第220話「新たな畑を切り開け」
昨晩は、旗艦「麗しのシルエット号」の船室に泊まった。
この船は、旗艦であり王将の御座艦となっている。そのため、俺の部屋があるのだが、そこは『簡易後宮』と呼ばれている。
そこは船の限界があって、最高級の船室とはいえ、それほどの広さは取れないのだが。
キングサイズのベッドの寝心地だけは、後宮という名にふさわしい。
「ルイーズ、起きてたのか?」
「ああ……」
一緒に寝ても、俺がベッドから起きだす頃には、すでにぴっちりとしたチェニックを着て帯剣までしている。
柔らかいソファーがあるのに、とっさに飛び上がれないからと硬い椅子にしか座らない。
俺の妻になってからも、ルイーズは護衛の騎士のつもりなのだ。
いや、そうでもないか。この気まずそうな顔は、恥ずかしがっているだけなのか。
夜は積極的なくせに、朝になるとどんな顔をして会っていいかわからないらしく。
早々に起きて、正装で澄ましちゃうのだ。
こういうときのルイーズは、ちょっとからかってやると面白かったりするんだが。
まあ今日はやめておこう。
「しかし、ルイーズに比べて……」
「グーグー」
ベッドから起き上がると、掛け布団がめくれて。
俺の隣に寝ているリアがあられもない格好をしているのがわかる。
「おい、リア起きろよ」
「……うーん?」
いや、よく考えるとリアが起きてても役に立たないから寝てていいけど。
「せめて何か服を着ろ。いつまでも裸はマズいって」
「……じゃあタケルが、着せてください」
リアは、柔らかい胸を俺の腕に押し付けてくる。
豊かな胸に腕が沈み込む感覚は、正直なところとても心地が良い。
普段ならこのまま誘惑に負けて、二度寝しちゃうぐらいだけど今日はダメだ。
「しなきゃならないこと山積みだからな。リアは、寝たきゃ寝てていいから、上着ぐらい羽織っておけよ」
俺は起き上がって、リアに羽毛布団をかけてやる。
「タケル。聖女様には私が後で、服ぐらい着せておこう」
「そうか。助かるよ」
すでに顔も洗って長い髪も後ろ手に括って、キリッとしているルイーズだが。
これが昨晩は、印象が逆になるから面白い。
一度夜のモードになると、ルイーズは積極的に攻めてくる。
リアは恥ずかしがって受け身になる。
向こうから来るルイーズと楽しんだあと、俺は積極的にリアを押し倒し……いや、やめておこう。
船室を出れば、「夜のお勤め」は終わりで、「昼のお勤め」が待っている。気持ちを切り替えておかないとな。
そこに、カアラが入ってきた。その後ろから。洗顔用のタオルを浸したタライを抱えてきたのはララちゃんだ。
さすがに軍船にメイドは置けないから、俺の面倒を見てくれるのもカアラ達だったりする。
「国父様、お顔をお拭きしますね」
「ありがとう」
カアラは、ララちゃんが差し出すタライから絞ったタオルを一枚取り出して顔を拭いてくれる。
温かいタオルが気持ちいい。
「すぐお召し物を用意しますね」
「助かるよ」
兵の前に出るのだ。着るたびにあまり似あわないなと思いながらも。
軍服に着替えて、その上に白銀色に輝くミスリルの鎧を身につけるぐらいはしなければならない。
「昨晩は、お楽しみだったようですね」
「それ毎回言ってるよな」
「ねーねー、お楽しみって夜伽のこと?」
「ララちゃんは、まだ気にしなくていいから」
リアが、「ナニ」があった後の朝は「お楽しみですねって言うのが作法だ」とか。
薄い本を読んで
「いかがですか、たまには家に帰らず船でお過ごしになられるのも良いでしょう」
「そうだな……」
将軍クラスですら、小さい船室ですし詰めになって寝ている今の状況で、豪奢なベットを使うのは少し申し訳ない気もするのだが。
俺だけじゃなく妻も使っているのだから、まさかベッドルームに入れようと言う訳にはいかない。
「国父様のご命令通り、ジャガイモ畑の
「そうか、まずそこから見学に行こう」
甲板に上がると、空は青く晴れ渡っていい天気だった。
よい
※※※
「何やってんだい、へっぴり腰だね!」
「いや、しかし石があってスコップが進まんのだ……」
「未開拓地なんだから当たり前でしょ。それを取り除くために掘ってるんだよ!」
「お、おう……」
アバーナの街のすぐ外の荒野で、ジャガイモを植える畑の開拓が始まっている。
木のスコップから手作りで作るので、ただでさえ農作業に慣れない魔軍の兵達は大変そうだった。
いや、兵どころではなく隊長や将軍クラスも一緒に開墾を始めている。
