第235話「州都郊外の遭遇戦」

 敵の騎士団長の首を落とし、喜悦のあまり絶頂に達するクレマンティーヌ達であったが。

 獲物を狩った時こそ、もっとも油断するときである。危機は、空から迫っていた。


「うぁぁ、なんだありゃ!」


 不意に空を見上げたベレニス隊の長槍兵が叫びを上げる。

 空から現れたのは魔獣ブルードラゴン、グリーンドラゴン、イエロードラゴン。


 ドラゴン三兄弟である。

 突如として出現した、カラフルな魔獣ドラゴンの一団に驚きの声をあげるクレマンティーヌ。


「魔獣なんて、あんなデカブツがどこに隠れていたというの」


 いくらベレニスとクレマンティーヌが近衛騎士であっても、ドラゴンの相手なんてできるわけがない。

 まして長槍を構えた農兵などは、象に立ちはだかった蟻のようなものである。


 その鋭い爪が振るわれるだけでも一気に五人や十人は殺される。

 そうでなくても、ちっぽけな人間の軍隊など竜の一息ブレスで消し飛ばされる存在だ。


 クレマンティーヌがよくよく目を凝らすと、ブルードラゴンの上に黒いボンテージアーマーを着た女が杖を持って立っているのに気がつく。

 魔獣使いか何かだろうか。あいつを落とせれば、あるいは止まるかもしれない。


「あの女が使役してるのよ。ベレニス、あの女を撃ち落として!」

「竜に向けて一斉射撃!」


 クレマンティーヌの掛け声で正気を取り戻したベレニス隊が、弓を取り出して竜に向けて撃つ。

 ベレニス自身も弓を引き絞って狙い撃つが、飛来する矢は全てブルードラゴンの氷結のブレスで吹き飛ばされる。


「アハハッ、竜に矢なんて効くわけ無いでしょう。しかしまさか、本当にギボンまで殺ってくれるとはね。これで、私が出世できるかしら」


 どうやらハイドラは、雲を操る魔法を使えるようだ。

 雲の中に竜を隠し、奇襲のタイミングを見計らっていたのだ。


 空からの伏兵とは、誰もが思いもよらぬ戦術である。

 その上で、クレマンティーヌ達によって騎士団長のギボンが倒されるのを待っていたあたり、ハイドラの狡猾さが窺える。


 サルディバル総督の一の側近であるギボンが失敗して死ねば。

 ハイドラの出世は、より確実のものになる。


「何奴だ!」


 クレマンティーヌのよく響く声に対して、ハイドラは高らかに名乗りを上げた。


「魔獣隊長ハイドラよ! そこのキンキラの女騎士どもは、残念だけど逃げ切れるとは思わないでね。他の兵士は殺すけど、あんた達には捕縛命令が出てるから半殺しで許してあげるわよ」


