第182話「カロリーンの覚悟」

 カロリーン・トランシュバニア・オラニア。メガネをかけた青いドレスの公女。

 亜麻色の長い髪を後ろに括って、配下の騎士達にハキハキと荷造りの指示を飛ばしているカロリーンは妖艶さを感じさせるイメージから一変して、また清楚な娘のように戻っていた。


「カロリーン……」

「あら、タケル様お戻りになってたんですね」


「うん、戻ったよ。帰り支度をしていると聞いて」

「ウフフッ、それで血相を変えて私の部屋まで来て下さったんですね」


「まあ、そういうことになるな」


 俺がほったからかしにしていることに怒って、里帰りしようとしているのかと思ったから。

 いつも通りのカロリーンの様子に、少し拍子抜けした。


「そんなに心配してくださるなら、もうちょっと怒った振りでもしたほうが良かったですかね。あれほど頑張ったのに奥様方のなかで、懐妊したのが私が最後でしたし、シルエット女王陛下に負けたのは正直、少し癪ですわ」

「いやいや、よしてくれよ」


「ウフフッ、冗談ですわよ。でも、里帰りしようとしてたのは本当です」

「えっ、それは本当なの」


 なんなんだ、子種を貰ったらもう用はないって感じなのか。

 そう言えば前々から、子作りはしないといけないが国元が気にかかるとは言っていたからな、でもカロリーンに帰られると俺は少し寂しい。


「ええっ、そんな顔をしないでください。私も考えがあってのことです」

「考えか、少し聞かせてもらってもいいか」


「ええ、私もタケル様がお戻りになったらお話しようとは思ってました」


 別室に下がって、カロリーンが入れてくれる苺の匂いがする紅茶をいただく。

 トランシュバニア産の紅茶だ。公女という立場でも、いろいろと商品開発を進めているらしい。


「ふうっ、相変わらず美味いな」

「ありがとうございます。お菓子もどうぞ、シレジエのお菓子を参考に苺をふんだんに使ったものですよ」


 ホイップクリームと苺が、柔らかい生地に挟んである。

 まるで現代の日本でも売ってておかしくないようなお菓子だった。


「うん、あれだな。美味しいよ」

「そう言ってもらって嬉しいですね。タケル様がお作りになるお菓子を参考にして作ってみたんですよ。これは、トランシュバニアの名物にするつもりです」


 そう言うと、カロリーンは薔薇のような口元をほころばせた。

 なるほど、やはり言っていたように国元をもり立てようということか。


「カロリーンは、シレジエ王国の商売敵になるってことかな」

「ウフフッ、そうですね。そうなりますね、紙漉きなども河川があるトランシュバニア公国でやったほうが効率的に産業化できそうですしね」


「そっちも、学んでいたのか。そうか、あの大量の荷造りはシレジエでやってる新製品を参考にしようと集めたものか」

「ええっ、私だってタケル様が国外で頑張られていた間に、何もやってなかったわけではありませんからね。トランシュバニア公国も、今回の戦争の打撃を受けましたが賠償金で新しい産業を勃興させることもできます。むしろ私は、新しいことをやるチャンスと捉えています」


 カロリーンは、メガネの奥のブラウンの瞳をキラキラと輝かせた。

 商売敵となるのは、俺にとってはむしろ嬉しいことだ。これからこのユーラ大陸に大航海時代を起こすのだ。


 各地域の港が、新しい産業で盛り上がれば相乗効果で全体が豊かになる。

 比較優位という考え方もあるし、シレジエで俺が試していることはトランシュバニア公国でやったほうが産業化させやすいということもある。


 紙の消費量はこれからどんどん大きくなるはずだ。トランシュバニア公国で大々的にやってくれるのはありがたい。

 安価な紙が、地図や新知識を伝播させてさらなる発展へともつながろう。


「そうか、そういうことなら止めるわけにはいかないな」

「寂しいと思ってくださるのですね」


 カロリーンは、俺の席の横に来て座っている俺の頭を優しく引き寄せた。

 柔らかい彼女の身体を、もう一度味わいたいという欲望も芽生える。あと嫉妬だな、普段は淑女だけれど、ベッドでは淫蕩な彼女が国元に戻って他の男と浮気をしないか少し心配になってしまう。


「ウフフッ、心配はいりませんよ。短時間に成果を出さないといけませんから、他のことに目をくれる暇もないぐらい、忙しいでしょう。国元でこの子を産んだら、また貴方のところに帰ってきます」


