第214話「魔国将軍来襲」

「バーランド騎士長、助けてやってもいいが条件がある」

「おおっ、アーサマの勇者が助けてくださると!」


「待て、条件があるといったんだ。俺には、気になることがある。まず、ここに来た時のララちゃんへの対応だよ」

「それは、こちらの手違いであると謝罪したはずですが」


「それ以前の問題として、俺には魔族と争う義理がないんだ」

「しかし、魔族は人族の宿敵ですぞ!」


「そこなんだよ、神聖アビスパニア女王国……。神聖って名前がついてるのがまず気に食わない。俺には、魔族の妻もいるし、魔族の傭兵も使っている。このララちゃんを見れば分かるだろう。ユーラ大陸では、人族と魔族の融和が進んでるんだよ」

「そんな、アーサマの勇者である貴方がそう言われるのか!」


 実はユーラ大陸でも、まだそれほど融和が進んでいるわけではないのだけれど。

 どうせアビス大陸に魔族が多いなら、俺の目標としている魔族と人族の融和した国をここに作ってしまえと思い立ったのだ。


 魔族とのハーフである、俺の息子のオラケルが住み良い国をどこかに作りたい。

 ララちゃんのアフリ大陸も候補の一つだが、アビス大陸もそういう土地にできたらいい。


「そうだよ。俺はリリエラ女王の作った『試練の白塔』にも登ったことがあるが、どうもリリエラ女王の自分達だけが神聖で選ばれてるって独善が気に食わない」

「そうは言われましても、アモレット女王陛下のこの『白銀の羽根』を見て下さい。我らこそが創聖女神アーサマより創られた栄えるべき民なのです」


「そんな羽根だったら、俺もアーサマから直接授かっている。ほれみろ、俺が持ってるのは一本だけじゃないぞ」

「なんと!」


 羽根をたくさんもらってきてよかった。

 どっちが、アーサマに期待されているのか一目瞭然である。


「千二百年前の失敗したリリエラ女王との『旧約』などもう時効だよ。あと、俺は混沌母神から『中立の剣』も授かっているからね」


 俺は、銀色に光る『中立の剣』を出して見せてやる。

 アーサマの『光の剣』が使えない以上、このアビスの地ではこれが頼りだ。同時に、この力が残っている以上、混沌母神も俺がやることに反対していない。


 むしろ、アビスに来てからより一層力が強まったと感じる。

 アーサマのように分かりやすくないから、混沌母神の考えることは俺にもいまいちよく分からないが、きっと俺の気持ちを分かって応援してくれている。


「混沌母神とは、魔族の奉ずる悪神ではありませんか!」

「そんな考えだから、リリエラ女王国は二百年で滅びたんだ。混沌母神は、悪神ではない。創聖女神アーサマの前からいた魔族の神様だってだけで、アーサマと敵対しているわけでもない。いや千年前とは違い、敵対しなくなってきたというべきかな。お互いにあまりに考え方が違いすぎたので、反発しあってただけで融和の時代がもうそこまで来ている」


「そう言われましても、私どもは千年の長きに渡り、初代のリリエラ女王陛下を信じて魔族の国と戦って参りました」

「だったらここで、その考えを改めてもらおう。俺は、魔族と人族を融和させて新しい世界を作るためにきたんだ。それは、アーサマも混沌母神も反対していない」


 賛成を取り付けたわけでも、実はないんだけどな。

 アーサマは、神聖リリエラ女王国の失敗から、人間のありように任せるやり方を取っている。


 混沌母神に至っては、そのメッセンジャーである古き者と話しててもまったく意志がわからない。

 元から意志なんてないのかもしれない。だからこそ、俺達が新しい時代を切り開かなければならないのだ。


 アーサマや混沌母神が俺に剣を授けたのは、まさにそのためであるように俺は思うのだ。

 俺の強い宣言を聞いて、バーランドは訝しげに聞き返す。


「しかし……魔国の魔族は、人族を殺したり奴隷としていますぞ?」

「だったらそんな国は、『中立の勇者』である俺が考えを変えるように懲らしめる。それでも、考えを変えなければ滅ぼそう」


「それは、我が国を助けていただけるということでしょうか?」

「その通りだが、もしかしてお前らも、同じように魔族を殺したり奴隷としているのではないか?」


「それは、かつてはそのようなこともありましたが……」


 やっぱりか、嫌な予想があたった。

 魔族も人族も、それだけで善とは限らない。魔族が悪事をなすなら、人族も同じようにやっているだろうという推察は簡単にできる。


 弱い側、虐げられている側が無条件に善なんてことは、絶対に考えてはいけない。

 アビスパニアが魔族を奴隷として虐げていないのは、おそらくそれができないほど弱くなっただけだろう。


 かつて奴隷として虐げられた人々が、いざ強者の側に立ったら同じように他民族を奴隷として虐げるなんて話は、歴史を見れば山ほどある。

 今、大魔王という指導者を得て強大化している魔国が悪辣であったとしても、いわば千年前からの侵略者であるアビスパニアに仕返ししているだけとも言える。


「もしこの国が今後も神聖な民などと驕り高ぶり、魔族と融和するという考えを持たなければ、魔国を懲らしめた後にアビスパニアも滅ぼすこととなるだろう。アーサマの勇者、佐渡タケルの名の下にな!」


