第232話「近衛騎士団の良さ」

「えー、じゃあルイーズ様のもとにはすぐ行けないんですか。大陸はすぐそこじゃないですか」


 俺は、クレマンティーヌとベレニスの二人に囲まれてブーブー文句を言われていた。

 たしかにアバーナの港から目を凝らせば見えるぐらいの近くにはある。


 だから、なんですぐ戦場に行けないのかって言いたくなる気持ちもわかるのだが。


「いや、だからね。船を出すといっても、船にも運行の都合というものがあるからね」

「飛竜騎士さんがいるじゃありませんか。あれで送ってもらうってことはできないんですか?」


 馬を連れた騎士を乗せろと言われた、若い飛竜騎士は凄く嫌そうな顔をした。

 大人しく街役場の前の広場に座っている待っている飛竜ワイバーンまで嫌そうな顔をしてるので苦笑してしまう。


 飛竜ワイバーンに人間の会話が理解できるとも思えないのだが、無茶なことを言われているとは察するのかもしれない。

 飼い慣らされた飛竜ワイバーンは、ブレスを吐く能力を失うが人には従順になる。こう見ると飛竜ワイバーンも可愛いもんだな。


「いや、あれに馬二頭ごと乗せるのはどう考えても無理でしょ。仮に乗ったとしても、魔国の側にバレる恐れがあるから飛竜騎士は絶対に使わないよ」


 アレとリア達がバアル州でむちゃくちゃやらかしたので、極秘に動く必要性は下がったが。

 大陸への輸送に、目立つ飛竜を使うかどうかは別問題だ。


 魔軍は、アンティル島をダモンズ達魔将が順調に征服していると思い込んでいるのだ。

 アンティル島から俺達の軍が渡って来ているということが、バレては困るのである。


 俺が二人に絡まれているのを見かねて、密偵スカウト達四人に細かい指示を出していたライル先生も声をかけてくれた。


「飛竜騎士は、状況がわからないバアル州の偵察に使いますから。申し訳ないですが、お二人はこちらの密偵スカウト部隊と共に明日の便で対岸に渡ってもらうことになります。お二人の場合、まずこちらの空気に慣れるということも必要でしょう。どうぞ今晩は、こちらで英気を養ってください」


