第228話「つかの間の帰郷」
沖の島でカアラが休息し、マナの回復を待って一度黒杉軍船の魔法陣からシレジエ王国に戻ることにした。
頻繁に戻ると約束しながら、ここしばらく王宮を留守にしている。これから戦争が本格化してくることを思えば、帰れるときに帰っておいたほうがいい。
転移魔法で、シレジエ王国後宮の庭に戻ると、ちょうどそこでメイド達と一緒に俺の子供達を遊ばせていたシャロンが出迎えてくれた。
後宮にいる子供達の面倒は、シャロンが見ている。
「お帰りなさいませ、旦那様」
ここはいつも、白百合の花が咲き誇っている。
乳母車を押しているシャロン。そこにはシャロンの産んだ犬耳の双子が寝ている。二卵性の双子らしく、性別も容姿も違う。
俺の黒い髪色とシャロンの琥珀色の瞳を引き継いだ男の子ノアと。
シャロンと同じオレンジの髪色と黒い瞳の女の子、ロランジュである。
「だー」
二人が手を伸ばしてきたので、俺はノアとロランシュをいっぺんに抱き上げる。
「久しぶりだな。元気にしてたか」
まだ小さいが二人とも笑顔が、シャロンによく似ている。
元気で人懐っこい性格だ。赤ん坊を抱いていると、なんかこう温かくていい。
二人を、乳母車に戻すと。
シャロンも物言いたげこちらに手を伸ばしてきたので、そのまま抱きしめてやる。
母親とはそういうものなのだろうか。
シャロンの身体も、赤ん坊と同じように温かくて、いい匂いがした。
「だいぶ留守にしてしまったな」
「ご無事にお戻りくださったのですから構いません」
「わがままで動きまわって、心配かけて済まない。シャロンが家を守ってくれてると思うから、俺も自由に動ける。感謝しているよ」
「もったいないお言葉です。旦那様の留守はお任せください。私がお役に立てるなら嬉しいですよ」
「シャロンにそう言ってもらえると助かるけどな」
「はい。今回は、ゆっくりされていかれるのですか?」
そのつもりだと答えると、シャロンは嬉しそうに微笑んだ。
こうして戻ってきたときは、他の子達とも遊んでやらないと、父親を忘れられてしまうからな。
「ベロベロバー」
俺が定番のネタで赤ん坊達を「キャッキャ」と笑わせていると、とっさにオラケルとコイルが俺のものまねを真似して返してきた。
「ベロベロ」「バー」
ちょ……笑わせようとしてるのに、二人で俺の真似をするなよ。
ユーモラスで、こっちが笑わされてしまう。
ちなみに、俺のものまねで「ベロベロ」と舌を出したのがオラクルの産んだオラケルで。
それを見てとっさに「バー」と合わせたのが、ライル先生が産んだコイルである。
オラケルとコイルの二人は、片親が凡庸な俺とは信じられないほど聡明である。
さすがにまだ上手くしゃべられないようだが、言葉や文字を理解しているのだ。まあ、母親が
これでまだ一歳にもなっていないのだから、大人になったらどれほどの人物になるのだろう。
二人に比べると、シルエットの子のリュミエールや、リアの子のルアーナは普通の赤ん坊でホっとする。
二人とも母親に似て
そう思うのも、親の欲目というものかもしれないが……。
「そうだシャロン、こちらの様子は変わりないか?」
「あー、そういえばカロリーン公太子妃殿下と、エレオノラ公太子妃殿下がお見えになってます」
「カロリーンとエレオノラが?」
カロリーンは、トランシュバニア公国に戻って俺の息子であるマウリッツを産んで育てているはずだが、こっちには何の用事できたのだろうか。
エレオノラも、懐妊がわかってからランクト公国に里帰りしてたはずだが。
「お二人とも、国の御役目もあるのだそうですが、きっと旦那様に会いに来てるのですよ」
「俺に?」
シレジエから遠いと行っても、こっちには転移魔法もある。
だから時間があるときには、トランシュバニア公国やランクト公国にも足を伸ばすようにはしているのだが。
「おそらくですが、いまアビス大陸のことで旦那様がお忙しいことがわかってるからではないでしょうか」
「なるほど、そういうことか。二人にも気遣いをさせてしまったな」
確かに、カアラの転移魔法もあまり無駄使いできないのが現状。
ユーラ大陸各地を回っている余裕はないので、シレジエで一度に会えると助かる。
「お二人は王城のほうにおいでです。呼んできましょうか?」
シャロンはそう言ってくれるのだが、俺はまずシルエットに会いに行くことにした。
なんといっても、正妻が先だからね。
そう言いつつ、先にシャロンに会ってしまってるわけだが。
シルエットも気にしないと思うんだが……そんなことを考えつつ王宮のほうに行くと。
閣僚が立ち並ぶ王の間で、玉座に腰掛けたシルエットが悠然と女王としての仕事をこなしていた。
傍らにはライル先生の父親であるニコラ宰相がいる。
王宮に先生もシェリーもいないせいか、宰相達はなんだか忙しそうだった。
まだみんな仕事中か。これ、声をかけていいものなのかな。
「あっ、タケル様。お帰りになったのですね!」
俺が見ていると、先にシルエットのほうが気がついた。
「仕事は大丈夫なのか?」
「ええ、ちょっと待って下さいね」
てきぱきと書類にまとめてサインを済ませてから、傍らの宰相に二言三言命じてこっちにくる。
後は任せましたよとか聞こえてきたような気がしたが、大丈夫かな。
「こっちは急いでないから、忙しければ後でもいいんだが」
「いえ、仕事よりも大事なこともあります」
「そうか」
「あら、何か面白いことでもおありですか?」
「いや、シルエットがしっかり女王をしているなと思って」
「妾だって、もう二年以上も表向きの政治に携わってますから、いい加減に慣れもします」
シルエットも、もうすぐ十八歳だ。
こうして女王の冠を戴いて豪奢なドレスに身を包んでいても、小柄な少女にしか見えないけども。
しっかりとした大人になっているんだよね。
もうシルエットだって一児の母である。
「シルエットが、そうやって政務を頑張ってくれているから俺も安心できるよ」
「タケル様のお役に立ててるなら、妾もやり甲斐があるというものです」
可愛いことを言ってくれるので、ありがとうと人目も憚らず抱きしめておいた。
シルエットは「家臣が見てます」なんて恥ずかしがっているが、見せつけてやればいい。シルエットも満更でもない様子である。
「まあ、久しぶりだから夫婦水入らずでたまにはゆっくりしよう」
「タケル様。今日は、カロリーン様とエレオノラ様もいらしてますが、すぐにお会いにならなくてよろしいのですか?」
「どうしようかな。もちろん、正妻のお前を優先させるけども」
「妾なら構いませんよ。お二人は、ユーラ大陸連盟会議に出席していますので、たまにはタケル様も顔を出されたらよろしいのではないですか」
「えっ、そうか。連盟会議は常設機関になったんだったな」
「幸いなことに今は表立った国際紛争もなく、毎日会議をやっているわけではありませんが、細々とした貿易上の折衝などは常に必要ですから」
シルエットとそんな話をしていると、書類の束を抱えてニコラ宰相がやってきた。
どうやらシルエットに託された内政の処理を終えたらしい。
「宰相も忙しいな。新大陸の件で、働き手を奪ってしまって済まないが」
「いえいえ、私も愚息やシェリーがいなければ何もできない老人だとは思われたくありませんからな。王将閣下のお留守でも、この私がおれば外交も内政もつつがなく務めまする」
「そうか、助かるよ宰相」
「ただ、たまには王将閣下も連盟会議に顔出しだけでもしていただければ、ありがたく存じますが」
宰相にもそう言われては、出ないわけにいかない。
俺はユーラ大陸連盟会議が開かれている王城の大会議室へと足を運んだ。
王宮の通路には、金銀財宝に溢れている。
俺も豪商をしていたから宝石は見慣れているが、何気なく置かれている壺や茶器までが翡翠だったりするのには驚かされてつい足が止まる。
こちらの地方ではまったく見られないオリエンタルな細工が施されている。
もしかすると東方から流れてきた高級品か。
「また物珍しい調度が増えたな」
「王将閣下のおかげで、我が国は潤っておりますからな。まあ、この調度品の数々はカスティリアから賠償金として運ばれたものも多いです」
