第264話「新たなる時代へ」

 サラちゃん達が巨大魔砲『大陸砲コンチネントキャノン』の製造に従事している頃、シレジエ王国の王都では、各国の協力を取り付けるための会合を毎日のように開いていた。

 大魔神の危機といっても、こっちの話を信じない人も多くもう実物を見せたほうが早いというので、各国重鎮を転移魔法で移動させて大魔神遊覧ツアーを開催した。


 あの馬鹿でかい触手お姉ちゃんが海を渡ってゆっくり動いている姿だけでも脅威を伝えるには十分だったが。

 なんと大触手から次々におぞましい魔獣が渦巻いているらしく、こっちに取り巻いているドラゴンが攻めこんできたのが説得できた決め手だった。


 ヤバいものがユーラ大陸に近づいて、創聖女神アーサマごと世界を滅ぼそうとしている。

 大魔神襲来の情報は、大陸全土へと徐々に噂となって広まりつつあった。


     ※※※


 連日の大陸連盟会議も各国が協調して魔術師や兵員を出すということでようやくめどが付いた。

 まだこれからなのだが、今日は日も暮れたので終わりだ。


 少し疲れを感じて、後宮で休んでいるとすっかりお腹が大きくなったエレオノラが声をかけてきた。


「疲れてるみたいね」

「おや、エレオノラ。まだシレジエに居たのか」


「あら、いちゃ悪い?」


 いや、そういうことではないんだが。

 エレオノラも妊娠してからだいぶ経っていて、もう臨月に入っている。


 暴れん坊の姫騎士も、大きいお腹を抱えてマタニティードレス姿ですっかり母親の顔をしている。

 お腹が大きくなってからは、さすがに大人しくなった。


 いや、大人しくなってもらわないと困る。

 そろそろ出産だろう。


「出産は、地元でするって話だったろ」

「うん、そのつもりだけど。実家にいたら、いちいちみんなに気を使われてこっちが気疲れしちゃうもの」


 それでも、もうここまでお腹が大きくなってくると、さすがに帰ったほうがいいんじゃないだろうか。


「エメハルト公爵も心配するんじゃないか?」


 エレオノラの父親は一人娘を溺愛しているので、実家にいないと気を揉むかもしれない。


「平気、平気……それより肩でも揉んであげましょうか」

「えっ、いや逆じゃないか」


 臨月の妊婦に気遣われているようじゃ、俺もダメだな。

 あーでも気持ちいい。


 どうも政治向きの折衝は肩がこる。

 エレオノラは握力が強いから、揉んでもらうと気持ちいいんだよな。


「ふふ、気持ちよさそうね。どう、お腹大きいけど安定期だから大丈夫よ。子供が産まれたらすぐにはできないから、一回ぐらいやっとく?」

「何をだよ……安静にしてろよ」


「みんなしてそれだもん。安静、安静って私は元気……うっ」

「どうした?」


 慌てて椅子から立ち上がり、お腹を手で押さえてしゃがみ込むエレオノラに駆け寄る。


「わかんないけど、お腹が急にしくしく痛み出して……」

「えっ……陣痛って、そんな急にくるものなのか?」


「前からなんとなくお腹痛いなと思ってたんだけど、どうやら気のせいじゃなかったみたい」


 前から痛みが来てたなら言えよ。

 鈍いにも程があるが、エレオノラは初産なので仕方がない。急いでオラクルを呼んで診断してもらう。


「陣痛じゃな」

「エレオノラは、お産は実家でという話だったんだが……」


 エレオノラの大きな腹をさすって、オラクルは診断を下す。


「無理じゃな。これは、もうじきには破水じゃぞ。分娩の用意じゃ。さっさとお湯を沸かすのじゃ」


 うーうーと唸るエレオノラは、そのまま分娩室に運び込まれた。

 後宮にいるシャロン達は産婆役のオラクルの手伝いに回るが、こうなると男は手持ち無沙汰で、外でシュッシュと消毒でもしているしかない。


「あっ、そうだカアラ!」

「お呼びでしょうか国父様」


 さすが、すぐに影から出てくる。

 こんなとき早いのは助かる。


「転移魔法陣は、ランクト公国にも作ってあっただろう。すぐエメハルト公爵にエレオノラの出産の件を伝えてくれ。転移魔法一回で魔法力使いきっちゃうから連れてくるのは明日になるだろうが、なるべく早く連絡してやらないとな」

