第244話「シレジエ艦隊の到着」
海を埋め尽くすような大艦隊が、ゆっくりとアバーナの港に入ってくる。
来る予定に合わせて港の拡張整備を進めていたのだが、それでも港が一杯になった。
アバーナ軍港に集結したシレジエ艦隊は、艦隊旗艦となる『麗しのシルエット』号を先頭に、黒杉軍船が三隻。
大型軍船であるガレアス船四隻、ガレオン船二十隻。武装商船キャラック船が十三隻。
総勢四十隻の大艦隊である。
外洋を渡るために、耐波性のある中型船以上の船だけで構成されている。
あとは、この港で建造しているコグ船や、俺が奪ってきたガレー船を合わせて艦隊の数を稼ぐことになるだろう。
「なんだダモンズ、どうして泣いている」
「感動のあまり、これほど凄まじき威容の軍船の数々は見たことがありません。これこそ、世界最大の海軍というべきものでしょう」
ダモンズにはそう見えるのか。総重量千トンクラスの船がこれほど集まると確かに立派には見えるが、艦隊はかなり傷ついている。
やはりセイレーン大海を渡る際に何かトラブルにあったらしい。シレジエ王国の白百合を描いた船の帆がボロボロになっていたりするし、マストが折れている船まである。
「そういえばダモンズ。タンムズ・スクエアの大軍港には魔軍の艦隊が集結していると聞くが、どの程度の規模と数になる」
「はい、船の大きさでいえば、この王将閣下の艦隊のもっとも小さき船が最大のものになります」
「キャラック船と同じ大きさの船があるってことか」
「はい。あのキャラックという船より少し小さくなりますが、ドラゴン船と呼ばれる
カスティリアから接収したガレアス船やガレオン船も吸収して、いまや無敵艦隊となったシレジエ艦隊が負けるとは思っていないのだが。
ダモンズから直接そう聞いて安心した。
港に着いた旗艦から、カツカツと義足を鳴らしてドレイクが降りてきた。
「王将、帰った!」
「おう、ドレイク提督。艦隊の先導、ご苦労だった」
「増援にきたシレジエ艦隊も、オラァ達のように苦労したみたいだぜ。おーきたきた」
船乗り達とともに、モジャモジャ頭で赤ら顔の大男が桟橋を渡ってくる。
艦隊を率いてきたジャン・ダルラン提督である。
ちなみに元女海賊のメリアード提督は、今回は留守番である。
本国の防衛任務にも戦力は残さないと行けないので、当たり前だ。
今回の攻略作戦を行う海軍提督としては、ドレイクも、ダモンズもいる。
大海を渡るとはいえ輸送任務なので、戦闘はあまり得意でないジャン提督でもいいだろうと思ったのだが、「おかげで酷い目にあいましたよ」と文句を言われた。
聞けば途中で信じられないほどの大嵐にあって、船体が故障した船が多数でたという。
それは見ればわかるのだが、この分だと修理するためのドッグもフル回転させねばならないだろう。
「ジャン提督、苦労をかけた。よくたどり着いてきてくれた」
「ハハ……毎回王将閣下のご命令には、毎回苦労させられますなあ。セイレーン大海を渡る労苦は、一言では言い切れませんよ」
「道中の話はまあ、後でゆっくり聞こう」
そう言ったのだが、興奮したジャン提督は話し続ける。
「大海を渡る途中で、何度も嵐に合いましてね。右を向いても左を向いてもまるで切り立った壁のような荒波! 艦隊は翻弄されるばかりで、もう終わりかと思った時です。瞬く間に嵐が晴れて、甲板の上に白銀の羽根が舞い降りてきたのは……」
「アーサマがやってくれたのか」
「はい。それがこの羽根です」
新大陸にアーサマの神聖力は届かない。
アーサマは、勢力圏内ギリギリまでシレジエ艦隊を見守ってくれていたのかとありがたく思う。
俺は、白布に包まれたアーサマの白銀の羽根を受け取る。
大魔王イフリールを倒す。俺達の目的は、間違ってはいないということだ。
「ふむ、助けてくれたんだな」
「女神アーサマの恩寵であります。ありがたいことです」
羽根の輝きが色あせてしまっているのは、嵐を鎮めるのにアーサマが力を使った証拠であろう。
「あっ、そういやジャン提督も、
あそこに寄港しないで新大陸に渡れるはずもないので、必然的に寄ったはずだ。
補給も頼んでおいたし。
「閣下。その話はあまりしたくないですなあ……」
「そうか」
なんかジャン提督の赤ら顔が青くなったので、詳しくは聞かないことにする。
みんなあそこで、苦労させられるらしい。
「トラブルを見越して、船員は多めに乗せておりますので、支障はないのであります」
「なるほとわかった。遠路はるばるご苦労だった。作戦開始まで、休んでくれ」
