第193話「ユーラ大陸連盟の創設」

 後宮のベッドで目を覚ます。

 カーテンからは、日が差し込んでいる。いかん、また寝過ごしたか。


「起きたのか、もう少し寝ていろ」

「うん……今何時だ」


 起き上がろうとした俺の頭を、ルイーズが優しくなでてくれる。


「まだ朝方だよタケル」

「そうか、夕方だったらどうしようかと思った」


 俺が、結婚初夜を終えた普通の新郎ならゆっくり寝ていても良かったのだが。

 シレジエならびにゲルマニアの勇者となった俺は、万国公法となる新ユーラ大陸法の発布と、国際平和条約機構の創設発起人の一人となっているのだ。


 結婚式の披露宴のあとは、そのままユーラ大陸連盟の創設を話し合う国際会議の場となっている。

 いかに新婚初夜の翌日とはいえ、世界の命運を決める会議をほったらかして夕刻まで寝ているわけにもいかない。


「昨日は激しかったんだ、もう少し寝ていても良いだろう。アレもカアラもぐったりと寝てるぞ」


 最初は責められてたんだが、俺も途中からこれはアレとカアラを疲れさせないと俺も眠れないと思って必死に責め立てたからな。

 おかげで多少は眠れたが、その代わりにゴッソリと精気を持っていかれた気がする。二人とも、初めてとは思えない盛り上がりようで大変だった。


「……ありがとう。昨日はルイーズも大変だったんだから、そっちこそゆっくり休んでくれ」


 ルイーズは、俺が疲れているのを知っていたからか。

 二人に比べれば可愛らしいものだった。


 最後に優しく身体を重ねる程度、まだルイーズは痛みがあるのが感じられた。

 それが初々しさでもあったのだが、いずれゆっくりとは機会をみて……今の俺にその余裕がないのが悔やまれる。


「大丈夫か、タケル。疲れが見える」

「俺は、そうも言ってられない立場だからね。外交が終われば、しっかり休む。一緒に新婚旅行にも行こう」


 シルエット達のときもハネムーン旅行には行ったから、ルイーズ達ともゆっくりとハネムーン旅行などに出かけたいものだが。

 その日程も、国際会議の進展次第となるだろう。


 俺が寝室から表の間に出ると、シャロンがメイドを連れて待っていた。

 顔を洗う温かいお湯と、正装に着替える準備。いかに後宮への立ち入りを許されたメイド達とはいえ、夫婦の寝室まで入ってこない配慮がありがたい。


 チラッと後ろを振り返ってみると、中はみんなものすごく寝乱れてらっしゃるので、ちょっと他人に見せたいとは思えない。

 まあ、アレやカアラも昨日は頑張ってくれたので疲れてもいるはずだ。もう少し寝かせておいてやろう。


 もちろん、頑張ったとは魔王竜との戦闘の話で、夜の話ではないけどな!

 初夜のくせに奔放に振る舞って疲れさせてくれた分は、自業自得なのでさすがに俺も配慮しない。


「ご主人様、おはようございます。昨日はお疲れ様でした」

「おはようシャロン。……お疲れ様とは、魔王竜との戦闘のことだよな!」


 それもありますねと微妙な返事をするシャロンに顔を濡れタオルで拭いてもらいながら、メイド達にモーニングコートに着替えさせてもらう。

 着替えぐらい自分でできるのだが、貴人はこうするのだと言われると抵抗できない。


 俺はネクタイを結ぶのも苦手だし、疲れているのは確かだから王宮に居る間ぐらいは楽させてもらうか。

 温かいお湯のおかげで少しさっぱりして気持ちを奮い立たせていると。


「シャロンさん、こういうときは『昨晩はお楽しみでしたね』というのがタケルの故郷の作法ですよ」


 そんなくだらないことを言いながら、綺羅びやかな聖女の衣に身を包んだリアがやってきた。

 リアがそういうことをいうと、本気で真似するから困る。


「リア、昨日はお疲れ様というのは、魔王竜との戦闘の話だ」

「そのようなことでしたら是非ともワタクシ達も労って欲しいです。ワタクシもですけど、アーサマ教会の神官達は夜を徹して魔王竜の浄化に勤しんでいたのですよ」


 そう言われてみれば、リアも少し眠たそうな顔をしている。

 そうか、そこまで考えてなかった。魔王竜はアンデッドだから、ぶっ殺すだけでは済まなかったのか。


「後始末があったんだな。リア達に任せっきりにして悪かった」

「いえ……ワタクシ達、聖職者の務めですから是非もない話です。ただ、死体のほうがどうも大きすぎて、始末に困りまして……」


 魔王竜の死体は、単純に大質量過ぎるのだ。

 これが山奥の穴蔵なら、かつての勇者レンスのように封印と称して放ったらかして置くこともできるのだが、王都の近くだと時間をかけてでも全部解体処理するしかない。


「俺も時間ができたら処理を手伝うよ。いかに魔王竜の身体が硬いといっても『光の剣』なら斬れる。あと竜の死体だから、有効なアイテムとして使えたりはしないのか」

黒飛竜ワイバーンにかんしては、鱗が防具に使えましたね。そこはワタクシは詳しくは存じませんが、王宮の官僚や兵隊たちがすでに調査して拾い集めてましたよ」


 俺達の話を聞いていて、シャロンが口を挟む。


「ご主人様、鱗の他に使えるのは竜骨だそうです」

「そうか、やけに詳しいなシャロン」


 いかにドラゴンとはいえ、アンデッド化した肉は使い物にならないか。

 黒飛竜ワイバーンの鱗は、俺も鎧作りに使ったこともあるので、あれだけでも一財産だなと思っていたのだ。


「ご主人様、私ではなくシェリーの報告です。あとで収支報告書を作って提出すると言ってました」

「そうか、下は畑だったから被害も出たよな……」


「地域住民への救援は、アーサマ教会が出てやってくれました。王宮側からも、魔王竜による被害状況を確認して、民への補償を行う予定です。素材として竜鱗や竜骨がかなり量が取れましたので、それでもかなり黒字にできる目算だと、シェリーが申しておりました」

「そうか、ありがとう」


 シェリー達は、言わなくても俺以上に考えて立ち働いてくれている。

 今も現場で作業に従事しているのだろう。優秀な官僚がいると、助かる。俺も疲れたなどと言ってられないな。


「あとリア」

「なんですか」


「お前も身体を労れ。徹夜とか、身体にあまり負担をかけることはするなよ」


 リアのローブのお腹の辺り、ちょっと膨らみが目立ち始めている。

 いわゆる安定期というやつに入っているとは思うのだが、妊婦が徹夜したなどと聞くと冗談では済まないと思う。


「ワタクシは元来が丈夫なのですけど、確かにそうですわね」

「そうだよ」


 お腹をさするリアを見れば、俺だって心配になるさ。


「でしたら、そこは一人の身体ではないのだからとか言って、労って欲しかったところですが」

「じゃあ、一人の身体じゃないから労ってくれ。俺の子のことだから」


 俺はリアの手を握って諭してやった。


「……フフッ、タケルにそう言われては是非もありません。お言葉に甘えて、少し休ませてもらうことにしましょう」

「おう、そうしろ。くれぐれも身重の体で、無理はするな」


 あっ、でも後宮のベッドに行くのかよ。

 そっちはルイーズ達が寝乱れてるんだが、まあいいか。


 どうせ、みんな俺の妻だ。

 さてと正装にも着替えたし、外交会議のほうにも顔を出すか。


     ※※※


 国際会議と言っても、俺が知っているようなピリッとした円卓を囲む会議の空気とは程遠い。

 大使や王族貴族の会談とは優雅なもので、ときおり食事や休憩を挟みながら、どちらかと言いえば、会議より宴に近い和やかな雰囲気で、各国使節の話し合いは続いていた。


 ユーラ大陸の歴史上では、ほぼ千二百年ぶりになる国際条約の締結。

 かなり時間が掛かかると予想されていたのだが、ライル先生に尋ねてみると、どうやらカスティリア王国以外の各国の大筋合意が得られて、今日中にも調印できそうだという説明だった。


「カスティリア王国が『魔王の核』を自由に利用できる、それが国際会議の眼の前で示されたことが決め手でしたね。魔王竜の脅威が各国を刺激して、ユーラ大陸最強国となったシレジエに、安全保障を求めるという流れになっています」

「そうですね、あれを目前に見てしまうとそうなりますか」


 魔王クラスの巨大モンスターに首都を攻められるのは、俺だってヒヤッとする。

 他人ごとではないと、各国大使が憂慮して当然だ。


「戦争や紛争解決の手段に『魔王の核』の使用を禁ずるという条項が新たに盛り込まれました。使用が分かった段階で、使用国はユーラ大陸連盟全体から制裁を受けることになります」

「まるで核兵器廃絶の話し合いみたいですね」


「そうですね、相互確証破壊でしたか。カスティリア王国が、そのような大量破壊兵器を持っていてシレジエ王国にしか対処手段がないとなれば、話は簡単になります」

「シレジエ王国が、カスティリアの侵略の脅威から世界を守る役割になるわけですか」


「ユーラ大陸連盟が置かれる地は、ここ王都シレジエと決まりました。各国とも、危機の際には勇者の助けを借りたいということです」

「俺の責任は重大ですね……」


 俺の世界の歴史を、ライル先生には断片的ながら話しているので、それも参考にしたのだろう。

 カスティリア王国を世界の仮想敵として、ユーラ大陸連盟をまとめあげる鮮やかな手法。


 やはり、カスティリアを誘発して魔王竜を使わせるようにしたのは、ライル先生の策略だったなと思われる。


 国際会議で孤立してしまったカスティリアの使節団は、みんな青い顔をして弁明に必死だ。

 それなのに、カスティリア全権大使であるレブナントだけが孤軍奮闘で抵抗し続けてている。


 なんとか流れを変えようと、一大強国になったシレジエ王国の脅威を説いて弁舌を振るい続けているようだ。

 まだ諦めてないのか、しぶとい男だ。


「ユーラ大陸各国の代表諸君! シレジエ王国とその属領国家は、我がカスティリアを世界の脅威と唱えるが、そのシレジエが世界を制覇する野心を持ったらどうするか!」


 そう叫ぶレブナントに、会場からは「世界制覇の野心を持って、侵略戦争を仕掛けたのはカスティリアではないか」と非難の声が上がる。

 特に、カスティリアから攻められたブリタニアン同君連合の君主『キング』アーサー率いる使節団や、トランシュバニア公国のヴァルラム公王は激しい抗議を行った。


 不埒ふらちな侵略戦争を起こしたのは、カスティリア王国の側である。

 シレジエ王国は、カスティリアの無敵艦隊は破ったものの、その領土には寸土も攻めこんでいない。


 どちらが正義なのか、明白であった。


 大戦当事国やシレジエの属国・友好国からは矢のような非難を浴び、関係の薄い諸外国の全権大使からも冷ややかな目で見られながら。

 それでもなおレブナントは、拳を振るい響く声で熱弁を振るい続ける。


「それでも代表諸君! シレジエ王国という巨大な獣が、ひとたび野心を剥き出しにして弱い国々に牙を剥いたらどうなるか想像していただきたい。カスティリアは交易立国であり、平和を望む国である。我が国が先に戦端を発し、『魔王の核』や魔族傭兵の戦争利用までしたことは、それをした私自身が認めよう。だがそれも、一人の暴君に世界を支配させないために、苦渋の決断で行った戦争だったのだ」


 再び「どちらが暴君か!」「恥を知れ侵略者!」とカスティリア使節団を囲んで、傲然たる罵声が飛び交う。

 レブナントの叫びは、火に油を注ぐようなものだ。


 カスティリア王国の他の大使である高級貴族達は、生まれてからこれほどの面罵を浴びせられたことがないのだろう。

 その場で卒倒した大使まで出た。


 それでも、それでもなお、レブナントは涼しい顔で声を張り続ける。

 レブナントは変態マゾだから、相手に責められれば責められるほど、その弁舌は熱を帯び滑らかさを増す。


「代表諸君! 現にシレジエ王国は多くの国々を属国として従え、ゲルマニア帝国とその諸邦ですら協商国家として飲み込んだではないか。我がカスティリアも、シレジエの強大な海軍に脅されて、国家が破綻するほどの賠償金を要求され、事実上滅ぼされようとしている。これが平和を唱える国のやることか。明日は我が身だと考える国はないのか!」


 この訴えにだけは、大戦に関係ない南ユーラ大陸の各国には響くものがあったらしく、少し困惑の空気が広がった。

 確かに、シレジエ王国の勢力が強くなりすぎているとも考えられる。バランスは取るべきではないかという第三国の思惑も感じられた。それを見て、レブナントはニヤッと笑う。


「どうだ、我が国を滅ぼさんばかりの苛烈なる賠償金の要求こそが、シレジエ王国の野望を示すものではないか、これに対して申し開きはないのか!」


 レブナントがそう叫ぶのに対して、ライル先生が立ち上がると静かだが響く声で返した。


「シレジエ王国を代表して述べますが、申し開きは無謀な侵略戦争を挑んで敗れたカスティリア王国の側がするべきことです。また、戦争で被害を受けた国々への賠償は、あって然るべきでしょう」

「カスティリア王国は、世界の存亡の危機に際して仕方なく事を起こしたまでだ。我が国が使った魔族傭兵は、そのままシレジエ王国の所属となっている。シレジエ王国の暴君が、もし魔族や『魔王の核』を利用して世界を支配下に収めようとすれば、もはや止められる国はない。それこそ世界の脅威ではないのか!」


 立ち上がっているライル先生は、なんと俺に顔を向けてきた。

 えっ、ここで俺ですか……。


 なんか、シレジエ王国代表のライル先生がこっちを見たので、ユーラ大陸各国の大使の視線が俺に向かって集まっている。

 俺が、立ち上がって何か言わざる得ない空気……しょうがない。いつもこれだよ。


「あー、各国の大使諸君。カスティリアの大使であるレブナントが、暴君と言ってるのは俺のことだと思う。そうだよなレブナント」


 知らない仲でもない、俺がそう話を振るとレブナントが妙な顔をした。

 まさか、俺の方からそう切り出すとは思わなかったのかもしれない。


 コイツは食えないやつだから、言ってることはみんな毛ほどにも思っていないのは確かだ。

 何でも良いからイチャモンを付けるだけ付けて、カスティリアにかけられている多額の賠償金を少しでも安くしたいってだけの話だろ。


 レブナントは、珍しく躊躇した様子で俺に尋ねてくる。


「シレジエの勇者……貴方は、自分が世界を支配する暴君にならないと言い切れるのですか?」

「レブナント、逆にお前に聞きたいが、勇者である俺が本気をだせば世界を支配することも可能だとお前は思ってるんだよな」


「そうですよ! 貴方がその気になってシレジエ王国の総力を上げれば世界帝国を築くことも可能だ。ユーラ大陸最大の戦力を持つ貴方が、その誘惑に負けないと言い切れるのですか?」

「俺がそんな野心家なら、こんな会議を開かずに黙ってやってるだろう」


「それは、各国を油断させるための罠かもしれない」

「俺は、かつてのゲルマニア帝国のように、武力を背景に他国を侵略するような真似はしないよ。そうだな、ちょっと待ってろ」


 会場には常に温かい食事が用意されている。俺は、宮廷料理人が作ってくれたピラフを皿によそって持ってきた。

 米を油で炒めた、ユーラ大陸ではまだごく珍しい料理である。


 あまり人気がない米を、どうやったら各国大使に食べてもらえるかと考えて、作ってもらったのだが。

 馴染みがない料理のせいか、他の料理に比べてあまり減ってないのが気になっていたのだ。


「これは、米という穀物を使ったピラフという新しい料理だが、レブナントはもう食べたか?」

「いえ……変わった物体だなとは思って見ておりましたが、それは食べ物だったんですね」


「物体って……お前、せっかく作ったのに何だと思ったんだよ! いいから、食べてみろよ」


 俺は、レブナントの前に皿とスプーンを差し出す。

 恐る恐る、スプーンで口に入れるレブナント。


「変わった食感ですが、意外にも美味いですね」

「だろう! 材料も一級品だし、調理法も工夫したから美味くて当たり前だ。それは、俺の好物なんだが」


「いや、待ってください。料理が美味かったからって何なんですか。私はごまかされませんよ。今はそんな話をしてないでしょう!」

「だから、貿易の話だよ。その米は、シレジエの乾燥した土地では上手く育たないんだ。ユーラ大陸でも、南の方の暖かい湿潤な土地じゃないと栽培は難しい」


「だったら、シレジエの勇者はその潤沢な土地を手に入れようという野望を持つんじゃないですか」

「なんでそうなるんだよ。南の地方で米を育ててもらって、シレジエの余ってる産物を売って買ったほうがたくさん手に入るよ。それは、世界交易の中心として発展したカスティリア人のお前が一番良く知ってるんじゃないのか」


