第245話「いざ艦隊出撃へ」

 四十日にも及ぶ長いセイレーン大海横断航海を終えたシレジエ艦隊は、アバーナの港で一週間の休息ののち。

 海上要塞を有する敵のタンムズ・スクエア攻略に向けて出航する準備が整った。


 出撃を前に、たくさんの水兵達が港に群がっている。

 護衛のベレニス、クレマンティーヌ。ララちゃんやシェリー達を引き連れた俺が、港へと足を運ぶと。


 ダモンズやドレイクが多くの将兵達と整列して待っていた。

 作戦参謀を務めるライル先生が進み出てくる。


「それでは、タケル殿。ご挨拶を賜れますかな」

「うーんまたですか」


 どうやら、俺がまた演説しなきゃならないようだ。

 これが俺の仕事だからしょうがない。


 港に停泊している黒杉軍船の舳先まで登ると、俺はそこから港に群がる兵士達を見回して、静かになるのを待ってから語りかけた。


「一千年以上もの昔。今の我々と同じようにユーラ大陸より女神アーサマを奉じる人族はこのアビスの大地に到達し、アビスパニアという国を建国したという

 親愛なるシレジエの兵士諸君。諸君らは、セイレーン大海を渡り、千年の沈黙を破って再びこの地へと到達する驚嘆すべき偉業を成し遂げた!


 シレジエの兵士諸君、アビスパニアの兵士諸君。そして我々人族と共に歩むことを選択してくれた魔族の諸君。

 今このアビスの大地では、大魔王イフリールによる圧政がしかれ、人族も人族と共存しようとする魔族も共に滅ぼされようとしている。


 これを看過してはならない!

 シレジエ王国の王将として、女神アーサマに神託を受けた勇者として、俺はここに大魔王イフリールの打倒を宣言する。


 ここに集結した連合艦隊をもって、魔国の海上要塞都市タンムズ・スクエアを強襲し、一気に魔国の首都ローレンタイトを打ち抜き、魔軍を完膚なきまでに粉砕する。

 そして、我ら共通の敵、大魔王イフリールを倒すのだ。


 そうすれば、この豊かなるアビス大陸の地に、人族と魔族が共存できる生活圏を築くことができる。

 これは、我々が今後千年の安寧を手に入れるための戦争である。


 対する魔軍は、巨大な海上要塞を築き、強大な魔獣を有するとも聞く。

 だが、それがなんだというのか。


 兵士諸君、俺は諸君が世界最強の海軍であると信じる。

 四十隻の大艦隊、千門を超える大砲、そしてここに集結した三万もの将兵の力を結集すれば打ち倒せぬ敵などいないと!」


 港から「ウオオオオオオ!」と、兵士達のときの声があがる。

 その熱狂に答えるように、今一度俺は手を振るい、声を枯らして兵士達に叫んだ。


「兵士諸君、どうか今一度、俺に力を貸してくれ!

 俺は諸君を率いて、このアビスの大地を邪悪なる敵より解放する!


 我らの進む先には、勝利の名誉がある!

 溢れんばかりの富と、誉れ高き栄光がある!


