第263話「女伯爵サラ・アジェネ・ロッド」

 シレジエ南部地方、アジェネの城までやってきた。

 戦争後の一年間無税の甲斐もあってか、ちょっと尋常じゃないほど栄えに栄えまくっている活気のある街並みである。


「先生。すっかり忘れてましたが、南部地方の視察もしておくべきでしたね」

「大航海事業で、そこまで手は回りませんでしたからね」


 南部の中心都市を視察するのにはいい機会である。

 城の前で先生と話していると、ちょび髭が三人転がるようにダッシュしてやってきて、五体投地せんばかりに深々と頭を下げた。


「この度は、遠路はるばるのご来光ありがとうございます!」「ささ、王将閣下どうぞこちらに!」「ロッド伯爵もお待ちですぞ!」


 サラちゃんの家臣『カストルの三羽烏』である。

 三つ子のように顔が似ているが、背丈は違う。


 左から、痩せっぽちのノッポ、太っちょチビ、そのどちらでもない中肉中背。

 ヘストル男爵、パトル男爵、ダストル男爵である。三つ子ではなく、同じカストル家の親戚同士らしい。


 キンキラキンの金糸が入った豪奢な儀礼服を着ている。

 いかにもあくどく稼いでますという感じだが、こいつらが着ているとコメディアンの三人組にしかみえない。


 平身低頭の姿勢のまま、周りをぴょんぴょん飛び跳ねる勢いで城の奥に案内する男爵達にちょっと様子を聞いてみる。


「久しいな三羽烏。諸君らは男爵で自分の領地のあると思うが、そっちはいいのか?」


「やや! 閣下に下賎な私どもなどを覚えていただけているとは汗顔の至りですなあ」「自領よりこっちの仕事のほうが大事ですから」「ロッド伯爵様あっての南部地方の繁栄であります!」


