第241話「アバーナ軍港」

「すっかり立派になったもんだな」


 天然の良港であったアバーナの港は、すっかり軍港の様相を呈してきた。

 短い航海を終えてアンティル島の港に近づくと、まず見えるのが見張り小屋を兼ねた大きな灯台である。


 石造りの岸壁や、そこから伸びる桟橋には、漁船の他に軍船が並ぶ。

 港には船の修理ができるドックや、中型船であるコッグ級の生産もできる造船所の増設も進んでいる。


 六十隻のガレー船を引き連れてきたわけだが、これだけの船団が入港してもスペースには随分と余裕があった。

 シレジエ王国からくる大艦隊を迎え入れることを想定して造っているので、当たり前ではある。


 もしかしたら、俺がアビス大陸のほうに渡っている間にシレジエ艦隊が先に着いてしまうんじゃないかと心配したのだが、杞憂だったようだ。

 船から降りるときに、ベレニスがつぶやくように言う。


「なんか、ちょっと見ない間に建物が増えてますね」

「そうだな」


 こちら側に寝返った海将ダモンズ達、二万近い魔族の軍勢の手助けがあったとはいえ。

 小さな港街に過ぎなかったアバーナを、この半年足らずの間によくここまで整備できたものだ。


 木の桟橋の上に降り立つと、ライル先生達が出迎えてくれた。


「瞬く間に州都を落としてガレー船を六十隻奪取しての凱旋とは、さすがはタケル殿ですね」

「いや、からかわないでくださいよ……そういえば、シレジエからの船団はまだ到着してませんか?」


「ドレイク提督の艦隊が沖まで様子を見に行ってますよ。私は、転移魔法で来ましたがタケル殿達がこの島に来るには苦労があったでしょう」

「それはそうですね。地図があっても、この港までたどり着くのは難しいかな」


「大海竜の被害は心配しなくていいはずですが、そうでなくても悪天候などの影響もありますからね」

「無事だといいんですけどね」


 そうでなくても、船は水物だ。

 外洋の航海は危険がつきものなので、全隻無事というわけにはいかないかもしれない。


「まあ、我々は出来る準備をしておきましょう」

「ですね。俺も、街の様子を見回ってきます」


 ライル先生に続いて、シェリー達が駆け寄ってきて、我先にと成果を話してくれる。


「お兄様、アバーナの港とアンティルの街の街道を整えましたよ」

「おお、それは早いな。港だけではなく、街の中にまで石畳も敷いたんだな」


 メインストリートだけだが、石畳ができている。

 足元が土ではないというだけで、安定感があるものだ。道は文明である。


「インフラはまっ先に整備すべきだというお兄様の言葉に従っただけです。港と内陸部の物流が活発になれば、より補給が容易になりますし、今後の発展の礎となりましょう」


 丸い書類束を抱えたシェリーは、嬉しそうに胸を張る。

 街の宿舎や造船所の建造も一段落したので、今度は倉庫や商業施設の建造計画に取り掛かるそうだ。


「シェリーがいてくれて助かるよ」

「これも内助の功ですからね」


 内政の手助けのことも内助の功というのだろうか。


「まあ、助かる」

「ところでお兄様、ちょっと気になったんですか。そこの女騎士のお姉様がたはなんで戻ってきてしまったんですか。ルイーズさんの方に行ったんでは?」


「ああ、ベレニス達は、なんか俺の護衛として戻ってきてしまったんだ」

「えー、なんで新参がお兄様の護衛なんですか。そんなの私がやりますよ」


 いや、それは困るだろう。

 かつては奴隷少女達に護衛として戦ってもらったこともあったが、シェリーは内政面で頑張ってもらわないと。


「なんだか、あんまり歓迎されてないみたいですね」


 ベレニスが苦笑している。

 小さなシェリーが何を言っても、女騎士のお姉さん達は歯牙にもかけない。


「あんまり新参が、でしゃばらないでくださいね」

「あら、怖い」


 ベレニスがからかうので、シェリーは眉をピクピクさせて睨みつけている。

 こういうのに俺が口をはさむと余計に荒れるんだよな。


 どうせじゃれ合い程度のものだろうから、放っておくことにしよう。

 後ろのほうで農業担当のヴィオラが手を上げてるのに気がついて、声をかけた。


「どうした、ヴィオラ」

