第267話「力の結集」

 カスティリア王国の小さな港街リスポンは、活況に湧いていた。

 大魔神直撃地点だと知れ渡り、住民が一斉に逃げ出して一度は閑散としていたが、世界中の艦隊と聖者、魔術師が救援に訪れることとなって逃げ出した住民達も戻り、街はにわかに活気づいていた。


 なにせ、世界中から人と物資が集まってくるのだ。

 国の総力を上げて受け入れる宿舎が建てられるなか、命よりも金が大事な商人達が寄り集まり歓楽街を作り上げ、街は空前絶後の好景気を迎えていた。


「これは、シレジエ王国の陰謀ですよ!」

「まだ言ってるのか、レブナント」


 サラちゃんと現地視察に来た俺を見るやいなや、そんな叫びを上げたのはカスティリア王国の上級魔術師であり。

 現在では外務卿として、崩れかけた国を必死に支えようとしているレブナント・アリマーだ。


 銀髪の沈着冷静な策士だったお前はどこへ行ったんだよという感じで、悲鳴を上げ続けている。

 レブナントは国際会議のときからずっとこの調子である。


 戦争やってるだけでいい将軍と、内政面の閣僚では苦労の度合いが違うのだろう。

 そりゃキャラも変わるか。


「まったく……敗戦に引き続いて、あの裏切り者のアラゴン王国にも分離独立されたし、今度は大魔神でもう滅茶苦茶ですよ」

「そこも今は争うなよ」


 大陸全体が危機にひんしている。

 国同士で戦争をやっている余裕は、もはやどこにもないのだ。


「わかってますよ。大魔神に踏み荒らされるのはうちの国なんですからね! 貴方も勇者なら、大魔神の侵攻ルートを逸らすぐらいしてくれてもいいじゃないですか!」

「無茶を言うなよ」


 勇者をなんだと思ってるんだ。


「絶対、うちを潰すつもりで……」

「だから、そうでない証拠に今こうして世界から戦力を集めて、上陸前に大魔神を倒す手立てをしてるところだろう」


「うう……」


 レブナントは、憤懣やるかたないといった様子だ。

 まあしょうがない。


 国どころか世界を滅ぼす強大な魔神が、自分の首都の目前まで迫っていればそりゃ顔面も七色に変色する。


「レブナント、ほらリスポンの街の賑わいを見てみろよ。世界中からガンガン物資を送ってるし、景気よくなってるじゃないか」

「こんなの全然足りないんですよ。うちはなけなしの艦隊全部防衛に出してるんですよ!」


「うちだって、その三倍の艦隊を輸送や沿岸警備に当てている。どこの国も金は惜しんでないんだよ」

「うう……」


 万が一にも、固定された大陸砲から大魔神の進行ルートが逸れるなんてことがあってはならないので常に監視を出しているのだが。

 威力偵察を行うことすら、大魔神を取り巻く魔獣を倒しながら行わないといけないので大変なのだ。


「ほら、レブナント。『大陸砲コンチネントキャノン』の陸揚げが始まるぞ」

「確かにこれは、完成すれば頼もしい限りですが……」


 全長二十メートルにも及ぶ鋼鉄の塊を簡単に陸路で運べるわけもない。

 幾つかのブロックに分けるのだが、まず工廠から海まで運ぶのが大変だった。


 石炭からコークスを作る際の副産物であるタールで舗装道路を作ることから始めて、巨大な荷車をドラゴンに引かせてナントの港まで運び。

 そこからは海路を船で行って、続々とリスポンの港に引き上げる。


 港についてから、砲身を組み立てて最後の強化コーティング作業を行うのだ。

 なにせ時間の猶予は半年しかない。


 砲身、輸送、台座建設。三つの工程が、同時進行で進んでいる。

 惜しげも無く知識と金を結集して作られる過程で培われた科学技術は、今後の世界の発展の役にも立つだろう。


 港での砲台建設の背後では、砲弾に使う特殊砲弾の製造が集まった神官などによって行われている。


「サラちゃん、俺ちょっと向こうに行ってくるな」

「砲身設営の指図は私がやってるから、任せといてー」


 頼もしい。

 さて、向こうにはあーいたいた。


「これは、タケル殿もこちらに来ましたか」

「先生お久しぶりです」


 特殊砲弾の方の準備はライル先生が取り仕切っている。

 巨大砲台を作ったところで、それをもって大魔神に何を砲弾としてぶつけるのかも議論百出だった。


 大魔神には、神聖魔法が効く。

 アーサマを降臨させた聖職者を人間砲台よろしくそのままぶつけようなんて計画まであったのだが、無難に砲弾には世界最大級の魔法石に国中の神聖魔法を込めたものを使うこととなった。


