第266話「ジョセフィーヌ始末」
イエ山脈南部にサラちゃんが極秘裏に建造した大軍事工廠では、対大魔神決戦兵器『
全長百メートルの巨体を打ち砕く武器でなければならないのだ。
自ずと、その規模も莫大なものとなった。
口径は四十四センチ、砲身長はなんと二十メートルにも及ぶ。
よくこれだけの鋼鉄があったなと思うのだが、これから銃身の内側のミスリルコーティングをかけるという。
強度を上げるためとはいえ、これは相当な費用がかかっている。
「戦艦大和の砲台みたいだな」
「なにそれ?」
この世界の人間に言ってもわからないか。
俺も大和の砲台など見たことはないのだが、比べるものがそれぐらいしか思いつかなかった。
「それぐらいデカイ砲台だなって……」
「ふふっ、こんなことで驚いてちゃダメよ。今度は、この砲身を支える土台を作らなきゃならないんだからー。今現地にドワーフの技術スタッフと一緒にナタルさんに行ってもらってるけど。砲身が完成したら、私も向かうわ。あー忙しい」
ちなみにすでに海を渡りつつある大魔神の上陸予定地は、カスティリア王国だった。
大魔神は教皇国のラヴェンナを目指しているのだから当然なのだが、どうも測定しているとカスティリアの首都を掠めるようなコースであることがわかり、現地では蜂の巣をつついたような騒ぎになっている。
敗戦でボロボロになったあげく大魔神の襲来で首都が危機に見舞われるとあって、カスティリア王国も協力しないわけにはいかなくなったのだが。
またユーラ大陸連盟会議でレブナントが一人で泣き喚いているのが、もういっそ哀れであった。
「いいものを作ってくれたな。引き続きよろしく頼むぞ、サラちゃん」
「任せといて、最高の砲台を仕上げてみせるわー!」
「頼もしいことだ」
「私が作った大工廠のおかげで『
結果オーライなんだけど、まあその通りだ。
「サラちゃんは救国の大英雄だな!」
「世界を救うのはタケルでしょ? 私はヒロインでいいわよー。ほら、こういう決戦の前にヒーローがヒロインに言うことがあるんじゃない?」
えっ、いやそう言われても。
期待に緑色の瞳を輝かせているのだが、ご褒美でもやればいいのかな。
しかし、サラちゃんが望むご褒美となると国一つとかになりそうだし、ご褒美になんでもやると言うと後が怖そうだ。
その時、ドンドンと花火のような音が鳴って工場が揺れた。
「なんだ今の、爆発音か。サラちゃん大丈夫か?」
突如の事態にもサラちゃんは動じない。
「私は大丈夫ー。それより工廠は大丈夫なのかしら」
サラちゃんの副官のミルコくんが、慌てて飛び込んできた。
「サラ様……王将閣下、ご無事ですか!」
「ミルコ、私より『
「建造計画に支障はないですからご安心を。爆破は小規模で、工廠の壁を傷つけた程度でした。こう来ることはあらかじめ予想して警戒してましたから、本当は爆発前に捕らえることができたはずなんですが、向こうは自爆覚悟で警戒網を強引に突破してきまして……」
なんだと、自爆テロなのか?
「ジョセフィーヌ派の残党ねー」
「どういうことなんだサラちゃん。まだジョセフィーヌは妨害工作やってるのか?」
「あの狐オバサンの色仕掛けでトチ狂った男が工廠を狙ってたのよ」
「すげえなジョセフィーヌ」
色仕掛けも、そこまで行くとカルトレベルだ。
「心配いらないわ。工廠に送られてきたスパイには、逆スパイを掛けておいたから相手の動きは筒抜けだったもの。自爆覚悟で突っ込んでくるってことは、もうジョセフィーヌも捕縛寸前なんでしょう。これ以上は何もできないわ」
「しかし、ジョセフィーヌも世界を救うための兵器を作っている工廠を狙うのか」
「あの狐オバサンは、事情を知らないんでしょ。自分を攻め滅ぼすための武器を作ってると思ってるわよ。今の一撃が狐の最後っ屁だと思うと哀れねー」
最後っ屁を出すのは、狐じゃなくてイタチな。
まあ実際のところ、サラちゃんはこの前までローランド王国に進駐してジョセフィーヌごと攻め落とそうとしてたから、破壊工作ぐらいは仕掛けてくるか。
「そうか。どちらにしろ邪魔が入るのは面白くない。俺が行ってジョセフィーヌの始末をつけてくる」
「どうするつもりなの?」
サラちゃんが興味深そうに見つめる。
「まあ、任せておけ。俺だってちゃんと手は打ってある」
どちらかと言えば、サラちゃんが暴走しないために手を打ったんだけどな。
そのままサラちゃんに任せておくと、ローランド王国に攻め寄せて、ジョセフィーヌの首でも取ってきそうだから。
「勇者様、表で騒ぎがあったようですがご無事でしたか」
そう言って現れたのはネネカである。
「なんだ、ネネカが直接来たのか?」
俺の十二番目の妻であるネネカは、今ではユーラ大陸全土に張り巡らされた諜報機関の元締めになっている。