 ハイドラが勝ち名乗りを上げたのは、魔軍に対して自分の功績を示すためでもあったが。

 たかだか五百だか千だかの槍兵は、ドラゴン三匹を使えば楽勝という驕りもある。


「全軍撤退、クレマンティーヌ! 私達も逃げなきゃ!」

「でも、私の兵が!」


 ベレニスは、弓矢も通用せず。

 降り立ったドラゴンたちに瞬く間に長槍兵が吹き飛ばされるのを見て、即座に撤退を判断した。


 クレマンティーヌは、味方が次々と殺られていることに気を取られている。土壇場での性格の弱さが出たのだ。

 撤退を判断したベレニスに比べて、クレマンティーヌの足は遅い。


 魔獣ドラゴンの参戦で、騎士団長ギボンを倒されて混乱した魔軍の騎士団も態勢を立て直しつつある。

 このままでは、先行しすぎたクレマンティーヌ隊は瞬く間に崩壊する。


 そのときだった。

 銃士隊を引き連れたシュザンヌが、短筒を引き抜いて叫ぶ。


「銃士隊、一斉射撃!」


 シュザンヌ隊がマスケット銃による一斉射撃を敵に浴びせた。シュザンヌ自身も、ドラゴンに向かって狙撃。

 もちろんドラゴンを倒すためではない。弾幕を張って、味方の撤退を支援するのが狙いだ。


「ドラゴンを狙って撃て!」


 同時にさらに後方の丘から、ドドンと大砲の音も響く。

 クローディアが、自ら馬から降りてまで大砲で狙撃したが、やはりドラゴンには上手く当たらない。


 この距離で、飛び回っているドラゴンに弾を当てるのは至難である。


「ちいっ、当たらないか」


 しかし、思わぬ成果もあった。


「あああっ!」


 魔獣ブルードラゴンに乗っているハイドラが、肩を押さえて呻き声をあげている。

 激しい弾幕を受けて、流れ弾の一つが命中したらしい。


 致命傷ではないのが惜しいが、距離がかなりあるので当たっただけ僥倖というものだろう。

 鉄砲を知らぬハイドラは、突然感じた肩に焼けるような痛みに激昂した。


「なに、何なのよあいつら! あれが火の出る筒? ええい、グリーン! イエロー! 殺ってしまいなさい!」


 肩を撃ち抜かれて普通ならば戦意喪失してもおかしくない負傷である。

 だが男勝りの魔獣使いハイドラは、激痛に涙目になりながらも闘志を振り絞るようにして叫ぶ。


 魔獣使いの命令に、先行していた長槍隊を襲うのをやめて、後方の銃士隊に飛びかかる二匹のドラゴン達。

 しかし、そこに第二射が襲う。


「弾込め急いで、できた者から撃て、撃て、撃て!」

「グォォオオオン!」


 鱗の厚いドラゴンに、マスケット銃の弾は通じない。全て弾かれてしまう。

 しかし、眼などの柔らかい部分に命中すれば別である。


「やった!」


 先行していたイエロードラゴンは、片目を撃ち抜かれた痛みに我を忘れて、ブォォオオと竜の息吹ブレスを吐きながら飛び退る。

 ハイドラは耐え切ったが、動物的本能で生きるドラゴンは、敵わぬと思って煙幕を張って逃げるらしい。


 イエロードラゴンが吐くのは、毒の息吹ブレスである。

 おかげで、あたり一面に毒霧が立ち込める。


「うぁぁ!」「ゲホゲホッ」


 迷惑極まりない攻撃だ。撒き散らされた毒ガスに、敵味方関係なくダメージを受けてバタバタと倒れる。

 グリーンと呼ばれた緑の竜は、果敢にもその毒の霧を超えて、ご主人様への命令に忠実に敵陣に飛び込んだ。


 炎のブレスを吐きながらである。

 本能的にそいつらが一番手強いと分かったのだろうか、設置してある大砲が砲手ごと炎の吐息ブレスに焼き焦がされ、その瞬間に巨大な火柱があがった。


 置いてあった弾薬箱が紅蓮の炎に巻き込まれて、誘爆を起こしたのだ。

 大爆発を中心に、全てがなぎ倒される。


「うぁああああ!」

「グォォオオオン!」


 誰のものともつかぬ兵の悲鳴と竜の雄叫び。しかし、それらは人の耳に届くことはなかった。

 誘爆した火薬の音と光が、戦場を圧倒している。


 この衝突で、多くのマスケット銃や大砲がダメになった。近代兵器の装備が少ない義勇軍にとってかなりの打撃である。

 だが、回復不可能なダメージを受けたのは竜も同じであった。翼が傷ついたのか、倒れてしまい弱点である腹を見せてしまっている。


「この距離なら、細かい照準はいい!」


 大爆発に吹き飛ばされそうになりながらも、大砲にしがみつくようにして一心不乱の弾込めしたクローディアは、大砲の第二射を放つことに成功した。