「これは、シレジエの勇者様お久しぶりです」

「ローザ司教、お久しぶりです」


 俺に頭を下げたのは王都シレジエを担当しているローザ司教だ。

 世界中からアーサマ教会関係者が集まって砲弾に使う超巨大魔法石に神聖魔法を交代でかけまくっている。


「僕もいますよ」

「ニコラウス大司教か、まあよろしく頼む」


「今回は、新教派ホモテスタントも一肌脱ぎます」

「どうでもいいが、脱ぐな!」


 大司教衣を脱ぎだして半裸になろうとするのを慌てて止める。

 物理的に一肌脱いでどうする。誰もお前のサービスカットは期待してないぞ。


「こうしたほうが神聖魔法力が高まるのですが……」

「嘘つけ」


「まあ、お任せ下さいシレジエの勇者。この世界の危機に滾らぬものは聖者ではありません!」


 そう言って銀縁メガネを光らせるホモ大司教も、今回はたくさんの美男子神官を連れて参陣していた。

 先の戦いでちゃっかりとダイソン派から寝返り、コンラッド陛下を助けたニコラウスは新教派ホモテスタントの信仰を許されて、ノルトマルク大司教にそのまま留任している。


 また質の悪いことに、ニコラウスの新教派ホモテスタントは今回も役に立ってしまっているのだ。

 ニコラウスは、男性信者をやたらめったら神官に格上げしていたために、質はともかく神官の数が多い。


 こう見るとアーサマ教会は女性優位で、くすぶっている男性信徒ブラザーが多いというニコラウスの主張もまんざら嘘ではなかったようだ。

 これだけの数の神官を連れてきてくれるのは戦力にはなる。


「まったく、教皇聖下の御前であるというのに、新教派ホモテスタントは是非もなく貧相下劣ですね……」

「おやこれは、せっかくの美しき男同士の語らいに邪悪な聖女がやってきましたよ」


 リアが付き添って連れてきたのは、ラヴェンナの女教皇アナスタシア二世聖下である。

 頭に花冠を載せた、白銀の髪のただの幼女である。


「おい、勇者。久しいな」

「これは聖下。少し身長が御伸びになりましたか?」


 これがまだロリババアならわかるのだが、普通に幼女なのだ。

 八歳ぐらいだっけ、そりゃ一年近くも会わなければ童女程度には成長する。


「勇者、成長するのが残念とはどういうことだ?」

「おっと、聖下は人の心を読むんでしたね。幼女でキャラ立ちしてるのに大きくなったら残念かなと」


 ただの幼女ではなく、心が透き通っている霊媒体質の幼女なのだ。

 人の心ぐらい平気で読んでしまう。


 巫女のようなもので、意識の半分をアーサマと意識を共有している状態だそうだ。

 今はアーサマは降臨していないようだが、これも一種の天才児と言えるのだろうか。


「リア、キャラ立ちとはなんだ?」

「是非もなくお答えしますが、個性を際立たせる要素のことです」


 そこは真面目に教えるのか。

 そう聞いて、アナスタシア二世聖下は首をひねっている。


「キャラが立たないことによって我はアーサマを降臨させるのであるから、立たないほうがいいように思えるがな」

「心配せずとも、聖下のキャラは是非もなく立っておられます」


 俺がそう思ってしまったのが悪いけども、何の話だ。

 今はアーサマ教会も危機的な状況だろうに、のんびりしたものである。


「のんびりしたものではないぞ、勇者。アーサマはだいぶ焦っておられるようだ」

「聖下がそういうならばそうなのでしょうね」


 そうか、アーサマも危機感は感じているのだな。


「しかし、こんなときこそ信徒が動揺せぬように、教皇である我が心を落ち着かせておかなければな」

「さすが聖下です。是非もなくそのとおりかと」


 アーサマがどう考えてるのかは聞きたいのだがな。


「勇者、アーサマはどうもまだ迷っているようだ。こうして、その方らが対処してくれるのには感謝しているから、このままで構わぬと思うが……」


 ただ思うだけで話が通じるから、幼女教皇は楽でいいよね。

 まあ、子供に読ませちゃいけない思考もあるから、これが思春期になるといろいろと大変じゃないかと心配になってくるのだ。


