第236話「竜殺しの女勇者」
州都プレシディオを囲むように、わらわらと膨れ上がる反乱軍が遠方に見えた。
次第に魔軍は追い詰められていて戦況は決して良いとは言えないが、それでもリンモン州総督サルディバル・ゴメスの機嫌は良かった。
普段は、居城の奥で司令を出すだけのサルディバルであったが、わざわざ現場まで赴き。
自らの人質作戦の最終確認を行う。
「皆の者、ご苦労だな」
「そ、総督閣下!」
「ああ、挨拶はいい。そのままそのまま」
前線では兵士達が忙しそうに敵を待ち受ける準備をしていた。
人材は自らを守る石垣であると知るサルディバルは、歩哨に立つ兵士達にも鷹揚に声をかけて労をねぎらう。
と、そこに。
一人の黒い
「なんだ、デリシオか」
新生プレシディオ騎士団の筆頭騎士隊長、デリシオ・イルマン。
サルディバルのゴリラ顔が険しくなる。この若武者のことを、彼は好きではなかった。
デリシオは吸血コウモリ型魔族だ。
黒い
「恐れながら、なぜビハーンなどに騎士団長を任せたのですか?」
「貴官の言いたいことはわかっている。平民出身のビハーンなどより、イルマン家の当主である自分こそが騎士団を任されるに相応しいと言いたいのだろう。違うか?」
心を見透かすようなサルディバルの言葉に、デリシオは狼狽した。
「そっ、そこまでは思い上がっておりません。ですが、年功序列で繰り上がったビハーンなどより、私はよっぽど戦果を上げておると自負しております。雑兵の集まりなど、私が鍛えあげた隊であれば蹴散らしてご覧にいれましょう」
敵を蹴散らすなど、できてないではないか。
それができないから緒戦を引き分けたのだと言えば、自信過剰なデリシオは、自分が指揮をしていなかったからだとほざくだろう。
デリシオは、六十六魔貴族の筆頭であり魔軍総参謀長であるサルディバルに比べれば格下であるものの、初代魔王に仕えた三魔将が一つイルマン家の若き当主である。
ここでは、サルディバルに次ぐ高位魔族なのだ。
騎士団長であったギボン亡き後は、家柄から言っても、功績から見ても、自分が次の団長を任せられて当然と思い上がっていたに違いない。
だからサルディバルはデリシオではなく、地味で実直な副団長ビハーンのほうを団長に選んだのだ。
デリシオは、自分よりも年配で上位のベテラン騎士であるビハーンを呼び捨てにするなど。
魔貴族の若武者らしい驕りが見える。
いかに家柄や戦功を誇ろうとも、この驕り高ぶりようでは部下もついて行かない。
この傲慢な若武者は、魔軍総参謀長であるサルディバルですら、内心で文官風情と侮っている様子すら見える。
才気がないわけではないので、もう少し経験を重ねればマシになるには違いないが。
いかにも魔貴族らしい高い気位を隠そうともしないデリシオは、まだ人間としても部下としても出来上がっていない人材だった。
「言いたいことはそれだけか、騎士デリシオ」
「それだけではございません。聞けば今回の戦では、サルディバル総督閣下が自ら出陣なさるとか!」
「それがどうした」
「危険な前線などに、総督閣下が自ら出る必要はございません。このデリシオに前線指揮官をお任せいただければ必ずや……」
自分に任せろと胸を叩くデリシオに、サルディバルは眼を輝かせた。
その鋭い眼は、慇懃な言葉のなかに秘められたサルディバルの力量を侮る、デリシオの心の中を見透かす。
「デリシオ!」
「ハッ」
「貴様には街の守りを命じる」
「しかし、総督閣下!」
前線に出れなければ戦功を立てられないというのだろう、この期に及んでもこの若武者は自分の心配しかしていないと口惜しく感じた。
これが他の時ならば配慮もしたが、いまは戦時。
サルディバルを侮るデリシオを指揮官などに据えようものなら、作戦を台無しにされるは必定。
身勝手な魔貴族の若者に、せっかくの機会をかき乱されたくはない。
「くどい。後方の街の守護も、大事な任務である」
「……かしこまりました」
ようやく引き下がったかと、サルディバルはため息を吐く。
そこに、話題にでていた騎士団副長のビハーンと、魔獣使いのハイドラがやってくる。
「陣の準備は整いました」
「怪我をしていた竜の治療も終わりましてございます。あとは、総督閣下の作戦通りに」
「うむ」
やはり部下とは従順でなくてはと、サルディバルは二人を好ましく思う。
チェスの駒に勝手に動かれては、策などあってなきが如しとなる。
「人質の様子はどうだ?」
「目を覚ましております。食事を取らせようとしましたが、拒否されました」
「そうか。様子を見ておくかな」
サルディバルは、丘の上に設置した檻の中の金髪巻き髪の女騎士の様子を見に行くことにした。
檻に近づくと、女騎士は妙なことをやっている。
檻の中の金髪の女騎士はどこから取り出したのか、丸い柄の変わった櫛で髪をクルクルと巻いていた。
そのようなものを初めて見たサルディバルは、女の巻き髪とはこうやって作るものかと思わず「ほぉ」と、感嘆の声を上げてしまう。
「何奴だ?」
「失礼した。このリンモン州の総督サルディバルだ。囚われの身で、櫛を当てているとは悠長なことだ」
「どうせ処刑されるのでしょう。ならば騎士らしく、最期の時を迎える前に髪だけでも整えようと思っただけのこと」
戦場で悠長に御髪を整えているのがこの女の言う騎士らしさなのか。
人族とはよく分からない連中だなと思うサルディバルである。
「処刑はせんよ。貴様には、竜殺しの女騎士をおびき寄せる餌になってもらうからな」
「私とて誇りあるマンチーヌ家の女。餌になどなりません。さあ、一思いに殺すがいい!」
そう叫んで、女騎士はガチガチと手足の鎖を揺らす。
その鎖は、クレマンティーヌの怪力でも壊れはしないが、万が一自害でもされては困る。
次の瞬間には死んでいるかもしれない戦場にいるせいか、騎士は割りとあっさりと死を選ぶ傾向が強い。
しかも、こいつも人族の側の貴族らしい振る舞いだ。
まったくデリシオといい、このクレマンティーヌという女騎士といい、やたら誇りだけが高い貴族の若者とは厄介なものだ。
あまり刺激しすぎて死なれても困るので、サルディバルは慎重に言葉を選んだ。
「まあそう急くな。約束通り女英雄が引き取りにくれば、無条件で解放してやろうと言うのだ。ここは生き延びて、また活躍すれば良いではないか」
「私の身柄を人質に使うつもりか」
「人質か……捕虜にとってるのだから否定せん。だが、人質を盾に卑怯な騙し討ちはせん。竜殺しの女騎士がくれば、無条件で引き渡してやろう」
「敵を信用しろというのか?」
「私とて州総督に任じられた魔貴族である。貴族の誇りにかけて約束しよう。竜をも打ち倒した女英雄の噂が本当であれば、貴様を助けだして下がることも可能だろう。これはちょっとした
そう言って、不敵に笑う。
実際は余興どころではない。総督サルディバルが自ら出向いてまで、この機会に確実に殺すつもりなのだ。
だが、例えばクレマンティーヌを人質にとって、女英雄に武器を捨てろとまでは言うつもりはない。
あくまでおびき寄せる餌に使うだけだ。敵を追い詰め過ぎると、罠にすらならならない。
「余裕ですね。総督サルディバルとやら。ルイーズ様の力をお知りでないようだ」
「フフフッ、余裕にもなろうさ。勇者討伐のために、三万もの兵をかき集めたのだからな」
勇者と、いきなり妙な単語が出てきて、クレマンティーヌは訝しげに金色の眉を顰める。
「勇者ですって?」
「いまさらとぼけるな」
勇者と聞いて、クレマンティーヌはもしや勇者でもある王様が助けに来てくれるのかとも思ったが。
どうやら、サルディバルは勘違いしているとすぐ気がつく。
「竜を倒す力、オリハルコンの剣……魔族とて知っているぞ。あの女英雄ルイーズこそが、伝説の勇者なのだろう?」
「違いますよ」
「フハハッ、その反応……やはりか。とぼけるのがヘタだなクレマンティーヌとやら。もう隠さずとも良いぞ。反乱の首謀者である女騎士ルイーズは、オリハルコンの剣を振るって活躍しているのだと調べは付いているのだ。それこそ、まさしく伝え聞く人族の勇者の証明であろう」
「いや、違いますって」
クレマンティーヌは真顔で否定しているのだが、打倒女勇者ルイーズに盛り上がっているサルディバルは聞いちゃいない。
「考えれば当然のことだったのだ。この魔軍総参謀長たる私が、勇者以外に苦戦させられるわけがない。勇者が女とは驚かされたが、当代の女勇者ルイーズを倒せれば、ここまでの失点を全て挽回できる。大魔王様にも顔向けができるというものだ」
「……」
ダメだこの人、完全に勘違いしている。
かと言って、実はルイーズは勇者の嫁のほうで、佐渡タケルという勇者がいるなどと内情を話すわけにもいかない。
クレマンティーヌは、何も言わないほうがいいと悟って、この場は黙っていることにした。
※※※
両陣営が睨み合いを続けるなかで、丘の上に置かれた檻に向かって完全武装のルイーズは歩く。
鉄の檻の中には、クレマンティーヌが閉じ込められており、その横にゴリラ顔の男と魔獣使いの女が立っている。
「女勇者ルイーズ。約束通り一人できたようだな」
「女勇者だと?」
なにいってんだコイツという顔をするルイーズ。
クレマンティーヌに目配せすると、首を左右に振られた。なんか勘違いされているようだ。
「とぼけずとも良い。その背中に差しているオリハルコンの大剣が何よりの証拠!」
「まあどうでもいい、約束通り人質を返してもらうぞ」
悠長に談判するつもりはない。
せっかちなルイーズは、背中からオリハルコンの大剣を引き抜くと、軽くブンブンと数度振った。
それだけで檻の鉄棒が断ち切られ、手足の鎖も外れる。
大雑把に見えて、精緻な剣さばきである。
「見事だな、勇者。だがこのまま大人しく帰してはやらんぞ。やれ、ハイドラ」
「サルディバル総督閣下の命のままに!」
ハイドラは、指示を受けて七匹の竜を遮るように展開させる。
また性懲りもなく、雲の中に隠していたのだ。
一方で、檻から出されたクレマンティーヌは、今にも消え入りそうな声でルイーズに謝る。
「申し訳ありませんルイーズ様」
「クレマンティーヌ、帰ったらお仕置きだからな。これを飲んどけ」
ルイーズは
本当は良く生きていたなと褒めてやりたいぐらいなのだが、謝られて許すなどとは言ってやらない。それでは、逆にクレマンティーヌの立つ瀬がないだろう。
まあこの程度の窮地は、窮地にも入らない。
竜殺しの英雄であるルイーズにとって竜は、ただの美味しそうな獲物でしかない。突破など容易だ。
そう思ったところに油断があったのかもしれない。
部下に命じるだけと思っていたゴリラ顔の司令官から、怖気が走るような殺気を受けた。
「伝説を斬り裂く暗黒の刃よ、破聖斬!」
総督サルディバルが、指で複雑な印を組むと目の前に黒い塊が発生する。
そこから出た禍々しき真空刃の魔法を、ルイーズは無造作に剣で受け止めるが――
「なんだと」
オリハルコンの刃が欠けた。
さすがのルイーズも驚愕する。最強の硬度を誇るオリハルコンが、魔法の真空刃ごときで砕けるはずがない。
「破聖斬! 破聖斬!」
オリハルコンの大剣が黒き魔法の真空刃を受けるたびに削れていく。
やがて、中ほどからポッキリと折れてしまった。
「あっ」
「フハハッ、やった! 伝説の聖剣は折れた。あとは殺ってしまえハイドラ!」
臆病なほど慎重な総督サルディバル・ゴメスが矢面に立った理由がこれであった。
六十六魔族の筆頭格、代々魔軍総参謀長を務めるゴメス家の秘中の秘技がこの破聖斬。
伝説上の魔王と勇者の戦いで毎回のように登場するオリハルコン製の剣。
決して折れることのないその伝説の金属を分断できる究極魔法を、ゴメス家は初代より千年もの長きに渡って研究してきたのだ。
いつか再び現れるであろう勇者に対抗するための秘技。
その技を受け継いだサルディバルが、オリハルコンの大剣を使う女勇者ルイーズと戦場で出会った。
総督サルディバルにとっては、まさにそれこそが宿命であると感じた。
そうして、最高位の魔貴族が、魔軍でもトップクラスの魔法力を全力で振り絞って、伝説の聖剣を圧し折って見せた。一族の宿願を達成した瞬間。
一方で、『万剣』のルイーズにとっては、オリハルコンの大剣などただの強い武器の一つでしかない。
使えなくなれば、要らない武器は投げ捨てるだけだ。
「ふんっ」
無造作にルイーズが投げられた折れたオリハルコンの大剣がまっすぐに飛ぶ。
大願を成就して、ほんの一瞬だけ気が緩んだ総督サルディバルの胸にそれが突き刺さったのも、また因果応報であったのかもしれない。
「なん……グフッ。ゴホッ」
「サルディバル様!」
まさか聖剣を投げ捨てるとは!
戦場で、時に巧遅は拙速に及ばない。サルディバルは、不覚を取った。
オリハルコンの折れた刃が胸に突き刺さって、よろめくサルディバル。
気遣わしげに駆け寄るハイドラ。
「クレマンティーヌ、突破するぞ」
「はい!」
ルイーズ達が優先すべきは、何よりもまずこの死地からの脱出。
倒れた総督にはもう眼も向けずに、ルイーズは背中に背負った竜殺しの大剣を引き抜くと、迫りくる七匹の巨大な竜の群れへと飛びかかっていった。
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