シレジエ王国に敗戦し、多額の賠償金を求められたカスティリア王国は、多額の金品を送ってきている。
長年溜め込んだ富を全てシレジエ王城に吸い取られたカスティリア王宮は、おそらく閑散としていることだろう。
戦争を仕掛けてきた向こうが悪いのだからいい気味だとしか思えないけどな。
「連盟会議の会場はここか」
大会議室に入ると、そこはまるでパーティー会場であった。
綺羅びやかなシャンデリアに照らされた大広間にテーブルが並び、ゆったりと美味い酒や料理を楽しみながら貴族達が話し合っている。
おおよそ会議している姿には見えないのだが、ユーラ大陸の貴族同士がやる外交とはこういうものなのだ。
俺もいい加減慣れてきた。
「おお、ムコ殿」「これは、婿殿!」
うわ、カロリーンとエレオノラがいるだけと思ったら、父親であるヴァルラム公王とエメハルト公爵もいるよ。
「これはどうも、父上……」
「勇者様に父と呼んで頂けるとは」「何度聞いても感動です。
うわ、義父の二人が揃うと、めっちゃキツイ。
二人に片方ずつ手を握られても困るから、頼むからせめてひとりずつにしてくれ。
「父上、タケル様が困ってらっしゃいますよ」「お父様、恥ずかしいから止めてよ!」
良かったカロリーンとエレオノラが引き剥がしてくれたよ。
「タケル様、マウリッツも連れてきましたわ」
「おお、久しぶりだな」
カロリーンから渡された我が子を抱くと、どっしりと重い。
生まれたときにもう四千グラムを超える大きな赤ん坊だったのだが、さらに重くなったように思う。
「お乳もたくさん飲んで、すくすくと育ってますわ」
「そうか、この子はいつ見ても丈夫そうだな」
大きければ元気というわけでもないのだが、カロリーンと同じ亜麻色のマウリッツは、まだ赤子なのに不思議な頼もしさがある。
赤ん坊なのに、どこか泰然自若としている。どことなく祖父のヴァルラム公王にも似た風貌がある。
うちの子のなかでは、一番立派な王様になるのではないかという気もする。
赤ん坊の頃からそんなことを思ってても、気が早いって言われるだろうけどな。
「しかし、子連れで長旅なんて大丈夫だったのか?」
「私達王族は、頼めば飛竜が移動に使えますから、ひとっ飛びですよ」
そう言って、カロリーンが口に手を当てて笑う。
飛竜騎兵の飼い慣らされた
「……よくあれに乗るなあ」
「竜の籠に乗れば運んでくれますから便利なものですね」
空中移動に慣れている俺ですら、竜の籠に乗るときに下がスースーして怖いなと思ったのだが、さすがカロリーン達は腰が座っている。
揺れる馬車などで運ばれるよりも、赤子や妊婦などにはいいだろう。
「私の方も順調よ」
「そういえば、だいぶお腹が大きくなったようだな?」
触ってみるとよく分かる。
エレオノラは、ほっそりとしたお腹をしているから下腹部あたりが膨れているのがよく分かる。
「そんなに触っても、まだわからないわよ」
「そうかまだお腹を蹴ったりはしないんだな?」
そう言うと予定日はまだまだ先だと笑われてしまった。
知らないのは父親ばかりか。
「だけど、エレオノラの子供の名前もそのうち考えないとな」
「本当に気が早いわねえ」
そう言ってエレオノラが笑う。
しかし、笑い話では済まない人が居た。
「おお、生まれてくる息子の名前を考えてくださるのか」
「いや、エメハルト公。まだ性別が決まったわけでは……」
「もちろん、娘の場合にも備えて候補の名前を百個ほど考えておるのですが、ぜひ婿殿にも見てもらって」
「ええー百個ですか」
「男の子のほうは、興が乗ってもっと考えてしまいましてね。名前は大事ですからな」
「うわ……」
後生大事に何の書類を抱えているのかと思ったら、もう子供の名前をリストアップしているらしい。
結局、エメハルト公はあーでもないこーでもないと、子供の名前の案を持ちだしてきて、時間を取らされてしまった。
俺は、ユーラ大陸連盟会議に出席したはずなのだが、これではただの家族会議だ。
あとでニコラ宰相に聞いたら、俺は各国公使の前に顔を見せるだけで良かったそうなので、これでも問題なかったそうなのだ。
