第204話「南の砂漠を越えて」
アフリ大陸北岸、ハダシュトの港。
転移魔法で帰ってきたら、シレジエ外洋艦隊は旗艦である『麗しきシルエット女王号』を残して海賊退治に出かけるところだった。
旗艦を残していってくれたから構わないけど。
俺が声をかけるまもなく、ドレイク艦長の指示で海賊討伐に出港していく。船の甲板から、ドレイクが義手を振っているのが見えた。
「いってくるぜー、王将!」
「おーい、ドレイク。本当に張り切り過ぎだよ!」
行ってしまった。
港には、ドレイク艦長が拿捕してきたという海賊のガレー船八隻、ジーベック船二隻が数珠つなぎになっている。
シルエットのお産もあって、俺が二日ほど留守した間にどんだけ海賊退治したんだよ。
港の人に話を聞いたら、ドレイク提督率いるシレジエ外洋艦隊は、もう三回目の出撃らしい。全力過ぎるだろ。
まあ、この辺りの弱小海賊相手なら負けることはないから良いけど。
とにかく、今が稼ぎどきとばかりにはしゃいでるドレイクは放っておいて、こっちはこっちで仕事をやろう。
俺達は街にいる
空を飛べば砂漠はすぐに越えられるのだが、あえて陸路を踏破するのは理由がある。
徒歩のルートを通って、人間の商人にもアフリ大陸での交易が可能かどうか調べたかったのだ。
結論――無理。
日中は、摂氏五十度まであがる砂漠。
これでもか、これでもかと頻発する砂嵐。身体に砂がバチバチと当たって、痛いのなんの。
カアラが始終、水魔法で温度を下げて、風魔法で砂嵐を吹き飛ばしてくれるからなんとか移動できるものの。
この砂漠を横断するのは、勇者の力で強化されている俺でもキツい。
人間にはあまりにも危険なルートなので、俺と護衛のカアラだけで来てよかった。
普通の兵隊なら全滅してるよ。
何せその肌は、マスケット銃の弾すら弾くというのだから、そりゃ強力な砂嵐を受けても平気なはずである。
そして、砂原砂漠には小さなオアシスは点在しているのだが、水の匂いを嗅ぎ分ける
地図もない砂漠、道などあろうはずもない。
そして、ちょっとルートを外れると、全長四メートルから五メートルの、人喰い
……というか、外れなくても久しぶりの
あっ、これもしかしてヤバいのか。
「これ、どうしたら良いの?」
「ニゲル、ニゲル!」
逃げるってか!
これ逃げ切れないだろ!
「国父様、私がやりましょうか」
「あーカアラ、もうやっちゃって!」
「カアラ・デモニア・デモニクスが伏して願わん、星辰のはるか彼方に輝く暁の冥王、時空の狭間より地上へと顕現せしめ、すべてに滅びをもたらさんことを!」
空が暗くなり、天空に広がる星空から飛来する多数の隕石に、巨大な
「スゴイ! スゴイ!」
冷血である
スゴイのは、俺じゃなくてカアラなんだよね。
商人らしく、俺に雇われないかと交渉してきたが、こっちが雇いたいんだよと苦笑してしまった。
とにかく、これでこの砂漠を上級魔術師でもない人間が行き来するのは無理であることが分かった。
しかし同時にちょっと実地調査をすると、とんでもなく美味しい土地であることも分かった。
魔素の強い土地である。砂漠にきらめく魔宝石が、そこらに露出している。
そりゃ、
移動中にちょっと落ちてる魔宝石を拾ってくればいいだけなのである。
そこはまだ分かるにしても試しにちょっと掘れば、ルビーやダイヤモンドが出てくる鉱山まであった。
あと、現状では使い道がないのだが、原油がわき出しているところまである。まさに金銀財宝がザックザク、
ここをもし開拓することができたなら、莫大な富を生み出す土地となるだろう。
しかし、現状では
彼らの好みそうな食料との交換で、ルビーやダイヤモンドを取ってきてもらって、徐々に開拓を進めてもらうしかなさそうだ。
さて、その
一応、ユーラ大陸の地図でもその地には、アビシニアという地名が付けられている。
彼らは、自らをシェバ族と名乗り、その地もシェバと呼ばれている。
その名の通り活火山であり溶岩から煙が出ている
その低い山の麓からは泉が湧き出し、大きな川になっている。
煙が出ているのは、地下水量が豊富だからでもあるのだ。きっと、よく探せば温泉もあるに違いない。
シェバの地には大きな川があるので、ちゃんと農耕できる沃野が存在する。
そりゃそうだろう、砂漠では食い物がないもの。
食料としてはイモノキ科の
キャッサバと言っても、馴染みがないかもしれないが。
これの
「いいな、タピオカミルクティー飲みたい」
「それは美味しいものなのですか、国父様?」
うん、美味しいんだよカアラ。
少し持って帰って、ヴィオラの試験農場で育ててみよう。あそこなら、気候が違っていても何とか育つだろう。
キャッサバには毒がある。食用にするには、毒抜きの工程が必要なのが難点だが。
その手間を差し引いても、イモ類としても栄養価が高く、茎を地面に刺すだけで増えるという栽培の簡単さがある。
葉っぱを発酵させて毒抜きすると、家畜の飼料にもなる。かなり用途の広い作物だ。
また、ここには