 さすがに、ライル先生の言葉は説得力があるのか。

 じゃあ明日の早朝に向かうということで、ようやく納得してくれたようだ。


 クレマンティーヌとベレニスの二人は、聞いてるとまだブツクサ言ってるけどね。


「私達は、早く活躍しなきゃいけないのに……」

「焦ってもしょうがないよ、クレマンティーヌ。マリナ団長に言われてた、もう一つの任務のほうを進めておいたらいいんじゃない」


「えっ、もう一つのほうって?」

「ほら、とぼけちゃって。クレマンティーヌが得意な身体を使う方だって」


 ベレニスは、クレマンティーヌに後ろから抱きつくと、イタズラっぽい口調でクレマンティーヌをからかい始めた。

 なんかモニュモニュやっている。


 俺は、義勇軍のほうとはよく一緒に戦うのだが、シレジエ王国の近衛騎士団と絡むことは少ない。

 マリナ団長を始めとして、騎士団の生き残りの幹部は女性が多いから前から怪しい雰囲気だと思ってたんだが。


 いつの間にか、なんか百合っぽい感じになってるんだなあ。

 団員同士が親愛を深めるのは悪いことじゃないから何も言わないけど。イチャイチャやってるのを見ると妙な気分になってくる。


「そんなの、私得意じゃありませんよぉ……」

「おやおやー、口では言っても、身体はわかってんじゃーん」


「やだ、やめてベレニス」

「ふふっ、クレマンティーヌは良い物もってるねー。この肉付き、羨ましい。なんでこんな兵器持ってるのに男に使わないのさ?」


 後ろからクレマンティーヌの身体をベタベタと触っている黒妖精ドワーフのベレニスは、外見はギャルっぽいが中身完全におっさんである。

 女同士で群れると、こういう人出てくるよなあ。


「使うって……」

「ねっ、クレマンティーヌ。団長も王様に使ってもらえって、言ってたじゃん。使って、使ってもらうえばいいわけよ。これもお仕事だから、分かるよね?」


 なんだこの百合空間、ついていけない。

 なんか二人でごちゃごちゃと相談していたが、とりあえず納得してくれたようなのでもういいや。


 ルイーズは元騎士団幹部だけあって、こういう騎士達を使うのが上手いのでちょっと浮いてる二人でもなんとか使いこなしてくれるだろう。

 とりあえず、今後の段取りも決まったようなので、俺はもう行くことにする。


 本部の街役場から出ていくと、外の天幕で指示を出していたシェリーが抱きついてくる。


「お兄様、仕事終わりですか!」

「うん、とりあえず報告は終わりだから、これから料理でも作ろうと思ってね」


 煮詰まっているライル先生がまともに食ってないみたいだから、何か食べやすくて精が付きそうなものを作ろうかと思っているのだ。


 俺とシェリーの会話を聞いていたのか、後ろからベレニス達が追いかけてきて、話しかけてくる。


「王様、王様!」

「なんだ、納得してくれたんじゃなかったのか?」


「いえそっちの話ではなく、私達……王様のファンなんです!」

「はぁ、なんだよいきなり……」


 なんかベレニスは、声色を可愛らしく変えている。

 俺に媚びて、褒めてみたところで何も出ないぞ。


 そもそもファンもなにも、この前まで俺の顔すら知らなかったじゃないか。


「いえいえそうではなくですねー、王様の料理のファンなんですよ。王都で食べられる新料理の数々は、全部王様が考えたって聞いてます。せっかくだから、私も王様の料理食べたいなあ」


