第227話「アビスの海」

 俺達は、二隻の黒杉軍船を連ねてアビス大陸東岸沖を航海していた。

 アビス大陸に沿った航路を取っているが、万が一にも敵には目撃されぬよう陸には極力近づかないように進んでいる。


「ドレイクも、アサッテさんと会えなくて寂しいんじゃないのか」

「ハハッ、バカ言うなよ王将。あいつがいないと仕事が捗るからせいせいするぜぇ」


 最初は迷惑そうだったが、家庭的なアサッテさんに(あくまで、竜乙女ドラゴンメイドとしては、だが)甲斐甲斐しく世話されて仲良くやってたくせに。

 寂しいと思ってても言わないのがドレイクだよな。


 今回の航海、遠洋漁業で食料資源を確保しに出るという目的もあるが。

 半年後のタンムズ・スクエア奇襲作戦のための予行練習という意味合いが強い。


 アビス大陸の東の海を知り尽くしている海将ダモンズが水先案内人を務めてくれているので、危なげなく船は進む。

 ダモンズが案内してくれる代わりに、ドレイクはアビス大陸では未発達の海図の作り方を教えたりもしている。


「ドレイク提督、こんな精緻な海図を初めて見たが、これは分かりやすくて良いな」

「こっちにゃ羅針盤もなかったみたいだからなぁ」


 近海ならば経験と勘でも動かせないことはないが、きちんと計測を行い海図を作った上で。

 海流やうねりの方角なども記録しておけば、経験の浅い船乗りでもきちんと航路に沿って運航することができる。


「ドレイク潮風が心地いいな」

「王将の言うとおりだなぁ。来るまでは大変だったが、来てみれば穏やかで良い海よ」


 いい風も吹いているので、早く行けば一日でタンムズ・スクエアの軍港にまで到達できてしまうぐらいだ。

 もちろん、今回は敵の本拠地にまでは乗り込むつもりはないので、その手前の無人島まで行ったら引き返す予定である。


「そういや、ここらの海は魚が捕れるのか?」

「おーう。ここらの海は入れ食いだぜぇ。王将が好きなカニもたくさん獲れるぞ」


 そりゃいい。

 今夜はまたカニパーティーかな。


 網にはカニがいっぱい引っかかっているが、底引き網を入れるのは途中で中止したらしい。

 ちょっと網を引いて航海したら、獲れ過ぎてしまったそうだ。


 行きでたくさん魚が捕れても仕方がない。道中の食料の確保としてはもう十分すぎる。

 あとはみんな、遊び半分に船から釣り糸を垂らして釣っているだけだ。


「お前ら釣れてるか?」

「はい、お兄様。釣りって初めてやったけど面白いですね」


 シェリー達が釣りを楽しんでいる。

 島で各分野の専門家オーソリティーとして頑張ってくれた奴隷少女達だが、そろそろ住民の生活も安定しだして、アンティル島の開発も一段落付いた。


 というわけで、今回の航海はレクリエーションも兼ねている。

 たまには休暇もいいだろうということで、遊ばせることにしたのだ。


「みてみて、こーんなでっかいの獲ったよ!」


 ロールが釣った魚を見せてくれる。

 なんだこりゃ、マジでデカイな。ロールの身長よりデカイじゃん。


「カジキマグロかこれ?」

「よくわかんないけど、角がすごいね」


 こんな魚も獲れるのかと驚く。

 ビチビチ跳ねてるのは新鮮でいいんだが、こんなでかい魚をどう料理すべきか考えちゃうな。


「ロールこれ、どうやって釣ったんだよ?」

「よくわかんないけど、ひっぱったらつれたー」


 よく釣り糸が切れなかったものだと驚いてると、シェリーが来て説明してくれる。


「餌に大海竜の肉を使ったんですよ」

「ほう」


「この釣竿の柄も針も大海竜の骨を削ったものですし、釣り糸は大海竜のひげを使いました」


 なるほど、釣りの材料が良いから、こんな獲物も獲れるってことなのかな。

 他にも、普通にサワラやヒラメなんかが釣れている。


 これはよく見る魚なので、調理が簡単そうだ。煮付けにでもしたいところだが、醤油がないのでムニエルかな。

 見ている間にも、ひょいひょいと釣れていく。こんだけ入れ食いだと楽しいな。


 俺もシェリーに釣竿を借りて、釣ってみる。

 さすがにカジキがまた釣れることはなかったが、大海竜の乾燥肉は釣り餌としてよっぽど優秀なのか。


 餌を付けて糸を垂らす度に、入れ食いで魚が引っかかる。


「ご主人様、変なのが釣れました!」

「きゃーなにこれ、気持ち悪い!」


 ヴィオラが釣り上げたのは、でっかいイカだった。

 しかも、結構大きい奴が三匹も!


