第233話「オルランド砦の奪還」

 アビス大陸におけるアビスパニア解放の狼煙は。

 アバーナの港の対岸、イースター半島の小さな港街カロスで始まった。


 瞬く間に港町を魔軍より奪還したアビスパニア軍ではあったが、その兵数はたった二千である。

 このイースター半島の守りの要であるオルランド砦に駐留する魔軍ですら、五千に近い兵を有しているという。


 足りない兵力を補うのは、カロスの街の近くの村から集めたアビスパニア義勇軍の募兵である。


「我々にはノウハウがある」


 そう、断言するルイーズ達に、急場しのぎの農兵どこまでやれるかと心配していたバーランドであったが、その疑いは三日も経たずに解消する。

 オルランド砦からやってきた鎮圧軍をたやすくはねのけた、マスケット銃の威力に度肝を抜かれたからだ。


 へっぴり腰だった農兵が放つマスケット銃は、魔軍の有する魔術師師団の攻撃魔法に匹敵する。

 轟音が起こり、目に見えないほど小さな弾が命を奪い味方が倒れる。初めて銃という兵器を目の当たりにした魔軍は、混乱をきたした。


「勝てる、勝てるぞ!」「ハハッ、腰を抜かしてやがるぞ。よくぞ俺達を奴隷扱いしやがったな魔軍め!」


 自らの放った鉄砲の威力に信じられない様子ながらも、戦勝に気を良くして士気が上がる義勇軍。

 そもそも、魔族の優位性はアビス大陸では人族が上手く扱えない魔族魔術が使える魔術師師団があることに尽きる。


 その質の優位性が、マスケット銃があるだけで一気に逆転した。

 銃を手にした農兵の活躍ぶりを見て、バーランドは確信する。


「ルイーズ殿、行ける……これは行けるぞ!」

「だから言っただろう」


 続いて、粗末な格好をしているアビスパニアの農兵とは明らかに違う、青色の制服に金ボタンの輝かせた義勇軍の士官が現れる。

 近衛騎兵はみんなまだ若いが、そこはかとなく凄みが漂う。修羅場を潜り抜けてきたことが知れる、まさに百戦錬磨の兵だけが持つ威容。


 まだ銃を撃つ手もぎこちない農兵を統率するのは彼らである。

 一発撃てば、再び装填に時間が掛かるのがマスケット銃だ。ここで反撃を受ければ危ういが、彼ら精鋭がそうはさせなかった。


 並べられたのは、黒光りする四門の最新式のカノン砲。


「装填!」


 号令が飛ぶと、大砲に弾丸が込められる。


「砲撃位置につけ」「照準」「火管用意」


 バーランドの眼から見ると、手慣れた士官達の手によって、まるで魔法のように鮮やかに大砲が操られる。

 これがあの魔法攻撃以上の威力を持つ火砲なのか。


「撃て!」


 ドン、ドド、ドオンと砲声が重なる。

 何度かその威力を目撃したことがある、バーランド騎士長ですら腰を浮かすほど。


 間近でみた火砲は、爆発音などという生易しいものではなく大きな空気の塊に襲われるという感じである。

 生まれて初めて火砲を喰らった魔軍は総崩れとなった。


「確認」


 義勇軍士官達は、初めてアビス大陸で使われたカノン砲の射撃が上手く行ったか確認している。

 環境によって変わる照準の精度を確認するのも、次の戦を有利に進めるために大事な任務である。


 数少ない士官達がすべての業務をこなすわけにはいかないから、やがては現地の義勇兵が大砲まで扱えるようにしなければならない。

 バーランドが唖然と見ていると、ルイーズに声をかけられた。


「では行くか、バーランド殿」

「あっ、ああそうか! 皆の者追撃だ!」


 大砲の衝撃で総崩れとなった敵軍を後ろから襲ってさらに数を減らす。

 ここまで生き抜いてきた精兵であるアビスパニア解放軍も活躍したが、その先頭を行くルイーズの活躍は群を抜く。