 いまだ王様王様と連呼しているベレニスに、俺は王様じゃないって言っても無駄っぽいので、そこは放っておくことにして。

 ちょっと考える。


 別にこいつらは俺が呼んだわけではないのだが、わざわざアビス大陸まで来てもらって命を張って戦うことになったことには違いない。

 今日一日滞在することにもなったし、食い物ぐらい二人の食べたいものを作って食べさせてやってもいいだろう。


「ふうむ、ベレニスはなんの料理が好きなのかな?」

「イチゴクレープとか、アップルクレープとか、ラズベリークレープです!」


「クレープばっかだなベレニス」


 つまりクレープ食わしておけば、文句ないんだな。

 俺が呆れていると、ベレニスの後ろに隠れていたクレマンティーヌも希望を出した。


「私は、ふわふわのオムレツが好きです……」

「ふうん。好きなのは二人とも卵系か」


 二人の希望を聞いて俺が厨房で作ったのは、グアバクレープだった。

 ただのクレープではなく、卵や砂糖、牛乳と共に、ジャガイモから作った片栗粉を生地にたっぷりと入れて、もっちもちの食感に仕上がっている。


 これに生クリームと島でとれるグアバをはさめば出来上がりである。


「どうだ?」

「王様すごいです。口の中もっちゃもちゃで、美味しいでふ!」


 豪快にかぶりついているベレニスは、口の周りをクリームだらけにしながら感想を述べた。

 そりゃ良かった。


「生地の口当たりよくて、甘みと酸味が程よいです」


 クレマンティーヌは上品にナイフとフォークで小さく切り分けて食べている。

 食べ方が上品なだけで、食べっぷりはすごいので気に入ってくれたようだな。


 そうやって二人に先に食わせてたら、なんとなく奴隷少女達の機嫌が悪そうだ。

 シェリーは頬を膨らませて言う。


「なんですかあの人達、新参のくせにお兄様に甘えて、クレープ作るの手伝ったのは私達なんですよ?」

「今日だけのお客さんだから文句言わないでやってくれよ。ほら、お前らの分もちゃんとあるから」


 文句を言っても、シェリー達もきっちり食べる。

 何度かクレープを焼いているうちに、コツが掴めてきた。


 甘い香りが堪らない。自分で味見してみてもイケる味だから、これならライル先生に出してもいいな。

 実はベレニスやシェリー達に食わせているのは試作品である。


 何度か作らないと程よい分量がわかんないから。こいつらに試食させてから、ライル先生に完成品を出そうと思っているわけだが。

 まあそれは言わないほうがいいな。


「コレット、あとは頼んでいいか」

「はい。続けてオムレツを作っておけばいいんですね」


 さすがコレットよく分かっている。それが、クレマンティーヌの希望だったからな。

 俺は厨房で料理しているコレットに後を頼んでおいてから、先生の分の料理を包んで宿屋を出た。


「まあ、お前らはゆっくり食べててくれよ。ちょっと先生にも届けてくるから」


 俺は、先生のところにグアバクレープを持っていく。

 予想通り、街役場に戻るとまだ先生はなにか書き物をしていた。仕事に没頭しているが、俺がクレープの皿を見せると手を止めてくれた。


「これは、タケル殿がわざわざ持ってきていただいたのでは、食べないわけにはいきませんね」

「どうですか、葛湯と一緒の材料である片栗粉を使ってるんですよ。先生が粘りが好きと聞いたので作ってみたんですが」


 先生は、クレープを小さくかじると笑ってくれた。


「生地がモチモチして美味しいですよ。甘いものは疲れが取れますね」


 良かった。頭を使う先生には、やっぱり甘味だよな。

 グアバの程よい酸味も、疲労回復にはちょうどいいだろう。


 飲み物もいるだろうと、俺は先生に紅茶を淹れる。

 一緒に一息つかせてもらおう。


「先生、今回の戦はそんなに難しいですか?」

「ふうむ、私が不安になっているのが分かりますか」


 ライル先生は、常に会心の策ありという顔で自信を持って語っている。

 だがそれは軍師として余人に不安を見せられないというだけで、策に完全などあるわけがない。


 隠しているつもりでも、不安があるのはわかる。

 ギリギリまで根を詰めて、情報を精査している姿でそれは分かる。


「長い付き合いですからね」

「タケル殿には、かないませんね」


「俺でも相談相手ぐらいにはなりますよ」

「そうですか。では聞いていただきたいのですが、今回の大きな不安要因としては、敵の意図がまったく読めないということがあるんですよ」


「意図ですか?」


 ライル先生は頷く。


「情報をかき集めて、これまでの魔軍の行動を精査してみましたが、敵の指導者である大魔王イフリールの思考が掴みにくい。基本的に彼がやっているのは、部下に強大な力を持つ魔獣を投げ与えて征服に向かわせる。これだけです」


 ライル先生は、こんな感じだとアビス大陸の地図にコマを投げてみせた。

 極めて大雑把で、投げやりな行動を取るプレイヤー。


「単に面倒くさがり屋なだけじゃないですかね」

「魔族のことは私にもわかりかねますが、アビス大陸千年の歴史において初めての征服事業ですよ。ここまで投げやりにやれるものですかね。魔将ダモンズに対しても、アンティル島征服の進展を訊ねる文も届かないほどの放任っぷりだそうです」


「それは、こっちにとっては好都合ですけど逆に怪しいですね」


 大魔王イフリールは、その思考を読もうにも意図というものを見せない。

 先生が疑心暗鬼に囚われるのも無理はない。


「私が測りかねるほどの大器なのか、それとも強大な力を無造作に使うだけの子供のような男なのか。何を考えているのか全く掴めません。タケル殿はどう考えますか?」

「そうですね。例えば、イフリールにとっては、アビス大陸の征服事業なんてどうでもいいとか?」


 俺がそう言うと、不意を突かれたような顔をした。


「征服自体がどうでもいい……いや、そんなことを言い出したら大魔王イフリールがこんな大戦争を起こした意図がわからないでしょう」

「うーん、征服が目的じゃなくて、この戦争は何か別の意図があって起こしたとか。それなら丸投げの意味もわかってきます」


 魔国の魔軍自体は、アビス大陸の全制覇という目的に向かって動いているのだろう。

 だが、大魔王はもっと別に大事なことがあるのではないだろうか。


 ダモンズ達によると、大魔王イフリールは女神アーサマを滅ぼし、この酷幻想リアルファンタジーを聖創前の姿に戻すというビジョンを語っているらしい。


 それがアビス大陸制覇と同じ目的に見えて、イコールにはなっていないのではないか。

 そういう物語のパターンを、俺は何度も物語で読んだことがある。


「例えば何の意味が?」

「アーサマを倒すためのより強い魔獣を創り出すことのほうが目的で。他国への侵略は、ただ新しい魔獣を創りだすために必要だったとか」


 そう言ってて、この世界には聖女を通してしか現れることのできないアーサマを倒せるような魔獣がいるとも思えないんだけど。

 古き者を大量に呼び出すとか、あるいは混沌母神そのものを顕現させるとかすればできるかもしれないが、それはないと思っている。


 そんなことが可能だとしても、それは世界の滅びとなりかねない。それをやると人族と似たり寄ったりの力しか持っていない魔族は瞬く間に滅びてしまうだろう。

 うーん、そもそもどういう条件で、大魔王イフリールが魔獣を創成しているかが分からないんだよな。


 だけど、なんとなくそこに、ここまで急激に戦線を拡大した意図が隠れているんじゃないかって気もする。


「なるほど、魔獣を創りだすほうが目的と。そういう推測もできますか」

「魔獣が強く進化していくスピードが脅威だから、敵を倒すのを急ぎたいってライル先生は言ってましたよね?」


「確かに私はそう言ってました。因果関係が逆の可能性もあるわけですね。タケル殿は、やはり御心が大きい」

「大きいですか?」


 たまに先生にそう言われるんだけど、俺はよくわかんないな。


「ええ……、私は目前の戦のことを考えるあまり、視野狭窄に陥っていたかもしれません。どうやって魔獣を創りだしているのかは、実は魔軍の中でも知る者は少ないらしいんですよ」

