第191話「エピローグ?」
チュンチュン……。
窓の外からカーテン越しに暖かい日差しと小鳥の声。
もうちょっともうちょっとと、本当に朝まで一睡もせずやっちゃったよ。
「タケルゥゥ」
「タケルゥゥじゃないよ。俺は今日結婚式なんだよ!」
しなだれかかってくるエレオノラを振りきって、後宮のベッドから起き上がった俺はストンと、その場にしゃがみ込んだ。
「あれ、どうしたの」
「ううっ……」
足が痺れて力が入らなかった。腰が痛いのは分かるとして、四肢が痺れるのは酷使しすぎたせいだ。
エレオノラの『質』、怖すぎる。
俺は気合を入れなおすと、よろよろと部屋の外に出る。陽の光でも浴びれば目も覚めるかと、そのまま庭に向かった。
うわーいつの間にか、もう日が高い。
後宮の奥の間とはいえ、なんで誰も呼びに来ないんだろう。
妙な気を使われてるのかな。
「おうっ、タケル元気そうじゃな」
「これが元気に見えるか……」
庭にいた、オラクルに声をかけられた。赤ん坊を抱いて、あやしている。
元気じゃねえよ。俺は完全徹夜で、太陽の光が黄色く見えるんだけど……。
「元気が無いなら、元気になる薬をやるぞ」
「ううっ、それに頼るのちょっと怖いんだけどな」
背に腹は代えられない。
俺は、オラクルから温かいミルクを一杯いただいた。
「赤ん坊も飲んでるものじゃ。害があるわけないじゃろ」
「美味いけど……完徹のあとに、飲んでシャッキッとなる段階で危ない」
副作用がなくても、作用自体が危険過ぎる。
しかし、確かに疲れは取れた。まあ、今日は大事な門出であるので眠たい顔をしているわけにもいかない。結婚式の間しっかりしてればよい。
本来なら、王都シレジエに前日から続々と入ってきている他国の外交使節団とも挨拶しなければならないところなのだろうが。
そこら辺の外向きは、女王陛下の役割ということになっている。シレジエ王国の公式的な君主はシルエット女王だ。俺は国王ではなく、あくまで
俺の結婚式の準備や、他国の外交団を迎えるだけでは済まないのでシレジエ王国政府は忙しい。
他ならぬ王将軍の結婚式なので、王都シレジエはここ一週間ぐらい街を上げてのお祭り騒ぎになっているのでその警備もある。
評判を聞きつけて、シレジエ各地や隣国から観光客もどんと来ているのだ。
以前、突発的に発生した『武闘大会』が意外に評判が良くて要望が多かったので、臨時でそういう催しを行ったりもしている。
もう結婚式関係なくなってきているんだが、ちょうど戦争も終わり忙しい収穫の時期も終えた頃で季節がいいのだ。
せっかくの国を挙げてのお祝い。
戦勝祝いも、収穫祭も、全部まとめてやってしまおうということになって。
無料で酒や食事なども振舞われているので、そりゃ民衆は盛り上がる。
シルエット女王陛下との結婚ならともかく、
みんな、騒げれば理由なんかなんでも良いのかもしれない。
魔族であるカアラは、生きた戦術兵器とも呼べる最上級魔術師だ。女騎士ルイーズは、シレジエの『
そう考えると、シレジエ王国を挙げての結婚式とするのはそう間違いでもないのかもしれない。
今回の結婚で、シレジエ王家のロイヤル・ファミリーに新たな力が加わり。
ハプスブルク家の結婚政策ではないが、婚姻を進めることでさらにシレジエが強固な王国となるのは間違いない。
「タケル、いつまでそんな格好してるの、さっさと着替えなさいよ」
エレオノラが正装のドレス姿出てきた。
淡いピンクのドレスを見事に着こなしている。あれほど激しくやって一睡もしてないのに、頬を艶々させて元気いっぱい。ちょっと恨めしいぐらいだ。
「いつの間に早変わりしたんだ!」
「こんなの朝飯前よ。今日は、来賓としてうちのお父様も来るのよ」
どうやら、パッと眼を覚ましたら即座にクローゼットのところまで行って着替えたらしい。
さっきまで「タケルゥゥ」とか言ってた女がこれだよ。相変わらず何をやるにも拙速のエレオノラだ。