広大な砂漠に囲まれた地で、農作物において奇跡的に恵み多い地といえるだろう。
その恵み、現地の
魔族の混沌母神信仰は、人族のアーサマ信仰に近い。
乾燥の砂漠に囲まれたシェバの地に、泉を噴き立たせて恵みを与えてくれる
火口から噴き上がる熱い煙と冷たい雲がぶつかり合って生まれた風と炎の竜、
「ヨクぞ、オイで、クダサれた。キタの人」
「こんにちはー」
俺は言語チートがあるので、見知らぬ魔族の言葉でも分かるのだが。
シェバ族の族長は、中途半端に人族の言語で話そうとするので、妙な調子で聞こえる。
大きな土でできた、
この
頑強だが、寿命が四十年足らずしかない
デ族長のような長老は、古き知恵を持つ者として特に大事にされている。
話してみると、シェバ族はざっくばらんで大変友好的な部族であった。
アフリ大陸の魔族というのは、人族が抱いている魔族の印象とは全然違う。
環境が厳しい砂漠に囲まれて、積極的に交易をしないと生き残っていけないという意識が、南の魔族を友好的にさせるのかもしれない。
俺が持ってきた贈り物のなかでも、砂糖が一番ありがたいという。
カスティリアの上級魔術師レブナントに聞いた通り、
だから、このシェバの地で唯一甘い味のするカカオの実が、彼らの間で珍重されている。
彼らが欲しいのは、カカオの実であり。中のカカオ豆は食べられないことはないが、あまり要らないものだ。
それを、強烈に甘い味のする砂糖と交換してくれる俺達が大歓迎されるのも、道理であった。
久しぶりのお客ということで、フーフーというキャッサバの粉を練って蒸したものをつまみに、酒盛りが始まったのだが。
酒だけ飲んでいては芸がない。
「じゃあ、お近づきの印に、タピオカミルクティーで乾杯しましょう」
「タピオカミルクティー?」
俺は、キャッサバからタピオカを作って、それと持ってきた紅茶と彼らが使える唯一の家畜であるラクダから取った乳を組み合わせて。
砂糖をたっぷり使い、彼らの好む甘い味付けにして作ったタピオカミルクティーを飲ませてみる。
「どうですか?」
「ウマーイ!」
ラクダの乳は牛乳よりも塩分が多く、ちょっと癖のある味だが、それも紅茶の渋みと砂糖の甘味が混ざればちょうどいい塩梅になる。
砂漠で不足しがちな鉄分や、ビタミンも豊富な栄養価の高い飲み物になる。
「作り方を教えますから、作ってみてくださいね」
「アリガトウ、アナタは前キタ魔術師よりヨイ人だな。新しい食べ方までオシエテくれる」
デ族長は、たいそう喜んでくれたが、こっちも下心があるのだ。
これで、砂糖と一緒に紅茶も売れるようになってくれれば、こっちとしてもさらに良い商売になる。
ここでしか取れない産物の多い、シェバ族との交易は今後重要となってくるだろう。
シェバ族との交易権益を、カスティリア王国から奪い取れたのは僥倖であった。
まさに人が目を向けぬ砂漠にこそ、宝は埋もれているものである。
俺にとっての
※※※
「キタの人」
「はいはい、なんでしょうデ族長」
俺はなぜか、白い顎髭を生やしたデ族長から、キタの人と呼ばれている。
北から来た人という意味なのだろう。シレジエの勇者より、よっぽどありがたい呼び名だと思う。
「せっかくトオクから、キタのだからタネも落としていってくれまいか」
「タネ?」
バサッと、デ族長が天幕のカーテンを開けると、そこには
蛇女ではないんだけど、俺が思う一番近いものと言えばそんな感じ。瞳の虹彩が縦長なんだよね。
肌は爬虫類の鱗なんだけど、滑らかでひんやりしていて、少し人間に近い感じもする。
美人の子は顔も人間に近いし、チロチロと割れた舌をしていてその流し目には蛇系の女の子特有の不思議な魅力がある。
「タネも落としていってくれると助かる」
「いやいや!」
なんだ、タネってそういう意味か。数人の
こういう外とのかかわりが少ない僻地だと、たまに来た旅人の血を入れるという風習もどこかで聞いたことがある。
しかしまさか、まったく種族の違う俺に勧めてくるとは思わなかった。
種族も違うし、俺は妻がいて浮気をしないのだと説明して、なんとか許してもらった。
どうやら、カアラなどの魔族を連れている俺なら。大丈夫だろうと思われてしまったらしい。
それだけ、近くに感じてくれているということなのでありがたい話ではあるんだけど……。
冷血の冷たい肌も触れてみるとなかなか悪くはなかったのだが、そこはもう手を出してしまえば、俺も人間を超えてしまうであろう。
どんな感じなのか試してみたいという気にもさせられるが、止めておこう。
妻以外に、そういうことはしないと決めてるから我慢だ。
「国父様、それではお休みなさい」
「うん」
アフリ大陸の旅の間も、同じ天幕には妻であるカアラが同衾しているのだから、我慢もなにもないんだけども。
異国の地を旅していると、本当にいろんなことがあるものだ。
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