第三部 新大陸 編 第一章 アフリ大陸 編

第202話「アフリ大陸上陸」

 ユーラ大陸の西方の海を越えた彼方に、新大陸が存在するという考え方はそう突飛なものではない。

 天体などの観測から、酷幻想リアルファンタジーが、球体であることは一部の知識人階級には知られている。


 ただ、どうして球体なのに下にいる人間は天の虚空へと落ちてしまわないのか。

 引力や重力という考え方は、まだ発達していなかった。ただ、アーサマがそのようにされているので球体でも地面が下になっているのだという考え方があるだけである。


 例えば、ユーラ大陸の東方にはアナトリア帝国(地球ならトルコのあたりか)があり、その向こう側にも様々な国があり、絹の道シルクロードを通して交易があることも知られている。

 そして、ユーラ大陸南方には大きな内海となっているアドレア海を挟んで、未探索の土地である広大なアフリ大陸が広がっている。


 それでは、である。

 まだ発見はされていないが、そのバランスから考えて西方のセイレーン海をずっと進めば、未知の大陸が存在するのではないかと考えるのは当然である。


 では、新大陸には何があるのか。

 それについては、真偽不明の怪しげな伝説がたくさんある。


 難破した船乗りがガルーダと呼ばれる巨大な鳥が住む島を見ただの、凶暴な人食い魔族がいるだの、伸長五十センチほどの小人族が住んでいる小島があるだの、逆に五メートルを超える巨人族が住む島があるだの、枚挙暇がない。

 あまりに突飛な話ばかりなので、嘘つけといいたいところなのだが、なにせ酷幻想リアルファンタジーのことなので、これはあながち嘘とも言えない。


 むしろ北の果てみたいに異界化して、街を一撃で破壊するほどの強大な不定形生物がうろつき回ってないだけマシだと思える。

 断片的な逸話をつなぎ合わせると、海を越えた西方の新大陸には、北限と同じような危険なモンスターが跋扈する魔族支配領域があるのかもしれない。


 しかし、新大陸の噂は悪いものばかりではない。


 黄金郷エルドラドとよばれる財宝溢れる土地があるとか、美味しく食べられる作物が溢れるほど生えて誰もが飢えない理想郷アルカディアがあるとか、変わったところでは錫にあふれた錫の島があるとか(なぜ錫限定なのかよく分からないが、青銅の材料なので貴重な産物ではある)。

 もっと変わったところではワクワクという黒檀の森があって、その黒檀の木から可愛い女の子がたわわに生い茂っており、奴隷少女取り放題なんて逸話もあった。


 さすがに、そのほとんどは作り話であろうとも思う。

 人が未知に抱くイメージ。最初のが恐怖を反映したホラー話で、後のは願望を投影した楽園エデンの噂といったところであろうか。


 ライル先生が所持していた『地理書』という本によると、これらの真偽不明の話と一緒に。

 新大陸は、大いなる湾シグス・マキヌスと呼ばれる、かなり異国風ではあるが同じアーサマ信仰を持った民が住む、高度な文明を有する港街があるという話もあった。


 これは、もしかすると正しいのかもしれない。

 まあ何にせよ、真偽を確かめるためには――


「直接行ってみるしか無い」


 ――ということに尽きる。


     ※※※


 初めての大航海。

 外洋探索のためのシレジエ艦隊の構成は、黒杉軍船が二隻に、ガレオン船とキャラック船が四隻ずつで、合計して十隻。


 俺達が乗り込んでいる旗艦であるほうの黒杉軍船は、『麗しきシルエット女王号』というちょっと恥ずかしい名前が付けられている。

 艦長は、シレジエ海軍随一のベテラン船長で、かつては外洋にも繰り出した経験があるという総司令官アドミラルドレイクである。


 そんなシレジエ艦隊で、まず向かったのはアドレア海を挟んで向こう側のアフリ大陸北岸の街、ハダシュトだった。

 アフリ大陸へは、大航海の肩慣らしのつもりで来たのだが、いきなり行われたのは海賊との戦闘だった。


 アフリ大陸北岸にある人間の住む唯一の大きな街ハダシュトにやってきたのは。

 魔族傭兵や火竜サラマンダーを借りている関係上、人族に友好的な爬虫類人レプティリアンの部族に挨拶に出向くのが目的である。


 しかして、シレジエ艦隊は白く高い城壁に囲まれたハダシュトの港に着くなりに、黒旗の海賊に襲われた。

 アドレア海には、バルバリー海賊という連中がいる。


 シレジエ艦隊にいきなり襲いかかってきたのは、黒髭のティーチという海賊だったようだ。

 海賊おなじみのガレー船が主だった艦隊で、数だけは二十隻を超えるのだが、シレジエ艦隊とは大きさが違う。


 衝角ラムをぶつけてきても、黒杉軍船はびくともしないし、もともと甲板の高さが全然違うのでガレー船ではこっちを攻撃できない。

 何やってるんだこいつらと思ったが、とりあえず大砲で一蹴してやった。


 どこの海にでも海賊というのはいるものだというのは分かる。

 しかし、大砲の威力を知らないにしても、ガレー船とは格が違う巨大な黒杉軍船を見て、襲うか普通?


