第243話「黒妖精の弱点」

 アバーナの大浴場に、岩棚に引き上げられたお湯がゴーと音を立てて滝のように注がれ満ちていく。


「いつ見ても壮観だな」


 宮殿の豪奢な浴場もいいが、自然の景観を生かした露天風呂もいいものだ。

 いつも通り、奴隷少女達を引き連れての入浴である(逃げようとしたロールも、ちゃんと捕獲してコレット達に抑えこませて風呂に引っ張ってきた)。


 一日の疲れを癒すために、ゆっくり浸からせてもらおう。

 ざぶっと背中にかけ湯をしていると、後ろからシェリーが騒いでるのが聞こえる。


「なんで貴方達がお風呂まで来てるんですか」

「私達は、王様の護衛騎士ですからお伴するのは当然ですよ」


 どうやら、予想通りの展開である。

 どうせそうなるだろうと思ったので、俺は後ろから声をかけてやった。


「シェリー、いいじゃないか。二人も訓練で汗をかいたんだから入れてやったら」

「でもお兄様、いいんですか? 見て下さいよこの格好」


「うわ、なんでお前ら体操着のままなんだ。いや、脱げって言ってるわけじゃないぞ。脱げって言ってるわけじゃないが」


 俺の慌てぶりに、ベレニスがクスっと笑って言う。


「いやー、王様は私達が裸だとマズいんですよね。だったら、湯着がわりにこのまま入ってしまおうかと思いまして。クレマンティーヌもこの体操着が気に入ったって言ってましたし」