農作業となるとへっぴり腰になってしまう将軍連中を怒鳴りつけてるのは、誰かと思えば俺がこの島にやってきたときに最初に会った農家のおばちゃんだった。
どこの世界もおばちゃんというのは変わらない。
相手が兵だろうが、将軍だろうが自分のペースに巻き込んで働かせてしまう。
「ダモンズ、精が出るな」
「ああ、我らが率先してやらなければ兵も働かないからな」
二万の魔軍の最高司令官であるダモンズ自ら、スコップや鍬を振るって畑を耕している。
意外に魔族というのは、みんな働き者だった。
「ほら、そこ! ぺちゃくちゃ口を動かしてないで手を動かす!」
うわ、おばちゃんがこっちに来てしまった。
「あら、あんた。どっかで見た顔だね?」
「おばちゃん久しぶり」
いつぞやの騎士が、実はアンティル島を救ったアーサマの勇者であったという展開である。
これはわりと、こっ恥ずかしいシーンだ。
おばちゃんが、どんな反応を見せるかなと思って見ていると「まあいいわ、忙しい忙しい」とかつぶやきながら、スカートの土を払って。
さっさと次の畑に行ってしまったので、ズッコケそうになった。
「おばちゃんって、マイペースだなあ……」
「ハハハッ、しかし種芋を持ってきてくれて、我らが知らないことを教えてくれるので助かっている」
幾分、おばちゃんに怒鳴られたダモンズの顔が引き攣っているようだが。
バーランドの要請で、種芋にも食糧にもなるジャガイモを夜を徹して運んで来てくれたのはおばちゃん達なのだ。
この戦乱を生き抜いて農家をやり続けているだけあって、おばちゃん達はたくましい。
精強な魔軍の兵達も圧倒されるほどの迫力であった。
「さてと、これで四ヶ月もすればジャガイモが取れるようになるんだろうが……」
問題は当面の食糧の確保である。
大海竜の肉も、十日ほどしか持たない。
アンティルの街から食糧を運んでくるのも限度があるので、当面は漁業や狩猟で食い繋ぐしか無い。
そのため、港では壊れた船の廃材を集めて、回りの森からも伐採を進めて新しい船の建造を進めている。
アバーナはもともとが、港町なのでそこは問題ないのだが、少しでも魚を摂ろうとと港で釣り糸を垂らしている兵士達を見て不安になった。
今のやり方で、二万もの人口の腹を満たすことができるだろうか。
「国父様、そろそろ転移魔法を使える程度に魔力が回復しそうです」
「一度、シレジエに戻るか」
俺が考えていてもろくな考えは浮かばない。
ここは、ライル先生の知恵を借りに行くことにしよう。
※※※
「まず、転移魔法で食糧を運ぶというのは論外ですね」
シレジエ王城の執務室で、俺の話を静かに聞いていたライル先生は、そう口火を切る。
「そうなんですよね。カアラの転移魔法は重量制限があるから」
魔力を振り絞っても、人間だと十人ぐらいの重量を運ぶのが限度なのだ。これでの食糧輸送はコストパフォーマンが悪すぎる。
そこでと、ライル先生は机の上に世界地図を広げる。
「まず、タケル殿が切り開いた新大陸への航路があります。大海竜の心配もなくなったそうですから大船団を組んで、シレジエのナントの港からアフリ大陸のランゴ・ランド島を経由して、アバーナへと向かわせましょう。向こうで足りない物資などは、それで補給できるできるでしょうが、それも半年はかかると見たほうがいい」
「そうですよね。だから困ったわけですが……」
「そこで、いいものがありますよ。実は、前からタケル殿の話を聞いて、作らせて置いたものがあるんです」
ライル先生が、人を呼んで運び込ませたのは
布や糸が希少なせいか、向こうの漁民は釣りをしてたみたいだから、これは使える。
「なるほど、網を使えばもっと漁獲高が上がりますね。これぐらいの重さなら、転移魔法でも十分運べそうです」
「ただの網ではありません。底引き網ですよ」
あーこれか。
船で大きな網を引っ張って、魚を根こそぎしてしまう網である。
現代知識を持つ俺は、底引き網に良い印象を持っていない。
伝統的な漁法に比べて圧倒的な漁獲量を誇るが、やり過ぎると将来的に海洋資源の枯渇にもつながりかねないので、シレジエでも作っては見たが、採用には二の足を踏んでいたのだ。
しかし、当面の問題を解決するためには、これを使うしか無い。
「この際、仕方ありませんね」
「あと、狩猟にも網を使って囲い罠を作りましょう。タケル殿の話では、資源の枯渇でしたか? 将来的にはあまり良くないんでしょうが、緊急時の対策としてはこれでいくしかありません」
囲い罠も、大きな網を張り巡らせることで野生動物を一網打尽にする道具である。