「エメハルト公が?」
「そりゃ、今回はなんだっけ……新大陸法の調印と、協商条約の締結もあるんでしょう。ゲルマニア諸侯連合のトップである、父がくるのは当然じゃない」
「エレオノラのお父さんがきているって、俺はどんな顔してあえばいいんだよ」
「あら、夫としての役割を立派に果たしてるんだから、胸を張って会えばいいのよ」
クスクスと笑われた。
このまましゃべってても、からかわれるだけだ。夫の役割を果たしてますとか言っても、エメハルト公には微妙な顔されるだけだと思うが。
「よしじゃあ、俺もすぐ着替えるわ……えっとタキシードってどこだっけ」
「ご用意しておりますよ。まず顔を洗ってください」
いざ着ようとして服がどこにいったか分からないという事態に陥っている俺のところに、メイドを連れたシャロンも顔を見せた。
後宮の控えの間に、きちんと礼服を用意してくれているそうだ。
シャロンが濡れタオルで顔を拭いている間に、奴隷少女のメイド達が着付けをしてくれるので、俺は立っているだけだ。
「あれこれ前に着た、黒のタキシードと違うな」
「タキシードは、ディナージャケットですから、午前中からのパーディーの正礼装としてはフロックコートかモーニングコートなんですよ」
俺が着るのは、モーニングコートというジャケットらしい。
どっちも似たようなものに見えるんだが、外国の使節も来ている披露宴なのでそっちのほうがフォーマルだと言われれば素直に従おう。
「これぐらい、自分で着れるんだけどな」
「ご主人様。見栄え良くしないとしないといけませんから……ハイ、これでカッコよくできました」
俺が自分で着れると言っても。
みっともなくなるからといって、許してくれない。
ネクタイの結び方とか、公式の場にでるのに慌てて覚えてはみたものの。
未だに慣れないものなあ……社会人経験もなく学生から勇者になってしまった俺には常識がない。
キュッと、シャロンがネクタイを結んでくれるとシャキッとした気分になった。
シックな装いに身を包み、俺の家族のプライベート空間である後宮から表の王城へと向かうとそっちは慌ただしくメイドや兵士が走り回っていた。
諸外国からの国賓を迎えて、パーティーの準備で大忙しらしい。
俺がシャロンやエレオノラを伴って、歩いて行くと走っていた兵士達が敬礼しようとしてつんのめるのを苦笑して、楽にしてくれと手で制しながら王の広間へと入っていく。
ゲイルのクーデターのときにシレジエの王城はだいぶと焼けてしまって、臨時の補修はしたものの増築工事は戦争で伸び伸びになってしまっていて部屋数が少ない。
ユーラ大陸全土からの来賓を招くほどの大きな広間となると、王の広間しかない。
そこで今回は女王が謁見に使う大広間を、来賓を招く迎賓室に改装してある。
赤絨毯の上に並ぶ真新しい白いクロスの敷かれた丸テーブルは、シレジエ王国の国花である白百合を思わせる。
まだ午前中なのだが、すでに各国使節団に一つずつ割り当てられたテーブルはかなりが来賓で埋まっていた。
もちろん、来賓には美味い酒と豪奢な料理が供されている。
国民へのお披露目とパレードを行う結婚式はあと少ししてからだが、午餐、晩餐と夜まで結婚披露宴は続く。
だからこんな早い時間から、各国の大使や貴族・王族が集まって歓談しているとは思わなかった。
ただのパーティーとはいえ、これも外交なのだから。
機会はより多く利用しようということなのだろう。俺も、気を引き締めていこう。
「タケル様、お招きありがとうございます!」
いまは、ゲルマニア帝国の女帝となったエリザが豪奢な長いドレスの裾を引きずってこっちに来た。
「ようエリザ。いや、公式の場だからエリザベート陛下とお呼びすべきかな」
「いえ、エリザで」
ちょっと、青いドレスが豪華すぎてエリザの身体に合っていないようだ。