「私は、そんなに……」


 クレマンティーヌは、シャツの裾を抑えて居心地悪そうにしている。

 ピッチピチのパッツンパッツンだもんな。


 大人が体操着というのがおかしいとわからなくても、明らかにサイズがあってないのは一目瞭然。


「お兄様、本当にいいんですか? この人達、絶対いらないちょっかいをかけてきますよ」


 まあいい。こうなることは、だいたい予想済みだからな。

 ベレニスを黙らせる黒妖精ドワーフの弱点をロールに教えてもらっているので問題はない。


「ベレニス、クレマンティーヌ。大人しく風呂に入るだけだよな?」


 クレマンティーヌは「ええ……」と言いよどみ、ベレニスは「もちろんです!」と満面の笑みで答えた。

 絶対なんかあるが、むしろ今回に限ってはなんかやらかしてみろという感じだ。


「そうか、なら入っていいぞ」


 今に見てろよ。こっちには、奥の手がある。

 なんかベレニスがやらかしたら、黒妖精ドワーフの弱点である耳の内側をたっぷりとこすって反省させてやる。


     ※※※


「お兄様、もっといいこいいこしてください」


 風呂に浸かっていると、シェリーが妙に甘えてくる。

 しょうがないので、言われるままに抱っこしてやってやる。


 これでこの子は見栄っ張りなので、前は人前ではこんなに甘えなかったと思うんだけど。

 この島に来てから、くっついて離れない。


 まあそれでも、シェリーも内政官としての仕事が忙しいので、労をねぎらうにはこんな機会しかないのかもしれない。

 俺は言われるままにお湯に濡れた銀髪の髪を撫でてやった。


「よしよし、シェリーはよくやってくれてるな。お前が居てくれて助かってるよ」

「はい!」


「あの、ご主人様私も」

「よしよし、ヴィオラもな」


 ヴィオラもくっついてくるので、青い長髪を手で梳くように撫でてやった。

 引っ込み思案なこの子も、やけに距離が近いというか……積極的にくっついてくる。


 みんなこの島に来てからちょっと甘えすぎのような。

 いつもどおりなのは、降り注ぐお湯の滝のところでワーキャー遊んでいるロールとコレットだけだ。


 そこにスーと、ベレニスとクレマンティーヌがやってくる。

 いつもどおりイタズラっぽい口調で、ベレニスはからかってくる。


「王様、奴隷少女をはべらせて、お熱いですね」


 俺が何か答えようとすると、シェリーが「貴方達に付け入る隙はありませんよ」とピシャリと言った。

 ヴィオラも俺の首に細い手を絡めてギュッと抱きしめてくる。


 あーなるほど、そういう対抗意識か。

 新参のベレニスが俺にまとわりついてるので、余計にくっついてきてるわけだな。


 なんか腑に落ちた。


「それにしても、お前ら……本当に体操着のままで風呂に浸かってるんだな」

「いけませんか?」


「いいんだけどさ」


 体操着も薄着だから、湯着として機能しないことはないよ。

 だけど、日本人の俺から見ると白いシャツと青いショートパンツで湯に浸かってるのは、かなり異様に見える。


 お湯の中で、めくれあがった白い裾が扇情的だった。

 クレマンティーヌは言うまでもなく胸もお尻もムチムチだし、ベレニスも胸がないわけではないから、あれだ。


 ……非日常感もあいまって、つい見てしまう。


「やっぱりお好きなんですね。王様が、さっきの訓練の時、クレマンティーヌの身体をエッチな目で見てましたからね。全裸よりよっぽど効果があるかと」

「おい、俺はそんな目で見てないぞ!」


 むしろ、見ないように眼をそむけていたぐらいだ。

 俺がそう言うと、またクスリと笑われてしまった。


 なるほど、見ないようにしてるのがもう意識してるって言いたいのか。

 俺に抱っこされているシェリーが、むずがるように身体をよじらせる。


「お兄様、あんな人の言うこと聞かなくていいですよ」

「あ、ああ……」


「そうだクレマンティーヌ。王様に、今日覚えたことをお見せして見てもらったら?」


 ベレニスとクレマンティーヌの二人は、岩風呂から上がると。

 俺の目の前で、腕立て伏せを始めた。


「よいしょ、よいしょ……」


 ムチムチの肢体に張り付く体操着を伝って、滴り落ちる水滴。


「ほら王様、もっとよく見てご指導お願いします」

「ご指導と言われても……」


 腕立て伏せをしただけで、クレマンティーヌの胸は揺れまくっている。

 濡れ布からうっすらと透けた肌が艶かしい。


 これでスクワットでもやられたらと思ったら、やり始めてしまった。


「ほら、クレマンティーヌ。もっと手足を振って。いっそ跳びはねなさい」

「はい……よいっしょ、よいっしょ」


 手足を大きく振って跳びはねると、もういろんな部分の肉がびったんびったん揺れてしまう。

 騎士として鍛えているせいで引き締まるところは引き締まっているのに、クレマンティーヌはどうしてこんなに胸やお尻がこんなに柔らかそうなのだろう。


「跳びはねたら、もうスクワットじゃないだろ」

「王様、私達がよくやる運動に、尻蹴り跳びっていうのがあるんですけど見てみます?」


 ベレニスは、そういうとぴょんとジャンプして、お尻をかかとで蹴る運動をやった。

 二人が跳びはねるたびに、水滴が辺りに飛ぶ。またそれも躍動感に満ちている。


「まったく……」


 何がやりたいのだろうな。

 湯の中の俺が肩をすくめて見せると、ベレニスがクレマンティーヌに文句をつけた。


「ほら、もっと王様の注目を集めないといけないじゃない。あの子達に負けちゃうわよ」

「そんなこと言われても、これ以上どうしたら……」


「ほら、滑っちゃったとかいってお尻ぐらい出しなさいよ」

「きゃー!」


 ベレニスは、クレマンティーヌのショートパンツに手をかけて、ペロンとお尻を剥き出しにする。


「おい、ベレニスやめろ」


 このクレマンティーヌのお尻のホクロが見える展開は、暴走一歩手前である。

 このまま放置しておくと、どうせこっちに飛び込んでくることになるから、俺は慌てて風呂から上がって腰にタオルを巻いてから止めにはいった。


 クレマンティーヌの体操着を脱がそうとしているベレニスを引き剥がす。


「クレマンティーヌも、こんなことやらなくていいんだぞ」

「いいんです。私みたいな足手まといの女は、もうこんなことでしかお役に立てませんから」


 クレマンティーヌは、すっかり自信を喪失している。