 馬で駆けながら、ルイーズは背中から引きぬいた『オリハルコンの大剣』を振るう。

 いっそ無造作にも見える手つき。それだけで屈強なはずの魔像の騎士が、次々に血溜まりに沈んだ。


 このアビス大陸の辺境地に、ルイーズに敵う騎士などいなかったのだ。

 当たるを幸いに斬りまくる。


 その赤毛の鬼神のような姿は、まるで死を巻き起こす旋風である。

 白馬の手綱を操るルイーズの側には、駿馬にまたがるシュザンヌとクローディアが疾走する。


 小器用な二人は、上手に短筒を使ってルイーズが撃ち漏らした騎士を殺していく。

 上陸戦に引き続いて、イースター半島における初戦は大勝利に終わった。


 カロスの港付近の村落で、募兵に努めてその数を増大させたアビスパニア解放軍は、すぐにも四千に迫ろうとしていた。

 何度も農奴反乱を鎮圧しようとやってきた魔軍を打ち払っているので、その戦力比はやがて逆転する。


「ルイーズ殿、これなら行けるな」

「うん、次はここか。攻撃は最大の防御という。タケルにはあまりやりすぎるなと言われているが、小さな砦の一つぐらいは良いだろう」


 バーランドは、敵から奪った地図を指さす。

 イースター半島における最大の防衛拠点、オルランド砦。ここさえ落とせば、半島の解放が成るだろう。


 本来ならば堅牢である石造りのオルランド砦も、最新式のカノン砲の前には瞬く間に崩れ去る。

 銃と大砲を有するアビスパニア解放軍を前に、半島における五千人近い魔軍は抵抗することもできずに崩れ去るかに思われた。


「ここまでだ、貴様ら!」


 そのとき、オルランド砦の守将ゴモリーが打って出る。

 長いくちばしを持つ鷲型魔族である彼は、魔術を使うことも出来ない平魔族であり、一兵卒からの叩き上げであった。


 一兵卒から五千人将まで登り詰めた、魔軍の英雄ゴモリー。

 青い竜の鱗を掲げた彼は、大魔王イフリールより直々に授けられた切り札を出す。


「農奴ごときに、やらせるかよ。ブルードラゴン!」


 長いくちばしのゴモリーは、英雄である。新兵器であるマスケット銃や、カノン砲が一度撃つと次の装填までに時間が掛かることをきちんと観察している。

 自らが守るべきオルランド砦すら囮にして、敵の弱い部分を襲う。


 まさに成り上がりの英雄としての天性の勘であり、この場でできる最良の判断であった。

 事実、身の丈四メートルを超えるブルードラゴンの登場によって、農民出身の義勇兵は恐慌状態に陥って、戦況は一変したかにみえた。


 戦闘に不慣れな農兵達は、銃の威力に酔っているだけだ。

 それを上回る衝撃力をぶつけてやれば、そんなにわか仕込みの陣など一気に粉砕できる。その判断は誠に正しい。


 彼の不幸は、相対する敵の英雄が、竜殺しの異名を持つルイーズであったと知らなかったことに尽きる。

 ルイーズ相手に、よりにもよって使う魔獣が竜系、致命的である。


「私が行こう」


 久しぶりに竜を狩れて嬉しいのか。

 口元をほころばせたルイーズは、背中からはらりと竜殺しの大剣を引き抜いた。


「フハハハッ、人族の騎士ごときが、ブルードラゴン相手にどう……」


 英雄ゴモリーは、その言葉を続けられなかった。

 ルイーズを引き裂こうとした竜の長い牙が斬り飛ばされる。


 次の瞬間には、ドラゴンはその太い前足ごと斬り裂かれる。

 竜も生物である。


 自らの硬い鱗がやすやすと斬り裂かれた段階で、これは勝てないと悟ったのだろう。


「グルルルルッ」


 叫びを上げながら、翼を羽ばたかせて逃げようとしたが、その動きはあまりに鈍重である。

 あらゆる生物を恐慌状態に陥れる竜の叫びも、ルイーズを前にしては大きなトカゲの悲鳴に過ぎない。


