第273話「マインツの斜線陣」

 大陸砲コンチネンタルキャノンを守る防塞の丘の上で、老将マインツは指揮棒を握りしめながら戦況を見守っていた。

 そこに補佐をしているミルコが上がってくる。


「前衛の残存、中衛の義勇兵団も防塞内に撤退を完了しました。サラ代将も無事です!」

「よくやってくれました。砲撃は、引き続き魔獣のみに限定してください。あいつらを追い散らせば良いのです」


 後方の大触手と前方の魔獣の群れ。

 戦況を見たマインツは、一瞬でこの二つの流れがまったくバラバラに動いていると洞察していた。


 こちらが魔獣の頭を押さえるだけで、後ろか迫る大触手が魔獣を潰していってくれる。

 そこまでは、ミルコにもわかった。


「しかし、マインツ卿。その後方の大触手には為す術がありません」


 ミルコは、時間ギリギリまで必死に防塁を構築し続けてきた。

 それが大将であるサラちゃんを守ると信じたからだ。


 しかし、設計者であるからこそ大触手の勢いに防塞は防ぎきれず突き破られると見えてしまう。


「どうしましょう、このままでは……」

「そうですね。この流れでは防塁と言えども突破されてしまう。しかしよく見て下さい。大触手の流れはあくまで一方からだけです」


「一方ですか?」


 ただ一人丘の上から冷静に戦況を見つめるマインツの小さな眼には、他の者には見えないラインが見えている。


「ええどれほど強くても一方的です。ならば勢いを殺すことはできずとも、受け流すことはできる。もともと防塁はそのために作ったのでしょう。この角度ならば、大盾隊による斜線陣で補強します」

 

 マインツが指揮棒を振る。

 するとそれを合図に、近くにいた楽師ツィターがどでかい太鼓をドーンドーンと叩きはじめた。


「ツィター・シャイトホルト、斜線陣のテーマを演奏します!」


 あのお気楽楽師は何の役に立つのかと思ったら、マインツ麾下の兵士に連絡するための存在だったようだ。

 大砲の炸裂音が鳴り響く戦場でも、太鼓のリズムは不思議と響き渡り耳へ届く。


 そのリズムに合わせて、大盾を構えた兵士達が防塞の各所に陣取り美しい斜線陣を形成した。

 なんという統率の妙。


 若いミルコには、老将マインツの振る指揮棒が魔法の杖に見えた。


「おお、大触手が受け流されていきます!」


 街も、騎士隊も、魔獣をも踏みつぶしていった大触手の勢いが大盾隊の補強だけで受け流された。

 ところどころで盾隊が悲鳴を上げながら弾き飛ばされていくが、それでもツィターの打ち鳴らす激しい太鼓のリズムに励まされた守兵は、それぞれの持ち場を離れずに耐え切った。


 防塞をガリガリと削りながら流れていく大触手に陣形が持ちこたえられたのは。

 将軍であるマインツへの絶大な信頼があるからだろうとミルコは思った。


「大魔神を相手に剣術をするようなものですね。V字型に受けたら一溜りもありませんが、A字型に受け流せば一太刀はかわすことができる」

「お見事……お見事です!」


「ホッホッ、実のところを言えば私も上手くいってホッとしてるんですがね」

「マインツ卿でもですか」


 みんな、あまりの恐ろしさに震えている。

 そんな局面でも、将たるものは恐れを見せてはならない。


「ですがミルコくん、これもまた人間の力ですよ。人間は一人では無力ですが、集となり一つにまとまれば魔獣にも打ち勝ち、大魔神の力すら受け流すことができるのです」


 人の力は大魔神にも持ちこたえた。

 だが、守るだけではやがて突き破られてしまう。


 マインツは、後方にある大陸砲コンチネンタルキャノンを見つめる。

 すでに魔法力が集まり始めているのが目視された。


「あとは大陸砲コンチネンタルキャノンの発射までなんとか持ちこたえます」

「はい!」


 老将マインツ、十六の歳に戦に出てから乗り越えた戦場は百を超える。

 その生涯は多くの敗北に彩られている。


 絶望的な撤退戦を指揮し続けて幾星霜、殿軍を引き受けて何度城や陣を潰したかもわからない。

 そして、今また圧倒的な強敵と立ち向かっていた。


 だが、どうか女神よ。

 この最後の戦いだけには勝利の栄光をいただきたい。


 老将は指揮棒を握りしめながら、心静かに祈りを捧げた。


     ※※※


「マインツ卿は、陣を持たせてくれましたか」


 シェリーは、下の防塁を見ながら安堵した。

 大触手が到達した時点で、シェリーはすでに下の防塁を諦めていた。


 冷徹に計算して持ちこたえられないと見ていた。

 その展開を変えたのは、マインツの老練さであった。


 シェリーの役割は、大陸砲コンチネンタルキャノンが破壊される前に発射を終えることだ。

 防塞が持ちこたえてくれたおかげで、だいぶ余裕ができた。


「この距離ならばいけるぞ。シェリー嬢」


 砲手を務めるウェイクがニヒルに笑う。

 いつも飄々としているこの男は、緊張というものを知らない。


「ちょっとだけお待ちを、魔力は最終充填段階です。弾は一発しかありません。必ず決めてくださいね」

「外したら、女神様がどうにかなって人族が滅亡するだけなんだろ。クック、大したことはねえな」


 こんなことを嘯くウェイク。

 そのズルイほどの射撃能力は百発百中。


 外したら死ぬくらいの局面ならば、数え切れないほど乗り越えてきた。

 ウェイクは余裕だ。


「ちょっと! 他はどうでもいいですが、うちの国が潰れるのは困りますよぉぉおおお!」


 どうしようもないことを叫びながら、レブナントは最終段階の魔力充填を行なっている

 魔術ケーブルから集積された魔力全てが集まる砲台の根本で、レブナントは銀色の髪の毛を逆立たせて、手からバチバチと火花まで散らせて最後の充填を行う。


「さすが上級魔術師ですね。みるみる魔力量が増えていきます」

「私はカスティリア一の魔術師、こんなの当たり前ですよ! ああもう、みんな早くうちの国から早く出てってください!」


 最後の一息、レブナントは上級魔術師の誇りと意地にかけて全力で魔力充填を行った。

 その魔力は通常の魔術師の百人分に相当する。


 砲台の中から、青色の強烈な光が漏れ始めていた。


「やった最終充填完了です。ウェイクさん、いつでも行けます!」

「よし、耳塞いどけよ!」


 肩にまったく力の入ってないウェイクは、照準を合わせて静かに引き金を引いた。


「んっ?」


 一瞬反応がないことから不発かと思ったが違った。

 砲台から爆発的に光が広がって、辺りを一面の真っ白に染めた。


「うわぁぁ!」


 シェリー達は光の海に飲まれて何も見えなくなった。

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