船の修理があるので、どちらにしろすぐにシレジエ艦隊を動かすわけにはいかない。
魔国を攻めるのは、この港で補修を終えてからである。
※※※
アバーナ港は活気づいている。
港のスタッフはシレジエから来た艦隊の修理に大わらわだ。シレジエからやってきた船員達は、陸での束の間の休息を楽しんでいる。
その間、俺はといえば、ベレニスとクレマンティーヌの銃の訓練に付き合っていた。
クレマンティーヌの狙うマスケット銃が、ドンッと大きな音を立てた。
「当たりました!」
的は粉々に砕けている。
クレマンティーヌが使ったのは散弾なのだから当たり前だが、初めて当てられたと喜んでるので褒めておいてやろう。
「一気に六発の弾が出る散弾は当たりやすい。その代わり、射程がより短くなるから、実戦ではよく敵を引きつけて撃つようにな」
「了解です。敵の目の前で撃ってみせます」
そう力こぶを作るクレマンティーヌ。
もともと接近戦闘に長けているから、恐怖のあまり早く撃ち過ぎて外すということはありえないか。
ベレニスのほうも、バンバン銃声を響かせている。
こちらも全弾命中だ。
「ベレニスも上手くなったな」
「この新式銃は、撃ちやすいですね。これを使ってみて、王様が銃にこだわる理由が分かった気がします」
ベレニスが使っているのは、マスケット銃にライフリングを刻み込んだもの。
いわゆるミニエー銃。前段式ライフル銃だ。
シレジエ本国で、ついに生産に成功した最初の試作品をジャン提督が運んできてくれたのだ。
ミニエー銃は、普通のマスケット銃とは違い専用のどんぐり型のプリチェット弾を必要とする。
火薬も木炭の代わりに
例えば、俺の使っている特注品である
そんな面倒なことをしていては大量生産できないので、このミニエー銃はブローチ盤という歯車型の切削金具を作ってライフリングしてある。
ブローチ盤自体がまだ試作品のうえ高価なので、まだミニエー銃の配備は少ない。
しかしこうして使ってみれば、マスケット銃に比べて飛距離と命中精度は格段に向上しているので、いずれはミニエー銃にすべて取って代わるだろう。
この技術革新に、うちの兵站を担当しているシェリーも喜んでいる。
「うんうん。多少値が張ることを考えても、この銃のコストパフォーマンスはいいですよ」
「生産が軌道に乗れば、単価はいずれ下げられるしな」
「このミニエー銃なら、私達もお兄さまを守れそうです」
「はっ、お前ら付いてくるつもりなのか?」
「お姉さまがたも連れて行くんですよね。私達が行かない理由がありません」
「いや、ベレニス達は一応俺の護衛騎士だし、戦争に行くんだぞ?」
やけに張り切ってミニエー銃の試し撃ちをしていると思ったら。
どうやら、シェリー達は全員付いてくる気まんまんらしい。
「タケルさん。私もアビス大陸を見てみたい!」
「ララちゃんもか」
わざわざ危険な戦場に出向かなくても、安全な島で待ってくれていればいいのにな。
まあいいか。
そもそも、島が安全かどうかなどわかったものじゃないのだ。
むしろ、黒杉軍船に乗せてたほうが安全なぐらいかもしれない。
この中では一番年少のララちゃんが、「連れてかないといっても密航するから」というので、もう連れて行くことにした。
「わかったよ。みんな付いてくるといい。その代わり、危ないから船の外には出るんじゃないぞ」
「はーい!」
ララちゃんが喜んで飛びついてきた。長い尻尾を俺の足にからませてくるのが、なんとも可愛らしい。
戦場は、子供の遊び場ではないんだけど……まあいいか。
「さすがお兄様は、気前がいいですね。これで、お姉さまがたが、不埒なことをしないように監視できます」
「王様。我々は護衛はできますけど、子供のおもりまではできませんよ」
「なんですって、子供って言い方はないでしょう。こう見えても成人してるんですよ!」
「あら、ごめんなさい。子供っぽいって自覚があったんですね」
バチバチと火花が散っている。シェリーは、何やらベレニスに対抗意識を燃やしているのだが。
銃の腕前はともかく、女としては一回りも歳が離れてるので、単にからかわれているだけに終わっているのが微笑ましい。
「まあ賑やかでいいか」
戦争に行くような緊張感がまるでないが。
少なくとも海戦において不安要因はまるでないので、これでもいいかと思えた。
船の修理が済めば、いよいよ魔国の本国へと攻め入る大軍になる。
気を引き締めてかからなければならない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます