第240話「アンティル島への帰還」

「ルイーズ、起きたか」

「うん」


 なんか、今朝のルイーズは可愛らしい。


「喉が渇いたな。待ってろ。水でも持ってこよう」


 俺はベッドから起き上がり、水を取りに行く。

 アビスパニア王宮を取り戻してまだ一日と経っていないので、メイドなどもいない状況だ。


 昨晩は、王宮のベッドで寝かせてもらった。

 アビスパニアは布が不足気味ということもあって、ピクーニャと呼ばれる魔獣の獣毛を使った茶色い毛布と、魔猛牛の黒い毛皮を敷き詰めてある変わったベッドだったが、これはこれで寝心地が悪くない。


 特にビクーニャの毛皮は温かく弾力性があり、羊毛や山羊の毛よりも上等に思えた。

 これは産業になるんじゃないかとバーランドに尋ねてみたのだが、ビクーニャは姿はラクダのようなのだが人を喰らう凶暴な魔獣であり家畜化は不可能であるということだった。


 アビス大陸に獣毛や皮や肉が取れる生物が生息していないことはないのだが、みんなモンスターに類する凶暴な魔獣であるために家畜化できず、屈強な戦士が狩るしかない。

 それが、アビス大陸の布不足の原因である。


 家畜になる動物の有無は、文明の発展スピードに直結する。

 これで馬がいなければ、これほどの都市を築くことはできなかっただろう。


 アビス大陸に生息していた野生種から唯一家畜化に成功した馬は、アビスパニアにとって貴重な家畜である。

 輸送用して使われるのが主だが、死ねば馬毛も皮も肉も余すところなく使われるそうだ。


「王様、おはようございます」


 扉を開けると、ベレニスが待っていた。

 手にお盆を持っている。お盆の上には、水瓶が乗っている。


「ベレニスか。これは、モーニングサービスだな」

「忠実なる王様付きの従者ですからね。昨晩は、お楽しみでしたね」


 この黒ギャルっぽい黒妖精ドワーフは、イタズラっぽい顔でニマニマと笑いかけてくる。


「仕える者をからかう従者がいるかよ」


 俺は、お盆を受け取ってため息をつく。

 知らない人に夫婦生活についてからかわれると、こっ恥ずかしいものだからな。


「いやー、ルイーズ様は女性の私から見ても、美しい身体をされてますよね。ほんと、鍛え抜かれた腹筋のあたりとか素晴らしくて……自由に触れられる王様が羨ましいです」


 そう言いながら長い耳をピクピクさせて、妙な手つきをするベレニス。


「ベレニス、お前もしかして……そっちの趣味があるのか?」


 そういやこいつ、やたらクレマンティーヌの胸とか揉んでたよな。

 からかってるだけかと思ったが、やたらスキンシップ豊富なのは、そっち系のお姉さんだったの?


「いえいえ、私は男女問わず筋肉が好きなだけですよ。王様の背筋もよく鍛えてらっしゃいますよね。なかなか素晴らしいものだと思いますよ、ハイ」


 そう言いながら、俺の肩にさり気なく触るベレニスの手つきがいやらしいので、ゾワッとした。

 筋肉フェチかよ。


「仕える者にセクハラする従者がどこにいるんだよ」

「ここにおりますが」


 冗談で言ってるのか、本気で言ってるのかまったくわからない。

 生真面目なクレマンティーヌとは対極的な意味で、ベレニスも厄介な従者だよなあ。


「今後は、お前に背中を洗ってもらうのはもうなしにしておこう。ご苦労だった、下がっていいぞ」

「あーつれないですね。軽いジョークだったのですが」


 その割には真に迫ってたぞ。

 用は済んだとベレニスを下がらせると、バタンと扉を閉めてルイーズの下に戻る。


 ベッドに横たわるルイーズは、まだ一糸纏わぬ姿である。

 確かに、我が妻は抜き身の刃のような美しい肢体をしておられる。


 ベレニスにあんなことを言われたせいか、ルイーズの腹筋が気になる。


「どうしたタケル?」

「いや、子供を作るつもりなら、もう少しお腹の筋肉は落としたほうがいいかなと」


 赤ん坊ができても厚い筋肉に潰されてしまいそうだ。

 そんなことを言いながら、自然な感じでお腹に触れてしまう。


 うん、いい腹筋だと思ってしまう俺は、ベレニスのことは笑えないかもしれない。

 しかし、触り心地の良い肉なのだ。寝起きの筋肉は、まだ酷使されてないので意外と柔らかかったりする。


 お互いに戦闘で疲れていたこともあって、昨晩のルイーズはさほど激しく、夜の運動を運動していなかった。

 ルイーズが男の子が欲しいとかいうので、主に俺のほうが頑張った感じである。


「タケルと私の子供なのだから、この程度の腹筋には負けない強い子だろう」

「うーん。それは、おいおい考えるとして、どっちにしろ早く戦争を終わらせないといけないね」


 ルイーズがお腹の筋肉を落とせないのも、戦争が続いているせいだ。

 大きなお腹をしたルイーズの姿も見てみたい気もするが、そんななりで女勇者として前線で戦えるものでもあるまい。


 そうなる前に、戦争を終わらせて平和にしなければならない。

 シレジエから航海を続けている艦隊も、そろそろこちらにつく頃だろう。


 陽動作戦をニ方面で展開したし、英気は十分に養った。

 そろそろ、魔軍と決着を付けるに良い頃合いだ。


「うむ。タケルもやる気がでてきたか。ここまで義勇軍の創設に関わってしまうと、この国の未来のためにも私も何かしなければと思ってしまうものだ。お互い頑張らなければならないな」