 こっちがハダシュト湾に入ったので、海上から湾に停泊したシレジエ艦隊を奇襲すれば行けると思ったのだろうか、本当にいい度胸である。

 ハダシュトの太守パシャであるマルカス総督にもお願いされたので、今後の外交も考えてシレジエ艦隊の実力を見せつけることにした。海賊退治だ。


「何が、黒髭ティーチだぁ。パチもんがちょーしこいて本家本元に攻撃かぁ? 舐めやがってぇ、絶対にぶっ殺してやる!」


 黒髭ならぬ、白髭になってしまった元海賊王、シレジエ艦隊総司令官アドミラル、ドレイクは義足をカツカツと踏み鳴らし、顔を真赤にしてお冠である。

 特に被害はなかったのだが、敵の海賊とキャラが丸かぶりだから、そりゃドレイクだって怒る。


 山賊もそうだが、海賊というのはどうも言葉のレパートリーが貧弱であり、片手のウィードだの黒髭のティーチだの、身体的特徴だけで異名を決めるので、キャラが丸かぶりしてしまうこともよくある。

 元黒髭の海賊王ブラックベアードのドレイクとしては、威信にかけてもこいつらをぶっ潰さないではいられないということだった。


 襲撃に失敗した敵は力の差を悟ると、一目散に逃げたが、こっちには空が飛べるカアラがいる。

 追跡した結果、すぐに敵のアジトである海賊島が発見された。


「国父様、いかがいたしましょうか?」

「うん、そうだな。今日は……」


「王将、俺だァ、俺に殺らしてくれぇ!」

「分かった、ドレイク達に任せるけど、あんまりやり過ぎないでくれよ」


 そのまま、カアラにメテオ・ストライクをぶちかまして海賊島の息の根を止めてもいいのだが。

 今日も転移魔法を使う予定なので、魔力は温存させておきたい。


 ドレイク提督が怒髪天を突く勢いで怒っていて、自分で直接黒髭のティーチを潰さないと気が済まないらしいし。

 海兵隊の良い訓練にもなると思われたので、シレジエ艦隊によって海賊島に即座に逆襲撃を仕掛けた。


 海賊島はバルバリー海賊の本拠地らしく、二十隻のガレー船と三隻にも及ぶ大型の帆船、ジーベック船がいたのだが、所詮はカトラスを振り回している海賊と、大砲を装備している黒杉軍船の戦いである。

 結果は言うまでもないだろうが、海賊島の艦隊は艦砲射撃を受けただけであっという間に壊滅した。


 最後まで抵抗した敵の首領である黒髭のティーチは、激昂して港まで乗り込んでいったドレイクによって、銃弾を身体に五、六発に撃ち浴びせられたあげく、首を討ち取られて戦死した。