 目の前にあるのは竜の巨体だ。外れるわけがない。


 飛び出した砲弾は、グリーンドラゴンの土手っ腹に穴を開けて沈黙させた。


「ああっ、なんてことなの!」


 魔獣使いのハイドラ自身も、肩を撃ち抜かれての負傷。

 頼みの綱のドラゴンも、一匹が砲弾に殺られて、もう一匹は片目をやられて負傷して帰ってくる。


 上空からの奇襲が成功し、楽勝だと思われた戦いがこうも簡単に覆されるとは、あの火の出る筒はなんと恐ろしい兵器なのだろうかとハイドラは思った。

 しかし、ここまで来て引けるわけがない。


「ええいっ、このまま何の成果もなく引いたら私は終わりよ。ブルー、あの女騎士をやりなさい!」

「ぐあっ!」


 部下の農兵を助けようとしていたクレマンティーヌは、ブルードラゴンの爪で無残にも白馬ごと切り飛ばされた。

 火の出る筒を潰そうとせず、女騎士の奪取だけしておけばドラゴンを一匹潰さずに済んだのだ。


「チッ、最初からこうしておけば良かったのに」


 自らの判断の甘さに舌打ちしながら、ハイドラは倒れ伏したクレマンティーヌの身体をなんとか竜の背に引きずり上げようとする。

 もちろんそれを黙って見ているベレニスではない。


「よくもクレマンティーヌを!」

「あら、私の邪魔させないわよ。ブルー、ブレス!」


 落馬したクレマンティーヌを助けようとしたベレニスだが、氷結の息吹ブレスに遮られて近づけない。

 そのまま、クレマンティーヌはハイドラによって連れ去られてしまった。


「クレマンティーヌ!」


 ベレニスがなおも追おうとするのを、シュザンヌ達は止めた。

 これ以上犠牲を出すわけにはいかない。


「ベレニスさん引いてください!」

「もうドラゴンは、敵陣の向こう側です。一人で行っても無理ですよ」


 ベレニスの絶叫が響き渡る中で、手痛い打撃を受けた両軍はどちらからともなく引いていく。

 魔軍のほうは騎士団長ギボンの戦死に加えて騎士団の半壊、三体の魔獣ドラゴンのうち一体が死亡して一体が負傷。


 義勇軍のほうも半壊、多くの人命とともに大砲二門と多くの銃と弾丸を失った。

 州都プレシディオ郊外の遭遇戦は、両軍とも人員ばかりでなく換えの効かない主力兵器を失う痛み分けの辛い戦闘に終わった。


     ※※※


 州都の近郊で遭遇戦が起きたと聞いて。

 自分の策が成功したか居ても立ってもいられず、プレシディオの大門の前まで出た総督サルディバルは、敗走してきた騎士団を前に顔を青くした。


「ある程度の犠牲は覚悟していたが、敵の火を吐く筒とやらの威力はこれほどか」


 敵は雑兵だと思って甘く見過ぎたらしい。

 精鋭の騎士団を半ば使い潰し、魔獣までも投入した今回の作戦で何も得るものがなければ、今後の戦局は危うくなる。


 ともかく情報を欲したサルディバルは、野に放った密偵を呼び寄せて戦況報告させる。


「総督閣下、プレシディオ騎士団半壊、騎士団長ギボン卿討ち死にであります。ただドラゴンの攻撃もあって、敵の義勇軍とともに、大小の火を吐く筒を半壊させることには成功したようです」

「ギボンのやつは、目にかけてやったのにしくじりおって……。騎士団は当面、副団長のビハールに任せよう。魔獣部隊長のハイドラは、何をやっておるか」


 そこに、魔獣ブルードラゴンに乗ったハイドラがやってくる。


「サルディバル総督、ハイドラ戻りました!」

「おお待ちかねたぞ」


「申し訳ございません。三竜のうち、一竜を敵の火筒にやられました」

「それはいい、成果はどうだ?」


「敵の女騎士を一人捕らえました」


 ハイドラは、抱きかかえた金髪巻き髪の女騎士を差し出す。


「この女騎士は、オリハルコンの大剣は持っていたか?」

「いえ、こやつはギボン卿のハルバートを奪って戦っておりました。その金髪巻き髪の女騎士は、ギボンを倒した程の腕前ではありました。確か、名前はクレマンティーヌとか……」


「しかし、オリハルコンの剣を持ってないのだから、反乱軍の首謀者の騎士ではない。まあ構わん。いずれにせよ、名のある騎士なのは一目瞭然。そうであれば、竜殺しの女英雄を引き寄せる餌に使えよう。用意しておいた檻に入れて、あの目立つ丘の上に設置しろ。敵の女英雄に触れを出すのだ。貴様らの仲間の女騎士を捕らえた。助けたくば一人で来いとな!」

