第211話「無人島なのだろうか」
陸地に分け入ってみると、すぐに小川が見つかった。
木々が青々としているので湧き水ぐらいはあると思ったのだが、これほど水量が豊かな土地とは思っても見なかった。
「どうするの?」
「とりあえず道具も無いから、焚き木して石を焼く」
何でも斬れる『中立の剣』があるので、伐採も道具作りも簡単だ。
石を焼いている間に、木の棒と尖った石を蔦の紐で巻いた即席のシャベルで穴を掘って、そこに小川の水をたっぷりと引いて石を組んで、即興のお風呂場を作る。
「水を溜めればいいのね」
ララちゃんも手伝ってくれたので、天然の露天風呂はすぐできた。
「よし、じゃあこの水溜りに焼けた石を入れる」
焼けた石を拾うのも、削った木の棒を蔦の紐で巻いて作ったトングである。こうやってみると、簡単な道具は木で何でも出来る。
俺は、暇なときに
ジュウーと音を立てて、焼けた石が溜まった水をお湯に変える。
はい、露天風呂の出来上がり。
「すごーい!」
そう素直に褒められると嬉しいものだ。
野宿してたときに覚えたサバイバル経験が、久しぶりに役に立った。
「よーし、じゃあララちゃん。服を脱いで洗濯しておこう」
「脱ぐの?」
いつもは、素直で言うなりなのに、なぜか脱ぐのを躊躇するララちゃん。
「脱がないとお風呂入れないからね。服も大海竜の胃液や潮まみれになってるから洗っておこう。すぐに乾くとは思えないけど、幸いなことに暖かいから、椰子の葉で服換わりに身体に巻いておけば、風邪を引くってこともないでしょう?」
そもそも、ララちゃんは寒さで風邪を引くような弱い種族でもない。
今着ている服も、粗末な布を繋ぎ合わせただけの貫頭衣だけである。下着もつけていない。だから、それが椰子の葉の服に変わったところで、何か問題があるとも思えない。
「じゃあ、脱ぐ……」
「うん、洗濯しておいてあげるよ」
実は俺が持っているリュックサックには、洗剤や石鹸も入っているのだ。
最低限の生活必需品は入っている。いきなりサバイバル生活になっても、俺が落ち着いている理由の一つである。
長年勇者として戦って身体能力が高まっている俺でも、重たいリュックサックを背負ってずっと泳ぎ続けることはできなかっただろう。
ララちゃんが大海竜の腹の中からボートを引っ張って来てくれなければ、重い荷物は捨てるしかなかった。
そう考えたら、お礼に服を洗濯ぐらいしても罰は当たらない。
貫頭衣を脱いで俺に渡すと、ララちゃんは落ち着かない素振りで、緑の鱗のついた手を組んでモジモジとし始めた。
お尻の長い尻尾が、ブランブランと左右に激しく揺れている。
どうしたんだろうと思っていると、ララちゃんはジッとこっちを見つめる。
縦に割れた瞳孔を大きく開いて、こんなことを言い始めた。
「タケルさんの身体と、私の身体違うよね。私は、みんなとも違うから……」
そうか、ララちゃんは他の人と自分の身体と違うことを気にしていたのか。
確かに人間とも、シェバ族によくあるトカゲ型やヘビ型の
人間と魔族のハーフというのはみんなそうなるのか、ララちゃんの肌は
こうして裸になると、ツルンとしたお尻から緑の長い尻尾が生えているのがユニークでもある。
なるほど、人間と
魔族と言うと野蛮に思われるが、シェバ族は人間ほど洗練されてはいないまでも文化を持っていて、みんな鎧と服ぐらいは着ている。
だから、こうしてまじまじとトカゲ型亜人種の裸体を眺めるのは、俺も初めてで興味をそそられる。
ララちゃんの膨らみかけの胸やお尻を見れば、人間で言えば十二、十三歳ぐらいの少女のものである。
周りの
そんなこと気にするな、大丈夫だと言ってやりたいのだが、何といえばいいだろうか。
近くにいる大人としては、責任重大だ。
ここで曖昧な返事をすれば、ララちゃんは本当に自分の身体がおかしいと思い込んでしまうかもしれない。
「大丈夫だよ、おかしくないし、とってもかわいいよ」
「かわいい?」
「うん、ララちゃんはかわいい。俺から見ても、綺麗だと思うよ。
まだ子供とはいえ、相手は女の子なので、かわいいとか綺麗とか言っとけば納得するだろうという俺の処世術である。
安直過ぎるとも思えるが、俺はだいたいこれで
どうやら俺のチョイスは正解だったようで、「そっか、かわいいかあ」と柔らかそうな口元をほころばせる。ホッとしたような様子だった。
落ち着いたところで、「さっさと風呂に入りなさい」と先に石風呂の中に浸けてやった。
俺も服を脱いで、自分とララちゃんの服を川でじゃぶじゃぶと洗濯すると、木に吊るして干しておく。
これで乾くまでは、葉っぱの服で過ごすしか無い。
俺も風呂に入ったが、湯加減はちょっとぬるい。
さらに焚き火で熱した石を足してみると、ちょうどいい湯加減になってきた。うん、原始的な露天風呂もいいものだな。
「さてと、ララちゃんは石鹸で身体を洗うことはできるか?」
「石鹸?」
「風呂に入る習慣がないんじゃ、そもそも石鹸の使い方が分からないか。よし、俺が洗い方を教えてやろう。まず髪からだ。この石鹸を泡立てて綺麗にするんだ」
「うん」
風呂に大人しく身体を半分浸からせているララちゃんの髪を、石鹸で泡をたっぷりたてて、わっしゃわっしゃと洗ってやることにした。
子供の身体を洗ってやることにかけては、俺はちょっとしたプロフェッショナルになっている。
伸び放題の長い髪の後は身体を洗う。
子供とは言え女の子なので、肌が傷つかないようにタオルは使わずに手で洗う。
さすがに、風呂に入ったことないというだけあって垢が出たが、それも綺麗に擦り落として隅々まで磨き上げてやる。
「アハハッ、タケルさんくすぐったい」
「もうちょっと我慢してくれ、隅々まで綺麗にしてやるから」
身悶えするララちゃんを、がしがしと容赦無く洗う。そりゃ腋とか脇腹とか股も擦ってるから、くすぐったいだろう。
でも子供がムズがっても遠慮せず、強すぎず、弱すぎず、適度な力を込めて洗ってやるのがコツだ。
うん、本当に綺麗になってきた。
輝けと思いながら心をこめて磨けば磨くほど、玉は光るものだ。ハーフレプティリアンの身体は少し風変わりだが、綺麗にすれば美少女で十分通る。
最後に長い尻尾を洗ってやろうとゴシゴシと擦っていたら、プルプルと肩が震えだしたと思うと、ビクンと身体が爆ぜた。
これには、俺もビックリした。普通に剥き出しだから擦って平気だと思ってたが、尻尾は急所だったのか?
「ハァハァ……ごめんなさい。尻尾は凄く敏感で……」
「いや、俺も乱暴にしすぎた。我慢してくれと言ったけど、本当にダメだったらダメって言ってくれ。もうちょっと手加減して」
「でもなんか……あうっ、手加減されたほうがムズムズしゅる。ダメ、尻尾だけは、我慢、できにゃい」
「どうすりゃいいんだ、でもこれは面白い」
強く手で掴んでいると手の中で、緑の尻尾がニュルニュル、パタパタと暴れるので独立した生き物みたいで面白い。
なるほど、強く擦るより優しく擦るほうが反応が劇的である。これは不思議だ。
「ひゃああっ! もう尻尾で遊んじゃあ、メェェ!」
顔を真赤にして、両手を上げたララちゃんに本気で怒られてしまった。
普段は大人しいララちゃんが激昂するのは、これが初めてだ。
そうか弱点は意外に尻尾か。トカゲの尻尾なんて、切り捨てるもんだって印象が強いんだけどな。
これが、トカゲ型の
彼らは、傭兵なので場合によっては敵側に雇われることもあるだろう。
そう考えると弱い部分を研究しておく必要性はあるのだ。
尻尾の手触りが、ツルツルして触り心地が良かったし、弄びたかったというのも本当はあるけどね。
どっちにしろ、十分に綺麗になったから尻尾はもういいだろう。
「ごめんごめん」
「もう知らない!」
長い尻尾をくるっと丸めて、身体に巻きつけてしまった。器用なものだ。
ララちゃんは、尻尾を守るように手で隠して警戒している。
風呂で親睦を深めるつもりが、やりすぎてしまった。
もうしないよと謝って、足の指の先まで綺麗に洗い落とす。
「ふうむ」
「そこ、そこもダメェ」
えっ、ここもダメなのか。
ララちゃんを座らせて、足首の灰色の肌から緑の鱗に変わる部分などを泡で洗いつつ確かめていたんだが、どうやら足の指の間に薄く張っている膜の部分がダメらしい。