しかし、どうも『待望の跡継ぎが産まれる』という義父達の盛り上がりにはついて行けないところがある。
エメハルト公はよっぽど嬉しかったらしく、時折「夢のようだ」とかつぶやきながら、感極まって泣いていたので付き合わないわけにもいかない。
唯一の跡取りだった愛娘が、姫騎士に育ってしまった心労は、とんでもなかったんだろうなと同情はする。
今から言っててもしょうがないのだが、エレオノラの子供が女の子だと、俺もちょっと心配である。
※※※
久しぶりに会った妻達と語らっていると、表が騒がしい。
なんだと思って庭に出てみると、後宮の中庭に火竜が留まっていた。
飛竜の籠から颯爽と降りてきたのは、アラゴンの女王セレスティナである。
髪を紫の香料で染めるのは止めたので生まれつきの黒髪になっているが、さすがは元『
その香り立つような色香は衰えていない。
むしろ女王らしい清楚な装いをするようになって、更に女性的な魅力を増したともいえる。
ダンドール人は肌の色が東洋人に似ているので、俺も懐かしいものを感じるので。
俺にとっては好ましいのだ。
「お久しぶりです。タケル様が戻られたと聞いて、居てもたまらず来てしまいました」
「そうか、それは嬉しいけどな」
俺が戻ったという報告がこんな短時間に隣国のアラゴンまで届くとは驚いた。
おそらく大陸連盟会議に参加しているアラゴンの代表からだろうが、飛竜のネットワークがあるからかな。
「私も妻にしていただきましたのに、なかなか来てくださらないのですか……」
「ああ、済まなかった」
妻にした限りは責任を持つつもりだが。
正直、アラゴンにいるセレスティナのところまで手が回ってなかったのだ。
「私も女王としての責務がありましたから、なかなか会えずに寂しかったです」
「そうか。とりあえず、中に入ろうセレスティナ。美味い料理も酒もあるからな」
俺が、セレスティナを連れて後宮のテラスに戻ると、エレオノラがとんでもないことを言う。
「私達はもう子種をもらってるから、セレスティナの面倒を見なさいよ」
「お前、子種とか言うなよ」
いくら身内しかいないからって、恥ずかしいから止めろ。せめてもうちょっと婉曲的に言えよ。
俺が注意してもエレオノラは、何が恥ずかしいのか全く分かってないらしい。シルエットも平然とした顔でこんなことを言う。
「そうですね。乳飲み子が居る間は懐妊しにくいって、オラクルさんが言ってましたね」
だから、そういうことをあんまり赤裸々には言って欲しくないんだけどね。
まったく姫育ちというのはズレている。
「でも私達も『お手伝い』はできるでしょう?」
カロリーンは、そんなことを言う。カロリーンは大勢いると余計に燃えるから怖いんだよな。
久しぶりだから、お手伝いで済むかどうか。
そこに後宮の警備を務めている、紫色の長い髪のネネカもやってくる。
「あー、今日は私の番だと思ったのに!」
「あら、二人でやればいいんじゃないですか」
それもそうねと、ネネカもセレスティナと一緒に俺にくっついてくる。
うーん色気が香り立つような二人に挟まれると、なんとも言えない気分になるね。
「あら勇者様、私達二人に囲まれても余裕ですね」
大きな胸を前から俺の顔に押し付けてくるネネカが、
「こんなことになるんじゃないかなーとは思ってたし、俺だって鍛えられてるからな」
人間どころではない。体力無尽蔵の
修羅場をくぐり抜けてそっちのほうのレベルも、否応なく上がってきているのだ。
「それは楽しみですね! タケル様のおかげで、アラゴン女王国も安泰ですから。たっぷりお礼させていただきませんと……」
鍛えられたとはいえ、魅惑の魔術師では少し相手が悪いかもしれない。
ネネカもなかなかやるし、二人とも程々にして欲しいなと思いつつ、俺は美姫二人に誘われて、後宮の奥へと足を運ぶのだった。
たまの帰郷だしこんなこともあって良いか。
これも、女王達の夫たる俺の務めであった。
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