 俺がそう大見得を切ってやると、バーランドはその場で力なく座り込んでしまう。

 かなり激しくショックを受けたようだった。


 千年間ずっと信じてきた、リリエラ女王と創聖女神アーサマとの『旧約』を捨てて、俺とアーサマの『新約』を信じろと教えているのだ。

 すぐに答えられなくても無理はない。


 もともと俺も、自分に都合のいいことだけ言ってるしな。

 しかし、俺はこのピンチこそ凝り固まった古い考えを変えさせるチャンスとみて、強引に押し通すことにしたのだ。


 そこで、アモレット女王を抱きかかえて黙って聞いていた若い乳母が声を上げた。


「あなた……佐渡タケル様を信じるべきです!」

「あなた?」


 乳母は、俺に呼びかけたわけではないだろうに、あんまりビックリしたんで思わず声を出してしまった。

 あなたって、なに? もしかして、バーランドと結婚してんの?


「ああ、乳母のプティングは、私の妻でもあるのです」


 顔面蒼白になっているバーランド騎士長は、かすれる声でそうつぶやいた。

 初老に見えるバーランドにこんな若い嫁さんって、少なく見積もっても二十歳以上離れてるぞ。歳の差カップル過ぎる。


 しかも、乳母がやれてるってことは、すでにバーランドと子供もいるってことだよな。すげえなおい。

 国がまさに滅びようとする、この絶体絶命の情況でよくもと思ってしまうが。


 そういう情況だからこそ、男女の仲は余計に燃え上がってしまうってこともあるか。

 バーランドはやはりできる男だな。老いてなお盛んな騎士長である。


「私どもアビスパニアの女は、なぜこれほどまでに争うのだろうと、前から不満に思っていました」

「しかし、お前……」


「魔族も、人族と同じように善人もおれば悪人もおります。この大戦が始まる前は、交易があった時代もあったでしょう」

「それはそうだが」


「勇者様のお考えを聞いて、今ハッキリと分かりました。だいたい、大陸には魔族も多いのにこれら全てを敵に回して勝てるわけがなかったのです。魔国のほうは、奴隷にするだけではなく柔軟に人族の人材も取り入れたから勝てたのです」

「裏切りを許したから勝てたというのか?」


「それを裏切りと取るから負けたのです。六大魔国を束ねる大魔王イフリールの強引な拡張主義と強権には、魔国にも相反する声もあがっていたのです。だから、あなたにも外交戦略をやれと申したではありませんか」

「邪悪な魔族と取引などできるものか!」


 バーランドの叫びが怖かったのか、乳母のプティングに抱かれている赤子が泣きだしてしまった。

 自分の主君たるアモレット女王に泣かれては、歴戦の騎士バーランドも情けない顔で肩をすくめるしかない。


「ほれみなさい、よしよし。怖い騎士長ですね。アモレット女王陛下も、佐渡タケル様が正しいとおっしゃってますよ」

「乳母であることをいいことに、女王陛下の意志を勝手に決めるな!」


 ほら、また泣いたちゃったじゃん。

 夫婦喧嘩なら他所でやって欲しいな。俺は、プティングに勧められてアモレット女王を抱いてみた。


 俺もたくさん子ができたので、赤ん坊を抱くのにももう恐れはない。

 見ず知らずの俺が抱いても、愚図らずに笑ってくれる。可愛らしい女の子じゃないか、こんな可愛い女王なら助けてやってもいい。


 高慢ちきであったらしいリリエラ女王は好きになれそうもないが、子孫であるこの子は良い娘に育ちそうだ。


「バーランド騎士長、とりあえず乳母のプティングとアモレット女王陛下は、俺の庇護下に入ったようなので絶対に守ってやる」

「ほら、あなたも早く改心して勇者様に従いなさい」


 自分の妻にそう言われて、女王を抱っこされたまま、ララちゃんもいるコッチ側の椅子に座られてしまったので、バーランドはより一層情けない顔になる。

 女王と乳母を逃がしてくれって、バーランドのお願いだったんだけど、なんか悩んでしまっている。


「うう、うーむ。私の忠義は……」

「まあ、ゆっくり考えるといい。俺の言うことを聞くなら、バーランド騎士長も助けてやろう。あっ、あとアビスパニアも助けたら、貿易でシレジエ王国に最恵国待遇もくれよ。関税はもちろんゼロでよろしく」