 邪悪なる敵を打ち倒し、この豊かなるアビスの地に新たなる平和と繁栄の時代を築こうではないか!」


 俺が演説を終えても、兵士達の歓声は止まず、艦隊からはドパンドパンと祝砲がぶっ放された。

 こんなもんでいいかなと、いつの間にか後ろに居たライル先生に目配せする。


「タケル殿は、回を重ねるごとに将兵を戦に駆り立てるのが上手くなりますね」

「皮肉ですか?」


「いえ、士気の上がる見事な演説だなと感心してるんですよ」

「あんまり褒められてる気がしないんですが……先生、作戦の方はよろしくお願いしますね」


 俺にできるのはこれぐらいだ。

 細かい仕事は、ライル先生やシェリー頼みである。


「ええ、全ては計画通り、艦隊の編成も済んでます」


 そこに、魔軍を率いることになる海将ダモンズもやってきた。


「王将閣下、名演説でしたな。将兵一同、今一度本作戦の意義を新たにしました」


 恥ずかしいから、いちいち褒めるのやめてくれるかな。

 まあ、そうも言ってられない。ダモンズ達にも頑張ってもらわなければならない。


「ダモンズは第二艦隊を率いる予定だったな。今回の作戦のかなめだから、よろしく頼むぞ」

「ハッ、攻める先は我が庭のようなものです。身命を賭して、大魔王より故郷を奪え返します!」


 ダモンズには、俺がプレシディオから奪ってきたガレー船六十隻に加えて。

 この港で修理、建造したコッグ船など合わせて百隻あまりの第二艦隊で上陸作戦の指揮を担当してもらうことになっている。


 また、ダモンズが大魔王イフリールから預けられた大海竜がまだ三匹残っているので、それも緒戦の攻撃で使えれば使うという計画だ。

 かなり、重要な役割を担っている。


 ダモンズに改めて「よろしく頼む」と言っていると、艦隊出撃の準備が整ったのか出港の合図がかかった。

 ドレイクが舳先にやってくる。


「王将、そろそろ行くぜ」

「そうだな。では、まず目指すはタンムズ・スクエアの攻略だ!」


 こうして、百四十四隻の連合艦隊は、敵の大軍港タンムズ・スクエアに舵をとった。


     ※※※


 その頃、魔国の魔都ローレンタイトの壮麗なる魔王宮殿の入り口で、魔獣使いのハイドラは彷徨っていた。


「一体どうすればいいのよ……」


 肌もあらわで際どいボンテージアーマーに身を包んだ美貌の魔獣使いのハイドラだが、その表情は落ち込んでいて、精彩を欠いている。

 戦場で人に慣れた飛竜ワイバーンを拾うという僥倖に恵まれて、命からがらローレンタイトまで辿り着いたは良いものの、大魔王イフリールに会うことができないでいたのだ。


 与えられた魔獣をすべて失う失態を犯しているハイドラがそのまま魔軍に戻っても、敗残兵として魔獣隊長の地位を失うだけである。

 彼女の持つ武器は、アビスパニアの反乱軍が使い出した新兵器と女勇者が現れたという情報だけ。


 なんとしても、大魔王様に直接お伝えして、自分が役に立つことをアピールしなければならないのに。

 こうして魔王宮殿まで来ても会うことができない。


 大魔王様に直接お目通りが叶うのは、上級貴族であるか将軍クラスの軍人であると決まっていた。

 たかだか魔獣隊長にすぎないハイドラの立場だと、宰相にでも陳情してお目通り願えるように口を利いてもらうしか道はないのだが、その上奏も撥ね退けられてしまったのだ。


 新兵器や女勇者の情報を宰相に託してもいいのだが、それだとハイドラの手柄にはならない。

 ハイドラがもう一度魔軍で復権を果たすには、あくまでも自分で大魔王様にお目通りして、ご報告申し上げる必要があった。


 だから、偶然大魔王様が通りかからないかと、宮殿の前をうろついているのだ。

 そこに白山羊型魔族の、杖を付いた老魔人が通りかかった。


「あっ、デモゴルゴーン侍従長閣下!」

「なんじゃ騒ぞうしい。年寄りを驚かさんでくれ」


 デモゴルゴーンは、長い白髭を蓄えた老魔人である。

 魔軍では大して地位は高くないが、先代より王族に仕えており身の回りの世話を担当しているため、大魔王イフリールに目通りする権限を持っている。


 このチャンスを生かさない手はないと、ハイドラは老侍従長に詰め寄った。


「デモゴルゴーン様、折り入ってお話があるのです!」

「ワシは忙しいんじゃが……ええいしょうがない。五分だけ時間をやるから早く申せ」


 ローブの懐から懐中時計を取り出すデモゴルゴーン老。

 本当に五分しかくれないらしい。


 もはや隠し立てしてもしょうがない。

 ここは腹を割って、ハイドラは知る限りの情報をデモゴルゴーン侍従長に伝えて、なんとか大魔王様にお目通り願えるように頼み込んだ。


「うむう……新たなる勇者の出現となれば、見過ごすわけにもいかんのお」

「そうでしょう。私はこの目で、参謀総長のサルディバル・ゴメス様が倒されるところを見たのです。リンモン州はアビスパニア反乱軍の手に落ちつつあります。これは、魔軍の危機といっても過言ではなく」