「それは……その通りですが」

「だろ! 俺は、みんなが言うようにカスティリア王国が世界征服を企んで戦争を起こしたなんて思わない。なぜなら商人は、力ずくで奪うより物を売買するほうがずっと豊かになれることを知っているからだ。シレジエ王国もカスティリア王国も、共に平和を望んだ。商人が自由に交易できる世界にしたかった。そうではないかレブナント!」


「我が国はそうです、しかしシレジエは……」

「俺の求めている理想は、カスティリアのフィルディナント国王陛下と一緒だ。一人の王によって力ずくで支配される世界ではなく、各国が自由に交易して共に豊かになれる世界。そのために、俺はユーラ大陸連盟を呼びかけたんだ」


 あれほどうるさかったレブナントが、黙りこんだ。

 そりゃ、書斎王をダシに使ってやったから否とはいえないだろう。


 良し、この際だから各国の大使に、俺の結婚式に来てもらったもらったお礼を述べておこう。

 俺は、披露宴の式場に並べられた贈り物の数々を示しながら演説を続ける。


「見ての通り、俺の結婚式のご祝儀として、各国代表の皆様からたくさんの贈り物をいただいた。ブリタニア同君連合からは干し牡蠣などの海産物、トランシュバニア公国からは美しい花々、スウェー半島自治都市からは木製の家具をいただいた」


「ゲルマニア帝国と諸侯連合を代表してランクト公国から頂戴した美術品の数々はそこに並べられているが、目もくらむばかりに豪奢なものだ。ラストア・トラニア・ガルトラントの三王国からいただいた東方風の装飾が施された銀細工も味わいがある」


「ラヴェンナ教皇国からはガラス器やステンドグラスをいただいた。プルポリス都市国家同盟からは砂糖とオリーブを大量に、アフリ大陸の砂漠の民からは珍しい没薬もつやくやカカオ、東南の大国であるアナトリア帝国からいただいた天鵞絨ビロードの絨毯も、上質な上に異国情緒豊かで目を楽しませてくれる」


「各国からの贈り物に感謝し、シレジエからもできる限りの返礼はさせていただくのだが、いまことさらにそれを言ったのは、俺の披露宴に集められた輝かんばかりの贈り物の数々こそが、この世界の豊かさを示しているからだ」


「かつて千二百年の昔、力ずくで世界統一を果たしたリリエラ女王国は、たった二百年で滅びたという。一人の女王による支配と収奪が世界各地の多様な文化と風土を失わせて、民の活力を根こそぎ奪ってしまったからだ。俺はその過ちを繰り返したくない」


「ここに集った世界各国で新たに平和条約を結びユーラ大陸連盟を創る目的は、国同士で足りないものを奪い合う戦争を止めようということだ。そして、お互いの豊かさを分かち合うことで、平和的に国を発展させていこうということだ」


「もちろん交流を深めることで、民族の摩擦だって起きるだろう。交易は商人の戦争だ、国家間でのいさかいも起こるかもしれないが、そこは国際裁判所を置いて公平な話し合いで一つ一つ解決していこう」


「どうか、その趣旨を各国大使にもご理解いただきたい。そしてシレジエ王国の優れた産物もたっぷりと国元に持ち帰っていただいて、シレジエとの貿易を真剣に考えて欲しい。俺からは以上だ」