「勇者、気にせずとも、ピンク妄想はこいつらで慣れておるから大丈夫だ」


 そう言って、隣の淫乱聖女を指さす聖下。

 そうだよな。リアやニコラウスの心を読んで耐えられるなら、心の鍛え方が違うということか。ならば安心。


「勇者も、我の発育のことに関心を寄せている場合ではないだろう」

「それはそうでした。アーサマが、焦ってるのはちょっと不安になりますね」


 それは内緒だぞと、指をたててぷっくらとした唇に当てた。

 幼女教皇は可愛らしいな。


「お世辞などいらぬぞ勇者」

「いや、脳内でお世辞とかないですから」


「まあ、我々信徒はアーサマのためにできる限りのことをするまでだ。どれ、我も神聖魔法の冴えを見せることとしようか」

「わたくしも、是非もなくお伴いたします」


 こっちは問題ないようだな。

 ライル先生が、またこっちにきた。


「タケル殿。錬金術師達が、王皇金をお見せしたいと言っております」

「できたんですか!」


 大魔神にぶつける特殊砲弾に使うコーティング。

 こちらも、生半可なものでは大魔神の装甲を撃ち抜けない。


 王皇金とは、ミスリルとオリハルコンを融合させて作る錬金術界では伝説の合金だ。

 なにせ、そのどちらもが伝説級の希少金属なので、錬金法を探ることすらできないでいた超合金。


 併設されている錬金術工房で、研究を進めていたがついにその試作品が完成するところであった。

 金属を溶かすためのるつぼの中に溜まっている青く発光する銀色の金属。


 ちょうど半々ずつ混ぜあわせた状態のようだ。

 いや、若干ミスリルのほうが多いぐらいか。調合はこれでいいんだろうか。


「これが、王皇金ですか?」

「まだ試作品で、これから耐久性テストをやるところです。相手は混沌生物ですから、カアラやオラクルさん達にも手伝って貰う予定です」


 世界より知識を持った錬金術師と素材を集めて、ようやく王皇金が砲弾一発分ができるかと言ったところ。

 魔法石だけでも一財産だが、この特殊合金の価値も計り知れない。


 どうせ世界の危機だから、どれだけでも贅沢に使い潰してもいい。

 もったいないを通り越して、小気味いい気さえする。


「砲身の内側はとりあえず黒杉で補強するつもりですが、王皇金を砲身のコーティングの方にも使えると思うんですけどね」

「それも検討しましょう。大量のダイナマイトの爆発力に合わせて、魔術師の魔法力を結集して撃ち出すことになりますから、そちらも鋼鉄では強度が足りませんからね」


 そんなことを先生と相談していると、錬金術工房にレブナントがやってきた。

 強大な魔法力を持つレブナントも、どうやら素材作りに協力しているらしい。


 ライル先生が敵の上級魔術師と組んで仕事することになるとはシュールである。

 今はそういう状況なんだな。


 レブナントも口ではぴーぴー言ってるが、やることはやってくれている。

 自分のケツに火がついてる状態なのだから、当たり前だが。


「そういえばレブナント気になってたんだが、王都からフィルディナント国王陛下はもう退去させたのか?」


 万が一にも大魔神に防衛ラインを突破されたら、王都カスティリア直撃である。

 念のための用心は必要だろう。


「フィルディナント陛下はカスティリアの王宮から退去なさりませんでした……」

「なんでまた」


 大魔神が来ても逃げないとか、あの書斎王ひきこもりも腰が座ってるな。

 敵ながら立派な人物であるとは思う。


「陛下は、カスティリアを下したシレジエの勇者の実力を信じておられます。王都で大魔神討伐の報告を待つとのことでした。ですから私だって力の出し惜しみはしませんよ。ここで止められなければ、カスティリア王国は滅びます」

「そうか。必ずや討伐すると、お伝えしてくれ」


 そこまで期待されたら、答えるしかない。

 俺もやるべきことはやって、来るべき最終決戦に望むことにしよう。

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