「……ご主人様、布の試験生産ができましたので持ってきました」


 ヴィオラが持ってきたのは、麻から作った帆布と麻袋であった。


「これは、すごい。厚手で丈夫そうだな。よくやってくれた」

「はい!」


 ゴワゴワしていて決して上質とはいえないが、十分使用に耐えるだろう。

 ヴィオラの言葉が足りない部分を、後ろからライル先生が補足してくれた。


「なにせ、乾燥させるのまで魔法でやりましたからね。生産をかなり急いだせいで、質は少し悪いですがこれでも船の帆には使えるでしょう」

「船の帆ができたのはありがたいですよ。ガレー船で、タンムズ州の沖合まで行くのはキツイですからね」


 ガレー船を帆船に改装すれば、輸送船としての任務も容易くなる。

 タンムズ・スクエアへの強襲作戦には、戦闘員を多数乗せることになるので、船員の数が節約できるのは本当に助かる。


「麻、亜麻、綿花と育ててみましたが、島の気候的にやはり麻の生育が早かったようです。亜麻や綿花が収穫に入れば、衣服やタオルなども作れるようにはなるでしょう」


 それは、先々に期待が持てるというものだった。

 早速ヴィオラに案内されて農地を視察すると、街の郊外では食料や布の生産に使える有用な植物がすくすくと育っていた。


「農業生産は、軒並み上手く行ったんだな。偉いぞヴィオラ」

「はい、ありがとうございます」


 街の郊外の敷地には、麻や亜麻や綿花の他にも様々な農作物が所狭しと生えているが、目立っているのは白い花を咲かせる一面のジャガイモ畑だ。

 早くも収穫の時期に入っているらしい。連作障害には注意しなければならないが、四ヶ月で収穫できるジャガイモは強い味方である。


 これで島の食糧問題は、解決したといえるだろう。

 戦争用糧秣の心配もしなくて済む。


 俺にとっては、それ以上にアバーナの島の人族の住人と、魔族の軍人が一緒に農作業に励んでいる姿に胸を打たれる。

 そうしなければ、とても食べていけないという厳しい状況があったとはいえ、こうして協力体制が取れたことは奇跡的に思えた。


 自ら率先してジャガイモの収穫にも従事しているダモンズ将軍に、俺は感謝の言葉をかけた。

 彼らは兵士や船乗りであったりするのに、慣れない土木作業や農作業にまでよく立ち働いてくれる。


「将軍自ら作業に従事してくれてるのか!」

「慣れぬものですが、見よう見まねでやっております」


「おかげで収穫の時期を迎えることができた。本当によくやってくれた」


 芋を掘っているダモンズが顔を上げて何か言おうとするのを遮って、近くに居たじゃがいも農家のおばちゃんが「この程度は、よくやったうちにはいらんけどね」と横から口を挟んだので、思わず噴き出してしまった。

 ほんとこのおばちゃんは、島のどこにでもいるな。


 この視界の外からいきなり会話に割り込んでくるのは、おばちゃん特有のスキルである。

 しかも、毎回言うことが情け容赦ない。


「おばちゃん、ダモンズ達もがんばってるんだから……」

「まー、ダモンズさんらも、あたしらと最後までがんばったからね。まだまだ仕事が力任せで大雑把でなってないけど、まー真面目にやっとるのは偉いわ」


 おばちゃんが、褒めるなんて珍しい。ちょっとデレてるのか。

 ダモンズは、苦笑しながら言う。


「ハハッ、農夫としてはまだまだのようですが、お褒めの言葉を賜り光栄ですな。このジャガイモというものを島に来て初めて食べましたが、すっかりこの味が気に入りました。収穫も楽しみにしておったところです」

「うん、ジャガイモ美味いもんな」


 茹でて塩をふって食うだけでも、ほんのりと甘くて美味い。最強食材の一つである。

 カレーに、コロッケに、ジャーマンポテトに、ジャガイモが一つ食卓に加わるだけで、料理のレパートリーが無限に広がる。


「王将閣下、私はフライドポテトが好きですな」


 揚げ物は、あんまり食べ過ぎると太ってしまうかもしれないけどな。

 それぐらい栄養価の高い食品であるとも言える。


「そろそろ、出撃の準備も始まる。ダモンズにも、海軍の将として船団を一つ任せるつもりだ。ダモンズ達の家族を、逃がす手はずも整ってるはずだしな。ともに魔軍より、タンムズ・スクエアを取り戻そう。あと一息、よろしく頼む」