 南部のシレジエ貴族はみんな気位が高く、こいつらみたいな腰が低い男爵は珍しいからな。

 しかし、話してると揉み手するやり手の商人と話してるような気分になって呆れる。


 男爵達は、サラちゃんにくっついてこずるく稼いでますって感じを隠そうともしない。

 おべんちゃらたっぷりの佞臣を絵に描いたような連中である。


 かつてはゲイル側について、南部動乱でこっち側に寝返ったザワーハルト子爵とも、サラちゃんは仲良くやっているらしいが。

 こういう俺が使おうとは思わない癖の強い人材を使いこなせるあたりが、サラちゃんの器量なのだろうか。


 そういえば、アジェネの市場も目をぎらつかせた商人が闊歩して異様な活気に溢れていたし。

 人の欲望を喚起する力がサラちゃんの統治にはあるのかもしれない。


 通されたアジェネ城の謁見の間では、たくさんの小貴族や家臣が居並んでいる。

 前伯爵を始末しなかったこともあって、統治のシステムはそのまま残っているらしく人材豊富なようで羨ましい。


 居並ぶ家臣の真ん中で、政務に励んでいたサラちゃんは俺がくると立ち上がった。

 エメラルドグリーンの意志の強そうな瞳。


「ついに、タケルが私を嫁に欲しいと言いに来たのね」

「いや、そんな成し遂げたぜみたいな顔をされても困るんだが……久しぶりだな」


 もう一年ぶりぐらいかサラちゃん。

 若干十六歳やそこいらで、これだけの大領の女伯爵となったサラちゃんにはすっかり品格と威厳が備わっていた。


「なんだ、私に求婚しにきたわけじゃないならなにしにきたのー。領地経営なら見た通り順調よ」


 手を広げて得意げに言うサラちゃん。


「うんまあ、順調そうで何よりだな」


 そこで先生が口を挟む。


「挨拶はそのくらいでいいでしょう。早速ですが、兵器工廠に案内してもらいましょうか」

「へ、兵器工廠って何。先生、何いってんの?」


 何か、しらばっくれているサラちゃん。

 傍らに立っていた金髪の美青年が、口を挟む。


「ライル閣下、私がご案内します」

「あっ、バカミルコ、何私に断りもなく!」


 サラちゃんの副官のミルコくんは、陰鬱な表情で深いため息を吐く。

 そして、慌てふためくサラちゃんを無視して、領内にある兵器工廠へと我々を案内した。


 アジェネの街の北にある兵器工廠。

 山の麓では巨大な煙突が何十本も立ち並んでいる。


 なんだ、この大規模工場は……。

 イエ山脈から運ばれた鉱物資源が、ここで次々に大砲や銃に変わっているようだ。


「おい、ナタル。なんでこんなとこにいるの?」

「おー久しぶりだな」


 入ってみると、見覚えのある頭が禿げ上がった半裸の男がいた。

 ナタル・ダコールである。


 北側のイエ山脈鉱山組合ギルド長であるナタルが、なぜ南部地方ここにいるのかと聞いたら。

 サラちゃんは、シレジエ南北のイエ山脈鉱山組合ギルドを統一してその総連合長にナタルを就けたらしい。


 古い自分のコネクションと、新しい権力を総動員しての大増産。

 シレジエ国内の八割方のドワーフが、この増産に動員されている勢いである。


 これは、平時のレベルではない。


「いったい何が起こってるんだ」

「さあ、俺もよく知らないけど戦争をやるから協力しろって嬢ちゃんがいうからよ」


 ナタルがツルリとした頭を撫でながらそう言う。


「戦争!」


 長きの戦乱が終わったユーラ大陸では、各国の協調のもと軍縮を進めていたはずだ。

 その盟主たるシレジエのお膝元で軍備拡張して何やってくれてるんだよ、サラちゃん。


 そこいらの箱を開いてみると、銃と弾薬が詰まっていたので唖然とする。

 警備も厳重であり、義勇兵の数もやたら多い。


 確かに、いまにも戦争でもおっぱじめようという物々しい雰囲気。


「なんて規模だ。おい、サラちゃんこれどうなってんだよ?」

「えっと、ほら……隣国に逃げた旧支配者のジョセフィーヌって女狐がこっちの伯爵領にちょっかいかけてきたりするから、それの防衛のため?」


 サラちゃんは、あくまでも自衛戦力だと主張している。

 あっ、これ戦乱フラグだわ。


 アジェネの街の異様に活気に溢れる市場を見た時に、どっかで見たことあるなと思ったんだよ。

 あの商人達の異様な目の輝き、戦争特需を見越して集まってきた連中である。


 サラちゃんの横で頭を抱えていたミルコくんがぼそっと言う。


「ロッド伯爵は、国盗り合戦するって言ってました」

「ミルコー!」


 絶叫するサラちゃんに、ライル先生が言う。


「サラちゃん。ミルコくんに情報を流してもらっていたのは私の差し金ですから、彼を怒らないように」

「うー先生」


「うーじゃありません。アジェネ伯爵領の義勇兵増員は、すでに三個師団規模に膨れ上がっているって話ですね。ここまでやって私の耳に入らないわけがないでしょう」


 耳を疑った。三個師団といえば、兵力三万である。

 いくら伯爵領とはいえ、常備兵力としては過剰すぎる。戦争準備以外の何物でもない。


「でもでも、先生。ほんとにジョセフィーヌがちょっかいかけてくるんですよ」

「教え子の考えてることぐらいわかりますよ。どうせ謀反人のジョセフィーヌが隣国のローランド王国に匿われているのを理由にして、なし崩し的に進駐しようとしたのでしょう。軍隊さえ入れてしまえば、後はなんとでもなりますからね」


 図星だったらしいサラちゃんは手をあたふたさせる。


「でもー、タケルが他の大陸も制覇しようとしてるんだからー。私も一国ぐらい盗っておかないと釣合いが取れないと思って」


 ダメだ、この大拡張主義者。

 サラちゃんは、やっぱり放っておいてはいけなかったか。


 ローランド王国はずっとシレジエの友好国なんだぞ。

 すでに国際連盟もできて戦争をなくそうと言ってるのに、そんな軽い感じで占領されたら困る。


「サラちゃんの言う旧アジェネ伯爵夫人ジョセフィーヌですが、ローランド王国に外交筋から話を通して、ゼフィランサス傭兵団に捕縛を依頼しておきました。これで女狐は捕縛されるか、捕縛に失敗してもローランド王国内にはいられなくなるでしょう。戦争事由はなくなりましたね?」


 さらっと先生に戦争事由を潰されたサラちゃんは、その場にへたり込んだ。


「せっかく一年も掛けて準備したのにー」

「さて、ここまではいいとしてタケル殿、これからが話の本題です」


「いまの前置きだったんですね……」


 それ自体が、とんでもない話だと思ったが。


「この無駄になったイエ山脈鉱山の大増産と大兵器工廠ですが、そのまま大魔神対策の兵器を作るのに使えます。意図はともかく、大戦に備えていたサラちゃんを褒めてあげてもいいと思いますよ」

