第246話「強襲タンムズ・スクエア」
一路、シレジエ艦隊はタンムズ・スクエアに向かう。
不運にも敵艦隊と出くわしてしまった魔国の漁船は、瞬く間に大船団に飲み込まれ後続のガレー船団に拿捕される。
「可哀想ですが、こちらの動きを敵に悟られるわけにはいきません」
これっぽっちも可哀想と思ってなさそうな顔で、ライル先生は言う。
いつもどおりである。
「先生、相手はただの漁民ですから手荒な真似は……」
「抵抗はないようなので、沈める必要はないでしょう。捕まえておくだけです」
「そうですか」
「それにしても、絶好の砲撃日和です。風にも恵まれたので、敵に察知される前に攻め込めそうですね。ここまでは順調といえます。このまま天運が味方してくれて、つつがなく強襲も済むといいんですが」
雲一つない空は、青く澄み渡っていた。
火薬が濡れぬように防水対策はしてあるものの、大砲や銃を使うなら晴天であるに越したことはない。
俺の懐には『白銀の羽根』が一枚ある。
すでに輝きは半ば色あせてしまったとはいえ、お守り代わりにはなる。天気や風向きに恵まれる程度の加護はあるかもしれない。
「敵の港は、もうすぐですかね?」
近くの無人島までは航海したことがあるものの、タンムズ・スクエアを見るのは初めてであった。
軍港の湾を守るように、要塞化された島があるというが……。
「ええ、もうすぐ見えてくると……言ってる間に見えてきましたね。ほら、スクエア大要塞ですよ。タケル殿も御覧ください」
ライル先生に望遠鏡を渡されて、俺も向こう側に薄く見えてきた港を見る。
それは、灰色をした巨大な四角形の塊であった。
「デカい。巨大な一枚岩に見えるんですが?」
なんだっけ。こういうのオーストラリアにあったような。
俺の疑問に、海将ダモンズが答えてくれる。
「港の前にそびえ立つ高さ四メートルの巨石の塊が、スクエア大要塞です。我々タンムズ国の民は、タンムズ港を守るように立つ天然の巨大な岩の塊をロングキャッスル島と名付け、五百年かけて難攻不落の要塞として使ってきました。スクエア大要塞は、アビス最強の海洋国家たるタンムズ国の象徴です」
スクエアとは、四角形のことである。
大軍港の前にある長方形の巨大な一枚岩の中を刳り貫いて、大城砦としているそうだ。
近づいてみると、巨石には窓が設けられていたり、内側に城塔が建ってっていたりするのも見える。
確かに頼もしい、海軍国家であるタンムズ国の守りの象徴とされるのもうなずける。
スクエア大要塞の威容は、タンムズ・スクエアの港が魔獣の群れに空と海から強襲されて、大魔王イフリールの支配下に入ってからも変わらない。
旧タンムズ国の民を大魔王の支配下より解放するには、我々がより強い力を持つのだと目の前で見せつける必要がある。
「本当に潰し甲斐のある要塞ですよね。時代遅れの方形城砦が、カノン砲によってどう崩れるか実地検分するのにちょうどいい的ですよ」
先生がボツりと物騒なことをつぶやいたが、タンムズの都の象徴であるスクエア大要塞を潰すぐらいしなくては、敵は降伏しないだろう。
「そうですね。あの大要塞は、潰さなきゃならないな……」
こちらの艦隊が港に近づくのに気がついたのか、軍港から慌てて出てきたらしい敵の船団が姿をみせた。
いきなりの強襲であるにもかかわらず、遠目にも出てきた船団は三百隻は超えているようにみえる。
この展開の速さは、さすがは海軍国といえる。
だが、小舟がほとんどなのでこちらの大型船の敵ではない。ダモンズが進み出て言う。
「王将閣下、相手の主力である
「そうか、大海竜があったな。頼む」
ダモンズが、大魔王イフリールより与えられた魔獣である。
今のところ言うことを聞いているが、いつ敵に回るかわからない。使うなら、早いうちだろう。
黒杉軍船の舳先に立ったダモンズが
「大海竜よ。港から出る船を残らず沈めよ!」
海中より突如として大海竜三匹が首を出して、敵艦隊に向かう。
まさに一方的な蹂躙であった。
「味方にすると頼もしいものだな」
ほぼ百隻ずつ、三つにわかれてこちらに迫ってきた艦隊であったが。
小舟は大海竜が横を通るだけで転覆して、敵の主力であるドラゴン級の
「敵は、まだ石を使ってるんですね」
望遠鏡で眺めていたライル先生が呆れたように言った。
弓や弩を使っている兵士もいるが、船員の多くは大海竜に向かって投石している。それしか武器が揃えられなかったということなのだろう。
「敵とはいえ、地元の兵ですから……私としては複雑です」
「竜に怯まずに、石を掴んで立ち向かうタンムズの海兵の勇敢さは認めるがな」