「御意に……。奪還の暁には、旧タンムズ国の復権もぜひお考えください」


「そちらも、カアラとオラクル達が旧勢力との交渉を進めてくれている。タンムズ国の旧王都であるタンムズ・スクエア軍港を落とせれば、協力してくれるそうだ。大魔王イフリールの傘下である旧ニスロク国の魔軍を追い出したら、タンムズ州の統治の有り様は昔に戻すと約束しよう」

「ハッ、それさえお約束していただけるのならば、王将閣下の御為に、身を粉にして働きましょうぞ」


 もちろん、シレジエ王国の友好国として、魔国の旧勢力にも人族との融和も進めてもらうつもりではあるが、独立国としての主権は尊重するつもりだ。

 魔族と人族の融和といっても、体制の改革は一朝一夕でできるものではない。


 俺は、大魔王イフリールのような武力行使による強権的な押し付けをするつもりはない。

 シレジエ王国の文明を持ち込んで、交易による豊かさと繁栄とともに徐々に新しい社会を築いて欲しいと思う。


 衣食が足りれば、異種族同士が奪い合う理由もなくなる。

 そのために畑を耕し、麻や亜麻や綿花を育てて織物を生産するのは重要なことだ。


「それもこれも、戦争に勝ってのことだがな」

「ですな。腕がなります。その際は、我らタンムズ国の魔軍の力をお見せしましょう!」


 立派な水牛の角を生やした魔軍の海将ダモンズは、力こぶを見せて笑った。

 その力は、いまは鍬を振るうのに使われているが、戦闘での彼らの活躍も期待している。


 おそらく強襲の決め手は海上からの砲撃の打撃力となるが、陸戦力による制圧がなければ都市は落とせない。

 こちらに寝返った魔軍二万は、重要な兵力である。


 それにしても、この期に及んでダモンズが大魔王から与えられた大海竜は、まだコントロールできる状態であった。

 もしかすると大海竜をこちらの味方として戦闘に使うことも可能かもしれない。


 ここまで派手にやったのだ。

 もうこちらの存在は半ばバレてもおかしくはないのだが、これほどまでに放任されているとは、大魔王イフリールは何を考えているのだろう。


 それを心を痛めるほどにライル先生が考えてもわからないのだから、俺ごときが考えてもせんないものだ。

 直前で使えなくなる可能性もあるが、使えるものならば使う心づもりでいる。


 直前で大海竜が敵に回っても、こちらの黒杉軍船で撃破できる用意をしておくだけの話である。

 難しく考えることはないだろう。


 さてと、久しぶりに街の見回りを終えたなと思っていると、ロールがやってきた。

 何か大きな岩の塊を抱えている。


「ロールどうした」


 珍しく難しい顔をしている。


「ごしゅじんさま、これミスリルの原石なんだよ」

「えっ、マジで?」


 俺には、ただの灰色の岩の塊にしか見えないのだが、精錬するとミスリルになるミスリル鉱石だという。


「ほんとにミスリルですね。すごーい。ミスリル原石、初めてみましたよ」


 俺の護衛についてる、ベレニスも何やら岩に触れて頷いている。

 そういや、黒ギャルっぽく見えるこいつも、ロールと一緒で黒妖精ドワーフだったな。


 古くから洞穴に住み、鉱夫や鍛冶の素質を持つ彼女らは、ミスリルを見分けることができるそうだ。


「もしかして、ミスリルの鉱脈があるのか?」


 だとしたら、ものすごい財産である。


「王様、そんなに甘く無いですよ。ミスリルは、なかなか見つからないから希少なんです。これだけの塊が見つかるだけでも奇跡ですよ」

「ロールはそんな貴重なものどうやってみつけたんだ?」


「ほったらでてきた」


 実にロールらしい、シンプルな答えである。

 火薬に使う硝石を作るためにコウモリの洞窟の土を掘っていたのだが、土の中から出てきたのだという。


 岩ならともかく、土の中から出てくるというのがわけがわからない。

 ミスリルが、どうやってできるのかいまだわかっていない。


 一説には、魔石と同じように魔素が結晶化したものだとか。

 アーサマの世界創聖の際に偶発的に発生したもので、それから先は一切発生してないとか。


 仮説が入り乱れており、要するによくわかっていないそうだ。

 このミスリルをどうするかだけどなあ。


「なあロール、このミスリルを使って、ベレニスとクレマンティーヌにミスリルの鎧を作ってやっていいか?」

「いいよ」