 ここぞとばかりに俺が畳み込むので、滅びかけの国の騎士長兼、将軍兼、大臣閣下は、頭を抱えてしまった。

 そこに、血相を変えて兵士が入ってきた。


「バーランド騎士長大変です!」

「なんだ、まだ大変なことがあるのか」


「街の空に空飛ぶ魔獣の一団が、来ました。魔国の将軍と名乗る者が、バーランド騎士長を呼んでます」

「なんだとぉ!」


 緊急の呼び出しも二回目。顔を青くしたり赤くしたり、バーランド騎士長は大変な一日である。

 そりゃ、白髪も増えるはずだ。


 居城の上まで登ってみると、巨大な鷲の化物みたいな魔獣が飛んでいた。

 全長二メートル半、顔と羽根は鷲で身体はライオン。グリフォンってやつかな。


 そのグリフォンの背中の上で、なんか叫んでいる奴がいる。

 黒豹の化物かと一瞬思ったが、どうやら黒豹の毛皮を頭から被っている魔族の戦士であるようだ。


 倒した猛獣の毛皮は、勇猛なる戦士の証ではあるんだろうが。

 振り回している戦斧バトルアックスといい、着込んでいるラメラーアーマーといい、魔族というより蛮族にみえる。


「ふわはははっ、我こそは六大魔国が一つ、リンモン王国が大将軍バルバリッチャ! 我が魔獣の軍に平伏すがいい」


 降伏勧告のつもりかもしれないが、大将が自ら正面で勝ち名乗りとは、のんきなものだ。

 物見櫓からは盛んに矢が飛んでいるが、その程度の攻撃では痛くも痒くもないらしい。グリフォンは結構強い。


「どれ、力の差を思い知らせてやろう!」


 グリフォン部隊を率いるバルバリッチャとかいう大将軍は、自ら矢を射っていた兵士達のところに突っ込んで、吹き飛ばした。

 不運な兵士が一人。グリフォンの鋭い嘴に捕まってしまう。逃れようとしたがそのまま身体を真っ二つにへし折られる。


「助け、ぎゃぁぁああ!」


 断末魔の叫びを上げながら、グリフォンの曲がったクチバシにくわえられた不運な若い兵士は、そのまま身体を真っ二つに裂かれてペッと吐き出された。

 相手を威圧するため、見せつけるように殺すとは、見た目より知能がある魔獣であるらしい。


「フハハッ、脆弱なものよ!」

「よくもランツぉおおお!」


 どうやら、殺されたのは街の門のところで俺と話したランツという若い兵士だったらしい。

 一緒に居たレントンという兵士長は、部下を殺されたことに激昂して、果敢にもグリフォンに飛びかかってバルバリッチャを倒そうとするが、掬い上げるように放たれた戦斧バトルアックスの一撃で深手を負ってまた地に落ちる。


「なんとまた一撃! クハハハッ雑魚ばかりでつまらん。大将はおらんのか!」

「バルバリッチャ、私が相手だ!」


 白い軍馬にまたがって、現れたバーランド騎士長がレントン兵士長に成り代わって相手をする。

 バーランドが銀色に輝く鋼鉄製のランスを向けると、グリフォンの上の大将軍バルバリッチャがカカッと大笑した。


「フハハッ、出たなアビスパニアの騎士バーランド。これまで手こずらせてくれたが、貴様との因縁もここまでだ」

「こちらのセリフだ。ここで勝負をつけてやるバルバリッチャ!」


 何やら、因縁の対決を繰り広げているようだが。

 俺はと言うと、リュックサックから、魔法銃ライフルを取り出してセッティングしているところだ。


 俺を不思議そうに覗きこんで、ララちゃんが尋ねてきた。


「何してんの?」

「うん。たぶん、湿気てないから魔法銃ライフルが使えると思ってね。ちょうどいい的があるから、試し撃ちしてみようかなと」


 海にも落ちてしまったが、防水シートも貼ってあるし油紙にも巻いておいたから。

 完全に濡れてなければ使えると思うんだが。


「あの叫んでるおじさんを撃ち落とすの?」

「そうだねー」


 なんかバーランドが良い感じで、敵の将軍を引きつけてくれてるからちょうどいい。

 さすがに敵もバカではないので、弓兵の狙撃には注意した位置取りで飛んでいるが、魔法銃ライフルの射程はそれよりも遥かに長大だ。


 そこまで精密ではないが、スコープも作ったから見える距離なら狙撃できる。

 さて、チャンスは一回。俺は、静かに呼吸を整えて空に魔獣を浮遊させて騒いでいる将軍バルバリッチャの頭を狙って、引き金を引いた。


「――がっ!」


 何を言おうとしていたのか知らないが、高らかに響く銃声とともに頭を撃ち抜かれた魔国の将軍が落下してバタリと倒れた。

 一撃で終わりか、あっけない。


 突然の銃声に大将軍バルバリッチャが倒れて、敵味方、何が起こったのか分らず静かになってしまっている。

 味方の弓兵すら、矢を撃つのも忘れて呆然としている。


 この反応懐かしいな。

 どうやらアビス大陸には、まだ銃というものがないらしい。


 動かないでいるなら、これは良い的だ。

 あと二、三人大将首を落としておこうと、俺はなるべく偉そうな鎧を着ている魔族の指揮官を狙って銃を放った。

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