第260話「タンムズ王国再興」
温泉で小休止したのもつかの間、オラクルに精気を吸い尽くされた俺は。
ぐったりしたままオラクルに運ばれて、タンムズ・スクエア軍港へと向かっていた。
「タケル。だらしがないぞ、しっかりするのじゃ。今はいいとしても、タンムズの都についたら、臣下の手前があるじゃろ」
「精気を吸い尽くした、お前が言うか……」
まあ、オラクルだけが悪いわけではないけど。
オラクルがやり始めたので、アレやダレダ女王にもかぶりつかれてとんでも無い目にあった。
みんなちょっとちょっと、先っぽだけとか言いながら。
疲れてるとか、お構いなしである。
「国父様、どうぞ」
「うん」
東に向かって飛びながらも、カアラが差し出すに肉をモグモグと喰らう。
食欲がないなどと言ってられない。
肉汁が滴るようなあぶり肉に、俺はかぶりつく。
野趣あふれる味わい。荒野に住む野牛の肉である。
命の味がする。血肉を啜り食らって回復しなければ、立ち向かえない。
並走して飛びながら、俺に甲斐甲斐しく食べさせたり飲ませたりしてナプキンで口元を拭いてくれるカアラ。
露天風呂を作っただけでなく、狩りや料理までしてきて今回は大活躍だ。
だが、こいつもなんだかんだ言いながら、さっき俺の精気を吸うのに加わってたからな。
これぐらい世話してもらっても、バチは当たらない。
まったく魔族は、油断も隙もないものだ。
「いやーでも、幸先明るいですね」
そう言って、機嫌よく笑っているのはハイドラだ。
俺と同じ様に飛行魔法を持たないハイドラは、
道中で、カアラが俺とオラクルの息子であるオラケルを魔王に立てて新しい魔族の国を建てる計画を話したらしく、自分も魔王の側近になると言い出した。
魔族にとって、魔王の側近になれるのは何やら特別な意味があるらしく、さっきから声はウキウキと弾み、目をキラキラと輝かせている。
オラケルはまだ一歳だから、建国なんて遠い未来の話だぞきっと。
盛り上がってるところに、水をさしちゃ悪いから言わないけど。
「俺達は、あの大魔神をどうするかに頭を悩ませてるんだけどな」
「私は力足らずでしたけど、大丈夫ですよ。王将様なら、なんとかできますって」
気楽に言ってくれる。
大魔神が女神アーサマを滅ぼすことなっても、ぶっちゃけ彼女らは構わないのかもしれない。
国破れて山河ありである。
アビス大陸の魔族にとっては、遠方の大陸の人間の国のことなど他人ごとだろう。
大魔王イフリールが仕えるに足りない君主だとわかれば、即座に俺についたハイドラはたくましい。
アーサマとともにユーラ大陸が完全崩壊しても、その時はカアラとタッグを汲んでオラケルを立てて、新しい魔族の国を建てるぐらいのことはやってのけそうだ。
息子の将来が明るいのはいいんだが。
シレジエ王国の王将としては、そうならないようにがんばらなきゃならない。
「タケル、そろそろタンムズの都が見えてきたのじゃ」
「うん。とりあえず、宿舎にでも下ろしてくれ」
「国父様、大魔王様の動きを観察しますに、このコースであればタンムズの都が襲われることはないかと思います」
「とりあえず、それだけは朗報をだったな」
大魔神を操っている大魔王イフリールの目的は、あくまで女神アーサマを滅ぼすことにある。
魔都ローレンタイトは行き掛けの駄賃とばかりに完全破壊されてしまったが、わざわざこっちに寄り道して魔族の都市を破壊することはないだろう。
その点は、逆に操られていて良かったかもしれない。
明確な目標が見えない強大な混沌生物は、動きが予想できない分さらに恐ろしい。
ユーラ大陸の北極にある魔王国など、そのせいで国家秩序が崩壊しているほどだ。
ついこの間、戦争があったとは思えないほど、眼下にみえるタンムズの都は落ち着きを取り戻している。
とりあえず魔都のように、この都市が潰されないならばありがたいというものだった。
※※※
タンムズ・スクエアの港では、急ピッチで艦隊の補修工事が行われている。
ライル先生の計画では、大魔神に先んじてユーラ大陸に戻ることになっているので、とにかく急がなければならない。
それでも、長い航海と激しい戦闘の連続で、破損の激しい船の修復は容易ではない。
黒杉軍船は、船の外装は黒杉でできているから大丈夫にしても、甲板や骨組みがかなり壊れていた。
応急処置といっても時間がかかるが、艦隊の中心的戦力である三艘の黒杉軍船だけは。なんとしても使えるようにしなければならない。
見回っていると、ドレイク提督が乾ドックに上げられている黒杉軍船のところにいた。
産声を上げた時から船の上にいる生粋の船乗りであるドレイクは、陸に上がってからも船から離れないでいるらしい。
「王将。この船も、大海の間を行ったり来たり大変なもんだな。おかげでオラァ、世界一の船乗りにもなれたけどよ」
そういうドレイク提督の眼の下に隈ができている。
いくら世界一の船乗りといっても、寄る年波には勝てないはずだ。
お互い大変だな。
「ドレイクは、船の補修中ゆっくり休んでくれ」
「休みたいところだが……」
船室の入り口で、ドレイクに手招きしているアサッテさんは見ないことにした。
これは、陸にいるうちは休めないな。
あとで栄養剤でも届けさせておくか。
強制的に薬で元気にさせられる感覚は、あれはあれでキツイんだけど
さてと、船はいいとして……。
そう思ったらちょうど、ライル先生が乾ドックにやってきて声をかけてくれた。
「タケル殿、ここにいましたか」
「先生。俺も先生のところに行こうと思ってたところですよ」