「御意です!」


 カアラは、ランクト公国に知らせに走った。

 これでよしだ。カアラが再度魔力を蓄えるのを待てば、明日にはこれるだろう。


 お産が長引くようなら、エメハルト公も出産に間に合うかもしれないしな。

 さて、分娩室のほうのバタつきが収まったようだから、俺も様子を見に行ってやるか。


「具合はどうだ、エレオノラ」

「うん、もう産まれそうだわ。タケルはやけに落ち着いてるのね」


「そりゃ、お産に立ち会うのもこれで何度目だ……ひいふうみい、八回目だからな」


 指折り数える俺にエレオノラは吹き出す。


「それは頼もしいわね」

「痛むか」


 こんな時に笑う余裕のある豪胆なエレオノラも、額に汗を浮かべている。

 我慢強いだけで、痛みがないわけじゃないと思う。


 俺は、汗を拭いてやる。


「なんか徐々に陣痛が来てるけど、平気よ……このぐらい」

「無理はするなよ」


 陣痛は波があるから、痛くなくなったと思ってもまたくるのだ。

 ほら、言わんこっちゃない。また痛み出したとエレオノラが騒ぎ出した。


「はぁ、またきた。うわーきたきたきた! これは、産まれるわ!」


 いや、だからそんなにすぐには産まれないって。

 ここからが長い戦いになる。


 エレオノラが負けないように俺が手を握ってやる。

 ううーといきみながら、ものすごい力で握り返してくる。


「産まれたのじゃ」


 産婆役のオラクルがぼそっと言う。

 いや、だからそんなに早く……。


「……産まれてる!」


 エレオノラの股下を覗きこんだら、ズルッと金髪の産毛の生えた赤ん坊が出てきてるよ。

 オギャーと産声があがった。


 エレオノラは得意げに言う。


「タケル……だから、産まれるっていったじゃない」

「えっと、とりあえずその……よく頑張ったな」


 無事に産んだんだから褒めたほうがいいだろう。

 あまりの出産の速さに、咄嗟にどう反応したらいいかわからなかったよ。


「ポコって感じで、すぐ出てきたのじゃ。呆気ないのう。人間の初産でこんなに早いのは珍しいのじゃ」


 赤ん坊のへその緒を切ってやりながら、オラクルも驚いた様子だった。

 姫騎士は出産もせっかちなんだな。


「まあ、無事産まれてよかったよ」

「うむ。みてみい、元気な男の子じゃぞ」


 無事に産まれた赤ん坊を見ていると和む。

 やれやれと俺が分娩室から出ると、またビックリさせられた。


「ハァハァ……遅かったか?」

「いや、出産は今終わりましたが、来るの早いですね!」


 血相変えたエメハルト公がそこにいた。

 何があったらこうなるのか、金糸をあしらった絹の衣装はボロボロ、豊かな髭も立派な御髪もヨレヨレである。


「できれば、お産の時に娘の側にいてやりたかったのだが、婿殿がついていてくれたなら良かった」


 エメハルト公が遅かったというより、エレオノラが産むのが早かったのだ。

 連絡が入ってから半日足らずでどうやってやってきたのか聞いてみると、竜騎士の籠に乗ってきたという。


 もう全力で飛ばせたとか。

 全力で飛ぶ飛竜ワイバーンに乗るとか早馬どころの話ではない。


「あんな乗り心地の悪いものに乗って、よく来ましたね」


 時刻はもう夜半過ぎである。

 高速で飛ぶ籠による不安定な空中浮遊は、屈強な守護騎士でも泣き叫ぶぐらいだ。


 夜間の全力飛行とか無茶苦茶する。

 エメハルト公が、青い顔をしているのはそのせいもあるだろう。


「そんなものは、女の産みの苦しみに比べればなんてこともない」

「まあ、それは違いませんね。エレオノラもこっちで遊ばせずに早く帰せばよかった。すみません」


「いや、謝ることはない! 婿殿が居てくれて娘も安心してお産できたのだろう。母子ともに元気ならこれ以上のことはないのだが、ありがとう」

「いえいえ、こちらこそです」


 エレオノラに続いて、エメハルト公にも堅く手を握られた。

 聞けば、エレオノラの母親は虚弱な女性で、産後の肥立ちが悪くて亡くなったそうだ。


 姫騎士として暴れまくっていたエレオノラとは似ても似つかないのだが、母親のことがあったから心配だったのはよくわかる。


「ほら、エレオノラの産んでくれた子ですよ」


 分娩室から出てきた赤子を抱かせてやると、エメハルト公は感極まったようにぎゅっと目をつぶり、声もなく涙をハラハラと流した。


「私は、本当に……こうして孫の顔を見られる日が迎えられるとは思わなかった」


 エレオノラは、どこまで父親に心配かけてるんだよ。

 まあ、エメハルト公は心労でやつれていても、元が美丈夫なので男泣きは絵になる。


 エレオノラの赤ん坊を宝物のように抱えているエメハルト公を見て、ふとランクト公国の領主の館に飾られていた絵を思い出した。

 領主の館の一際目立つところに、大事そうに飾られていた幼き日のエレオノラを描いた絵画があったのだ。


 その絵画に描かれていたのは、無邪気に遊ぶ金髪碧眼の可愛らしい少女とそれを見つめる優しそうな父親。

 あれを見たときは、俺もエレオノラと結婚して子供まで産んでもらうことになるとは思わなかったなあ。


 時は経ち、こうして少女は母となり、孫を抱くエメハルト公爵も金髪に白いものが混じり始める歳となった。

 その娘の子を抱く祖父の姿も絵画にすると、絵になるかもしれない。


 この子は、どんな子になるのだろうな。


「この子は、ランクト公国を継ぐ大公主となるだろう」

「まだ気が早いですよ」


「いや、男でも女でも、私はそうしようともう決めていたのだ。実は、名前を考えてあるんだが私に決めさせてもらっていいだろうか?」

「どんな名前です」


「タイクン。婿殿の頭文字をもらったが、それだけではない。大君主という意味を持つ古い名前で、我がアムマイン家の中高の祖となった人物の名でもある」

「いい名前ですね。じゃあそうしましょうか」


 そこに「私もそれでいいわよ」と声が重なる。

 なんと、エレオノラはお産を終えた直後なのに自分の足で出てきた。


 どこまでも丈夫である。

 無事に子供も産まれたことだし、エレオノラを脳筋に鍛えてしまったエレオノラ公の教育は、結果としては間違ってなかったのかもしれない。


「うむ、この子こそ、我がアムマイン家の正当なる後継、タイクン・ランクト・アムマインだー!」


 エメハルト公は皆に高らかに宣言するように、産まれたばかり赤ん坊に言い聞かせるように叫ぶ。

 親バカが爺バカに進化して、みんな苦笑である。


 気が早すぎるんだよな。

 この父娘は、本当にせっかちなところが似ている。


 エレオノラの子が産まれて、一番喜んでるのがエレオノラ公であった。

 微笑ましいことこの上ない。


 新しい時代に産まれてくる子供達のためにも、大魔神の襲来を喰い止めないといけないな。

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