第261話「新生アビスパニア女王国」
黒杉軍船の緊急補修にしばらく足止めを食ったが、ようやくシレジエ艦隊は出港できる日取りとなった。
補習といっても応急処置に過ぎず、船は資材を乗せて移動中も細かい補修を繰り返していくことになるので、船員は大忙しである。
その間にも大魔神の足取りを調査したが、やはりまっすぐアーサマの神殿がある東南東方向に向かっているらしく。
タンムズの都は無事で済みそうだ。
「できる限りのことをなんでも協力させてもらいたい」
そう申し出たダモンズ、いや新生タンムズ国王ダモンズ・コーラング一世に。
ライル先生は、魔法力の強い魔術師をできる限り集めて同行してもらうことを求めた。
意図はよくわからないが、ライル先生なりになにか目算があるのだろう。
こうして援軍として、タンムズ国の魔術師団を乗せて俺達は一路、南へと舵を取った。
行き先はリンモン州、プレシティオの都である。
ユーラ大陸に帰るのであるから、ルイーズ達を迎えに行く必要はある。
※※※
プレシティオの都に到着して、俺達がまず執り行ったのは、新生アビスパニア女王国の即位式典であった。
これまでの魔族を認めない神聖国から、人族と魔族の共和を目指す新生国への大々的な方針転換。
始祖の女王リリエラによる強行的な政策を『旧約』と呼び。
新しいアーサマの勇者である俺の教えこんだ魔族との共存論を『新約』と呼んで、意識の刷新を図っているらしいが。
国が滅びかかるほどの戦乱でも少数生き残った教会関係者には旧約派も残っており。
アビスパニアの復興と、国政の改革も、前途多難であるといえる。
ともかくも、まだ乳児である女王に小さい冠をかぶせて新生国はリスタートするそうだ。
魔国も滅びてようやく安全が確保され、アンティル島より戻ったアモレット・アビスパニア・リリエラ女王満一歳。
クリクリとした可愛らしい瞳の乳児が、この高い尖塔を持つ白亜の王宮の主となる。
とはいえ、まだ赤子だからお飾りにしかならない。
実際に表立って国を主導していくのは騎士長兼、騎士団長兼、宰相兼、大将軍となったバーランドになることだろう。
女王の傍らに居るのはバーランドだけで、王宮の女王の間に居並ぶ閣僚もまだ数が少ない。
新生したばかりのアビスパニアは、主だった官僚や貴族が軒並み戦死してしまって、とにかく人材不足なのだ。
その分だけ、バーランドがまだ経験不足の年若い騎士達を率いて頑張るしかない。
案外国の実権を握るのは、女王の乳母でありバーランドの若奥さんでもあるプティングとなるかもしれない。
プティングが抱っこしないと、アモレット女王はまだ何処にも行くことすら叶わないのだから。
「それでは、タケル殿。アモレット・アビスパニア・リリエラ女王陛下に戴冠をお願いします」
ライル先生がそういうので、俺はアモレットにちょこんとしたティアラをかぶせてあげる。
一歳になったばかりの赤子は、まだ何もわかっていないだろう。
それでも、ちょっと聞いてしまう。
利発そうな女王様だから、何か理解できるかなと思って。
「王冠だよ。わかる?」
「だー」
アモレットは、頭に載せられた白銀のティアラを手に取るとあぶっと口に咥えてしまった。
やっぱりわかってなかったか。
あらあらと、抱いているプティングが、ティアラを取り上げてもう一度頭の上に載せる。
ありゃ、なんだか俺が戴冠するというより、バーランドの若奥さんであるプティングが戴冠させたようになってしまった。
これいいのかなとプティングと目をあわせると、彼女も笑っている。
俺も、苦笑である。
コホンと、傍らのバーランドが咳払いすると、厳かな声で宣言した。
「ただいまをもって、第二十七代女王アモレット・アビスパニア・リリエラ陛下は、正式に新生アビスパニア女王国の君主として即位された!」
女王の間のレッドカーペットに居並ぶ貴族や官僚、上級騎士達が手を打ち鳴らし、「わー」と歓声を上げた。
バーランドのおかげで、なんとか式典らしくはなったか。
俺は、笑っているライル先生に聞く。
「先生、この戴冠の儀式。もしかして国ができる度に毎回やるんですか?」
「せっかく国を新しく作り変えるのですから、こういう儀式があったほうがいいじゃないですか。新生アビスパニア女王国の臣民にも、これでわかりやすいでしょう」
先生は、国同士の力関係のことを言っている。
シレジエ王国の後援あってこそ、プレシティオの都を奪い返して国を再興できたのだと示す儀式なのだろう。
女王の戴冠式に出席できるのは官僚や少数残った貴族、上級騎士だけだが。
この戴冠式の模様は、絵師が大きな絵に描いて、国民にも広くお披露目するそうだ。
絵画は、文字が読めない民にもわかりやすく物事を伝える効果がある。
さすがはライル先生、抜かりない。
聞けば、タンムズ国でも同等の処置が取られているという。
なんだかバーランド達には、こっちの都合に付きあわせて、申し訳ない気もする。
「バーランド、なんかすまないな」
「勇者様、どうぞお気になさらず。この国はもともと、ユーラ大陸のリリエラ女王国の分家筋として発生したもの。その本家が、新しいアーサマの勇者である佐渡タケル様に成り代わるのだと示すことは、国民のためにもなりましょう」
「俺は、諸国民の自主性を重んじている。リリエラ女王のような上下関係を作るつもりはない。俺も王将ならば、バーランドも国の指導者と言える立場だろう。これからはお互いに、独立国として対等の付き合いをしていこう」
俺はそう言って、バーランドと握手を交わした。