敵の動きがハッキリしたのだから、今後の相談をしなきゃならない。
「ともかく、早くお城のほうに来てください」
「お城……この都に、お城なんてあったんですか?」
ともかく、ライル先生に付いて都の中央へと歩いて行く。
賑やかな軍港都市である。戦争のときはあまりに慌ただしくて、タンムズの都の中までゆっくり見回る時間はなかった。
「このタンムズ州が大魔王イフリールの支配下に置かれてからは総督の居城として使われていたようですが、もともとここはタンムズ王国の首都だったのですからお城ぐらいありますよ」
「王様がいるんですか?」
「残念ながら王の一族は残ってませんね。魔王側について、先の戦争で亡くなったそうですよ。私達のほうに付けば、そのまま傀儡の王にできたのに残念ですね」
また、先生は黒いことを言っている。
「国王がいないとすると、この国はどうするんですか?」
「その話を、今からしようと思ってお呼びしたのです」
石造りの建物が続く道をずっと行くと、確かに大きな城があった。
巨大な一枚岩であるスクエア要塞を見る通り、この地は石材が豊富だ。
重厚な石造りの城門前は、何やら兵士や市民でごった返している。
そこに、海将ダモンズが待っていた。
「ダモンズか」
「王将閣下。ご無事のお戻り、何よりです」
多くの兵士を引き連れたダモンズが、俺の前に恭しく跪く。
正装といっていい。やけに綺羅びやかな衣装を身に着けている。
そう、まるで王のような。
「タケル殿、このダモンズをタンムズ国の王としようと思います」
「なるほど、それでいいでしょう」
タンムズ・スクエアは、大きな戦いが続き混乱している。
二度目は都を舞台にして、魔国派とシレジエ王国派にわかれて戦った。
この国の元国王であった人物が魔国側について亡くなってしまったのだとすれば、国をまとめるのは容易ではない。
海軍大将であったダモンズが、国を治めるのがいいだろう。
「即答ですか? 結構重要な選択なんですが、タケル殿も王者の決断力が付いてきましたね。ダモンズ・コーラングは、元国王の血筋ではないものの、かつてこの辺り一体を治めた『海皇コーラング』と呼ばれる貴種魔族の血筋です。王として迎え入れるに足る器であると思います」
先生がそういうなら、俺に異存はありませんよ。
正直なところ、大魔神の対策だけで精一杯。
こっちの国のことは、誰かに任せたいと思っていたところだ。
確かな人間が治めてくれるなら、誰でもいい。
それに、ダモンズの妻は人間だったし、その子供は人族と魔族のハーフだ。
これから人族と魔族の協調体制を築いていくのに、これほど相応しい象徴もない。
「このタンムズの都を大魔王イフリールより奪い返したのは、他ならぬ海将ダモンズだ。俺は、ダモンズこそ王に相応しいと思う」
「では、王の任。謹んでお受けいたします」
すでにダモンズも覚悟は決まっているらしく、戴冠を受けると即答した。
ライル先生が、タンムズ国に伝わる王の冠を持ってくる。
「そうであれば、タケル殿。ダモンズ殿に、タンムズ国の王である証の冠をかぶせてください」
クリスタルの角飾りが付いた、綺羅びやかだが変わったデザインの王冠だった。
なるほど、魔族は角が生えている種族が多いのでこうなるんだな。
俺は、ダモンズに被せてやる。
まるであつらえたように、スポッと水牛の角に飾りがかかってよく似合っている。
「これで、ダモンズは王だ」
「王将閣下よりの戴冠、謹んでお受けいたしました。このダモンズ、この国の王として、見事に務めを果たしてご覧に入れましょう!」
もう王になったのだから、臣下の礼は要らないんだって。
そう思ってると、横に立ったライル先生がボソリとつぶやいた。
「ダモンズ殿が王となられたのも、シレジエ王国の武力があってのもの。タケル殿が王として戴冠されたのですから、今後はタケル殿が皇帝を名乗って、王であるダモンズ殿を従えてもいいわけですが……」
なるほど、今の力関係だとそうなってしまうのか。相変わらず先生は、言うことが黒いなあ。
でも俺は、傀儡の王など立てる気はない。
俺は、跪いているダモンズの手を取って立ち上がらせた。
そして、その手を握りしめて叫ぶ。
「ダモンズ……いや、ダモンズ・コーラング王陛下。これからは家臣としてではなく、対等の友として共に協力していこう!」
「ハッ、ありがたき……身に余る光栄です!」
俺がそう言うと、後ろの兵士達が諸手を上げて喜びの声を上げた。
ダモンズ王バンザイの連呼が、兵士達から市民達へと「わー」と広がっていく。
うん、これでいい。
ダモンズを傀儡に立てようとした先生には、少し悪いけどね。
「タケル殿なら、そういうと思っておりました。タンムズ王国のあとには、アビスパニア女王国の復興もありますからね。アビス大陸の国々も、ユーラ大陸と同じように対等なる同盟によって連盟制度を取りましょう」
「先生がそう言ってくれて、嬉しいですよ」
「そして、両大陸に渡る連盟の盟主は、もちろん我がシレジエ王国です」
さすが先生。これには、苦笑するしかない。
名目はともかく、実利はきちんと取るための
戦争の傷跡は深い。
新生タンムズ国も先々は多難が待ち構えてもいるだろうが、今は共に大魔王イフリールよりこの国を奪い返したことを喜ぼう。
新たなる王と王国の誕生を祝って、歓喜に包まれたタンムズの都は、この日から三日三晩のお祭りとなったのだった。
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