第259話「とりあえず小休止」

 さてと、大魔神を止めてみせると意気込んだものの……。


「タケル、ともかく一旦休憩じゃ」

「だよな」


「ワシは、しばらく休まんと飛ぶのは無理なのじゃ……」


 一度立ち上がったオラクルであったが、座り込んでしまった。

 そりゃ、あの戦闘のあとだから疲れきる。


 特にオラクルは、俺に付き合って大魔神の体内にまで入ったからそりゃ気疲れしただろう。

 俺だって、座り込んだらもう身動きできないんじゃないかと思うほど、疲弊している。


「国父様、よろしければお食事の準備でもしましょうか。保存食なら多少ありますし、何でしたら近くで食べられるものを見繕ってきます」

「うーん、食事って気分でもないんだよな」


 俺達はさっきまで触手と戦って、グチョグチョのドロドロにされてたのだ。

 身体中粘液でベットベトだし、ヘトヘトだし。


 食事って気分では絶対ない。

 オラクルも「腹に入らんのじゃ」と頷いてる。


 俺も、もう我慢できず座り込んでしまう。あの竜乙女ドラゴンメイド達ですら、グロッキーである。

 あの触手の群れを相手にするのは、体力うんぬん以前に精神力が削られる。


 魔獣使いのハイドラも、ブッ倒れたまままったく起き上がらないし。

 本当に生きてるのかと心配になる。


 あーもうダメだ。

 これは、少し休むしかない。


「わりと、カアラは元気なんだな?」

「はい。アタシは大魔神様の動きを計測してただけで、そんなに活躍してないですから」


 そうだったか。

 まあ、カアラがしっかりしてくれてるおかげで、俺達は休めるからありがたいけど。


「あの、国父様。お身体も汚れているようですし、良かったらお風呂でも作りましょうか?」

「風呂? こんな荒野に風呂はないだろ」


 川も見当たらない、赤土の荒野である。


「ちょっと待って下さいね。この辺りは、火山地帯なんですよ。地下水も通ってますから……」


 カアラが地面に手を当てて調べていたかと思うと、いきなり魔法を撃ち放って地下の岩盤を砕きはじめた。

 ドスンドスンと、地揺れがする。


「おい、何をやって……」


 俺が声をかけようとすると、ドバーーッ! と地中から水が噴出し始めた。

 いや、これはお湯だ。激しく湯気が上がっている。


「ちょっと熱めかな、浴槽に引いて少し冷ましますからちょっと待っててくださいね」


 カアラが、土魔法で瞬く間に露天風呂の造成を始めた。

 さっき大魔神が通った後にできた足あと(というか、でっかい触手がズリズリっと通った谷間)に、吹き出したお湯が引かれて溜まっていく。


「よっと」


 でっかい岩を落として浴槽を作り、表面を削って磨く。

 ヒュンヒュンとかまいたち状の衝撃波が飛んで、大岩がブロック状に分断された。


 正方形に切られたタイルが、浴槽の床にも敷き詰められる。

 瞬く間に、荒野の真ん中に立派な浴場が完成した。


「相変わらず凄いな、カアラの魔術は」


 為政者としては、土木工事やってるのがアホらしくなる。

 まあ、カアラは最上級魔術師だから特別なのだ。これに頼ってたら、人間ダメになるよな。


「お褒めにあずかり光栄です」


 竜乙女ドラゴンメイド達は、ひゃーとか歓声を上げて湯船に飛び込んでいった。

 連中は、普段から布一枚の裸みたいな格好をしているから、脱ぐのが早い早い。


「うーん、俺は遠慮しといたほうがいいかな」


 アレは俺の妻だからいいけど、他の竜乙女ドラゴンメイドの手前、男の俺が一緒に入るというのもちょっと抵抗がある。

 まだブッ倒れているハイドラの看病でもしながら、順番を待ってもいい。