エリザの体格に合わせた大きさのドレスが揃わなかったのだろう。女帝の着るドレスだから、格式が高くないといけないしな。子供はすぐ大きくなるから、これぐらいでもいいのかもしれないが。
「遠方から、よく来てくれた」
「いえ、他ならぬタケル様の結婚式ですから。そう言えば、ツィターも来てますよ」
パーティーとなれば、音楽はつきものだ。
ゲルマニアの宮廷楽士として出世したツィターは、楽団を引き連れてその真ん中で得意気にリュートを演奏している。
「アイツが楽士として、まともに仕事しているのを見るのは初めてだな……」
「ツィターは、今やゲルマニアの生んだ天才楽士と呼ばれてますからね」
言われてみれば暖かく心癒される音色である。
俺の結婚式に華を添えてくれるのだから、ありがたいものだ。初めて感謝したかもしれない。
「今は音楽だけですが、あとで新曲の『王勇者の英雄譚』の弾き語りもやってくれるそうですよ」
「それは、できればやめてほしい……」
今日は完全に脇役なのだから、ツィターには大人しくバックグラウンドミュージックに徹してほしい。
「エリザベート陛下と婿殿……いえ、佐渡タケル王将軍閣下。ご機嫌麗しゅう」
上品な絹の衣装に身を包んだ立派な髭の美丈夫、エレオノラの父親であるランクト公国領主、ゲルマニア諸侯連合の盟主エメハルト公。
エメハルト公の隣で、薄ピンク色のドレスを着たエレオノラが艶を含んだ笑いを浮かべている。やめなさい。
「いやこれは、お父上もご健勝のこと……」
「父と呼んでくださるとは、かたじけなく存じます」
ガシッと、手を両手で包み込むように掴まれる。いちいち、それだけで感動されても困る。
それでなくても、また嫁を増やすということで気兼ねがあるのだ。
「まあ、あの何というか、エメハルト公も……」
「嫁が増えることなら、お気遣い無用。婿殿は娘とも夫の務めは果たしていただいておるようですから、跡取りさえいただければ当家としてはまったく構いません」
夫の勤めって、エレオノラ!
お前、父親に何を話してるんだよ。
「なあに、婿殿はシレジエ並びにゲルマニアの大勇者です。妻の一ダースや十ダースは、勇者のならいというものでしょう」
どうも、この世界の勇者というのはそういうものらしい。
王族はハーレムを持つし、貴族も複数の妻を持っているケースは多いが、歴史上の勇者はそれに輪をかけて凄いらしい。古今の例だと、百人や二百人の美姫を侍らすのは当たり前とされている。
「一ダースですか……これで俺も妻も十人ですから。ここらへんで打ち止めにしておきたいところです」
「ハハハッ、ご冗談を。控えめなお方であったトランシュバニア公国の勇者様でも、その三倍は妻がおられたと言う伝説です」
「三倍ですか……」
「美味い酒を飲み、雅な楽の音を楽しみ、美しい女性を抱く、人生の喜びはここに極まりです。若い婿殿は、大いにやったら良いのです」
そう俺にたくさんの奥さんを持つことを勧めて、上品な仕草で口元にワインを傾ける当のエレオノラ公だが。
エレオノラの母であった一人の妻だけを愛して、亡くなってからも新しい奥さんをもらおうとはしていないそうだ。
「よぉー勇者。めでたい、お招きありがとう!」
「おっ、ウェイクか。久しぶりだな」
盗賊王ウェイク・ザ・ウェイク。こっちは、英雄色を好むだ。
いつもの緑のローブ姿ではなく、シルバーのタキシードを着込んだウェイクは、他国の美姫にちょっかいを掛けていたところらしい。
「ハハッ、結婚式のご祝儀代わりと言ってはなんだが、今日は珍客を一緒に連れてきてやったぞ」
「珍客?」
ウェイクが紹介してくれたのは、異相の男だった。
背は低いがガッチリとした体つきで、大きな四角い顔をした男だ。
黒い髪も髭ももじゃもじゃでドワーフのようだが、浅黒い肌は、どことなく俺のような東洋人に近い。
服装はなんだろうこれ、遊牧民族?
暖かそうな毛織物を身にまとって、金銀のアクセサリーを身体中にジャラジャラつけている。
ベルトも黄金でできている。ウェイクに声をかけられても、ウェイクに割り当ててやったお友達席でガッチャガッチャと皿に盛られた料理を熱心に頬張っている。
いや、料理というよりデザートばかり取って食っている。
たいしたものではない、出しているのはフルーツの入ったアイスクリームやクレープ。蜜をかけたホットケーキの類なのだが、ものすごく美味そうに食べている。
「ほほぉぉ、うまいぞぉぉ、これが世界を制したシレジエの勇者の料理か!」
でかい声だ。
俺は別に、料理で世界を制したわけではない。美味そうに食ってくれると嬉しいけどな。
「アハハッ、バルタン族長は……というよりバルスタン族はみんな甘いものに目がなくて。確かにシレジエの菓子は美味いとは思うが、食い過ぎだろ。おいっ! しょーがねえなあ……えっとな、勇者。こいつはバルスタン族の大族長。バルタン・バルスタンだ」
「へー、バルタンねえ……」
「なんだその顔は分かってねえな。バルスタン族は
「えっ、このおっさんは蛮族の王様なのか」
「王様かと言われると、少し語弊がある。だが、バルタン族長の一声で精強な蛮族騎兵が一万騎動くから王のようなものだろう。西の果ての遊牧民達は、決まった定住地を持たず遊牧と略奪で食っている流浪の集団だから、国より盗賊ギルドの俺達に近い」
「ウェイクが盗賊王と呼ばれる程度には、王様ってところか」
「おっ、やっぱり勇者は面白いことを言う。そうだ俺が盗賊王なら、大族長バルタンはさしずめ蛮族王ってところだ。バルスタン族は自由な略奪者どもだから、俺達盗賊ギルドとも馬が合う」
「まあよく連れてきてくれた。蛮族と敵対している東方三王国の大使も来てるんだが大丈夫か」
「まっ、大丈夫じゃねえの。今のところあっちは小競り合いしかしてない。蛮族側が攻めてるわけでも、三王国から討伐されてるわけでもないようだし」
ウェイクが言うには、定まった王権がなくユーラ大陸の文明世界に対して敵対的な蛮地ではあるが。
一枚岩ではないため三王国に対して、友好的な部族もいるらしい。
東方蛮族の地、
もちろんあくまで今だけの話で、状況によってはいつ略奪者に変わるか分からない連中だ。だいたい彼らは部族であって国体を成していない流浪の遊牧民族だから、条約を結びようもない。
「まあ珍しい客を連れてきてくれてありがとう。蛮族と条約を結ぶのは無理かもしれないが、伝手はあったほうがよいからな」
「そういうこった。おい、いつまで食べてんだよバルタン族長」
「おおぉ? スマンスマン、美味いのですっかり忘れておった」
「バルタン族長頼むぜ。シレジエの勇者を見物したいって言ったのはお前さんだろうが」
「まあ、ワシはもう食うものを食って、見るものは見たが」
そういって、ワシャワシャの巻き毛をかくバルタン族長。
いや、食うだけ食って帰られても困る。
「せっかくのウェイクの紹介だ。バルタン族長、お初にお目にかかるシレジエの勇者佐渡タケルだ」
「ほほぉぉ、お前さんがそうか。思わぬ宴席でたいそう馳走になった。結婚式だそうだな、我がバルスタン族はちゃんと婚礼の祝いをする。祝いの品としてこれをやろう」
そういうと、バルタン族長は腕に巻きつけてあった金の鎖に
素朴な装飾だが、使われている金も大粒の宝石も目を見張るほど高品質のものだ。