 言いたいことを全部言い終えた俺は、各国大使に向けて頭を下げた。静まり返る会議場で、ライル先生が拍手をした。

 それに釣られて、大きな拍手の輪が広がる。


 どうだと、俺がレブナントに顔を向けると、憤懣やるかたないと言いたげな顔をしていたが着席した。

 他のカスティリアの大使は、息も絶え絶えに椅子にへたり込んでいるのに元気な男だと感心はするが、今回もお前の負けだな。


 別に、俺の演説が素晴らしかったわけではない。

 国際会議の場を魔王竜に襲わせてしまった段階で、カスティリア王国はすでに外交的に詰んでいる。


 奸智に長け、策士としても高い能力を有したレブナントであったが、やはり本調子のライル先生には一歩及ばなかった。


 シレジエ王国を中心としたユーラ大陸連盟の創設。

 それが決定した瞬間、世界貿易の中心がカスティリアからシレジエへと移ったといっても過言ではない。


 もちろんそれは外交上だけの話で、新たなる時代を切り開くため、産業の活性化や国際港の整備などやることは山積みだが、とりあえず第一段階をクリアできた。

 今後は、常設の国際裁判所と安全保障理事会を持ったユーラ大陸連盟で、条約を批准した連盟各国間の外交が続けられることとなる。


 北方の魔族や西方の蛮族など、ユーラ大陸連盟の外から来る脅威に対して共に協力して当たることも決められた。

 北のスウェー半島や南のアフリ大陸の植民市など、未開地の開拓もより円滑に進むことだろう。


 また、おまけと言ってはなんだが、条約国同士の戦争になった際にも、『捕虜の人道的扱い』など先進的な内容を条約に組み込むこともできた。

 戦争など起こらないに越したことはないが、万一起こってしまったときはその悲惨さを緩和する条約もあったほうが良い。


「まあ、ここまで出来れば御の字か」


 条約締結の調印式を終えて、俺が城の廊下を歩いていると、国元に帰る準備をしていたレブナントに出会った。

 コイツは俺の顔を見ると、妙なことを言ってきた。


「シレジエの勇者……私は、礼など言いませんからね!」

「はぁ、なんでお礼だよ。俺は、お前に礼を言われるようなことはやってないよ」


 国際会議でやり込めてやったのだから、レブナントに罵られるのならまだ分かるけど、まさか礼を言ってくるとは思わなかった。

 なんでいきなり変態魔術師がツンデレみたいなこと言ってるんだよ、気持ち悪い。


「いや……貴方を暴君となじった私に対して、『カスティリア王国も平和を求めた』と弁護してくれたではありませんか。どういう意図か分かりかねますが、立場の悪い我が国に対して、ありがたい配慮ではありました」

「お前の為に言ったんじゃない。戦争が終わったら、カスティリア王国も対等な商売相手だってことだ」


 俺の目的は、カスティリアを滅ぼすことではない。シレジエの世界戦略にカスティリアの経済圏を飲み込むことだ。

 そのために、自棄になられてユーラ大陸連盟から抜けられても困るからな。


「……望むならば、我が国を滅ぼすことも、世界制覇すら狙える立場にあるのに、どこまでも変わった御人ですね」

「お前みたいな変態魔術師に『変』って言われると、ちょっとあれだが……まあ、お前の国も大変だろうけど、カスティリアへの賠償金の取り立ては緩めないからな!」


 レブナントは俯いて、ふぅーと深くため息をついた。

 ようやく観念したかと思ったら、また肩を揺するように笑い、顔を上げる。コイツ、ほんとしぶとい。


「フフッ……ならば、必死に稼いで賠償金を支払うしかありません! 戦争に負けても、外交に負けても、まだ商戦が残ってます。我らは、フィルディナント王のために全力を尽くす。まだまだ負けてませんよ」

「そうか、まあせいぜい頑張れ。国元に帰っても達者でな、レブナント」


 失意のカスティリア王国使節団をよそに、どこまでもしぶといレブナントは一人だけイキイキとした顔で帰国の途についた。

 帰ったら、アイツらは賠償金支払いの工面で大わらわになることだろう。


 それであの変態策士も、少しは大人しくなってくれるといいのだが。

 追い詰められると喜んじゃう質だからなあ。


 カスティリア封じ込めには、ライル先生にも策があると言っていたから、その成就を楽しみにしておこう。

 やれやれ終わったと振り返ると、リアを先頭にルイーズにアレにカアラもやってきていた。どうやら一緒に後宮のベッドで寝て、いま起きてきたらしい。


「タケル。おかげさまで、是非なく休めましたよ」

「リアはもういいのか」


「ええ、タケルも大変疲れが見えます。今日ぐらいはゆっくり休んではいかがですか」

「俺だって休みたいのは山々なんだけど……」


 本当か、本当に今日こそゆっくり休めるのか?

 アレも、カアラも、笑顔で俺に休むことを勧めてくれる。


「そうだ、勇者も今日ぐらいは休ませてあげるのダ」

「国父様もお疲れでしょう。準備が整っておりますので、ゆっくりと湯浴みなどなされてはいかがですか」


 昨日、散々と俺を疲れさせてくれたお前らにそう言われると、なんか怖いんだけど。

 そこまでいうなら、お言葉に甘えるか。


 俺は、誘われるままにみんなに付いて行った……。

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