「ハッ、総督閣下の御意のままに」


 本当に一人でくるほどバカではないだろうが。

 女英雄は、仲間を見捨てることはできないというのが、サルディバルの見込みである。


 上手く引き付けさえできれば、こちらには対抗策がある。

 そのためにも、この女騎士は餌として使える。


「おっと、その女騎士は足に怪我をしているな。人質に死なれても困るから、血止めぐらいはしてから檻に入れておけ」


 ゴリラ顔に似合わずサルディバルは、意外と紳士である。

 不要に捕虜をいたぶるような真似はしない。もちろん、利用価値があるからという理由があってのことだが。


 密偵達は、サルディバルの指示に従いクレマンティーヌの傷口に薬を塗って包帯を巻いた。

 そして檻の中にいれて、手足にガッチリと鎖をつなぐ。


 なにせ相手はギボンを倒したほどの女騎士だ。拘束はしっかりとしておかなければならない。

 それを満足気に眺めているサルディバルに、ハイドラが跪き言上した。


「誠に申し訳ございません。竜を一匹失い、一匹も眼を負傷したようで」

「それはいいと言った。敵の火砲とやらが、竜に匹敵するだけの力を持っていたということであろう。ハイドラの落ち度ではない。むしろ、お前のおかげで敵の力の程をおおよそ測ることができた。わかるな?」


「サルディバル総督閣下のお役に立てましたなら、光栄です」

「むしろ敵の大火砲を前に、互角に戦った腕は見事。魔獣部隊の戦力の補充も必要だな。防衛用に温存しておいた残りの竜五匹を全て、貴様に任せよう」


「魔獣を全てお任せいただけるのですか……ありがたき幸せ!」


 魔軍の主戦力である魔獣を全てハイドラに預けるとは、慎重なサルディバルらしくもない大盤振る舞い。

 それだけハイドラの力を買ったということ。魔獣とともに、それを世話する施設や兵士もハイドラの統括に入る。


 これで大隊長クラスまでは登れた。

 今回の働きにサルディバルは満足しているようだ。次の戦でも活躍できれば、サルディバルの側近の座はハイドラのものという含みもある。


「ハイドラ。お前には、まだまだ働いてもらうつもりだ。その肩の傷を見せてみろ」


 強大な魔族であるサルディバルは強大な魔法力を持ち、ある程度の治療もできる。

 サルディバルが手を触れると、銃弾に撃ち抜かれた肩の傷が塞がっていく。


「総督閣下直々に治療していただけるとは……」

「ハイドラ、お前には期待をかけているのだ。次の戦いまで、少し休んで置くが良いぞ」


 ハイドラを上手く操縦するためか、サルディバルは肩に触れたまま優しい声をかけた。

 人間混じりの平民魔族と高位魔貴族。直接手で触れるなど、本来はありえないこと。


 これには打算的なハイドラも、感極まったように深々と頭を下げて心より平伏した。

 それが見せかけのポーズだとしても、殿上人に平民が手をかけてもらったことに違いはない。


「ありがたき、幸せです」

「次の戦いまでさほど時間はないだろうが、怪我をした竜の治療に専念せよ。使える竜が六匹か、七匹かでも大きな違いであろうからな」


「ハッ、この命に換えましても!」


 片目を負傷したイエロードラゴンの治療へと戻るハイドラ。

 これでいいとサルディバルは頷いて、次の作戦の準備に向かうのだった。


     ※※※


 アビスパニア義勇軍の天幕。

 ルイーズ、バーランドの両宿将が集まって今回の顛末の報告を聞いていた。


「ですから、私に救出に行かせてください!」

「ベレニス。お前一人で行ってどうする」


 激高するベレニスをルイーズはたしなめる。

 密偵ならばともかく、目立つ近衛騎士が単騎で行っても捕虜救出は難しい。


 そこに、クレマンティーヌが丘の上で檻に入れられて晒し者になっているとの報告が入る。

 周りには魔軍二万の軍勢が囲み、竜殺しの女英雄が一人でくれば解放するとの知らせだった。


「そうか、では私が行く」

「待てルイーズ殿。あまりにも見え透いた罠ではないか!」


 バーランドは、さきほどベレニスを一人で行くなとたしなめたばかりではないかと言いたかった。

 それを、皆まで言うなとルイーズは手で制す。


「私が一人で行けば、敵は油断するはずだ。ベレニス、安心しろお前の同僚は私が救ってくるさ。それでいいな、バーランド殿?」

「むざむざと二人だけを危険には晒さない。こちらも、出兵の用意は整えて行こう」


 敵は守りを固めた州都の前に、魔軍二万がクレマンティーヌを囲んでいる。

 常道で考えれば絶体絶命。誰がどう考えても、無理な救出ではあったが……。


 それでもこれまで期待に応え続けてくれた英雄ルイーズならば、斬り抜けてくれるのではないか。

 むしろ、この窮地を州都奪還の機会へと変えてくれるのではないか。


 バーランドの胸には、そんな期待があって止めることはできなかった。

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