「これは素晴らしい。バルタン族長のところでは、こんな宝石や金が取れるのか」
「おう、ワシらが取ってるわけではないが。キンキラキンの物は女が喜ぶので、掘ってる連中から奪ってくるのよ。嫁にくれてやるといいぞ」
よくよく見えれば、バルタン族長が身体に巻きつけている布も見事なカシミヤだ。
シレジエ地方は、エスト山羊の毛織物を使うのだが、同じ山羊の毛織物でも温暖なシレジエ産と寒暖の激しい
「この毛織物も素晴らしい、あとそっちで余ってる品物とかはないか」
「なんだぁ、シレジエの勇者は織物も好きなのか。ハハッ、戦士にしては生白い顔をしてると思ったが、女みたいな趣味だ。余ってるものといえば、家畜や馬なら多少は都合がつくが……」
「ふむ、質の良い馬なら嬉しい。じゃあ、そっちの余っている物をこっちの食い物と交換するってのはどうだ」
俺がそういう交渉を始めたのを見て、ウェイクは半笑いを浮かべて手を左右に振った。
「ダメだよ勇者、こいつらには
バルタン族長は、そのとおりだと頷く。
「ワシらの騎兵は強い、欲しいものがあればなんでも奪ってくる」
めちゃめちゃ野蛮じゃねえか。さすが蛮族だ。
でもこっちが振舞ったものを食べて、贈り物をしてくれた。いわゆる朝貢で贈り物を交換しあう国の付き合い方ならイケるんじゃないか、同じ食い物を美味いと思うんだから話が分からないわけじゃない。
「ではバルタン族長、こういうのはどうだ、今食ってる珍しい食い物をシレジエまで奪いに来るのは大変だろう。俺がそっちに贈り物として毎年料理人もつけて送ってやる。その礼に、そっちからは金や宝石など毛織物や馬など俺が欲しい物をくれ」
「うむぅ……それなら構わん。故郷の連中にも珍しいものを食べさせたい。いちいち取りにくる手間がかかるから、そっちから運んでくれるなら助かる」
こうして俺は、バルタン族長と毎年、貢物を贈り合う個人的な約束を取り付けた。
こうやって少しずつ、バルスタン族に
文明の便利さに触れれば、その分だけ彼らの生活も変わっていくはずだ。
気の長い話だが、こういうのは下準備が大事だからウェイクもいい御仁を紹介してくれた。
珍客といえば、アフリ大陸の砂漠の街からも使節が来ている。砂漠の民は、
まあそこらへんは、カスティリアから貿易の権益を奪おうと躍起になっているライル先生やシェリーがちゃんとやってくれてるか。
各テーブルを回っているシルエット女王には、外交力のあるニコラ宰相達がサポートして当たっているので俺が口出しすることでもない。
それにしても……各国使節ごとに割り当てられたテーブルを見回すと、俺はまさに世界そのものをこの手にしたような気分で、感慨深くなった。
ブリタニアン同君連合、トランシュバニア公国、スウェー半島自治都市連合、ランクト諸侯連合、ゲルマニア帝国、ラストア・トラニア・ガルトラントの東方三王国、ローランド王国、カスティリア王国、教皇国ラヴェンナ、プルポリス都市国家同盟、遠く東南の大国アナトリア帝国の大使まで来ている。
各国とも、この機会にユーラ大陸一の強国としてのし上がったシレジエ王国を視察に来ているのだ。
「そして、アフリ大陸の砂漠の民に、東方蛮族の大族長か……」
シレジエ王国の外交も世界レベルに広がった。
ユーラ大陸全土に新大陸法を敷き、国際紛争裁判所を持つ条約機構を形成できれば、一気に新しい時代を切り開くことができる。
