第262話「アンティル島よりユーラ大陸へ」

 大陸より見捨てられた閑散とした島だったアンティル島は、たった一年足らずでジャガイモ畑の広がる大耕作地として復興した。

 小さな港町だったアバーナの港は大軍港となった。


 今は軍港としてしか機能してない港湾設備だが、それはすぐ商用に転用できる。

 やがてこの島はアビス大陸とユーラ大陸を結ぶ大貿易港としても栄えることになるだろう。


 アビスパニアの首都がプレシディオに戻ったこともあって島の人口が減少して、懸念だった食糧問題も解決した。

 シェリーの街道の整備のおかげもあって島の開拓は進んでいるし、むしろ食糧輸出ができそうな勢いである。


 船の出港までまだ時間があったので、港の近くのジャガイモ畑を散歩していると聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「ほら、のんびりしてたら日が暮れちまうよ。ちゃっちゃと運んだ運んだ!」


 おや、誰かと思えば農婦のおばちゃんだ。

 こき使われてるのは、なぜか魔族の兵士達である。


 凄まじいおばちゃんの迫力に、兵士達も「イエスマム!」とやけっぱちで叫んで手伝うしか無い。

 なんでおばちゃんが上官みたいになってるんだ。


「おばちゃん、その兵士達は一応港の警備のためにいると思うんだけど……」

「この辺りもすっかり平和になったから、警備なんてもういらないじゃないか」


「うーん、それもそうか」


 ダモンズがこの島の警備のために残した兵隊達だったのだが、魔国との戦争は終わったし。

 この海域に海賊が出るわけでもないので、警備艇は港でホコリを被っているし、配置されている海兵隊も手持ち無沙汰になっている。


「戦争も終わったんだ。兵士なんていつまでもやってらんないだろ。これからこの島は、ジャガイモをたくさん作って船乗りに食わせて稼ぐんだから、こっちの仕事のほうが大事だよ」

「まあそりゃそうかもな」


 おばちゃんの言うことは意外と正論である。

 しかし、ジャガイモを満載した手押し車を持たされている魔族の兵士達も、よくおばちゃんに言われるままに働かされて文句もいわないものである。


 おばちゃんの迫力だと、手伝わないわけにはいかないのかもしれない。

 ギラッとおばちゃんの目が俺の方に向く。


 おや、これは俺も運ぶのを手伝わなきゃならないかなと思ったのだが(俺もおばちゃんにどやしつけられたら、手伝ってしまいそうだ)なんか袋に入れたジャガイモをたくさん渡された。


「わたしゃよく知らないけど、あんたなんかうちの女王様のために頑張ったらしいね。ジャガイモ好きなんだろ? 持っておいき」

「ありがとう、いいのかなこんなに」


 なんかすごい勢いで山盛りのジャガイモを押し付けられたので、ついもらってしまった。


「いいんだよ。あんたが酒場で作ったフライドポテトやら、ジャーマンポテトやらの料理が、今ここの名物になってんだから。粗末な食いもんだと思ってた芋に、あんな美味しい食べた方があるとは感心したよ。あんたは戦争が終わっても、料理人になれば食いっぱぐれないからいいね」