「魔軍の中でも、秘密にされてるわけですか」


「そこに何かあるというのは、理屈としても分かりますね。タケル殿の言う可能性も視野に入れて、もう一度敵の侵略意図を測ってみましょう。」


 俺が淹れた紅茶をスッと飲み干して、ライル先生が少し楽な表情になってくれたので、俺も相談に乗った甲斐があったというものだ。

 実態の掴めない大魔王イフリールが何を考えて動いているのか、俺も気になるところである。


     ※※※


「王様王様」

「なんだ、ベレニス」


 なんかほんと馴れ馴れしいなこの黒ギャルじゃない、黒妖精ドワーフ

 食事を取った後も、俺にくっついて何かと話しかけてくる。


「聞きましたよ。この島にも、でっかい滝の流れるお風呂場あるそうじゃないですか」

「うんあるよ」


 夕方から夜にかけて、ロールがいつでも入れるように管理してくれている。

 しかし、同じ黒妖精ドワーフと言っても、うちの無邪気で可愛いロールと、キャピキャピしてギャルっぽいベレニスとでは全然違うなあと。


 それなりにふくよかな胸を、俺の腕に押し付けるようにしてくるのを見て思う。

 何のつもりなんだろうなこれ。


「私達もお風呂入りたいです。案内してくださいよ」

「まあいいけども」


 この時間なら、もう使えるようにはなっているだろう。

 グイグイと腕を引っ張られながら、俺は風呂場へと連行される。


 俺とベレニスの後ろからは、静々とクレマンティーヌもついてくる。

 こいつら案内してくれと言いながら、風呂場のある場所知ってるんじゃないか。


「王様ぁ、どうせなら一緒にお風呂に入りましょうよぉ。私達、お背中お流ししますよ?」

「一体どうしたんだベレニス」


 さすがに、この距離感の詰め方はおかしい。

 この前、お前らはあんなに恥ずかしがって嫌がってたじゃないか。


「うーん実はですね。ぶっちゃけてしまうと、これも私達の任務なんですよ」

「任務?」


「我々の任務はルイーズ様の援軍ですが、もうひとつマリナ団長とジル師団長から、『近衛騎士団の良さを王様にたっぷりアピールしてこい』とも言われまして」

「それ意味が違うんじゃないか?」


「違わないことはないです。王様と親睦を深めるには、一緒に風呂に入るのが一番だとも教えられましたよ。王様のお背中を流すことで、私達もこうして親しく話せるようにもなったわけですからねー」