「なるほど……」


 よくわからないけど、大魔神を倒せるような兵器が作れるってことなんだな。

 しかし、通常の大砲がほとんど効かなかった大魔神に、通用する兵器を作れるだろうか。


「よくわかってないって顔ですね。よく思い出してください、あの大触手に唯一通用した兵器があったでしょう」

「ああ、黒杉軍船の主砲ですね」


 確かに、大触手の一本は吹き飛ばせた。

 本体にも通用する可能性はある。


「大魔神との戦闘中に観察してましたが、あれは魔法力の部分に効果があったと見ました。マジックアームストロング砲は、タケル殿の設計したスペックに冶金技術が追いついていなかったので一部の機構を魔法化したのですが、それでちょっとした副産物的な効果が産まれています」

「副産物?」


「魔法力を射出力に変える機構は、どれほど強大な魔力を注ぎ込んでも変換できるんです。あくまで理論上ですが、力の射出方向をコントロールする砲身さえ壊れなければ、強力な魔力でもいけるはずです。無敵艦隊との戦いの折にも、砲弾に巨大魔石を詰めて撃つのにも成功してますので、相乗効果を出せることはわかってます」

「あー、そんなこともありましたね」


 シェリーの発案だったか、魔力を込めた魔石を砲弾として撃ち出す攻撃も成功している。

 大砲と魔力は、意外と相性がいいらしい。


「冶金技術の発達で砲身の強度は高められてますから、砲身をあの大魔神の大きさに合わせて巨大にして強力な魔法で打ち出せば打ち倒せるかもしれない」

「話はわかりますが、あれほどの混沌生物を倒せる魔法力って……」


 ライル先生はニヤッと笑う。


「ユーラ大陸全土の魔術師と神官の魔力を総動員してぶつけるのです」

「それはまた、気宇壮大ですね」


 どんな規模になるのか想像もつかない。

 大陸全土の魔力を総動員する、超巨大魔砲。


「今回は、創聖女神アーサマ消滅の危機です。すなわち、世界崩壊の危機といえるでしょう。アーサマ教会の総本山にも連絡して根回しすれば、各国の協力は得られます。大陸全土に渡る大同盟を作ったタケル殿の意思が、ここで生きてきたと言えるでしょう」


 そう聞いて、サラちゃんが立ち上がった。


「なんかよくわからないけど……シレジエ本国のほうで使ってくれるなら、この兵器工廠を建てた戦時公債はそっちで償還してくれるのね!」

「そんなものまで発行してたのか。しょうがない払うよ」


 これだけの大工廠を建てる金をどう工面したのかと思ったら、公債で建てたのかよ。

 まだ伯爵なってから一年ぐらいなのに、領地で公債を発行して売れるってサラちゃんの信用度凄いな。


 うちは貿易で稼いでるから払えるけど。

 いきなり自転車操業で戦争おっぱじめようとするとか、目を離すと危なっかしい。


「よかったー、世界の危機に対抗できる軍備を準備してた私偉いってことでいいのね。私のこと褒めていいわよタケル!」


 そして、このドヤ顔である。

 立ち直り早いなおい。


 結果的には助かったからいいけど。

 ふーむ、そういえばユーラ大陸の人間は、大魔神が迫ってることをまだ知らないのか。


 各国の指導者に危機を説いて回るところからやらないといけないわけだ。

 おそらく半年もすれば、大魔神はセイレーン大海を渡ってこちらの大陸に到達する。


 それまでに、ユーラ大陸全土に危機を説いて回り協力を集めて、大魔神に対抗できる超巨大魔砲を建造しなきゃならない。

 これは、忙しくなりそうだ。


「では対大魔神用巨大魔砲は、『大陸砲コンチネントキャノン』って名前にしましょうか」


 何事もまず名付けることからだ。

 俺がそう言うと、「いい名前ですね」とライル先生は頷いた。


 サラちゃんが諸手を上げた。


「よしーじゃあその『大陸砲コンチネントキャノン』は私に任せておいて、すぐに作るわよー!」


 すぐに作れるようなものでもないだろうに。

 サラちゃんが結局話をまとめるのかと、笑いを誘われた。


 こっそり戦争準備をしてたことを有耶無耶にするためでもあるのだろうが。

 やると決めたら速攻のサラちゃんは、ナタルに技術者を集めさせて超巨大な大砲を作る工場の設計から相談し始めた。


 さて、サラちゃんや先生が頑張ってくれるなら、俺もやらなきゃな。

 こうしている間にも、ゆっくりとセイレーン大海を渡りこちらに向かっている大魔神との決戦は、半年後に迫っていた。

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