 ご褒美はなにか考えるとして、このミスリルはロールが掘り出したものなので、断っておかなければならない。

 それを聞いて、ベレニスとクレマンティーヌが喜んでいる。


「えーほんとですか。きゃー嬉しい。王様好き!」

「伝説の金属ミスリルの鎧をたまわれるとは、マンチーヌ家の末代まで自慢できます!」


 感激したベレニスが抱きついて、キスしてくるのを慌てて止めた。

 別にお前らのために作るわけじゃないからな。


 俺の近くで護衛するなら、ミスリルの鎧ぐらい身に着けてもらわないと普通に死んでしまうので、仕方なしの処置である。

 黒杉があったらそれで代用できたんだが、この島では手に入らないので、ミスリル塊が手に入ったのは渡りに船といえる。


 シェリーがヘソを曲げている。

 なんでだ。


「なんかこの人達だけズルイです」

「うーん。まあ、その代わり、こいつらには厳しい特訓をさせるから」


 そう簡単に死なれては困るから、ちょっと鍛え直さないといけない。


「王様、特訓ってなんです?」

「例えば銃器の扱いとかだよ。お前らあんまり使ってないだろ」


「誇りある騎士は、飛び道具などには頼りません」

「ルイーズ様だって使ってないのに」


 勝手なことを言っている。

 特にクレマンティーヌと違って失態のなかったベレニスは、ルイーズを引き合いに出して自分達に飛び道具は要らないとか言っている。


 まだ思い上がっているようだな。

 ルイーズレベルの英雄なら剣だけで戦ってもいいが、一般的な騎士はもう銃器も扱えないとダメだろう。


 最近は、近衛騎士団でもマスケット銃や大砲の扱いはひと通り研修で習っているはずだ。

 なのに、銃器を携えてもいないのは怠慢である。


 騎士の有り様にこだわらず、使える武器はなんでも使う。

 根本から意識改革しなければ、これから先の戦いを生き抜けないだろう。


「こうなったら、お前ら本気で一から鍛え直してやるから覚悟しろ」

「王様王様、鍛えるってスクワットですか?」


「ああ、スクワットも含めて、まず基礎体力作りからみっちりやってやる」


 なんか、ベレニスがニマニマ笑いをして、クレマンティーヌの横っ腹を突っついてる。


「ほら、クレマンティーヌ。スクワットだって、大変だよ」

「ううっ、こんな道端で?」


 運動を始めるつもりなのか、鎧を脱ぎだした。

 そして、そのまま服も脱ぎだした。


「おい、待て、待てーえ!」


 二人が下着姿になったところで慌てて止める。

 何回そのネタやるつもりなんだよ。半笑いでベレニスが言う。


「今日は、下着でスクワットですか?」

「違うよ。というか、スクワットってそういうものじゃないから!」


 ベレニスはわかってて、クレマンティーヌを煽ってるだろ。

 俺は慌てて周りを見回すが、女性しかいなくてよかった。


 野外露出は、いくらなんでも危なすぎる。

 慌てる俺を見て、ベレニスが調子に乗っている。


「ほら、クレマンティーヌ。王様が全部脱がないと駄目だってさ」

「きゃー!」


 ベレニスに後ろからブラジャーをスルッと引っ張り取られそうになって、クレマンティーヌはブラを抑えてしゃがみこんでしまった。


「あー、これどうしたもんかな……」


 男の俺が手を出すわけにもいかないし、またクレマンティーヌの顔が真っ赤になってるから暴走しそうだ。

 なんでみんな冷静なんだろ。シレッとした顔で、シェリーが言う。


「お兄様、こんなのふざけてるだけなんですから、放っとけばいいんですよ」

「いやでも、ここは野外だぞ。クレマンティーヌが脱がされそうなのを放っとくわけにもいかんだろ」


「脱げちゃえばいいですよ。お兄様の前で、あざとい巨乳アピールとか、私許せないです。もげちゃえばいいのに」

「いやー!」


 ブラの紐を引っ張っているベレニスと一緒になって、シェリーも逆側から紐を引っ張り始めた。

 止めて欲しかったのに、なんで一緒になってやってるんだよ。


「うーん」


 こういう場合、俺は女の子に直接手を出せないし、切実にツッコミ役が欲しいところであった。

 いやその前に、ベレニスが悪ふざけするのを止めさせないといけないか。


 クレマンティーヌだけじゃなく、ベレニスにも教育が必要なんだな。

 ちょっと考えてみるか……。

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