第212話「いきなりジャガイモゲット!」

 無人島探索ということで、森を抜けてしばらく川のほうを遡って内陸部に歩いて行くと普通に道に出た。

 獣道というよりは、人間などの大きな動物に踏み固められた土の道である。


「あれ……」

「人が住んでるんじゃない?」


 待てララちゃん、まだそう判断するのは早い。

 獣道の大きいバージョンかもしれない。そう思って進んでみると、耕された畑を見かけてしまう。小屋もある。


 あっこれ、まったく無人島じゃないなと気がつく。

 俺の予想が外れてしまったようだ。


「人里だな」

「普通に、村だよね……」


 それどころか、村の向こう側まで道が続いていてずっと向こう側の小高くなった丘の上に、石壁があるのも見えた。

 中には遠目に大きな建物が連なっているのも見える。大きな城かもしれないが、おそらく街があるんじゃないかな。


「まあ、こんなもんだよ」

「こんなもんだよね」


 俺の口調を真似するララちゃん。

 とりあえず無人島ではないと分かったが、島ですらなく大陸である可能性もある。


 しかし、少し違和感もあるのだ。

 俺が無人島じゃないかと思ったのは、あんな川が流れて椰子の実とか食べ物が豊富にある土地に、人の手が入ってないのはおかしいと思ったからだ。


 村の小屋は、掘っ立て小屋という感じでごく最近入植したという感じがする。

 城壁か街壁か知らないが、石造りの外壁を作るほどの文明がある。村には、耕した畑もある。


 それなのに、海岸地域の開発が進んでないというのはどういうことだろうか。

 そりゃ畑を耕すのも良いが、魚も釣ればいいし、椰子の実を採って食べればいいじゃん。


 いろいろなことが想定されるが、とりあえず住んでる人に聞いたほうが早い。


「おっ、第一村人発見」


 とりあえず、小屋の多そうな人気の多い方向に進んでいくと、畑を耕している村民に出会った。

 どこにでもいる普通のおばちゃんである。


「あんれまあ、変な格好をした人だねえ。キンキラキンの鎧を着てるところを見るとお城の騎士様かね?」

「こんにちはー」


 確かに、『ミスリルの鎧』を着込んでいる俺は、変な服装と言われても不思議はないが、出会った村民も妙な出で立ちだ。

 毛皮の上着チェニックに、丈夫そうな革のズボンに革靴。


 シレジエ王国の農民であれば、羊毛の服を着ている。

 もちろん地域が違うのだから服装が違って当然なのだが、それにしては違うのは材質だけだった。


 デザインが少し古風と感じられるだけで、ユーラ大陸と似すぎているような気がする。

 おばちゃんが手に持っている木製の鍬も、刃の部分には金具がハマっている。


 辺境の蛮族ではなく、文明人なのである。

 だいたい、全く違う大陸にきて、俺が普通のおばちゃんと感じる白色人種の年配の女性が新大陸にいるというのがもうおかしいのだ。


 もしかしたら、嵐に流されているうちにまたユーラ大陸に戻ってきてしまったのではないか。

 それはあり得ないと思うんだが、そんな悪い想像すら感じさせる。


「つかぬ事をお伺いしますが、ここはどこですか?」

「ここ? アンティル島だよ。おかしなことをお言いだねえ、それ以外ないだろう」


 なんか、おばちゃんが不審げな顔をして俺を見てくる。

 旅人が場所を聞くぐらいは、おかしいことだとは思わないんだけどな。


 しかし、やっぱり島だったのか。

 しかも、まったく聞いたことがない地名である。これは、やはり新大陸についたと考えるべきだろう。


「俺達は、島の外から来たんですよ」


 遥かセイレーン大海を越えて来たなんて言ったら、驚かれるかと思って控えめな表現で言ってみたのだが、おばちゃんをビックリさせてしまったようだ。


「おばちゃんをからかっちゃいけないよ。島の外から来たとか、あり得ないでしょう!」

「えっ、なんであり得ないんですか?」


「だって、島の外は大海竜がいて、船が出せる状況じゃないって話でしょ。海岸に近づくだけでも危ないぐらいだよ」

「あー、あれってやっぱこの辺りにいっぱいいるんですね」


 よくそんな環境で生きてるなと思うのだが。

 このアンティル島の島民は大海竜のせいで、ずっと島から出られないで隔絶して生きているということなのだろうか。


「騎士様には悪いんだけど、あたしも仕事があるから忙しいんだよね」


 どうも俺の言うことは、おばちゃんにはみんなチグハグに聞こえるらしく。

 だんだんと、この人は可哀想な人なのかなって眼で見られるようになってきた。


 こりゃ他の人に聞いたほうがいいかなと思って、不意に畑を見ると、とんでもないものを発見してしまった。

 畑に青々とした葉っぱと、白い花が咲いている。しゃがんで確かめてみると、葉っぱの形に見覚えがある。


「これ、もしかしてジャガイモじゃないんですか!」

「そうだよ。ジャガイモは育つのが早いからいいね。ここいらはもう収穫時期だ」


 俺は、おばちゃんが掘り出したジャガイモを受け取って手で確かめた。

 夢にまで見たジャガイモだ。これを、どれほど探したことか……。


 ポテトチップス、コロッケ、粉ふきいも、肉じゃが、ジャーマンポテト、マッシュポテト。

 考えるだけでヨダレがでる。


 じゃがいもを食べられるのは何年ぶりだろう。いや、まずは食べる前に貴重な種芋として確保しておかねば、しかし……。