勇敢なだけでは、竜には勝てない。
それでも、船を噛み砕かれながらも敵艦隊はよく抗った。
こうして、敵の魔獣と敵の船が潰し合っているのを見ているだけなら楽なのだが、そうもいかないようだ。
「王将閣下、どうやら大海竜のコントロールが奪われたようです」
使役者は、なんとなくわかるらしい。
依然として敵船の海域を暴れまわっている大海竜だが、動きがおかしい。
方向転換して、こちらに向いてきそうだ。
それまでに潰しておくか。
「ドレイク。砲撃で片付けてくれ」
「おう、出番はまだかとウズウズしてたところだぜ。目標、大海竜。砲塔の回頭急げよ!」
黒杉軍船の主砲である二門のマジックアームストロング砲がぐるっと回頭して、「放て!」というドレイクの号令とともに、強力な一撃が、大海竜に向かって放たれる。
バシュンという空気を震わせる爆音とともに、大海竜が敵の艦隊とともに海の藻屑と化した。
下っ腹に力をいれてないと、こっちが吹き飛ばされそうになる。
続いて、ドーンドーンと大砲の音が響き渡る。
残りに二匹の大海竜も、千門もの艦砲射撃で片付ける。
これで終わりだが、大海竜のコントロールが奪われたということは、敵にそれができるものがいたということ。
「ダモンズ、もしかしてこの戦場に大魔王イフリールがいるのか?」
「わかりませんが、あるいは……」
こちらにはダモンズ達がいる。敵の要塞も、防衛力の規模もかなりの部分を把握して策を立っている。
あのライル先生をして、何を考えているのかわからないという大魔王イフリールだけが不安要素だった。
もしこの場にいるとするならば、新たに強大な魔獣が出てくる可能性も考慮して備えなければならない。
しかも、この状況でまだ敵の残存艦隊が特攻を仕掛けてくる。
「ここまでボロボロなのに、敵はまだ引かないのか」
「よくやると言いたいところですが、敵の指揮は褒められたものではありませんね。小舟で近づいたところで、犬死になるのがわからないんでしょうか。さっさと引いて欲しいですが、致し方ありません。押し潰して進みましょう」
ライル先生が形の良い眉をひそめた。
すでに勝敗は決している。ここまでくると、蛮勇を通り越して無駄死にである。
それなのに、あとからあとから、巣をつつかれたミツバチのように港から敵船がでてくる。
こちらの砲撃を潜り抜けて、シレジエ艦隊まで辿りつけても先頭を行くのは甲板の高い大型船ばかり。
小型船が正面からぶつかってきたところで、
こちらの甲板が高いので、乗り移って白兵戦をしかけることもできない。
飛び道具で戦おうにも、射程が違いすぎる。
敵が近づいても、マスケット銃やミニエー銃によって蜂の巣にされるだけだった。
最後まで戦い抜いた敵の船員達は、断末魔の叫びを上げながら海へと転がり落ちていき、いつしか海域は真っ赤に染まる。
シレジエ艦隊の行く後には、オールと砕けた船の残骸が墓標のように浮かんでいた。
「やった! 王様見てください当りましたよ!」
「これは圧勝ですね。おめでとうございます」
俺の護衛についているベレニスやクレマンティーヌも、敵船員に向けてミニエー銃や
敵とはいえ、手足を吹き飛ばされて呻いてるのを目前にすると複雑な気分になる。
これは戦闘とも呼べない。ただの一方的な虐殺である。
先生だって勝つのが好きなだけで、無駄に殺すのが好きなわけではないと思うんだけどな。
「敵の指揮官を潰すか……」
無益な戦闘をこれ以上続けさせないため、俺は
単横陣で迫ってくる敵船団の真ん中で長剣を振り回している、豪奢な
敵の指揮官だけを狙って、撃ち続ける。
それでようやく、敵艦隊が徐々に下がってくれた。やはり、頭を潰すに限る。
「では、敵船が港のほうに引いたので第二段階に移ります」
ライル先生がそういうので、俺はダモンズに命じた。
「ダモンズ、そろそろ陸に上がってくれ。お前達の家族は、すでに街壁の外に逃がしてあるから心配はない。本拠地を落とす一番大事な役だ。頼んだぞ」
「ハッ、全力でやらせていただきます!」
ダモンズ麾下の将兵、アビスパニア軍の将兵。
合わせて二万の兵を満載した百隻のガレー船団は、シレジエ艦隊から分かれてこっそりと上陸を開始する。
それを見届けると、ライル先生は俺に声をかけた。
「では、我々は大要塞の攻略のほうに移りますか」
「ですね。ドレイク、砲撃の届くところまで移動してくれ」
シレジエ艦隊は、大要塞の前に船を横付けすると一斉に艦砲射撃を始めた。
目指すは要塞の粉砕である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます