第265話「いざとなったら」

 各国の協力を取り付ける外交のごたごたもとりあえず片付き。

 本当に久しぶりに、シルエットと夫婦水入らずの二人だけの時間を取ることになった。


 週一でそうするという話だったのだが、本当に延び延びになってしまっている。

 お互い政務優先になってしまうし、子供達との時間も取らないといけない。


 そうするとシルエットのことが後回しになってしまうので反省しきりである。

 今だけは、後宮のベッドに誰も入らせずシルエットと二人きりの時間だ。


「シルエットは正妻なのになあ」

「何がですか?」


 俺が後ろからシルエットの華奢な肩を抱きしめると、そう聞き返してくる。

 ほんと可愛い。


 キラキラと輝くストロベリーブロンドの髪を手で梳いてやると、まるで宝玉に触れているような気持ちになる。

 いや、どんな宝よりも俺にとっては大事な女性だ。


 シルエットは、声も姿も妖精のようだ。

 ハーフエルフなのだから当たり前なのだが、子供を産んでいるようにはまったく見えない。


 シルエットには近頃ようやく幼さを脱して少女らしくなってきた感があり、そのあまりにも小さい身体を抱いていると背徳的な気分になるのは変わらない。

 いや、正妻だから背徳でもなんでもないんだが。


 俺は含み笑いして、自分の内心にツッコミを入れる。


「妾が何かおかしいですか?」

「いやいや、お前に寂しい想いをさせているのではないかと気になってしまってな。こうして二人になる時間もなかなか取れていないからね」


「政務を執っている間もタケル様を想っておりますから、そこまで寂しくはありません。妾がタケル様のお役に立てているならそれが嬉しいのです」


 可愛いことを言ってくれる。

 姿形だけでなく、心根も愛らしい妻だ。


「そうだ。この騒ぎが落ち着いたら、二人だけで近くに旅行にでも行こうか?」

「旅行ですか……子供達もつれて、ピクニックに行けたらいいですね」


 うーむ、こんな時も気配りを忘れないのか。

 こうして大国の女王になったというのに、いつまでも控えめなままなんだよなあ。


「シルエット。たまには、わがままを言ってくれていいんだぞ。そっちのほうが俺も嬉しい」

「妾にお気遣いいただかなくてもいいですよ」


「いや、正妻のお前を気遣わずに誰を気遣うと言うんだ。俺の一番大事な女だからな!」


 シルエットを抱き寄せて、気恥ずかしいけども思ったことを口にしてしまう。

 この華奢な肩に重い負担をかけてしまっているのだ。


 会える時にちゃんと言葉にして、しっかり感謝と愛情を伝えておくべきなのだと思う。


「タケル様と一緒ならば、妾は何をやっても楽しいのですけれど、お気遣いいただけるのは嬉しいです。では、お出かけもぜひ楽しみにしております」

「うん。シルエットが女王としてしっかり国を守っていてくれるから俺も戦えるんだ。お前の望むものならなんだって叶えてやるつもりだから、なんでも遠慮なく望みを言ってくれ」


「では、その……妾からも一つだけお願いしてもよろしいですか?」

「おう。なんでもいいぞ」


 シルエットは、頬を赤らめて恥ずかしそうにシーツを弄りながら言う。


「あの女性からこう言うのも気恥ずかしいのですが、エレオノラ様も男の子を産んでましたし……私も、そろそろもう一人欲しいですね」

「……そっちか。なるほど、俺から誘うべきだったな」


 シルエットから誘ってくるなんて珍しい。

 そう言えば、一人目の子供を産んだのは俺のハーレムの中でもシルエットが最後だった。


 あとから入ったエレオノラ達よりは先だが、正妻なのに後の方に回ってしまったのは問題がある。

 シルエットも、二人目こそは自分が最初にという決意で誘ってくれたのかもしれない。


「いいえ、妾が欲しいのですから……」

「俺も欲しいよ。シルエットが積極性を出してくれて、俺は嬉しい」


「はい!」


 そっちのほうも、だいぶとご無沙汰だしな。

 ……俺はシルエットと、夫婦としての営みを厳かに執り行うことにした。


     ※※※


 シルエットは子供を一人産んでから、なんと言ったらいいか繋がりが良くなってきた。

 華奢なハーフエルフの身体を抱くのに前は恐る恐るといった感じだったが、今はごく自然と夫婦の営みができている。


 お互いの慣れもあるが、ようやく身体も大人になってきたということなのだろう。

 満足気に俺の腕の中で寝る愛らしい女王様の寝顔を見ながら、俺は今後のことも考える。


 いっそシルエット達もアビス大陸に連れて行ってやれたら嬉しいのだが、それはずっと先のことになるだろう。

 それよりもまず今は、目の前に迫った大魔神の対策がある。


 今も必死にやっているが、それでもどうなるかわからない。

 いざとなったら、俺はなんとしてもシルエットと家族だけは安全な場所に逃すつもりだ。


 その準備もしておく。

 国や世界がどうなるかわからないのに自分の家族だけ先に逃がそうとするなんて為政者失格かもしれないが、俺はやっぱりシルエットや子供達が一番大事だ。


 大事な家族をもう二度と失わないと決めたのだから、そのための手は全部打っておく。

 横で静かに寝息を立てているシルエットを見ていると、なんかベッドの下がもぞもぞと動く。


「またかよ」


 また誰か、夫婦の寝室に忍び込んで来ているのだ。

 誰かというか、シルエットの後に来るといえばカロリーンに決まっている。


 このパターン、何回やるんだよ。

 見え透いてるんだよと膨らんだシーツを開くと……。


「セレスティナ……何やってるんだ」


 艶やかな黒髪と美しい肢体を持つセレスティナが、シーツから現れると俺にしなだれかかってきた。

 抱きつかれると、その肢体からは甘ったるい花の香が立ち上る。


 まるで夢のようで陶然としてしまう。鼻孔をくすぐるシクラメンの香りが懐かしい。

 かつて『魅惑ファンネーション』の上級魔術師として活躍し、今では俺と契りを結んでアラゴンの女王となったセレスティナがいた。


「あら、だって私も妻にしてくださったでしょう?」

「それはそうだが、わざわざアラゴン王国から来たのか」


「今度の戦いには魔術師が必要と聞きました。私も上級魔術師ですから、お役に立てます」

「そうだったな。それは助かるけど、なんでベッドに……」


「たまたま今日着いたのですが、カロリーン公女に誘われまして」

「やっぱり、カロリーンもいるのか!」


 おっと、大きな声がでしまったので慌てて口を手で押さえる。

 隣ではシルエットがすやすやと寝ているのだ。


 カロリーンもゴソゴソっとシーツの中から出てくる。

 前にはセレスティナがしなだれかかっているので、後ろから抱きついてきて俺の背中に細い指を走らせながら、そう説明した。


 カロリーンはトランシュバニア公国の次期女公王である。


「私もトランシュバニアから参ったのですけど、そこでアラゴンから来たセレスティナ様とバッタリと鉢合わせしまして、今はシルエット様の番みたいですから、じゃあ一緒に潜って順番を待とうかって流れになりました」


 どうやったらそういう流れになるんだよ。

 どうせカロリーンは、シルエットに気が付かれないように俺と床を一緒にするのが楽しいのだろうが、それにセレスティナまで巻き込むとは。


 ベッドが大きすぎるのも考えものだ。

 誰かが忍んでも気が付かないとか、警備がザルすぎる。


 いや、後宮は不審者が入らないようにきちんとガードされてるはずなんだけど。


「誰が入っていいって言ったんだ?」

「シャロン様です」


 よく見ると戸口のところが少し開いていて、そこからシャロンの犬耳が覗いていた。

 宮中は宮内卿としてシャロンが取り仕切っているのだが、女王の肩書きを持つ二人のほうが位階が上らしいから、入れないわけにはいかないよな。


 呆れていると、前から抱きしめてくるセレスティナが豊かな胸を強く押し付けて言う。


「タケル様は、私も十一番目の妻として正式に認めてくださいましたよね」

「そうだな……」


「さっきエレオノラ様も出産されて、みんな子供ができたみたいに話してましたけど私がまだなんですが……」

「ああ、それはそうだぞ。忘れてたわけじゃないけど」


 アラゴン王国にはカスティリアからの独立戦争やその後の処理があって、セレスティナも忙しかったのだ。

 その後は俺も忙しく、逢瀬の機会は数度しかもてなかったのでさすがに子供はまだできていない。


「アラゴン王国もようやく統治が落ち着いて来ましたし、そろそろ王国に後継者も必要かなと皆に言われているのですよ。タケル様がよろしければですが、跡取りをいただいてもよろしいですか?」


 そう言われて断れるものでもない。

 後ろからは、俺の肩を抱いたままで嬉しそうにカロリーンが言う。


「私は最後でもいいですよ」


 いや、むしろカロリーンはそれがいいんだろ。

 そういう趣味なんだろ、知ってるよ。


「わかったが、お前らは後にするぞ」


 俺は二人の抱きつきからスルッと抜けるとベッドから降りる。

 そして、戸口のところに隠れているシャロンの手を捕まえた。


「あわわ、ご主人様」

「ご主人様じゃないぞ」


「そうでした、旦那様……」


 昔の癖で、シャロンは今でもたまに俺のことをご主人様といったりする。

 もう奴隷でもなんでもなく、俺の妻になっているというのに。


「シャロン。相手が女王だからって無理を言われたら断ってもいいんだぞ。私も俺の妻だと言ってやれよ」

「そんな、私なんて……」


 よしと、俺はシャロンの手を引いてベッドに引きずり込んだ。


「みんな騒ぐなよ。静かにな」

「どうされるんですか?」


 微笑んだセレスティナが静かに聞いてくる。


「シャロンを先にする。お前らもその後でちゃんと相手してやるから心配するな」

「ご主人様、私は後でも」


「いいんだよ」


 この際だ。俺も腹をくくった。

 先輩としてシャロンを敬うように、セレスティナとカロリーンにもたっぷりと見せつけてやろうじゃないか。


 シャロンとの子も、もう一人ぐらい欲しい。

 一回目の子供は双子だったが、獣人の血がはいっていると一気にたくさんできてしまうこともあるそうだ。


 子が多いほうがいいだろ。

 いっそ、一気に五人ぐらいできても構わないぞ。


「ただみんな、シルエットが疲れて寝てるから極力静かにな……」


 はいという声が三回重なった。

 シャロンと終ったあとで、もちろんセレスティナとカロリーンとも二回ずつした。


 シルエットを起こさないようにやるというのも、また声を噛み殺した感じがまあ悪くない。

 カロリーンの趣味が伝染りそうで怖い。


 それにしても、俺も一晩で一気に四人連続で相手にできるようになってしまった。

 アレやオラクル達が使う怪しげな精力剤の助けなしにこれは、新記録じゃないかな?


 俺も相当レベルが上がったらしい。

 こっちのほうのレベルばっかり上げてもしょうがないんだけどもね。

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