第242話「護衛騎士の訓練」

 軍港として整備されているアバーナの街にも、兵舎の近くに小さな運動場が整備されている。

 二度とスクワットを勘違いしないように、ベレニスとクレマンティーヌの二人を体操着に着替えさせて、ちゃんとした訓練を行うことにした。


「これが、スクワット運動だ。わかったか」


 じっと見られていると、なんだか妙な気分だ。

 動きやすい体操着に着替えた俺は、教えるためにスクワットやってみたんだが、やってみてわかる恥ずかしさである。


 これは、クレマンティーヌに申し訳ないことをしたかもしれない。

 お仕置きでスクワットとかさせるんじゃなかった。


 ずっと見ていたベレニスが、口を挟む。


「ちゃんとした屈伸運動だったんですね」

「当たり前だよ。わかってるのに、わざと間違った振りをしてただろう」


「いえ、そんなことはないですよ」


 そういうベレニスは、半笑いである。

 やっぱりわかってからかってたんだな。


 一方で、クレマンティーヌは青い顔をしている。


「スクワットは、いやらしい裸踊りかと思ってました」

「俺は、クレマンティーヌにすごく誤解されてる気がするな。まあ、罰ゲーム的な流れでやらせてしまったのは悪かった。これで、効果的な屈伸運動になるんだ」


 ちなみに、二人の着ている体操着は、白いTシャツに紺のショートパンツである。

 日本の小学生が着ている体操着とほとんど同じデザイン。


 だいぶ前に、俺の故郷の衣装を作ってみようと言う遊びで作ったものだ。

 ゴムがないのでショートパンツの伸縮性までは再現できなかったが、そこは紐でくくってある。


 二人はいつも鎧を付けて訓練していて、鎧を脱がせても下に着ている鎧下が、この南国の島では暑苦しく見えたので体操着を貸し出したのだが。

 奴隷少女達が着るために作った子供用の体操着なので、比較的小柄なベレニスが着てもサイズが小さかった。


 クレマンティーヌに至っては、身体が大きすぎてサイズがまったく合っていない。

 しゃがむときに体操着の裾がめくれて、危ういラインまで見えてしまっている。


 おい待て……なんで下着を付けてないんだよ。

 さすがにマズいぞ。


「お、おい、クレマンティーヌ」

「はい、なんでしょう?」


 その隣で、ベレニスがニマニマ笑っている。

 どうせ着替えるときに下着を付けないのが作法だとか教えこんだに違いない。


 クレマンティーヌは、なんで見えても平気なんだ。

 もしかして、見えてしまってることに気がついてないのか。


 いまからでも下着を付けさせるか。

 いや、待てよ。そんなこと言ったらまたクレマンティーヌが恥ずかしがって騒ぎになるよな。


 そんなこといちいちやってたら訓練時間が終わってしまう。

 俺が見なきゃいいだけだから、無視しよう。


「コホン、なんでもない。この際だから屈伸運動だけじゃなく、いろいろと教える。ラジオ体操はやったことあるか?」


 俺がそう聞くと、二人は口々に言う。


「王様が、兵士の訓練で推奨してる体操ですね」

「見たことはありますが、私達は兵士じゃありませんからそういう訓練はしません」


 シレジエ王国の騎士は、乗馬や槍投げに弓術、レスリングやダンスなどの実践的な訓練に重きを置いているが、一方で基本となる体操技術については、兵卒がやるものと誤解されて軽視される嫌いがある。