「イカだよ」

「イカってなんですか、怖い!」


「お前ら、イカを見るのは初めてか?」

「これモンスターです! 絶対モンスター!」


 まあ、モンスターにもダイオウイカとかもいるけど。これは大きめのただのイカだ。

 釣り上げたはいいものの、ヴィオラが大きなイカの絡みついた釣り糸を引きずったまま為す術もなくなっている。


 普通の食材だと聞いて、捕まえるのにコレットが手伝っているのだが。

 長い足の吸盤が甲板に張り付いて、どうしようもなくなっている。


「きゃーなんか服の中に入ってきたぁぁ!」


 三匹のイカをなんとかバケツに入れようとしていたコレットに、イカが一斉に攻撃をしかけた。

 身体に巻き付いて、服の中に入っていく。


「ぎゃあぁぁ、気持ち悪い! ご主人様。た、助けて!」

「おいおい大丈夫か」


 デカイとはいえ、ただのイカだから絡みつかれても大丈夫だろうけど、コレットはパニックに陥っている。

 慌てて助けてやろうと引き剥がしにかかったが、イカも生きるのに必死だ。


「ご主人様ぁぁ」

「ああ、じっとしてろ。いま取り出してやるから」


 俺だけではなく、ロールもやってきてイカの触手に絡みつかれているコレットを救出した。


「うわー!」


 ようやくロールがイカを捕まえたと思ったら、イカが口から真っ黒な墨を吐いた。

 ロールとコレットは、イカにピューと墨を吐かれて、真っ黒な顔をしている。


「うはははっ」

「ご主人様、笑うなんて酷いですよ」「ひどいよー!」


「ごめんごめん、顔洗ってこいよ」

「私が洗ってあげますね」


 イカを釣った張本人にであるヴィオラが、悪いと思ったのか水魔法で二人の顔を洗ってやっている。

 なんか、びしょ濡れになってしまったな。


「ベトベトヌルヌルします」

「確かにイカはヌメってて気持ち悪いよな。身体を洗うついでに、海水浴でもするか?」


 もうすぐ目的地の無人島にたどり着く。

 実は、そこで北アビス大陸に潜入して活動しているカアラ達と落ち合う予定になっているのだ。


 島まで1日はかかる計算だったのだが、いい風が吹いてたので早く着きすぎてしまった。

 海水浴をして遊ぶぐらいの時間はあるだろう。


「海で泳ぐんですか。あの、私達泳いだことないんですか」

「泳ぐといっても、波打ち際なら足がつくだろうから溺れる心配はない。海も綺麗だし、砂浜で遊ぶぐらいはいいんじゃないか」


 ともかく、目的地である無人島の近くまで来たので碇を下ろして。

 ボートで島に上陸することにした。


     ※※※


「あはははは、ワカメオバケ~!」

「うわー、何やってんのロール!」


 ロールが、海に漂っていたワカメを大量に身体に巻きつかせて、他の子を驚かしていた。

 これには、俺も大いに笑う。


 いやーこんなこともあろうかと、人数分の水着を用意してやっていてよかった。

 シレジエ王国から出たことがない奴隷少女達は、こっちにきてから生まれて初めて海を知った。


 こうして、砂浜で遊ぶのも初めてである。

 打ち寄せる波も珍しいらしく、楽しくはしゃぎまわっている。


「ふはは、ごしゅじんさまー! ワカメー!」

「ワカメはもう分かったよ。それにしてもロール、お前だけ普通に泳げるのな」


 初めての海水浴なので、みんな泳いだりはできないはずなのに。

 ロールだけは犬かきでどこまででも泳げているのだ。かなり不思議だった。


「だってあたし、お風呂でも川でも泳いでるもん」

「あーそうか」


 なるほどである。

 別に泳ぐのに海に行く必要はないわけで、風呂でも川でもどこでも泳げるのだ。


 ロールは楽しそうにバッシャバッシャ泳いでいる。

 他の子もそれにつられて、おっかなびっくり泳ぎを真似しているようだ。


 犬かきでしか泳げないのもどうかと思ったので、とりあえず平泳ぎとクロールを教えてみる。

 すると、シェリーはすぐに泳ぎを覚えた。綺麗なフォームでクロールできる。


「さすが、シェリーは天才チートだな」

「お兄様、疲れたので砂浜にあがります……」


 しかし、体力はない。

 他の子と違い犬かき以外の泳ぎをまったく覚えないが、延々と泳ぎ続けていられるロールとは対極である。


「ロールは風呂嫌いなのに、海は好きなんだな」

「だってお風呂あついし、せまいし、みんながじゃまだからじっとしてろっていうし」


 なるほど。

 常に動きまわりたいロールにとっては、じっと湯に浸かっているだけというのが苦痛らしい。


 俺はそれが心地良いと思うのだが、人それぞれだなあ。


「まあ、海水浴はこれぐらいにしてそろそろあがるか」

「ごしゅじんさま、もっとおよごうよ」


「いや、ロール。お前それ以前に、水着をどこにやった?」