「……それは、あながち間違ってないのが悲しい」


 なるほど、任務で命じられたから俺にサービスしようと必死になってたんだな。

 道理で、不自然なほど俺にくっついて媚びたりしてきたわけだ。


「すぐにルイーズ様のところに手助けに行ければそれはそれで良かったんですが、それができないとなればこっちの任務を果たすしかありませんしね」

「うーん、それは真面目なのか何なのか。それを任務というのは、絶対に違うと思うんだけどなあ」


 こっちの都合でこの島に引き止めた以上、ベレニスの提案も断り難く。

 背中を流してもらうことになってしまった。


 前にも入ったし、いまさら気にすることでもない。

 さっさとやってもらって、俺が満足したと言えばしまいなのだろう。


 俺としては特に義勇軍に比べて騎士団を冷遇したつもりはないのだが。

 手ずから育てた義勇軍のほうが使い勝手がいいので、意図せずしてそうなってしまったのかもしれない。


 風呂場でやるのはどうかと思うが、騎士達とも親睦を深めておくのもいい機会かもしれない。


「さあ、王様。私達を存分にお使いください」

「そうは言われてもなあ……」


 一緒に風呂に入ると言っても、もちろん二人とも身体にバスタオルは巻いている。

 カアラが気を利かせて脱衣所を男女分けて作っておいてくれたのが助かった。


 脱衣所が別れているのに浴槽は別れておらず。

 なぜか完全に混浴になっているのかが、ここの風呂の謎でもあるのだが。


「ほら、クレマンティーヌ。王様にサービスしなよ」

「ふぇ? きゃぁぁあああ!」


 ベレニスは、いきなりクレマンティーヌのバスタオルをスルッと剥ぎとった。

 いきなりタオルを剥がれたクレマンティーヌも、それを見てる俺も唖然である。


「アハハッ、ほら王様に失礼だよクレマンティーヌ。ちゃんとご奉仕しなきゃー」

「ふざけないでくださいベレニス。したければ貴女がすればいいでしょう、タオルかえしてぇ……」


 白い肌を肩まで紅潮させたクレマンティーヌは、手で必死に胸を隠しながらバスタオルを返してくれと懇願する。

 ベレニスは意地悪にも、タオルをひらひらさせて返してくれない。


「私の貧相な身体なんか見ても、王様もつまんないでしょ。その点、クレマンティーヌはムッチムチに恵まれてるんだからそのでっかいの使ってもらえばいいじゃん。減るもんじゃなしー」

「減るぅぅ、減ります。王様もマジマジと見ないでください、お嫁にいけなくなるぅぅ」


 いや、俺もそんな直視はしてないよ。

 ベレニスが無茶やらかさないか心配なだけだ。


 そんなに風呂場でバタバタすると危ないんじゃないだろうか。

 動きの鈍いクレマンティーヌに比べて、すばしっこく俊敏なベレニスは右に左に白いバスタオルを振って翻弄する。


 金髪縦ロールと肉付きの良い肢体が、まあ揺れること揺れること。

 なんか闘牛みたいだなあ……。


 あっ、なんかクレマンティーヌ、お尻にホクロがあるなあ。

 言ったらたぶん死ぬほど恥ずかしがるだろうから、言わないけど。


 さて、これを見せられて俺はどうしたら良いんだろ。

 もうさっさと身体を洗って風呂に入るか。


「あっ、王様ぁぁー、何勝手に一人で身体洗おうとしてるんですか!」

「洗うのに許可がいるのか……」


 俺は放ったらかしにされて、何のサービスなのかわからないぞ。

 ようやくベレニスからタオルを奪い返した


「もうお嫁にいけないです……」

「ヤバ、クレマンティーヌがあんまり無能過ぎたので遊びすぎちゃった。王様、私がお背中流しますからぁ!」


 それは別にいいけどさ。

 クレマンティーヌは、「む、無能、名門マンチーヌ家の私が無能……」とかブツブツつぶやきながら、愕然としながら座り込んでるし、大丈夫なのか。


「何のサービスだったんだこれは……」

「もちろん、王様との親睦会ですよぉ。義勇軍騎兵団の隊長格のシュザンヌとクローディアも、裸の付き合いで出世したって聞いてます」


 ベレニスが俺の背中を手で石鹸を泡立てて洗いながらそんなことを言い出す。


「いや、それと出世とは全然関係ないんだけど。シュザンヌ達のことも知ってるの?」


 うちの奴隷少女達の話が、そんな風に伝わってんのか。


「義勇軍の近衛騎兵と近衛騎士団は、よく合同演習しますから。あの二人年下のくせに生意気なんですよね。エリートどもめ」

「シュザンヌ達に、ライバル意識があるのか」


 兵士の娘だった二人が、もう近衛騎士にエリートって言われるほど出世してるんだなあ。


「そりゃ私だって、ルイーズ様のお側近くにいて、王様の護衛騎士やってれば隊長ぐらいにはすぐに……そうだ、いいことを思いつきました王様。私とクレマンティーヌを護衛騎士に取り立ててみませんか?」

「いや、ないよ。ルイーズの援軍に行く話はどうなったんだ」


 この二人が俺付きの護衛騎士になるのだけは、勘弁してくれ。

 ジルさんが太鼓判押して送り込むぐらいなんだから、ちょっと変わってても優秀なんだろう。俺なんかに媚びなくてもすぐ出世するだろうに。


「それとこれとは別ですよぉ。ねえ王様、いいでしょう。あんな成人したてのメスガキどもよりは、私のほうが大人の魅力がありますって。黒妖精ドワーフの女もいいですよ、まだ試されてないんでしょう?」