 俺は兵学校の教練として、日本のラジオ体操を取り入れた(まだラジオがあるわけではないが)。


 ラジオ体操は夏休みに子供がやるというイメージがあるが、そうバカにしたものでもない。

 長い年月をかけて編み出された叡智の結集である。


 素人が適当に身体を動かすより、ずっと効率的に満遍なく身体をストレッチして活性化することができる。

 筋肉を鍛えるスクワットや腕立て伏せだって、いろんな訓練が生み出されては消えていく歴史のなかで生き残った、優れた運動法なのだ。


「何事も基礎が大事なんだ。お前らも今度はきちんと準備運動をやれ。一から教えるから真面目にやれよ」

「はーい」「わかりました」


 俺が一緒について、ひと通り体操させる。二人とも、前よりは素直に取り組むようになった。

 体操してる時に、やたらクレマンティーヌの短すぎる体操着の裾がひらひらして、チラッチラ見えるのが気になったが……見ないようにして教えるのが気疲れした。


「ハァ……どうだ。体操もしっかりやると疲れるもんだろう?」

「全然平気です」「ちょっとは、身体が温まってきましたね」


 鋼の全身鎧を身に着けて暴れまわれる騎士の体力は、もともとすごいから体操ぐらいではびくともしない。

 疲れさせるぐらい運動させると、日が暮れてしまう。


「王様、訓練用の馬上槍ランスはどこですか?」

「そんなものないよ」


 この訓練所はダモンズ達も使ってるが、彼らだっていまさら馬上槍ランスを訓練したりはしない。

 魔獣が闊歩するアビス大陸の厳しい環境では、指揮官としての騎士階級はあっても、個人技をひけらかすような騎士の様式美は発達しなかった。


「むう、軍事訓練ならばぜひ王の御前で、馬上槍ランスの腕をお見せしたかったのですが!」

「王様王様、クレマンティーヌは近衛騎士団の馬上槍試合で何度も優勝してるんですよ」


 そりゃ結構な怪力だから、馬上槍試合をやれば活躍はできただろう。

 しかし、単純な力だけでは敵に勝てない。


 それは、クレマンティーヌだって身にしみてわかったはずだろう?

 得意なことしかやってなかったから、今のこいつらがあるのである。苦手科目を克服してこその特訓だ。


「お前ら、今日は銃器の訓練をするって言ってるだろうが」

「だって、マスケット銃なんて全然大したことないですもん」


 ボソッと、とんでもないことを口にしたな。


「ほーう、言うじゃないかベレニス。銃はいらないってことか」

「兵卒にはいるでしょう。でも私だって騎士ですもん。ちょっと見ててくださいよ」


 ベレニスは、洋弓アーチェリーを取り出して模範演技をしてみせる。

 矢が放たれるスピードは、ほぼ秒速である。類まれなる速射であり、ダダダダッと、四本連続で的に突き刺ささった。


「言うだけのことはあるな」

「まだまだこれからです」


 ベレニスは、走りながら的に向かって次々と矢を放ち続ける。

 放った百本近い矢が、ほとんど的に当たっている。


 本当に言うだけのことはある。

 単なる騎士の個人芸ではない。実戦で十分通用する妙技である。


「かなりの的中率だな。見事といっておこう」

「自慢じゃありませんが、私は馬上から弓を撃っても百発百中ですよ。マスケット銃なんて、弾込めに時間はかかるわ、的にはろくに当たらないわ、散々じゃないですか」


 こいつは自分ができるから舐めてるんだな。

 ベレニスが言うことも、あながち間違いではないのだ。


 マスケット銃と洋弓アーチェリーの達人同士が対決したときには、相打ちになったという話もある。

 洋弓アーチェリーのほうが、武器として優れてる面もある。


 だがその高い鼻を折っておかないと、ここから先技術進歩についていけなくなるからな。


「じゃあ次に、シェリーにマスケット銃の模範演技をしてもらおう」


 奴隷少女達はもともと奴隷少女銃士隊として活動していたので、みんな銃の扱いに長けている。


「じゃ、一発お見せしましょう」


 パンと銃声が響き渡る。

 シェリーは百メートル先の的を、そこに刺さっているベレニスの矢ごと一気に撃ち抜いて砕いた。


「ベレニス見たか?」

「銃は、弾込めに時間が掛かるじゃないですか」


 まだ食い下がる。弾込めの話はさっき聞いたよ。

 それに対して、シェリーは呆れたように言う。


「真っ直ぐ飛ぶ鉄砲の弾に比べると、弓矢なんて強い風が吹けばそれちゃうじゃないですか。矢に比べて銃弾のほうが製造しやすいです。なんなら石を詰めたって撃てますよ。集団戦なら、絶対にマスケット銃のほうが勝ります」

