしなきゃならないんですか?」
なんで毎回キスなんだよと思う。
聖水をかけるとか、他に方法はいくらでもあるんじゃないか。
「なんだタケル。この期に及んで躊躇している時間はないぞ。それが一番手っ取り早いのだ」
俺の方は少し問題なんだが、文句言ってられる暇もないか。
新しい触手が襲ってきてもおかしくはない。
「ちょっと待ってください。ローザより私のほうが相応しいです!」
セピア色の髪のシスターが進み出る。
白銀の衣に身をまとったランクト大司教のシスターマレーアだ。
エレオノラとの結婚のときにお世話になったな。
「なんですか、マレーア大司教」
「ローザの魂胆はわかっています。これを皮切りに、ステリアーナが引いたために空いた勇者付きシスターの地位に登るつもりなのでしょう」
「大司教ともあろうお方が、なんという邪推でしょう。さもなしに、私は純粋に世界の危機を救うためにですね」
「じゃあ、より高位で力の強い大司教の私にお譲りなさい!」
「うっ……嫌です」
「ほら、やはり私利でしょう! アーサマも、大司教である私のほうが相応しいって言ってください!」
「タケル様は、うちの教区の勇者なんです。さもなしに、私のものですのよ!」
「いいえ、違いますね。タケル様はランクトの勇者でもあります!」
なんか、取っ組み合いになってるんだけど。
いいのかアーサマ。
「あーもう、お前ら子供か! そんなことを争ってる時間はないと言っておるだろうが。もうどうでもいいから、二人ともしてしまえ!」
「二人ともって、ええ?」
争うように二人の聖女が迫ってきてブッチュとキスされた。
最初のローザ司教のキスは可愛らしいものだったのだが、次のマレーア司教のキスは熱烈なものであった。
「んんっ!」
「ちょっと、マレーア大司教! さも長すぎです。私ももう一度しますのよ!」
なんでローザは、二回目をやりだしたんだ。
「ちょっとまっ……んん!」
「あー、ローザ司教が二回したんなら私もです!」
「んんー!」
キスを連発されて苦しい息ができない。
こんな調子で、二人に何度もキスされて……ようやく解放された。
「勇者タケル。口紅を拭かぬか……」
「酷い目にあった」
女神アーサマが乗り移ったアナスタシアに渡されるナプキンで口元を拭いたら、紅がべっとり付いてた。
待てよ、なんで聖女が口紅つけてるんだよ。
「化粧してるシスターってどういうことだよ」
「こうなると見越して、準備しておきましたから。いってらっしゃいませ、私の勇者様!」
マレーアが満面の笑みでそう叫ぶ。
「ちょっとマレーア大司教ずるいですよ。祝福は私が最初に授けたのだから、タケルは私の勇者ですのよ!」
「あら、繋がりが強い方が勝ちです」
また取っ組み合いになってる。
これには、アーサマも呆れている。
「うちの教会幹部はどうなってるんだ……」
「アーサマが放任してたせいじゃないんですか」
「コホン。今は責任の追求をしてる場合でもない。タケル、もうこいつらは放っておいて行くぞ」
「仕方ありませんね」
俺の身体が、ふわりと浮く。
どうやら、アーサマの魔法らしい。
なんか、とんだことで時間食わされてしまったが。
ともかく俺とアーサマは大魔神の空いたお腹の中から突入した。
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