「た、試すってなんだよ」


 耳元でささやかれるので、さすがにドギマギしてしまう。


「やだー、王様。何エロいこと考えてるんですか。護衛騎士として試してくれって話ですよ」


 キャハハと笑ってバシバシと背中を叩かれる。

 エロいのはお前だろ。ベレニスは本当に、中身おっさんみたいだな。


「ほんと、やりにくいな」

「まあ王様がエロスを求められるなら、やぶさかではないですけどね。あんまり私は身体に自信ないし、経験ないんであれですが、我々近衛騎士は王国にこの身を捧げておりますから」


「捧げるの意味が違う気がするんだが……」


 だんだんとこいつのキャラが分かってきたが、ベレニスはふざけてるだけなんだな。

 そうやって背中も流し終わって風呂に入ろうかというときに、俺達の前にクレマンティーヌが仁王立ちで立ち上がった。


「私は、名誉ある近衛騎士です。我がマンチーヌ子爵家は開祖、『聖槍せいそう』の二つ名を持つロドリゲス・ヴィエンヌ・マンチーヌより十八代、王国の聖槍せいそうとしてこの身を捧げて参りました」


 濡れてキラキラと輝く金髪縦ロール。燃えるように輝く黄金の瞳、強い意思の眼差しに威圧される。

 堂々たる気品あふれる佇まいである。


 まるで、一騎打ちに挑む騎士が名乗りを上げるようだ。

 何をやるつもりだ。


「どうした、クレマンティーヌ」

「やだ、クレマンティーヌどうしたの?」


 クレマンティーヌは、えいやと身を隠していたバスタオルを脱ぎ捨てる。

 顔を真っ赤にして、太ももを内股に震わせてそれでもすっくと俺達の前に健康的で肉付きの良い肢体を見せつける。


「私とて、マンチーヌ家の娘です。これしきのこと……先立つ不孝をお許し下さいお父様、私はもうお嫁さんは諦めました!」


 死ぬ気か!

 クレマンティーヌの身体は、よく見ると泡だらけだった。


 いつのまに、タオルの下に石鹸の泡を仕込んでいたというのか。

 こいつできる!


 クレマンティーヌに、俺は思いっきり抱きしめられる。抱きしめられるというか、絞め技だ。全力すぎだろ。

 すぐに抜け出そうとしたが、弾力的な肌に石鹸の泡が相まって、滑ってしまって剥がせない。


 途端に背骨が悲鳴を上げる。


「ぐわぁ!」

「クレマンティーヌ、冗談だよ! 冗談だって!」


 ベレニス、お前レスリングを仕掛けろとでも教えたのか。

 これ、何の絞め技なんだ。


 掴まれてる腕を抜こうとしても、石鹸の泡のせいでヌメって上手く抜けない。

 むしろ絡み付いてくる。なんだこりゃ、トルコ相撲かなにかか!


 勇者である俺の力でも、まったく抜け出せないとか。

 クレマンティーヌ、凄いなお前。


「シレジエ王国近衛騎士団、一の槍クレマンティーヌ・マンチーヌ参ります! 王様も、お覚悟を……」

「覚悟ってなんだ!」


「クレマンティーヌ、王様から離れなさい! ああっ、王様しっかり!」


 真面目な人をからかいすぎてはいけないということなのだろう。

 何かとんでもない勘違いをしたらしいクレマンティーヌの怪力を、俺は存分に味わうこととなった。


     ※※※


 次の日の早朝、俺は早朝の船で大陸へと向かう二人を見送る。

 クレマンティーヌは、昨日からずっと俺に謝っている。


「王様、私とんでもない勘違いをして、失礼をいたしまして……ほんとに消え入りたい気分ですわ」

「いや、あんまり気にしないでな。悪いのはベレニスだからね」


 どっちかというと、クレマンティーヌは被害者なので同情する。

 ベレニスのくだらない冗談のせいで、酷い目にあった。


「ごめんなさい、まさかクレマンティーヌがあそこまで、おバカだとは……」

「ベレニスも反省してたらいいよ。あんまり人をからかいすぎないように。あとルイーズには、あんまり迷惑をかけないようにね」


 このデコボココンビは、騎兵としての能力だけは高いようなのでルイーズの役に立ってくれればいいんだが、あんまり融通がきかないんだよな。

 本当に大丈夫だろうか、俺としてはルイーズの下に旅立ってくれてホッとしてるんだけど。


 とりあえず服装を目立たない装備に変えさせては見たが、俺ができるのはここまで。

 あとは現地司令官であるルイーズに丸投げである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る