これも使い過ぎると(略
その話はしたものの、環境保護のためには使わないほうがいいとライル先生には言っておいたのに。
ちゃんと試作しておくあたりが先生だなあ。
「あとは、農業ですね」
「それならちゃんと、ヴィオラを呼んであるから大丈夫でしょう」
そこに、扉を開けて青い髪の少女が入ってきた。
「失礼します!」
近くの試験農場から急いできたのか、ヴィオラは息を切らせている。
「呼びつけて済まなかったな」
「でっ、どれが新しいお芋さんなんですか?」
「落ち着けヴィオラ。まず、お茶でも飲んだらどうだ」
ヴィオラと会うのも久しぶりである。やけに張り切っているみたいだが、まあ落ち着けと。
しばらくポットに置かれて、ポットで少しぬるくなった紅茶をカップに注いでやる。
「ありがとうございます」
「うん、落ち着いたか? これがジャガイモなんだが……」
「これが前々からお聞きしていたジャガイモですか。以前に、ご主人様が持ってきたタロイモに似ていますね」
「どうだ、なにか分かるか?」
ジャガイモを大事な宝物のように撫でているヴィオラ。
水精霊の加護があり、植物の育成を助けることのできるニンフの血を引く彼女には、作物に俺達には見えない何かが見えるのだろうか。
「うん、美味しそうだなと思いまして」
「そうか」
ちょっとズッコケそうになる。
「すごく出来のいい子みたいですね。水魔法なら使えるんですけど、うーんこの子は……あんまり水やりしないほうがいいのかな」
「触っただけで、そういうのもわかるのか」
さすがはハーフニンフである。
「タケル殿、今後の戦略を立案するために私もアバーナまで行こうかと思いますが、農業担当も居るでしょうからヴィオラも連れて行きましょう」
ライル先生がそう言うと、「はい、ご主人様のお役に立てて嬉しいです!」とヴィオラが青い瞳を輝かせた。
「ヴィオラ、少し背が大きくなったか?」
「はい、ご主人様のおかげです」
前は引っ込み思案だったのに、ハキハキとしゃべられるようにもなった。
新大陸のほうは、ニンフがもともと居ないみたいだったから、その力を恐れられて差別されることもなくていいかもしれない。
「じゃあ、ヴィオラも連れて行こう。先生、あとは誰が入りますかね」
「そうですね。農業担当の他には、街の復興のために優秀な内政官が……」
そこに、ヴィオラが開けっ放しにした扉から銀髪の少女が入ってきた。
シェリーだ。
「お兄様! 話は聞かせてもらいましたよ! 優秀な内政官なら私ですよ」
「付いてくるのはいいが、シレジエの内政は大丈夫なのか?」
内政面でいうと、影の財務卿とも呼ばれる天才シェリーは、押しも押されもせぬシレジエの重鎮になっている。
ライル先生と、シェリーが同時にいなくなると問題があるような気がする。
「そのためのニコラ宰相ですよ。今は国家財政も安定してますから、半年ぐらいなら南の島でバカンスしても大丈夫です。水着も持って行きましょう」
「いや、バカンスに行くんじゃないんだけども」
「冗談ですよ。都市行政であれば、私がお役に立てます。三十秒で支度するので連れてってください!」
そう自信ありげに言って、ほとんど無い胸を張るのだから連れて行くしか無い。
「じゃあシェリーと、あとはロールでも連れて行こうか」
「えっ?」「えっ?」
左右から、シェリーとヴィオラが声を揃えた。
「なんだ、ロールは連れてっちゃダメなのか」
「いえ、お兄様なんか前から、ロールさんだけすごく特別扱いというか、甘くないですか?」
「ですよね、いつも御側に呼ぶし……。私なんか、みんなよりあんまり呼んでもらえないから」
シェリーとヴィオラが顔を見合わせて、ちょっとだけ微妙な顔をしている。
「いや、甘いとか……誰かを特別扱いはしてないつもりなんだが」
ロールなら暇してるだろうから、連れっても問題ないかなと思っただけなのだが。
「確かアバーナには洞窟もあったんですよね。何か使えるものもあるかもしれません。この際ですから、ドワーフのロールに鉱物資源を探らせるのも悪い選択ではありませんよ」
ライル先生が助け舟を出してくれた。
……というわけで、今回のアバーナ復興は、戦略担当:ライル先生 行政担当:シェリー 農業担当:ヴィオラ 鉱物資源担当:ロールぐらいのスタメンで行くことにした。
みんな久しぶりの出番だとやけに張り切ってるので、きっと役に立ってくれることだろう。
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