バーランドも俺も、ともに将として女王を支える立場には違いない。
「勇者様、かたじけなく存ずる。国同士は対等でも、勇者様には国を救っていただいた大恩がございます。火急の折には、どうぞお呼びください。この私自ら、勇者様の騎士として剣を振るうために馳せ参じる所存」
「それはありがたい」
アビス大陸の問題は片付いたが、今度はユーラ大陸に危機が近づいてきているのだ。
まだバーランド達は、大魔神の発生を知らない。そのあたりをライル先生が、説明する。
「バーランド殿、その火急が近づいてきているという話なのですが……」
「なんと、そのようなことが! ならば早速、この私自ら軍を率いてお助けいたしましょう」
「バーランド殿が直接でなく、魔法力のある部隊を援軍としてよこして欲しいのです」
「こちらも戦乱は収束しましたので、国の魔法力を持つ者をかき集めて援軍として送るのは構いませんが、それだけで足りるのですか」
バーランドは、不思議そうな顔をしている。
また魔術師を集めるのか。どうやら、ライル先生はなにか策があるようである。
やっぱり自分も行くと言い出すバーランドを、援軍さえ出してくれればあとはこっちのほうで大魔神の動きを偵察を出して調べてくれればいいと説得した。
さて、即位式のあとは、お城で祝賀会が開かれる。
お祝いごとなので振舞い酒だ。
俺達が飲んでるほど上等な酒ではないだろうが、街の広間でも酒と肴が振舞われて、ここでも三日三晩のお祝いとなる。
こっちは娯楽が少ないから、なんでも祭りになる。
都の奪還以来、みんな忙しく立ち働いてきたのだからたまの骨休めぐらいはいいだろう。
しかし、俺としてはお祝いばっかりやってきて、お酒もちょっと飲み過ぎである。
特にアビスパニアの酒はちょっと度が強すぎるので、俺は料理のほうをいただくことにした。
肉料理を皿に取り分けて、美味いなと摘んでいるとルイーズが慌ただしくやってきた。
今日はさすがに鎧姿ではなく、綺羅びやかなパーティードレスに身を包んでいる。
ルイーズも囮役の女勇者として、こっちで本当によく活躍してくれた。今日で、お役御免ということになるだろう。
「おー、ルイーズ」
「タケル!」
駆けてくると、ルイーズはいきなり俺に向かって抱きついてきた。
「どうしたいきなり」
「いいから、ちょっとじっとしてろ」
そう言うと、俺にいきなりキスをしてきた。
ルイーズの頬が染まっている。
恥ずかしいならやらなきゃいいのに、やけに情熱的な口づけだ。
驚きはしたが、俺は反射的にもちゃんと受け入れる。
「んっ……」
何事かと思っていると、辺りの騎士達から「あー」と落胆の声があがった。
「見たか!」
ルイーズが笑顔で大見得を切っている。
「……ルイーズ、どうしたんだよ?」
「なあに、どうもこっちの若い騎士達を面倒みてやっていたら、変な人気が出てしまってな。若造に求婚されて困ってたんだよ。夫が居るといっても、なかなか信じてくれないので、論より証拠と見せつけてやったのさ」
「なるほど、そういうことか」
ルイーズは、アビスパニア解放戦争で救国の女勇者として活躍したので、そりゃ人気だって出てしまうだろう。
陽動作戦で勇者役を引き受けてもらった行きがかり上、俺との関係も内緒だったからな。
人前でそういうことをするのはどうかと思うのだが、そういう理由であれば仕方がない。
俺の大事な妻だから、周りに俺のものだと見せつけてやるのもいいだろう。
ルイーズを追いかけていた若い騎士達は、今度は俺の護衛騎士として付いてきているベレニスとクレマンティーヌを取り巻いて話し始めた
解放戦争では彼女達とも一緒に戦ったので、知らぬ仲ではないのだろう。
ルイーズがダメなら、そっちを口説こうというわけか。
なかなか、転んでもただでは起きない連中だなと笑ってしまう。
ルイーズに聞かれる。
「あっちは、放っといていいのか?」
「ベレニス達は、嫁じゃないし、自由恋愛なら止めるわけにもいかないだろう」
シレジエ王国の女騎士と、アビスパニアの騎士が付き合って結婚するのも、今後の交流のためには悪くないかもしれない。
そう思って見ていたんだが、すぐに若い騎士達の囲いを破って、ベレニスとクレマンティーヌがこっちに来た。
「なんだお前ら、わぁ!」
ベレニスとクレマンティーヌに左右から抱きつかれて、ほっぺにキスされた。
何のつもりだと聞くと、俺の腕を抱いているベレニスが答える。
「私達も、王様が婚約者だって言いました」
「いや、お前らは違うだろ」
俺に寄り添うクレマンティーヌも、頬を染めて言う。
「私も、もう心に決めた方がいますので……」
「そうか、それなら仕方ない。アーサマの勇者である俺が相手だといえば、向こうは文句はいえないだろうからな」
そう言うと、クレマンティーヌは嬉しそうに頷いた。
「……はい!」
「ねえねえ、王様が望むなら、私達もちゃんとお口にキスしてあげてもいいですよ?」
調子に乗るな。
ベレニスの弱点である長耳を指で摘んでやると、「きゃあ」とくすぐったそうに笑った。
そうやってじゃれあってるのを見れば、またアビスパニアの若い騎士達が「うあー」と落胆の声を上げる。
両国の騎士同士の交流も悪くないかと思ったが、この二人にも決めた相手が居るのでは仕方があるまい。
ルイーズに引き続いて、俺の護衛騎士二人にまでフラれたアビスパニアの若騎士達には、ちょっと申し訳ないが。
この場は俺が憎まれ役となって、丸く収めておくことにしよう。
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