 思えば、俺の食卓には圧倒的に芋分が不足していた。カレーにも、ジャガイモ入れる派だったので嬉しすぎる。


「こ、これどこで買えますか?」

「芋を抱きしめて、本当におかしな人だねえ。芋の一つぐらいあげてもいいけどさ」


 これが、おかしいものか。

 食卓が豊かになるだけではない。これさえあれば、ユーラ大陸辺境で飢餓に苦しんでいる民を救うことができる。


 今の俺にとっては、同じ重さの金よりも貴重な種芋だ。

 絶対に手に入れておきたい。この芋を見て、ここは俺が探していた新大陸なのだと確信した。


 これはジャガイモだけではなく、他にも有望な作物がたくさん手に入る予感がするぞ。

 しかしこうも早く目的の一つを達成できるとは、なんてラッキーなんだ。


「できれば芋をたくさん。他にも、いろんな作物が欲しいんですけど」

「それなら、街の市場に行けばいくらでも売ってるだろうよ。お腹が空いてるなら、料理してくれる店もあるよ。あたしはまだたんと仕事が残ってるから、もういいかねえ?」


 おばちゃんは俺と話すのを止めて、新しい畑を耕す作業に戻ってしまった。

 仕事の邪魔だから、おばちゃんはこれ以上は話してくれないらしい。


 しかし、もらった種芋一つでも大収穫だ。

 俺はリュックサックから財布を取り出して、金貨を一枚渡す。


「あの、これお礼です」

「あんれまあ、これ金貨じゃないの。あんた、どこのお大尽様なんだい?」


 あまり仕事を邪魔してもいけないので、俺は会ってからビックリし続けているおばちゃんと別れて、砂利道を更に進んで丘の上にある石造りの壁へと向かった。

 近づいていくと、ちゃんとした門があって門番が建っているのも見える。


 村にいたおばちゃんの言うことはどうも要領を得ないが、どうやらあの壁の向こう側には城とか街があるらしい。

 そして、市場もあって俺が求めている新しい作物が見つかるに違いない。


 古い石造りの街壁の門までくると、どうも妙だなと俺の感覚が訴える。

 ヒビ割れの目立つ石造りの壁は、かなり古く年代物のようなのに、外壁のうえに等間隔で立っている木製の見張り櫓はやけに新しい。


 櫓には、弓を持った見張りまで立っている。なんだこの臨戦態勢。

 とりあえず事情を聞こうかと思ったら、門番の兵士のほうから誰何された。


 さっきのおばちゃんと同じく、街の兵士は毛皮と革でできた装備を身に着けている。

 どうやら、ここは羊毛が取れないらしいな。だから獣の毛皮や革の服が多いんじゃないか。


「そこの騎士、見慣れない顔だな?」

「島の外から来たんですけどね」


 さっきのおばちゃんとの違いは、鎧を着ているという服装だけではなく、ちゃんと俺達の顔を見ているということ。

 おばちゃんが自分の関心があるものしか見てないってこともあるが、監視の門番なんだから当たり前だろう。


 俺の東洋風の顔立ちは、どうやらこの土地でも珍しいらしい。

 いや、それ以前に『ミスリルの鎧』は注目を引きすぎる。


「島の外からだと。敵の放った大海竜によって、一切の航路が絶たれているはずだがお前は一体どこから来たんだ?」


 そう年若いほうの兵士が考え込んでいるうちに、隣の年配の兵士が声をあげた。


「おい、こっちの小さな子供……人族じゃないぞ」

「なんだとっ、うあぁぁああ、本当だ尻尾が生えてる! トカゲ型の魔族なんて見たことないが新種か。お前もまさか、魔族に寝返った裏切り者か? なんのつもりでアンティルの街までやってきた!」


 警戒した兵士に槍を構えて、牽制されてしまう。なんだここでは、魔族は敵なのか?

 俺は槍で攻撃されたところで全く平気だが、そんな言い方されたらララちゃんが傷つくかもしれない。


 俺は背中で、ララちゃんをかばって前に立った。


「大丈夫か、ララちゃん?」

「私は大丈夫……」


 俺の周りにいれば、シレジエでもこんな扱いはされないんだけど、見知らぬ土地だとこんな扱いになることもあるのか。

 やはり魔族と人族の対立って根深いんだなとは勉強になったが、それはそれだ。文句を言ってやる。


「おい、ララちゃんは魔族じゃないぞ。人族と魔族のハーフだから、人族の分類に入るはずだろ」

「嘘つけ! そんなでっかい尻尾が生えててハーフとかないだろ! 魔族を連れているお前も、魔国に寝返った裏切り者なんだろうが!」


「おいランツ、何を敵とのんきに問答やってる。門を閉めるぞ!」

「うあ、待ってくれ!」


 ランツと呼ばれた若い兵士が、血相を変えて門の内側まで逃げると。

 バタンと門が閉じられてしまう。


「おーい、俺は魔国とかじゃないって、話を聞けよ」


 そう呼びかけてやったが、兵士二人はこっちを魔国とやらの裏切り者と決めつけて、まったく話にならない。

 門のなかで、二人の相談している声が聞こえた。


「どうすんだ、ついに魔国が攻めてきたのかよ。これどうすんだレントン兵長!」

「落ち着けランツ、まずバーランド騎士長を知らせるんだ」


 困ったもんだが、やっぱりこうなったかって感じでもある。

 なんか滑り出しが、順調過ぎると思ったんだよなあ。


 さて、どうやって誤解を解いたものだろうか。

 とりあえず、責任者が来るのを待ったほうがいいのかな。

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