「あーわかったわかった。だが、宰相には相手にされんかったじゃろ。魔軍はいまそれどころじゃないんじゃ。王宮の近くの大量の死傷兵の姿は見たか?」

「ええ、見ました。また戦の犠牲者ですか」


「遠方の地、バアル州では聖母を名乗る女王が出現して、新たな人族の国が誕生しとるのじゃ」

「聖母……ですか?」


「うむ、神聖ステリアーナ女王国といったか。このアビスの大地でアーサマ教会など何の力も持たないと甘く見ておったが、それがなぜか恐ろしく強大な力を誇っておるらしい。これまで一万もの遠征軍を二回も送ったのじゃが、そのたびに全滅じゃ。もうダゴン州にまで反攻されとると聞く。聖母軍がこのローレンタイトまで到達する日も近いかもしれん」

「まさか、この魔都ローレンタイトにまで敵が攻めてくるなどありえません」


 魔国の首都ローレンタイトは、いわば魔族の本拠地である。

 この千年、人族の軍に魔都まで攻め寄せることを許したことなどない。


「そのありえない事態が起こりつつあるから、みな慌てておるのじゃよ。しかし、聖母の出現に今度は女勇者か……あいわかった魔獣隊長ハイドラとやら。大魔王様に、ご報告申し上げることを許そう。だが、いま大魔王様はここにはおられないのじゃ」