「どっかいった」


 どっかいったって……激しく泳ぎまわるうちに、水着をどっかに落っことしたらしい。

 ゴムとか伸縮性の素材がないから、紐で結んでるだけの水着だと取れやすいんだよな。


 とりあえず、ロールの身体にワカメが巻き付いているから大事なところは隠れているけども。

 とにかく陸にあげて服を着させることにした。


 ここは、タンムズ州の州都であり大きな港でもあるタンムズ・スクエアにほど近い、結構便利な位置にある沖の島だ。

 定住者がいない小さな孤島とはいえ、定期的に船は来るらしく漁師小屋があったので、そこを着替えなどに使わせてもらっている。


 海水浴を終えて、真水で身体を洗って着替えなどを済ますともう夕刻だ。

 今度は島で焚き木を拾ってバーベキューである。ダモンズ達は前にもこの島に来たことがあるらしく、椰子の実なども採ってきてくれた。


 さて夕ご飯を作る。普通に焼き魚もいいが、やはりメインはイカだろう。

 三杯ある大きなイカの内臓を除いて、下処理を終えると身に切り目を入れて、塩コショウして焼く。


 うん、いい匂いがしてきた。

 さっきはコレットの身体に巻き付いて厄介だったが、こうなるとゲソも美味そうである。


「うえー、お兄様。こんなの食べるんですか?」

「イカ焼きは美味しいんだぞ」


 シェリーが恐ろしげに焼いたイカを見ている。


「あたしたべる!」


 ロールはさっそくイカ焼きに挑戦して、ゲソにかじりついている。

 コレットは、さっきのイカに絡みつかれたトラウマがあるのか恐る恐るであったが。


 やはり料理長として新しい食材は気になるのか、かなり悩んでから口に入れていた。

 あとは、普通に焼き魚を食ったりカニを茹でて食べたりして、ゆっくりカアラ達が来るのを待つ。


 予定した合流時刻になっても来なかったのでちょっと心配だったが。

 夜遅くまで待っていると、ようやくカアラとオラクルと、二人に担がれたライル先生が飛んできた。


「カアラ、予定より少し遅かったな」

「すみません国父様。初めて来るところなので、島がなかなか見つかりませんでして」


 夜間飛行になると、島を見つけるのも大変だったのだろう。

 多少の予定のズレは仕方ないことだ。


「敵にバレないように注意して飛んでも来たのだろうしな。とにかく長旅ご苦労だった。何か食べるか?」

「いただきます。正直言いますと、敵地ではろくに食事も取れなかったので……」


「まったくお腹がペコペコなのじゃー」


 カアラとオラクルは、美味しそうに焼き魚を頬張っている。

 足りないようなら、何か追加で作ってやろうかな。


 一方、ライル先生はというと、かなりぐったりして砂浜に座り込んでいた。

 飛行魔法で飛ぶほうも大変だが、長時間担がれて運ばれるほうはもっと大変なのであろう。


「先生も何か食べますか?」

「いえ、私は食欲がありません。飲み物でもあればありがたいですが」


 椰子の実ジュースを持ってきて、ライル先生に渡す。


「大丈夫ですか?」

「ええ、おかげで人心地付きました」


「アビス大陸のほうはどうでしたか?」

「そうですね。出向いた甲斐はありましたよ」


 まずはライル先生達は、現地の魔族旧勢力と渡りを付けて、外交の下地作りをしてきたらしい。

 そこはカアラとオラクルという高位の魔族がいたので、交渉もやりやすかったそうだ。


 力で抑えつけられてる魔族の旧支配勢力は、やはり今の魔王に対して反発を抱いているようだが、見知らぬ俺達がいきなりきて味方になれと言われても頷くわけもない。

 旧勢力に協力を取り付けるためには、こちらがタンムズ・スクエア要塞の攻略を成功させて、実行力を示してからということになるだろう。


「半年で、準備がどのくらいできるかですね」

「戦争をやるからには、必ず勝たねばなりませんからね。道中かなり苦労させられましたが、実際にアビス大陸の各地をこの目で検分できたことは大きな収穫でした。おかげで、いろんなことがわかりました」


 ライル先生達は、この短期間に外交だけではなく戦地検分も済ませてきたらしい。

 策士が戦場となる土地を直接歩いて、肌で知っておくことは重要なことなのだろう。


「ともかく、ご苦労様でした」

「ええ苦労させられましたよ。でも、その甲斐はありました」


 ライル先生は、ヘトヘトに疲れていたものの、ブラウンの瞳だけは爛々と輝かせて。

 半年後の奇襲作戦について、調べてきた図面を俺に見せながら、真夜中近くまで語っていた。


 先生も久しぶりの大戦おおいくさに、相当テンションが上がっているらしい。

 頼もしい限りであった。

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