 いや、俺は王将なんだが……。

 あのおばちゃんもたいがい何やってる人なのか謎なのだが、相手が魔族の兵士だろうがなんだろうがあの調子で人を巻き込んでしまう。


 なんかまあちょっと強引だが、この島では魔族と人族も仲良くやってるってことかなあ。

 自分の言いたいことだけ言うと、おばちゃんは「あーいそがしい、いそがしい」と、ジャガイモを運ぶ魔族の兵士達を連れて、そのまま港の倉庫の方に行ってしまった。


 もらったジャガイモはせっかくなので、港の酒場でキッチンでも借りて調理することにしよう。


     ※※※


 コレット達が手伝ってくれるので、料理は簡単にできた。

 人数が多いのでカレーでも作ればいいだろう。ジャガイモはコンソメと煮込んでスープにもできるし、便利である。


 あとは、酒の摘みのようなものを、フライドポテトでいいかな。

 この港にも酒場が増えた。


 明日からセイレーン海を渡る長い航海が始まるので、船員達はみな思い思いの場所で休憩を取って楽しんでいるようだ。

 フライパンでカラッと揚げたフライドポテトにサッと塩を振ってテーブルに持って行くと、ライル先生とリアが相談していた。


 珍しい組み合わせである。

 なんだろうと思って入ってみる。


「先生、何の話ですか?」

「ステリアーナさんが勝手に作った、神聖ステリアーナ女王国をどうしようかと話してたんですよ」


 あーそういえば、そんなものもあった。

 リアは、俺がテーブルに置いたフライドポテトをパク付いて言う。


「女王国……もぐもぐ。そんなのもありましたね」

「おいおい。俺もそう思ったけども、作った張本人がそれでは困るぞ」


 すでに終わったような口調で言うリア。建国はやりっぱなしでは済まない。

 ライル先生は、地図を広げながら説明する。


「神聖ステリアーナ女王国は、バアル州の州都であるテオティワカンから、ダゴン州をぶちぬいてニスロク州の魔都ローレンタイト付近まで……実質最大版図になってるんですよね。これは、どうしたものか」


 大きさだけなら、タンムズ国やアビスパニア女王国の三倍近くある。

 ただ、本当に大きだけだ。


 こちらからは内陸部で何が起こっているのかすらわからない状態で、統制も何もあったものではない。

 大陸内部がどうなっているのか、直接行ったリアに聞きたいぐらいなのだ。


「何らかの対処はしておかないといけないってことですよね」

「そうなんですが、さすがに大魔神の脅威が迫っている今、アビス大陸の内陸部まで手出ししている余裕はありません。湾岸部だけで精一杯でしたから」


「おい、リアどうするんだ?」

「そうですふね。是非もなふぃでふね」


「ポテトを食いながらしゃべるな」


 俺がそう言うと、リアはくすりと笑って俺の席まで来て後ろから抱きついてきた。

 胸を頭に乗せるなと思ってたら、フライドポテトを俺の口の中に放り込んできた。


「お芋、美味しいですね」

「んぐっ……新鮮な芋だし、揚げたてでホクホクして美味いけど」


 アーサマの聖女だか聖母だかで、やたらと崇拝されるリアだが、こいつと付き合いが長い俺にはわかる。

 こいつ、今回もまったく何も考えてない。


 一緒に行った竜乙女ドラゴンメイド達は、さらに輪をかけて何も考えてないのは聞くまでもない。

 後始末は誰がするんだろ、俺は知らないぞ。先生お願いします。


「リア、芋食ってる場合じゃないぞ。お前行きがかりとはいえ女王になっちゃったんだろ。なんだったら、お前だけ現地に行ってくるか?」

「もうあっちは終わったのですから、わたくしはタケルと一緒にいますよ」


 本当に投げっぱなしにするつもりか……。

 ライル先生は言う。


「女王どころか、創聖女神アーサマになりかわって聖母を崇拝する新宗教ができる勢いとも聞きますが、ステリアーナ殿もいまはこっちにいてもらわないと困るんですよね」

「もしかして、リアの神聖魔法が、大魔神に対抗する重要なファクターだからですか?」


 ライル先生がどういう対策を考えているのかは知らないが、魔術師を集めているのは知っている。

 大魔王イフリールには神聖魔法が効いたのだから、大魔神にも効果があるかもしれない。


「そこまではわかりかねますが、ステリアーナ殿もいまや強大な神聖魔法の使い手ですから、こっちを手伝っていただきたいです。優先度の低い神聖ステリアーナ女王国の統治に関しては、当面は使者を立てて現地の人達の自主性に統治を任せるというのはどうでしょう」


 それはつまり放任ということになるのだが、致し方がない選択かもしれない。

 先生がそう水を向けると、リアはすぐに頷いた。


「では是非もなくそうしましょう」


 リアは本当に何も考えてないな。

 後でなんかあったら、女王として責任は取ってもらうぞ。


「ところで先生。前から気になってたんですけど、魔法力のある者ばかり集めてますよね。理由をお聞きしてもいいですか」

「そうですね。秘策というほどではないですが、大魔神を打ち破るための心当たりがあってそういう動きをしています」


「おお、さすが先生!」

「それは、ユーラ大陸に戻ってからお聞かせしましょう。一足先にカアラの転移魔法で我々だけ戻ってもいいですね」


 シレジエ艦隊も大魔神を迎え撃つために必要だと思うのだから戻すのだが。

 少人数だけなら転移魔法が使えるのだから船で帰る必要はない。


「シレジエの王城に戻るのですか?」

「いえ違います。行く先は、南部シレジエ。アジェネ伯爵領の中心都市アジェネです」


「なんでまたそんなところに」

「行けばわかります」


 ライル先生は、いつになく含みのある複雑そうな顔をした。

 アジェネ伯爵領は、サラちゃんの治める領地である。


 サラちゃんに会うのも久しぶりだが、そこになにがあるというのだろうか。

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