 竜が敵に尻尾を巻いて逃げ惑う様は、滑稽ですらあった。


「なんだ、逃げるのか」

「ギュァァァ!」


 すっと、ルイーズが投げつけた竜殺しの大剣が、ブルードラゴンの背中に深々と刺さると。

 ブルードラゴンはその場にドスンと倒れた。


 竜の必殺攻撃であるブレスを使うまでもなく、ほとんど瞬時にして死亡である。

 一瞬で圧倒的なはずの魔獣が殺られる。こんな事態は、さしもの英雄ゴモリーも想像すらしていない。


「……えっ、あっ?」


 馬上から英雄ゴモリーを見下ろすルイーズは、ゆっくりとオリハルコンの大剣を引き抜いた。

 抵抗する暇もなく、長いくちばしを持つ魔軍の英雄ゴモリーの首が飛んだ。


 頼りのブルードラゴンが殺られる。

 守将ゴモリーが討ち死にする。


 そして、オルランド砦が陥落する。

 イースター半島における魔軍の壊滅が、ここに決まった。


 戦勝! 圧倒的な戦勝!

 ルイーズが、敗走する敵を追うのもそこそこに本陣に戻ってきたのでバーランドは尋ねる。


「どうした、ルイーズ殿!」

「いや、そこの竜、食えるかなと」


「魔獣を食うのか。素材が取れるかなとは思って確保してあるが、しかし……」


 今夜は竜鍋だとばかりに、ブルードラゴンを無骨なナイフで解体し始めたルイーズを誰も止められない。

 新しい竜種を見ると、とりあえず食ってみるのがルイーズである。


 こうして出来上がった、ブルードラゴンの肉鍋が夕飯として振舞われた。


「温まりますねルイーズ様」「美味しい」

「うむ。ブルードラゴンはブレス袋の味が薄いな。もうちょっと塩を入れたほうがいいか?」


 ルイーズに付きあって食べているのは、古参の義勇軍士官達だけである。

 食べてみれば美味しいかもしれないのだが、魔獣を食うという発想がありえないのか、バーランド達は遠巻きに見つめるだけである。


「どうだバーランド殿も一杯」

「お、おう……」


 戦勝を決定づけた英雄であるルイーズにそう勧められては、バーランドも受け取らない無いわけにはいかない。

 恐る恐る口を付けると……。


「どうだ。竜も美味いものだろう」

「くぁ、これは」


「口に合わなかったか?」

「いや、美味しい」


 バーランドとしては、舌にピリピリと辛かった。

 しかし、マズいというわけにはいかない。


 これで味が薄いとは、竜殺しの英雄はどういう舌をしているのかと冷や汗をかく。

 味がマズいと言うわけではないのだが、食べなれないバーランドは、どうも舌がピリピリする竜のブレス袋の味は受け付け難い。


 騎士長であるバーランドが食べたので、アビスパニアの騎士達もちょっと口を付けてみるのだが、皆一様に妙な顔をしていた。

 ルイーズの悪食に、新しい義勇兵達はついて行けないようだ。


 しかし、その摂取量が適量であれば。

 竜の肉は身体を強くして、ブレス袋は火炎に対する抵抗力を上げる。


 ここで恐る恐るルイーズの竜鍋を食べた騎士達は、先の戦いでも生き残るのであった。


     ※※※


 オルランド砦の戦いの勝利により、リンモン州を解放するための橋頭堡を手に入れたアビスパニア解放軍。

 そんな解放軍に向けて、カロスの港に援助物資とともに、新たなる援軍が到着する。


「お馬さんも運べる船があってよかったね」

「ベレニスはいつも気楽だなあ。私はさっきから、武者震いが止まらないぞ」


 ベレニスとクレマンティーヌ。

 近衛騎士の二人がついに、アビスパニア解放軍に参戦する。

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