大陸間の貿易の活性化には、まずユーラ大陸各国との経済的な結びつきを深めること。
そして、新大陸に向けて船を漕ぎだし大航海時代を迎える。俺の新しい夢の実現に、着実に近づいている手応えを感じる。
「タケル、私達の準備もできたぞ」
「おお……」
もちろんこっちも忘れてはいけない。
ルイーズ、カアラ、アレ。俺の三人の妻達が、美しいウエディングドレスに身を包んでやってきた。
大安吉日……というものはユーラ大陸には存在しないが、世界の国家がこの王都シレジエに集まって、新しい平和条約を結ぼうというこの日こそまさに良き日と言えるだろう。
このような日に、ルイーズ達との結婚式が行えるとは……。
「夢のようだな」
「何だタケル」
俺のつぶやきを聞いて、ルイーズが笑いかける。
百戦錬磨の女騎士が、華やかな真紅のウエディングドレスに身を包むと、こうも美しくなるものか。
いや変わったというより、ルイーズは最初に出逢った頃からずっと美しい。
その研ぎ澄まされた刃物のような美しさは、ずっと俺の理想なのだ。
「凛とした美しさ、美の女神のようだ」
「それはちょっと褒めすぎじゃないか、でもありがとう」
「アタシ達は褒めてくださらないのですか」
「そうだゾ」
「ああ、カアラもアレもドレスがよく似合っている。三人とも、とても綺麗だ……」
昨日見た時は、着慣れない感じがあったが、今日はしっくりといっているじゃないか。
色とりどりのウエディングドレスに、三人ともお姫様のように頭の上に小さな白銀のティアラをちょこんと載せている。
ルイーズを中心に、カアラとアレが並ぶと「三美姫」という感じだなと俺は思った。
なんとなく出来過ぎているように思うので気恥ずかしいから口にはしないが。
結婚式をあげるのは、シルエット姫達六人と結婚したときと同じくシレジエの大聖堂だ。
そこに向かって王都から三人の妻を連れて、練り歩くことが国民へのお披露目になるわけである。
「タケル殿、ルイーズさん達、準備できましたよ」
パレードの準備を整えてくれたらしい、ライル先生がこっちに声をかけてくれた。
いよいよ、挙式だ。
こちらも赤や黄色の華美なドレスに身を包んだお付きの可愛らしい奴隷少女達が、俺達四人を囲むように先導してくれる。
王城の表玄関から出ると、すごい人だかりだった。
「うわーこれはすごい」
ルイーズがそういう。
シルエット姫達の挙式のときよりも凄い人だかりだ。
色とりどりの花びらが敷き詰められたパレードの道を。
義勇兵の兵士達がロープを張って、祝いに駆けつけた溢れんばかりの民衆からガードしている。
「まるで、ロックスターのコンサートみたいだな」
「国父様、それはなんですか」
カアラ達には、ロックスターもコンサートもわからんか。
俺が手を上げると、ワーと観衆から歓声があがる。
「とにかく、凄い熱気だって言いたかったのさ」
「そうですね。こんなに多くの人の前に出たのは、アタシは初めてです」
カアラは魔族だからな。
まだまだ人族からは迫害の対象にもなりかねない。俺は、優しく抱き寄せた。
シレジエ王国も魔族である
人と魔族のかかわりも、少しずつ平和的なものに変えていければいい。
「オラクルとの結婚も認められているのだから、カアラも大丈夫だよ」
「そうですね……アタシも、こんなことになるとは思いもしませんでした」
「それは俺もそうだな。せっかくだから楽しむといい、手でも振ってやるといいぞ」