「タケル、何を言っとるのじゃ。いまさら、あいつらも気にせんじゃろ。ほら、いい湯加減じゃぞ」


 オラクルもさっさと脱いで湯船に入ってしまい、浴槽にプカプカ浮かんで俺を手招きしている。

 温泉は俺も好きだから、羨ましいけど我慢だ。


「ううっ……」


 そうこうしてるうちに、ハイドラが目を覚ました。


「ハイドラ。平気か?」

「私、ダメだったんですね……」


 ハイドラは、身を起こすと暗い顔をした。


「そう気を落とすな。お前はよくやった」

「ああ……せっかくの出世のチャンスだったのに。いやあ、それどころじゃない。このままじゃ、降格ですよね? 私降格ですか? もう一兵卒はイヤだー!」


 一人で盛り上がって、ハイドラは抱きついてくる。

 あられもないボンテージファッションのハイドラは柔らかいのだが、粘液でベチョベチョなので抱きつかれてもあんまり嬉しくない。


「いや、降格はしないから、少なくとも一兵卒はない」

「本当ですか?」


 本当だから離れてね。

 うう、ハイドラと俺の身体にべちょっと糸を引いてる。


 まあ、お互い様だけど。

 これキツイよな。


「ほんと、早く風呂入りたいな」

「えっ、お風呂があるんですか?」


 ハイドラが聞いてくる。


「あるよ。見たらわかるでしょ」

「王将様、あれがお風呂なのですか?」


 湯気が上がっている露天風呂を見ても、ハイドラは風呂と認識してないようだ。

 みんなが入って楽しんでるんだけど、なんでわかんないんだ。


「露天風呂だよ。もしかして、風呂を見たことない?」

「うわーそうなんだ。これ全部お湯なんですか、外にも風呂があるんですね?」


「そうか、アビス大陸でも風呂はあんまりポピュラーじゃなかったな」

「お貴族様とか、よっぽどのお金持ちが入られるものってイメージですね。私は現場を駆けまわる隊長クラスでしたから、縁がありませんでした」


 意外に質素な生活だったんだな。大魔王の側近ではなかったのか。

 俺達がごちゃごちゃ話していると、オラクルがしびれを切らせたように声をかける。


「おーい、タケル。いつまでごちゃごちゃやっとるんじゃ。さっさと来いといっとるじゃろ」

「ううーん」


 俺がまだ迷っていると、ハイドラが聞いてきた。


「あの、私もお風呂入らせていただいてよろしいんでしょうか」

「そりゃ構わんよ。って、脱ぐのか……」


 風呂を見たことがないと言っていたので、服のまま入るんじゃないかと思ったらやっぱり脱いだ。

 なんかこう革製の服をぺろっとめくるように脱いでいく。


 そのボンテージファッションって、肌に巻き付いてるだけなんだな。

 魔族の服は、不思議である。


 そういうのを観察していると、勢い裸体も見てしまう。

 うーん魔族の青い肌が目に眩しい。


 ハイドラの程よく肉付きの良い肢体は、出るところは出て引っ込むところは引っ込むといった感じで、とてもスタイルが良かった。

 おっと、あんまり見てたら失礼だな。


「服も汚れてしまいましたので……」

「ああ、入るならさっさと入ってこいハイドラ」


 俺が目を背けていると、不意に腕を引っ張られた。

 ヒョイッと持ち上げられるので、何かと思って見たらダレダ女王だった。


 もう片方の腕も引っ張られる。

 アレだった。


「いつまでやってるのネェ」

「いや、ダレダ女王。マズいから!」


 アレが呆れたように言う。


「なにがマズいのだ。勇者がいつまでもベッチョベチョのままだと、私達も困るのダ。ほら、駄々こねてないでさっさと脱ぐのダ」


 こうなるともう逆らえない。

 鎧も、服も、力ずくで剥ぎ取られてしまう。


 いや、でもさ!