 ガバっと毛布を剥ぎとって、さっと立ち上がるルイーズ。


「ルイーズ、とりあえず顔を洗って服を着よう」

「そうだった」


 扉の向こうに、ルイーズの筋肉を狙ってる女騎士もいるし、裸体を魅せつけるのはまずい。

 俺は上着を取って、ルイーズに渡してやった。


     ※※※


 神聖国ではなくなったアビスパニア女王国の行く末。

 将来的には、シレジエ王国とも良き貿易相手国となってもらわなければならない。


 俺の目標は、人族と魔族の融和だ。

 思えば、魔族の存在を認めない神聖アビスパニア女王国が滅びる寸前まで追い詰められていたことは、こう言っては不謹慎だが、俺にとって好都合であった。


 新しいアビスパニア女王国に対して抵抗勢力になりそうな、神聖リリエラ女王国時代の古い教えを引き継ぐ神官勢力は、魔国の支配によって一掃されていた。

 後は、アビス大陸のみならずこの世界全ての人族を滅ぼすと言う大魔王イフリールさえ倒せば、上手くいく。


 奪い返した国をこれから安定させていくバーランド達のことも気になるが、いつシレジエ王国から大船団が来るともかぎらない。

 その時、俺がいないわけにはいかないので、アンティル島に戻らなければならない。


「じゃあな、ルイーズ。くれぐれも無理はしないように」

「おう、タケル。次は魔都で会おう」


「いや、冗談だよね」

「ハハハ、さすがに冗談だ。だが敵軍を抜いて、一挙に本拠地まで攻め上るぐらいの勢いでリンモン州の各地の街や砦を落とせば、敵の目は自ずとこちらに向こう」


 囮としての役割を果たしてくれるということなのだろうけど。

 気合が入りすぎても心配になる。


「ルイーズ、くれぐれも無理はしないようにね」

「うん、陽動作戦だとは理解している。そう簡単には、負けるつもりはないがな」


 俺は、ルイーズを近くで守るシュザンヌとクローディアにも声をかけておく。


「ルイーズが無理しないように、くれぐれも見てやってくれよ」

「はい!」「私達がお守りしますので大丈夫です」


 二人は俺のやり方をよく学んでくれているから。

 ユーラ大陸の騎士のような、無茶な戦いぶりはしないでくれている。


 二人が付いてくれてるならまあ大丈夫かな。

 バーランドが俺のところにやってきて、船団の準備ができたことを告げる。


「人員物資ともに積み込みは完了しております。港にご案内いたします」

「ありがとう。バーランド騎士長、直々のご案内か」


 アビスパニア女王国は、高級官僚や貴族のほとんどが根絶やしにされている。


「国を取り戻していただいたのです。これぐらいのことはさせてください。どうですか船の様子は、状態は悪くないと思うのですが」

「うん、これなら輸送任務には十分足る」


 港の船を調べてみたが、まったく傷んでおらず十分過ぎるぐらいだ。

 時代遅れのガレー船は、輸送に使うだけなので動けばいいのである。


 港に駐留している小さなガレー船が主体の六十隻ほどの艦隊。

 プレシティオに警備艇として置かれていたものである。


 プレシティオは現状、海から襲われる危険はほとんどないので、船はこちらの戦力として使わせてもらえることとなった。

 海上から奇襲される完全にないとは言い切れないが、プレシティオを堅持する予定はないので、そのときは引いてもらえばいい。


 ただガレー船は、動かすのが人力なので人手がかかる。

 戦闘員を乗せないことにしても、一隻の定員は二十人。


 輸送船として使うには乗組員が少なくて済む帆船のほうがいいのだが、贅沢はいえまい。

 布が貴重なせいか、アビス大陸には目立って帆船がすくない。


 艦隊全体でも千二百人の乗組員が必要となり、戦争直後にこれだけの数を集めるのも大変だったろう。

 ありがたい話なのだが、バーランドは申し訳ないと謝ってくる。


「あのただ、勇者様の御座艦と申しましても、なにぶん急でしたので……」

「なんだそんなことか。島に帰るだけだから、そこらに座るスペースでもあればいいさ」


 俺は、適当な一隻のガレー船に乗り込んで「世話になるぞ」と。

 ドサッと座り込んだ。


「王様、私達も付いていきますからね」


 俺の横に、ベレニスが座り込んでくる。


「護衛ですから」


 クレマンティーヌも俺を挟むように、向こう隣に座る。

 そうだった、こいつらがいたんだったな。


 ベレニスはなにやら武器の手入れを始めているし、クレマンティーヌは長い金髪を、櫛を使ってクルクルと巻き始めた。

 すっかりリラックスしているな。


 島に戻ったら、こいつらの扱いを考えないといけない。

 何はともあれ俺達は、船団を整えてプレシティオからアンティル島に戻ることにした。

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