「そうだゾ、カアラ。みんなせっかくお祝いしてくれるのダロ!」
アレはやり過ぎだけどな。
調子に乗ったアレが、大きな青いドラゴンの翼をバタバタとさせ、大きな尻尾を振り回しながらパレードの見物客の周りを飛び回ったので、あまりの迫力にみんな驚いてワーキャー悲鳴があがっている。
やめとけやめとけ。
あの衣装、なんかの衝撃で大事な部分が丸見えになるので見てて危なっかしい。
でもまあ、今日は多少はしゃいでも良いか。お祭りだ。
空を見ると、遠くでパンパンと花火が上がってそのたびに客の歓声が上がっていた。
大砲ばかりではなんなので、火薬の平和利用として打ち上げ花火を作ってみたのだ。
あとは赤い火花を撒き散らかす大型花火なども広場で一斉に披露されて、その派手な演出が民衆の眼を楽しませている。
自然と「シレジエ王国バンザイ! 王勇者バンザイ!」の唱和が起きた。
歓声を上げる民衆に祝われて、花びらが舞い散る道を俺は嫁三人と歩き、高い尖塔とステンドガラスに彩られた大聖堂にやってきた。
教会の門をくぐると、そこはバージンロードだ。
三人の美しい妻をエスコートして、俺は赤絨毯を進む。
司式司祭を務めてくれるのは、いつも『魔素の瘴穴』の防衛に従事しているローザ司教だ。
ステンドグラスから差し込む白銀色の神聖な光に照らされる、個性的で美しい三人の花嫁。
振り返ると、まるで夢の様に神聖な光景に息を呑んだ。
魔族にも
パレードしてきた俺達に続いて、参列者として俺の家族や国の重鎮、各国の要人達も入ってくる。
結婚式の始まり、と言っても宣誓はほとんど一瞬。誓いの言葉を述べるだけ。
「佐渡様、では婚姻の宣誓式を始めてもよろしいですか」
「あっ、ああ……お願いする」
司式司祭のローザ司教に促されて、壇上に上がった俺達は宣誓の儀式をする。
純白に青地の入ったシスターの服に身を包んだローザ司教と眼を合わせると、お互いに思わず苦笑し合った。
リアが式の直前で暴れまわった、前回の結婚式の宣誓を思い出してしまったからだ。
ローザ司祭も、俺と同じように思い出し笑いをしたらしい。
「うふふっ、前のお式のときは、ハチャメチャでしたからね」
「そうでしたね」
「今日は、その分もきちんといたしましょうとアーサマもおっしゃっております」
「そうなのですか」
ちゃんとアーサマが見守ってくれるのだ。
今回は、リアの飛び入りもなく厳かに結婚の宣誓が始まる。
「それでは佐渡タケルよ。ルイーズ・カールソン、カアラ・デモニア・デモニクス、アレ・ランゴ・ランド。三人の花嫁達を新たに妻とし、病めるときも、健やかなるときも、富めるときも、貧しきときも、妻として愛し、敬い、慈しむことを女神アーサマの前で誓いますか」
「誓います!」
同じように、ルイーズ達にも宣誓させるローザ司祭。
「はい、誓います」「……誓いますわ」「誓うゾ」
「では、佐渡タケル。どうぞ、誓いの口づけを……」
並んでいる三人の妻に、誰からキスしようか一瞬戸惑って決めた。三人とも、一気にだ。
その赤く燃えるような唇に、ぷっくらとした桃色の唇に、意外にも形の良いぷにぷにする唇に――
命続く限り、全員を幸せにしよう。
そう心で誓って、俺は続けて三回キスをした。
こうして俺は、個性的な三人を加えて、十人の妻を持つことになったのであった。
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