「いや、弓兵の働きだって銃士に負けてないぞ」


「はぁ……ベレニスさん。一軍の将ならば弓兵の育成コストを考えてものを言ってください。貴方はその弓の腕を手に入れるのに何年かかりました?」

「ぐぬぬ」


 理詰めでシェリーに勝てるわけがない。

 奴隷少女達より一周年上のベレニスは、長い年月訓練を重ねて弓の名人となったのだろう。


 それに比べ、奴隷少女達は短い期間で銃のエキスパートとなっている。

 マスケット銃は、引き金さえ引けばとりあえず前に弾が飛ぶ。訓練不足の兵でも即戦力になる。


 より実戦的な武器だから、銃は弓に取って代わったのだ。

 失態があってから素直になっているクレマンティーヌは、「私はやります」とマスケット銃を持って的に向かって撃ち始めた。


 使い方はさすがに知っているようだ。

 だが、当たらない。


 マスケット銃を知ってはいても、使うことを避けてきた結果であろう。


「なんでこんな少女達までもが巧みに弾を的に当てられるのに、私にはできないのでしょう」


 クレマンティーヌは悔しそうにつぶやいて、弾込めしてまた撃つ。

 シェリーの射撃の精密さは、俺も驚くからな。その真似をいきなりやれと言っても難しいだろう。


「クレマンティーヌ。とりあえずもっと近い的でやってみるといい、訓練次第でお前も当てられるようになるさ」

「……精進致します」


 精度の低すぎるマスケット銃で、この距離の的に当てる技術は実は俺も持っていない。

 ライフリングと風魔法の併用で威力も強く精密射撃ができる魔法銃ライフルだったらできるけど。


 だから俺が模範演技をやらず、シェリーにやらせたということはある。

 シェリーは、これぐらい当然という澄ました顔で二人に説明する。


「まず銃によって、かなり癖があります。その癖を見ぬいて誤差を修正します。その日の風向きや風速、気温や湿度によっても変わりますが、そこら辺の微調整は経験ですね。私なら、一発撃てば調整できますが」