 だから、ベレニスの言いなりになってしまってるのだろう。


 これはよくない。

 俺はクレマンティーヌの肩を揺さぶって言ってやる。


「そんなことはないぞクレマンティーヌ。お前はもともと優秀だ。ちゃんと俺の下で訓練して、銃器も使えるようになればきっといい騎士になれるだろう」

「本当ですか?」


 すがりついてくるクレマンティーヌを強く抱きとめてやった。

 これは冗談ではない。自信を喪失したままで、戦場に出るのは危険だ。


「ああ、もちろんだとも。お前は優秀だ、クレマンティーヌ。勇者である俺が保証しよう、真面目に訓練にも打ち込んでるし、ちゃんとやればできる立派な騎士になれる」

「ありがとう、ございます……」


 涙ながらに声をつまらせるクレマンティーヌを抱きしめて、肩を叩いてやった。

 そんな俺達を見て、ベレニスは腰に手を当ててうんうんと頷いた。


「雨降って地固まるですね。クレマンティーヌも王様に認めてもらえてよかったです。めでたしめでたしですね」

「めでたしじゃない。クレマンティーヌはオモチャじゃないんだぞ。お前にもお仕置きが必要なようだな」


 俺はここぞとばかりに、ベレニスの裏に回ると思いっきり長耳の内側に指を突っ込んでこすってやった。

 俺だってやられてばかりではないぞ。主従関係をここでハッキリとさせる。


「ひやぁ」


 ぺたんと座り込んで悲鳴を上げた。


「ハハッ、どうだ少しは懲りたか」

「うわああぁぁあああ」


 いきなり叫びだしたベレニスに、俺も驚いて声を上げそうになる。

 褐色の肌でもわかるほど顔が真っ赤である。


「どうしたベレニス!」

「王様に求婚されたぁぁあ!」


 肩を震わせたベレニスは、いつになく顔を真っ赤にして俺を見上げた。


「えー! 待て耳はお前らの弱点じゃ……」

「耳をこするのは、きゅ、求婚ですよ」


「本当かよ。お~い、ロール」


 俺は慌てて、滝のところでコレットと遊んでいるロールに聞き直す。

 ロールは小首をかしげて言う。


「うーん、そういえば、おとうさんがきゅーこんとか、だいこんとか、言ってたかもしれない。かぞくじゃないと、みみはさわっちゃいけないもんだし」

「マジかよ。そういうことを早く教えてくれよ……大事なことだろ」


 まだ頬が赤いが、ニマニマ笑いを取り戻したベレニスは、わざとらしくため息を吐いて言ってくる。


「ハー。これは、もう王様に責任を取ってもらわないといけませんね」

「責任って、いやほんとに知らなかったんだよ。ごめん」


「嘘です。許してあげます」

「そ、そうか助かる」


 ホッとした。

 求婚とか、これ以上嫁が増えたら身がもたない。


 それ以前に、まだ知り合って間もない女騎士と結婚とか考えてもないしな。


「しかし、王様もおかしな人ですね」

「なにがだよ」


「王様は王様なんだから、やらせろーって言えば別に責任なんか取らなくてもいいんですよ。なんなら今晩お相手しましょうか?」


 これはさすがに、冗談だろ。


「まあ今回は、俺が悪かったからからかわれてもしょうがない。だが、人聞きの悪いからそんなこと人前で言うのは止めてくれ」

「はいはい、もちろん許してあげますよ。さっきのは、ノーカウントにしてあげます。しかし、クレマンティーヌじゃないと無理かなと思ってたんですが、私でも玉の輿に乗るチャンスがあったんですね」


 実は許してないだろベレニス。

 うーん。お仕置きするつもりが、逆に弱みを握られてしまったような気がする。


 あと、風呂から上がってきたシェリーがなんか怒っている。


「なんでいっつも私だけ、蚊帳の外っぽいんですか。なんか、また出し抜かれた気がしますよ。誘惑するなとは言いませんが、順番考えてくださいよ。ただでさえ新参がどんどん追い抜かしてるのに、なにが求婚ですか!」

「ちょっと、本当に耳はダメ。止めてぇぇ!」


 なぜかプンプンと怒りまくってるシェリーが、ベレニスの耳を弄り倒して降参させてしまった。

 最初からベレニスのお仕置きは、シェリーに頼めばよかったんだな。


     ※※※


 早朝、まだ夜も明けきらぬ時刻。

 俺の部屋のドアがドンドンとノックされる。


「ああいい、俺が出る」


 飛び起きようとするベレニスを抑えて、ドアを開くと血相を変えたダモンズであった。


「王将閣下、朝早くにすみません。シレジエ王国よりの船が港に到着するとのことです!」


 シレジエ艦隊がなかなか到着しないので、沖合まで見に行ったドレイク艦隊から先触れの船が来たらしい。


「それは、出迎えの準備をしないといけないな」


 港に報告が先にきたのは、おそらく何らかの支障で傷ついて船速が遅くなった船がいるからだろう。

 資材も積んであるから応急処置もできるであろうが、シレジエの大艦隊にとっても初めてのセイレーン大海の横断である。


 俺達もこの島に来る時には大海竜に襲われて酷い目にあったものだが、やはり無事にとは行かなかったかと苦慮していると。

 ダモンズが「し、失礼しました!」と顔をうつむかせた。


「なんだ。ああ、ベレニス。裸みたいな格好で出てくるなよ」


 だから俺が出るって言ってるのに。

 ダモンズも国に帰れば妻子持ちの上将軍なのに、結構ウブな反応だな。真面目な軍人だからだろうか。


 あくびをしながらやってきたベレニスは、大事な部分は辛うじて巻いてある薄衣に隠れているものの、ほとんど裸だ。

 艶やかな褐色の肌が艶かしい。


 後ろを振り返ると、大きめのベッドにはやっぱり裸になっている奴隷少女達や、クレマンティーヌが転がっていた。

 昨晩は遅くまで俺の部屋で騒いで、なぜか寝間着の脱がせ合いになってしまっていた。


 付き合いきれないので勝手に寝て、起きたらこうなっていたわけである。


「王様、昨日は激しかったですねえ」


 ベレニスは、そんなふざけたことを言いながら俺の腕に抱きついてくる。


「俺は何もしてないからな。ダモンズも勘違いするなよ。では港に行くぞ」

「は、はあ……」


 俺は、気の抜けてしまったダモンズを急かせて建物から出ると港に向かう。


「あ、王様待ってくださいよ。ほらクレマンティーヌ、いつまで寝ぼけてるの。王様の護衛!」

「うーん、もう脱げません……」


 港では、すでにシレジエ艦隊の受け入れ準備が進んでいた。

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