後宮の警護も兼ねているので、こういう場に出てくることはめったにない。
「工廠の入口の方で黒煙が上がってましたね。破壊工作としてはお粗末でしたが、捕まった犯人が爆薬をどこで手に入れたのかは気になりますから、後で調べて手を打っておきます」
「そうだな、そっちは確かに気になる。手数だがよろしく頼む……」
火薬製品をこの世界に持ち込んだのは俺だから、関係ない話ではないのだ。
これからは、流通する武器を管理して、治安を守るための方策も考えていかなければならないだろう。
「賊は先の伯爵夫人ジョセフィーヌの手のものというは話でしたが、元締めを捕らえる手はずも済んでおります」
「やっぱり、居場所はローランド王国だったんだな?」
「はい。場所が場所だけに、申し訳ありませんが勇者様の手を煩わせることになります」
「いいさ。こうなれば袋のネズミだろう。それにジョセフィーヌとは、きっちり話を付けておこうと思っていたんだ。では、案内してもらえるかな」
俺がネネカと話していると、サラちゃんが口を挟む。
「私も一緒に行くー!」
「いや、サラちゃんは大砲作りのほうに専念しててくれよ」
そっちも大事な仕事だから。
サラちゃん連れてくと、ジョセフィーヌの頭撃ちぬいて終わりにしそうだしな。
「こんな色気ムチムチオバサンより、私のほうが役に立つわよ」
「ネネカのことを言ってるのか、ネネカも俺の妻なんだぞ」
悪く言ってくれるなよ。
オバサンって、まだネネカは二十代だぞ。
オバサンと言われたネネカは、サラちゃんみたいな小娘は相手にしてないのか鼻で笑っている。
「勇者様は、熟れた女のほうがお好みなんですよ。可愛がってくださいます」
「そうなのタケル!」
「ネネカ、サラちゃんの前であんまりそういうことを言うな」
「失礼いたしました」
好みといえばまあ、好みなのだろう。
ネネカの豊かなお尻のラインに目を引かれるのは事実だが、外で言うような話ではない。
部下を寄越してもいいのに、わざわざネネカ本人が来たってのは可愛がられに来たんだとはわかるしな。
ネネカが当てつけのように言うのは、サラちゃんに対する意趣返しか。
「うー!」
ネネカと何を張り合ってるのかしらないが、悔しがってるサラちゃんを見ればまだ歳相応の少女だな。
必死に大きくなると背伸びをしているのは、微笑ましいものだ。
「まあ、そういうわけだから。今回の始末は俺達だけで付けさせてもらう」
「タケル。私もすぐに色気ムチムチになるから、待ってなさいよー!」
そういって、サラちゃんは小ぶりの胸を手で持ち上げてみせる。
待っててもいいが、ネネカのように色っぽくなるにはまだ十年ぐらいはかかりそうであった。
※※※
「よくもまあ、こんなとこに入り込んだものだな」
ローランド王国から追討令を出されたジョセフィーヌが隠れていたのは、なんとローランド王国の後宮だった。
ジョセフィーヌは指名手配犯となってローランド王国を挙げての捜索劇が行われていたのだが、とっくに国外に脱出しているのかと思えば、王国権力の中枢に居座り続けていたのだから驚かされる。
「シレジエの勇者殿、この度は誠に申し訳なかった!」
ローランド王国国王、クロフォード・ローランド・ローラン陛下が土下座している。
クロフォード王の許可がなければ、俺達もローランド王国の後宮には入れない。
シレジエとも友好関係のある王国の後宮は、指名手配犯が隠れるには最も安全な場所だったといえるかもしれない。
しかし、シレジエ王国が世界最大の大国となり、ローランド王国との力の差が歴然となれば匿い続けることはできない。
「クロフォード陛下、頭を上げてください。ジョセフィーヌには、うちの伯爵やら侯爵やらがみんな誑し込まれてますから抗いきれなくてもしょうがないでしょう」
「侘びのしようもない。ジョセフィーヌ伯爵夫人が、シレジエ王国の大罪人であることは知っていたのだ。知っていたのだが……どうかこのとおりだ。命ばかりは、ジョセフィーヌの命ばかりは助けてやってくれ!」
ものすごい入れ込みようだ。
こうして一国の王が土下座までしているというのに、ジョセフィーヌはソファーに柔らかそうな肢体を寝そべらせてふんぞり返っている。
ここまでふてぶてしいと、もはや賞賛の念すら湧いてくる。
俺が同じ立場だから言えるのだが、国王などといっても一人の私人となれば、みんな情けないところや心細い気持ちを抱えているものだ。
こういうジョセフィーヌの自信のある堂々たる態度に、惹かれてしまうのかな。
そんな風に思うのも、俺も毒されているのかもしれない。
ジョセフィーヌの髪からは狐耳が覗いている。
シレジエの貴族社会では蔑視される獣人混じりでありながら、己の才覚だけでのし上がった女だ。