 直接攻めこんで息の音を止めるとか、老ドレイクは年甲斐もなくはしゃぎ過ぎじゃないかな。


 ともかくも首領が無残なやり方で殺されるのを見て即座に降服した海賊と。

 島に居た海賊島の非戦闘員、計二百名ほどがこちらの捕虜となった。


 海賊に囚われて奴隷に売られようとしていた、カスティリア人やアナトリア人の商人の救助にも成功。

 また無傷のガレー船三隻と、ジーベック船一隻を拿捕することにも成功。


 海賊島に残った財宝と、船の修理資材・食料などの物資を大量に手に入れることもできた。

 もうこれで、艦隊の補給が出来てしまう。


「軽く見積もって、金貨二千枚分の儲けはあるな。こりゃボロい、海賊退治は、かなり美味しい仕事なんだなあ」

「おう、王将。せっかくだから、シレジエ艦隊でここらの海賊を根絶やしにして稼ごうぜ!」


 快調な戦勝に気をよくしたドレイクは、張り切っている。

 張り切るのはいいけど、もう白髭の爺さんなんだから総司令官アドミラルが真っ先に突撃は止めてくれよ。


 どっちが海賊だか知れたものではないと苦笑してしまうが、海賊を叩き潰してアドレア海が平和になるのは良いことだろう。


 せっかくドレイクが張り切っているので、俺達がアフリ大陸内陸に行っている間にシレジエ外洋艦隊は、海賊退治に回ってもらうことにした。

 捕虜にした海賊どもを尋問して聴きだした、近くの海賊根拠地を根絶やしにする。


 ハダシュトの港に戻り、マルカス総督に海賊退治を報告すると、俺達は大歓迎された。

 握手だけではなく抱擁までされる。総督のおっさんに、抱きしめられても嬉しくもなんともないのだが、よっぽど嬉しかったらしい。


「いやあ、バルバリー海賊には手を焼いておったのですよ。さすがシレジエの勇者様! お強い!」


 どちらかというと、俺達が強いというよりアドレア海の小規模な海賊にも勝てない、数隻の警備艇しか持たないハダシュトの街の海軍力が極端に弱いのである。

 それもそのはず、ハダシュトの街はカスティリア王国とアナトリア帝国が交易をするのに、この辺りに港がないとどうしても困るというので無理やり建てられた街であり、街の外側は食べ物がほとんど育たない不毛地帯だ。


 いや、不毛地帯というかハダシュトの白い街壁の外側は、もう日中は摂氏五十度にも達する灼熱地獄の砂漠であり。

 砂走サンドスネークと呼ばれる人食いモンスターが砂漠に潜んでいて、人間が住める土地ではないという。


 民の生活は、海洋交易で辛うじて支えられている。国力、海軍力ともにほとんどゼロに等しく。

 マルカス提督は、ハダシュト港の地理的重要性からカスティリア王国に臣従して男爵の位を与えられて、アナトリア帝国にも臣従して太守パシャの位を与えられて、なんとか街をやりくりしているだけなのである。


 これに加えてハダシュトの街は、今後シレジエ王国にも臣従するという形になりそうだ。

 マルカス総督は、頭にアナトリア帝国風の白いターバンを巻き、衣服はカスティリア貴族の洋服を身にまとっているという面白い格好をしているのだが。


 シレジエ王国からも爵位とハダシュト総督の地位が与えられると、今度はどんな格好になるのかちょっと楽しみである。

 ちなみに、ハダシュトの街自体には交易資源は存在しない。本当に砂しかない土地だ。


 ただ街のそばに、おあつらえ向きなオアシスがあって、水分補給ができる。

 クールアイランド効果で涼しくもなり、街の周辺にはアロエのような多肉植物と裸子植物が生い茂り、ほんの少しだけ農作もできる。


 これが広大な不毛地帯であるアフリ大陸北岸で、ハダシュトが唯一の貴重な港となっている理由である。

 そして、白い建物に囲まれた赤土の広場で開かれているハダシュトの小さな市場には、この地で取れる魔宝石や、アフリ大陸の内陸から運ばれてきたカカオなどの変わった商品が並んでいる。


 これらは、街から一歩も出られないハダシュトの民が取ってきたものではない。

 アフリ大陸の砂漠地帯を超えてやってくる爬虫類人レプティリアンの商人が、持ってきて小麦、家畜、塩などの食料や布と交換したものなのだ。


 おどろくべきことに、ユーラ大陸でも北限の地でも宿敵である魔族と人族が、このアフリ大陸のハダシュトの街では対等に取引している。


 おそらく、魔族も人族もこの厳しい環境では、種族の違いなどを理由に争っていては生き抜いていけなかったのだろう。

 マルカス総督は、嵐が吹けば飛ぶような弱々しいオジサンだが、できる限り争いを避け、誰に対しても腰を低くし、友好的な態度を取ることだけでなんとか生き延びている。


 俺は、こだわりを捨て魔族と人族が融和したこの街に、大きな可能性を感じる。

 魔族であるカアラやオラクルが道を歩いていても、誰からもおかしく思われないハダシュトの街は、貧しくはあるがとても良い気風を持っていると思うのだ。


 薬効と植生を調べるためにオアシスでアロエに似た植物を採取して、市場での買い物も終えると、俺はカアラに尋ねられた。


「国父様、今日はシレジエの王城にお帰りになられますか」

「うん、もちろん帰るよ」


 ささやかながらハダシュトの街に滞在中は、総督の館に泊まってくれと言われるマルカス総督の誘いを「いや、家に帰るから」と断ると、変な顔をされた。

 カアラの転移魔法があるから、黒杉軍船の甲板に書かれている魔方陣から俺はいつでも帰ることができるのだ。


 お土産に良質のカカオも手に入ったし、アフリ大陸の探索は明日からにして、今日も妻子の待つ家に帰ることにしよう。

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