「魔王宮殿におられないのならば、どこに?」


「ローレンタイト郊外の地獄淵マッド・ボルケーノにおられる」

「そんな場所にですか?」


 地獄淵マッド・ボルケーノといえば、地獄へとつながるという伝説のある巨大な谷間だ。

 谷間からは常に硫黄が吹き出し、魔族すら近づかぬ呪われた地である。生物の住める場所ではないと言われる。


「うむ、事情があってな。魔王様が魔王宮におられぬことは、外には漏らすでないぞ。ともかく向かおう」


 デモゴルゴーン侍従長に連れられて、ハイドラは地獄淵マッド・ボルケーノへと足を踏み入れることとなった。


     ※※※


「う……」


 なんだこれと、ハイドラは総毛立つ。

 地獄淵マッド・ボルケーノに近づくと、鼻を突く異臭に眉をひそめた。


 それは、淵から噴き出るという硫黄の匂いだけではなかった。

 強い死臭の臭いがする。


 それもそのはずであった。

 戦で亡くなった兵士達の死体が、荷車に乗せられて次々と運び込まれている。


 荷台をよく見ると、重傷ながらまだうめき声を上げて生きている兵士もいた。

 あまりにも異様な光景に息を呑む。


「ハイドラ、ここで見たことを他言するでないぞ」

「しかし、デモゴルゴーン様。これは一体……」


 前を歩く侍従長は、説明してくれない。

 次々と運び込まれる死体の数は、丘に登るごとに増えて山となっている。


 おぞましき、まさに地獄そのものといった血塗られた光景にハイドラの心は震えていた。

 谷の淵にくるとさっと、デモゴルゴーン侍従長が跪く。


 慌ててハイドラも跪いた。

 血の色よりも赤き、鮮血の鱗を持った竜人が、真紅のマントを翻して中空に立っていた。


 赤竜帝とも呼ばれた、大魔王イフリールその人である。

 大魔王イフリールは、地獄淵マッド・ボルケーノの上に浮かび、じっと硫黄が吹き出してくる谷の底を見つめている。


 不意に「やめてくれ~」と叫び声が聞こえた。

 死体が、まだ生きている重傷者が次々と底の見えぬ谷の底へと落とされていく。


 その光景にハイドラは息を飲んだ。


「デモゴルゴーン、何用か申せ」

「ハッ、ここにおる魔獣隊長ハイドラより、リンモン州の賊徒に女勇者が発生したとの報告を受けましたじゃ」


「ふむ、であるか」


 ハイドラは、大魔王イフリールが恐ろしくてならなかった。

 しかし、デモゴルゴーンが、お前よりも言上せよと目配せしてくる。


 そうだ、ここで言上しなければ自分がここまでやってきた甲斐がない。

 ハイドラは意を決して、張り裂けんばかりに声を張り上げる。


「大魔王イフリール様に申し上げます。リンモン州に、女勇者が発生しました。そればかりではありません。敵は奇怪なる火を噴く筒を使い、凄まじきスピードで巨大な鉄の弾を放つ新兵器を持っているのです」

「女勇者に、鉄の弾を飛ばす新兵器か。つまらんな」


 大魔王イフリールは、興味もなさそうにポツリと呟いただけだ。

 しかし、その声は不思議と、喉を枯らして叫んだハイドラの声より谷間に響いた。


 ハイドラは、すっかり威圧されてしまった。

 それを見たデモゴルゴーン老が、再び言上する。


「陛下! 聖母ステリアーナに、女勇者の出現。これは、兼ねてよりの懸念である、人族の女神を僭称するアーサマの刺客に相違ありません。何らかの手を打たねばなりませんのじゃ」

「捨て置け」


「しかし!」

「聖母も女勇者とやらも、アビス大陸に争いの芽を撒き散らし、我が力をより一層増すだけだ。見よ、デモゴルゴーン。また新たなる魔獣が産まれるぞ」


 銀の光沢を持った巨大なる竜が、深淵から姿を現した。

 魔獣使いであるハイドラが、これまで見たどの魔獣よりも恐ろしく強い個体であった。


「ふむ、鉄鋼竜メタルドラゴンとでも名付けるか」

「ああ……」


 魔獣、鉄鋼竜メタルドラゴン。なんと素晴らしき姿であろう。このような魔獣が手に入れば、そう思うとハイドラは興奮してたまらない。

 ハイドラが感動に身を打ち震わせていると、不意に大魔王様より声をかけられた。


「ハイドラどうだ。これならば、火を噴く筒とやらにも勝てような」

「は、はい! どうぞ私にこの鉄鋼竜メタルドラゴンをお与えください。さすれば、火を噴く筒にも女勇者にも勝って見せます」


 ここぞとばかりに、ハイドラは自分を売り込む。

 今度こそ、この強大な魔獣であれば今度こそやれると言う自信があった。


「何を聞いていた。女勇者など捨て置けといったではないか」

「し、失礼しました。しかし……」


「ハイドラ、その鉄鋼竜メタルドラゴンは貴様に任せてやろう。これより、余は西に向かう」

「ありがたき幸せですが、西にですか?」


 やった、鉄鋼竜メタルドラゴンを貰えた自分はやっぱりツイてるという強烈な喜びと、いきなり西へ行くと言われた困惑がないまぜとなって、ハイドラは変な顔をした。

 聖母に女勇者、敵の軍勢が出現したのは南である。なんで西に?


「貴様は感じぬか。引き寄せられる運命を」

「運命ですか?」


「フハハハハッ。これで全ての鍵は揃う。偉大なる我らの祖、混沌母神の復活のときは近いぞ」

「お、お待ち下さい。えっと、貴方の名前はシルバーよ! 大魔王様を追うわよ」


 ハイドラは、新たに与えられた鉄鋼竜メタルドラゴンに名前をつけて使役すると。

 西の空へと飛び立った大魔王イフリール様の背中を追うのだった。

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