王二人を前にしても平然としているこの気位の高さは、殺すには惜しいと思うのだよな。
「ジョセフィーヌ、この後宮では影王妃と呼ばれてるそうだな?」
「ふふっ、そうね。でもそれもここまでかしら。私はまた貴方に敗れたのね」
「まあ、俺の勝ちだ。どんな絶技を使ってクロフォード陛下を誑し込んだかは知らないが、今世界を救うための大事の前だ。悪いが、邪魔をさせるわけにはいかないのでな」
「なんだったら私の絶技を貴方も味わってみる?」
「遠慮しておく。俺に色仕掛けが通用するとは思うなよ。この前のように毒殺も無理だ」
俺は、毎日の妻の相手だけで精一杯だ。
この後も、ネネカを待たせているからな。いくら誘惑しようとしても無駄なのだ。
「じゃあどうするの、殺す?」
「それはこっちのセリフだな。逃亡せずにこんな場所に居続けたのは、もう死ぬつもりだったんじゃないか。逃亡生活にも疲れたか?」
「死ぬつもりはないわよ。でも、殺される以上に無様を晒すのが嫌なだけ」
誇り高い女だな。
「では、お前の身柄は捕縛させてもらう。殺しはせんがな」
「殺さないならどうするの?」
「まずお前を北にやる」
「北?」
「北極圏に送る」
「なっ……極寒の地で幽閉すれば、私がビビるとでも思ってるの。いたぶろうっていうなら、この場で舌を噛んで死ぬわよ」
「いや、幽閉するなんて行ってない。俺はお前にミッションをやろうと思ってるんだ」
「ミッション、一体どういうことよ?」
話についていけずジョセフィーヌは眼を白黒させている。
まあ、わかるように話してやろう。
「俺はなジョセフィーヌ。お前の力を買ってるんだ。ハイエンド伯爵を誑し込んでのし上がったと思えば、隣領のピピン侯爵にピピンの息子まで誑し込んで、今度はローランド国王の寵姫となる。お前の才能は殺すには惜しい。だから、お前の力を北の魔族相手に生かしてもらうことにした」
「だから北にって、ふざけないでよ。私が貴方を手伝うとでも思ってるの?」
「俺が与えるミッションを受けるかどうかは、お前が決めることだ。まず俺は、お前をユーラ大陸の人族領域より追放する。これは決定事項だ。その上でお前に、北の魔族を国際連盟に引きこむ使者としての役割を任せたい。お前なら北の魔王でも魔族の貴族でも誑し込んで、人族側に引き寄せることができるんじゃないか?」
すでに東の蛮族とすら友好関係を築けている。
残すは北の魔族の領域だけとなったから、ジョセフィーヌにはそこを手伝ってもらいたいのだ。
あそこは異界に近いから何が起こるかわからず容易に人を出せないということもある。
ジョセフィーヌなら使い潰しても構わんという事情もあるが、まあそれは余計なことだから言わないでおこう。
ふうんと、ジョセフィーヌは持っていた扇で口元を隠す。
「……私が北の魔王を篭絡して、また敵になるとは考えないんだ?」
「北の魔王など、異界の侵攻に為す術もなく城に引きこもってる程度の実力だからな。攻めてきても、艦隊の一斉掃射で潰せるからやりたきゃやればいい。北の魔族と国交を開き、ユーラ大陸の一国として国際連盟に加入させるミッションが達成できたなら、お前の罪は許して追放は取り消す。悪い話ではないだろう?」
そうなった時は監視はつけるが、ようはジョセフィーヌは自分が豊かな暮らしが出来ればそれでいい女とみた。
うちの国で傾国の美女をやられても困るが、他の国であれば却ってこちらの助けにもなる。甘い毒も使いようだ。
「わかった、見てなさい。北の魔族だろうが魔王だろうが、私に誘惑できない男はいないわ」
「期待している。お前を北極圏まで送るのは元女海賊のメアリードだ。全員女の船員達で固めた輸送船を用意したから、逃げられるとは思うなよ?」
「抜かりないわね。他に選択肢もないようだし、命が助かるなら受けるしかないけど……約束忘れないでね」
「ああ、ちゃんとミッションを果たしてくれれば、ちゃんとこちらも約束を守る」
さてと話は済んだ。
連れて行かれるジョセフィーヌを見送って、俺はローランド王国の後宮から退散することにした。
「別にあそこで、そのままでも良かったんですが」
「いや、他国の後宮ではないだろう。せっかくだから宿でも取って、ゆっくり一泊していこう」
ローランド王国の首都ローランまで来たのだ。
せっかくなので、泊まりでネネカと観光して過ごすことにした。
「ちょっとした小旅行だな」
「二人だけでお出かけって嬉しいですね!」
ネネカも普段はシレジエ王国のために忙しく働いてくれているから、たまには一緒に過ごす休みがあってもいい。
難しい仕事も済んだし、ローランド王国の古い城下町で二人でそぞろ歩き、ゆっくりと英気を養うことにした。
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