「あのネェ、ムコ殿。私達の仲だから、いまさら裸なんて気にしないでいいのネェ」

「そうだゾ。裸なんて、見ても減るもんじゃないから誰も気にしないのダ」


 そりゃお前達はそうかもしれないけど。

 俺は気にするんだよ。


 しかしまあ竜乙女ドラゴンメイド達の強引さには逆らえない。勢いで、湯船に引きずり込まれた。

 あーでも、浸かってみればいい湯だ。


「ムコ殿は、どうせ浮気とかを気にしてるのネェ。だったら、ここの全員妻にしてしまえばいいのネェ」


 また竜乙女ドラゴンメイド特有の倫理観のかけらもない発想である。

 ダレダ女王がそういうこというと、本当になるからやめて欲しい。


「母上それは、ダメなのダ。勇者は、私のだゾ。母上は、すぐそういうことを言う。どうせ自分のことしか考えてないのダ!」


 バシャバシャと、竜乙女ドラゴンメイドの母娘でプロレスが始まった。

 疲れきってたはずなのに、お湯に入ったらすぐ回復したらしい。元気なことだ。


「タケルもようやく来たのじゃな」

「ああ、オラクル」


 抱きついてくるが、オラクルには抵抗がない。

 俺の妻だからな。


「ワシは妻なんじゃから、くっついてもええんじゃろ」

「そうだな……まあ、ゆっくりするのも久しぶりだ」


 触手の粘液で気持ち悪かったから、ヌルヌルが取れて気持ちいい。

 そこに、カアラがやってきた。


「国父様、飲み物は取られますよね?」


 なにやら、ジュースの入ったグラスを差し出される。

 飲んでみると甘酸っぱい味がした。


「おっ、これ美味しい」

「近くを探索したらレモンの実がなってました。それに、蜂の巣を見つけたので蜂蜜と合わせてみました」


 蜂蜜レモンのジュースか。

 これは、疲れた身体に染みる味だ。


「オラクルも飲むといいぞ」

「ワシは、タケルの精気のほうがいいのじゃ」


 そういって、乗っかってくる。

 オラクルはエンシェントサキュバスなので、俺の精気を吸ってエネルギーにできる。


 ようやく少し回復したと思ったのに、エネルギーを吸われたらたまらない。


「おい待て、こんなところでなんだよ」

「真面目な話、ガス欠で補給しないと飛べないのじゃ」


 いや、みんなの前ではやめろよ。

 カアラがクスクスと笑う。


 カアラはまだ妻だからいいけど、なんかハイドラまで近づいてきたので慌ててオラクルをどける。


「王将様」

「な、なんだハイドラ」


「先ほどの約束ですが、将軍になりたいなどと贅沢はいいませんが、魔獣隊長にはしていただけるんでしょうか?」

「ああ、そうだな。正式に魔獣隊長の待遇で軍に迎えよう」


 ハイドラは、大魔神を操るのには失敗したものの魔獣使いとしては活躍してくれた。

 支配下に置いている鉄鋼竜メタルドラゴンは、一匹で黒杉軍船にも匹敵する力を持っているので、艦長と同等の扱いでいいだろう。


 魔獣隊長と言っても、魔獣使いはうちの配下にはいないのだが。

 火竜を使う爬虫類人レプティリアンの傭兵隊あたりと組ませたら、いい戦力になるかもしれない。


「ありがとうございます!」

「うわ、なんで横に来る」


「えっ、だってみんな侍らせてるんじゃないんですか。私ももう、王将様の側近ですから!」


 ハイドラが出世とか側近とかにこだわるのはよくわかったが、風呂場でそれを発揮して欲しくはなかった。

 仲良くプロレスしていたアレ達までがやってきてしまう。


「それはいいアイデアなのダ。私も勇者に侍るのダ」

「私もネェ」


「母上は、関係ないと何度いったらわかるのダ!」

「ズルイのネェ。分け合うのネェ」


 竜乙女ドラゴンメイドが、バシャバシャ暴れながら飛び込んでくるので、大騒ぎになる。


「おい、オラクル。どさくさに紛れてなに吸おうとしてるんだ」

「ちょっとだけじゃから……」


 精気を吸われたら、また俺が動けなくなるだろ。

 せっかくカアラに風呂を作ってもらって休憩のつもりが、あんまり休まらなかった。


     ※※※


 そうして、俺達が温泉でそんなことをしてる間も。

 遠方には身の丈百メートルを超える大魔神が、ゆっくりと東に向かってズルズルと触手を蠢かせて行くのが見えている。


 その移動速度は、決して早くはないが着実である。

 半年もすれば、セイレーン大海を超えて遙か彼方のユーラ大陸まで到達してしまうという話であった。

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