 それはシェリーだからできることだな。

 ライル先生やシェリーは、どうも頭の中で先に緻密なシミュレートしてから撃つので命中率が高いらしい。


「ベレニスもマスケット銃を使ってみないか?」

「私は……」


「フフン。弓はお得意のようですが、銃で的に当てられる自信はありませんか?」

「こんなもの簡単よ!」


 シェリーに煽られても涼しい顔をしていたベレニスだが、ことが戦闘技術となれば騎士としての意地があるのだろう。

 煽られるままに、マスケット銃で狙って撃った。


「あ……」


 だが、弾は当たらない。


「このっ!」


 慌てて弾込めして、もう一発撃つがやはり当たらない。

 百メートルは、マスケット銃の有効射程ギリギリである。当たらなくて当然なんだよな。


「そんな……」


 だけど、なんでも小器用にやれるベレニスはショックだったらしい。

 専門の兵士ですらない奴隷少女がいともたやすく命中させられて、騎士の自分ができない現実を目の当たりにしてさすがに心折れたようだ。


 シェリーが慰めの言葉をかける。


「当たらなくて当然ですよ。私だって訓練してできるようになったんですから、弓がお得意なベレニスお姉さまであればそのうち命中させられるでしょう」

「マスケット銃って、ただ単に兵士が集団で前に撃つだけの武器だと思ってたのよね。これは確かに、訓練しなきゃいけないわ」


 本当は、ベレニスの理解が正しいんだけどな。

 マスケット銃はあくまで集団で弾幕を張るための武器だ。ライフリングがないただの鉄筒の銃で、遠距離を狙って命中させるなんてのは神業チートである。


 生意気な高い鼻がへし折れたみたいだから、そこら辺は黙っておく。

 訓練によって命中率を上げることができるのも確かで、弓の達人であるベレニスならそのうちシェリーのように当てられるようになるかもしれない。


「なっ、ベレニス。銃を使えば小さい女の子でも騎士と互角に戦えるし、これからは銃の時代なんだ。俺の護衛ならば、シェリーぐらいは銃器を扱えないと困るからな」


 ちょっとオーバーに言ってやることにしよう。

 こういう機会に、へこましておかないとな。


 ベレニスは悔しそうに言う。


「王様の仰る通り、考えが甘かったようです。これからは、銃も精進します」

「そうするといい」


 真面目なクレマンティーヌは、もう無心にマスケット銃を撃ち続けている。


「私も、王様のお役に立てるために精進します!」

「うん、クレマンティーヌも頑張ってな」


 あとは、マスケット銃の研修の他に大砲の撃ち方なんかも研究した。

 この分野では、俺や奴隷少女達のほうが先輩になるので、ベレニス達は教わる立場である。


 俺もこういう訓練をやるのは久しぶりだから、教えながら勉強になるところが多かった。

 たまには、軍事教練もいいものだ。


 そろそろ戦争も始まるから、引き締めてかからなければならない。


「ご主人様お疲れ様です」


 コレットとヴィオラがピンク色のジュースを配っている。


「冷えてて美味いなこれ」

「グアバジュースです。果汁を搾って、砂糖と水を加えて冷やしてあります」


 仄かな甘味と酸味があって、疲労回復効果がある。

 みんなで飲んでいると、ベレニスがいたずらっぽく言う。


「王様、私達は料理も精進したほうがいいですか?」

「お前らは騎士だから、そこまではいわんけどな。手伝ってくれるというのなら、ありがたく手伝ってもらうぞ」


 夕飯は、収穫したてのジャガイモ尽くしだった。

 ジャガイモの皮を剥くのに、人出は多いほうがいいので護衛騎士の二人にも手伝ってもらったのだが……。


「クレマンティーヌ。あとはベレニスに任せて、お前は皿でも並べててくれ」

「すみません」


 ジャガイモをゴミにし始めたので慌てて止める。なんとか、煮物には使えるか。

 絶対こいつ包丁握ったことないな。貴族のお嬢様だからか。


 この島のジャガイモは、アビスパニアが戦闘糧食として持ち込んだ非常食なのだが、豪勢な料理などより俺にはよっぽどありがたい。

 主食がジャガイモでも悪くないよな。


 食卓には、多彩なジャガイモ料理が並ぶ。じゃがバターが最高だ。

 新ジャガで作るとか贅沢だよな。蕩けたバターの香ばしい香りが食欲をそそる。


「これだよ。ホクホクしてて美味い!」


 夏祭りの夜店でいっつも食べてた懐かしい味である。

 こんな異世界の果てで、故郷を思い出すとは思わなかった。


 じゃがバターはシンプルに美味いので、みんなにも好評である。


「王様、これ美味しいですね」

「だろう。それが本当のジャーマンポテトなんだよ」


 ジャーマンポテトは、玉ねぎとベーコンとジャガイモの料理である。

 塩コショウがよく利いていて美味いのだが、本当のジャーマンポテトとか言っても、ハテナという顔をされるだけだった。


「ジャーマンってなんですか?」

「ああ、ゲルマニアのことなんだが……まあ気にするな。その料理の名前だ」


 ゲルマニアに行った時に、ジャーマンポテトの材料はあったのにジャガイモがなくて残念だったから。

 ずっと作ってみたいと思っていたのだ。


 美味そうに食べているベレニスを見て、じゃがバターをフォークでつついてモグモグやってるロールにこっそりと声をかけた。


「なあロール。ドワーフに弱点ってないのか?」


 ベレニスもロールも同じ黒妖精ドワーフである。

 もしかすると、抑えこむいい方法が見つかるかもしれない。


「うーん、ないこともないよ」

「あるにはあるのか」


 なんかロールにしてはすっきりとしない言い方だな。


「これあんまり……よその人にいっちゃいけないっておとうさんがいってたからなあ」

「そこをなんとか教えてくれないか」


 なんか、そんなこと言われると余計に気になる。


「うーん、ごしゅじんさまだからいいかなあ。じゃあちょっとこっちにきて。これ、ぜったいだれかにいっちゃダメだからね」


 ゴニョゴニョと耳打ちしてくれた。


「なるほど、ドワーフは耳の内側が弱点なのか」

「うん、つよめにこするといいよ」


 酷幻想の黒妖精ドワーフは、エルフと似たように長い耳を持っている。

 妖精族の感覚器官である耳はかなり敏感で、その内側に指を入れて強くこすられるのが弱点らしい。


「ちょっとやってみるぞ」

「ひゃああぁぁ!」


 試しにロールの耳をこすってみると、叫び声を上げてその場に座り込んでしまった。


「なるほど、これは効きそうだ。ありがとうロール」

「あうう。よそのひとに、ぜったいいっちゃダメだからね……」


 元気なロールが弱るくらい効いてる。

 本当に良いことを聞いた。


 今度ベレニスがなんかやったら、これでお仕置きしてやる。

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