そうか、粘膜だから弱いのかもしれない。
こうやって調べてみると、マスケット銃を弾く
「なるほど」
「だからあぁぁ、くすぐっちゃダメって言ってるのに!」
ララちゃんは、悲鳴を上げながら背筋を仰け反らせて、そのままバシャンとお湯の中に沈んだ。
ありゃ、またやり過ぎてしまったようだ。
「綺麗になったよ」
「ううっ、もう許さない。やりかえす!」
「うあっ、なになになにすんの?」
「タケルさんも、くすぐって綺麗にする!」
「いや、洗うのはくすぐるとは違う、ウハハハハッ」
「おりゃー」
石鹸を泡立てることを覚えたララちゃんに、俺は散々に湯船に沈められて、今度はたっぷりと逆襲を喰らうのだった。
そうやって風呂でじゃれあって遊んだ後は、焚き火を囲んで食事だ。
飲み物は椰子の実がタップリとある。あとは適当に、そこらで食べられるものを見繕って、焚き火で焼いて食べる。
食べる前には、俺が「いただきます」と言うように、ララちゃんは「貴方を食べてもよろしいか?」という不思議な挨拶をする。
そんなことを聞いても、食べ物が「食べてよろしい」なんて言うわけもないと思うのだが一種の
魔族にとって自然の恵みは、混沌母神の恩寵なので疎かにしては罰が当たるという。
こうやってララちゃんと一緒に過ごしていると、魔族の混沌母神信仰は、邪教のイメージとは程遠く。
自然と調和した素朴な教理であるようにも思える。
確かに、新大陸はアーサマではなく混沌母神の影響が強い土地のようだ。
こうも都合よく、滋養があるココ椰子が生えているのを見ると、俺だって自然の恵みというものを感じざるを得ない。
しかし、たった半日足らずですっかり原始生活にも馴染んできたものだ。
俺はともかく、ララちゃんには野性味たっぷりの椰子の葉っぱ服がよく似合っている。
ララちゃんは、またちょっと落ち着かない素振りで。
尻尾をバタバタ、手をモジモジしながら俺に聞いた。
「これからどうするの?」
「そうだなあ、砂浜には船が来ても分かるように目印に旗を立てておいたし、今日はちょっと早いけどここで休もう。明日になっても救助がこなければ、内陸のほうを探索してみようかな」
「そうじゃなくて、ここでもうするの?」
ララちゃんは、ポンポンと焚き火の前に敷き詰めた葉っぱのベッドを手で馴染ませるように叩く。
少々粗末だが、寝るには十分だ。いや、寝るじゃなくてする?
「えっ、なにをするの?」
「子作り」
俺は、飲んでいた椰子の実のジュースを噴いた。
「しないよ!」
「しないの? でも私は族長に、タケルさんとしてこいって言われたよ?」
何いってんだよあのジジイ。
そうか、もう尻尾に触らせないとかさっきまで怒ってたのに、ベッドに寝そべってからやけにくっついてくるなと思ったらそういうつもりだったのか。
確かにララちゃんを村から送り出してくるときにそういう意図は感じたが、まだ早すぎるだろう。
「ララちゃんは、まだ子供だからね」
「シェバの村では、私ぐらいの歳で大人だよ。みんなしてるもん。やっぱり私の身体はおかしいから、タケルさんもしたくならないの?」
「したく……」
「うん」
ジッと俺を見つめる瞳は真剣である。したくないって言うと、拒絶と受け取って傷つけるなこれは。
四十歳ぐらいが平均寿命の
「……ないってことはない。したいなと思うけど、残念ながらうちの国のルールだと、成人にならないと、そういうことはしちゃいけないって決まってるんだ」
「成人って何歳?」
「シレジエ王国だと十五歳だよ。まだララちゃんも、十五歳にはなってないだろう?」
ララちゃんは指折り数えて、自分がその年齢に達してないことが分かると「そっか」と納得してくれた。
ふう、危ない危ない。常識の違いって恐ろしい。
こうして、なんとか添い寝だけで勘弁してもらって、その日は早いうちに就寝した。
朝日が登って、乾いた服に着替えて、目印に旗を立てておいた砂浜にも船が救援に来ていないことを確認すると。
俺は、ララちゃんを連れて内陸部の探索に出かけてみることにした。
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