 まだ目立って大きくはなっていないお腹をさすりながら語るカロリーン。俺の心配は見透かされているようだ。

 カロリーンは、まあ心配いらないのかもな。この子は、本来はすごく真面目なのだ。


「そうか、お前のところにも出来るだけ行けるようにするよ」

「その優しいお言葉が聞けて、私の機嫌も治りましたよ」


 あっ、やっぱり少しは怒っていたのか。

 そうだよな。シルエットとも、週一は会う約束も全然果たせていない。戦争だったからしょうがないとはいえ、俺は夫としては怒られてちょうど良いぐらいなのだ。


「怒られついでに、もうひとつ良いか」

「なんでしょう」


 カロリーンは、俺に向かって艶然と微笑んだ。

 言いにくいなあ。


     ※※※


 後宮円卓会議。

 そうとでも表現するしかない会議が開かれている。俺の向かい側の真ん中でちょこんと座っているのは、シルエット女王。


 その隣にカロリーン、ライル先生。

 そして俺の赤子をあやしているシャロンとオラクルとリア。


 後宮にいる俺の六人の妻が集結していた。


「えっとそれで、議題はなんでしたっけ」

「さあ、是非もなくさっぱりわかりません。産まれたオラクルさんの赤ちゃんの名前をどうするかでしたか?」


 シャロンと、リアがそんなことを言ってる。

 わざとだなこいつら。もう内々で根回しは済ませてるはずだろ。


「子供の名前も決めないといけませんよね国父様」


 俺の後ろに立っているカアラがそう言った。俺は何とも言えない。

 そりゃそうなんだけどね。あと今日の議題に入っているルイーズも緊張した面持ちで後ろに立っている。


 あとアレとなぜかシェリーもいるんだけど、お前らはどうして来た。アレはなんか意気込んでいる。もしかしたら俺との結婚を訴えるつもりなのか。シェリーは椅子にちょこんと座ってるので大人しくていいけど、何のつもりなんだろ。

 後宮は嫁以外立ち入り禁止だし、いま内々の家庭の話なんだけど。みんなが何も言わないから、俺は立場が弱いので突っ込みづらい。


 俺は深々と溜息を付いた。

 これはやっぱ、俺がしっかりと言わないといけない。男の責任だからな。


「あーみんな、集めたのは他でもない。俺の嫁に、新たにルイーズとカアラを迎えたいということだ!」


 俺はもう覚悟を決めた。

 どうせ言わないといけないことだし、少なくとも今の嫁の許可をもらわないことには新しく増やすなんてことはできない。


「あの、妾は賛成ですよ。もともと、ルイーズさん達がなんで入ってないのかなと思ってましたし」


 さすが俺の嫁。

 正妻のシルエットが賛成を表明してくれたので、やりやすくなった。


 でも、ルイーズとカアラと結婚するなんて思ってなかったんだけど。

 そういう風に見られたのか。


「オラクルさんも居ますし、別に魔族だからって反対することもないですし何の問題もないんじゃないでしょうか」


 カロリーンもそう言ってくれる。これで難所は超えたなとホッとする。

 そこで、ライル先生が手を挙げて発言した。


「ちょっと待ってください」


 俺に緊張が走る。

 まさか、ライル先生に反対されるのか。


「タケル殿、結婚するのはルイーズさんとカアラさんだけなんですか。そこには四人スタンバイしてますけど」

「えっ、ああ二人だけですよ」


「待つのだゾ!」


 竜乙女ドラゴンメイドのアレが拳を振り上げた。


「私とも結婚するのダ、勇者!」

「えっと、二人だけです」


 そんな勢いで言われても困る。


「ふむ、私はアレさんとも結婚したほうが良いんじゃないのかと思います。ランゴ島は今後重要な寄港地となるわけですから、血の繋がりを持っておいたほうが良いんじゃないですか。もともと、アレさんもそのつもりでシレジエ王国に協力してくれたわけでしょう」


 ライル先生に政略結婚を勧められるのは何度目だろう。

 でも俺、政略結婚は嫌なんだよなあ。いろいろと避けたい要因はあるのだが。


「ぶっちゃけアレとは、結婚するほどまだ好感度あがってないんですけどね」

「酷いのだ勇者! 敵同士で出逢った二人が、運命的に惹かれ合い協力して戦うようになったのだゾ。あんなに協力したのに、あんなに愛し合ったのに、利用するだけしてポイとかあんまりなんだゾォォォ!」


 アレ、いつ愛し合った。

 そりゃ、いろいろ戦闘面で助けてもらってありがたかったが、結婚へのフラグとしては浅すぎる。


「どうですか、とりあえずアレさんとも結婚してみるというのは……」

「ライル先生、なんか投げやりですね。説得する気ゼロじゃないですか」


 バサバサとドラゴンの翼を羽ばたかせながら、暴れまわっているアレを呆れたように見るライル先生。

 キツイよなこれ、しかも卵で生むかもしれないんだよ。子供が卵で産まれて来た日には、どんな気分がするものだろう。


「勇者、結婚しよう。するんだゾ!」

「あーもう、うるさい。いま大事な話をしてるところなんだよ」


「だから、それを私ともするんだゾ!」

「ああ、はいはい」


「あのご主人様、アレさんが可哀想だからしてあげたらいかがでしょうか」


 シャロンが怖ず怖ずと手を上げた。

 えっ、結婚って可哀想だからするとかそういうものなの。


「タケル、男の甲斐性じゃぞ。魔族も竜乙女ドラゴンメイドも変わらんじゃろ。あとアレは、バサバサうるさい。子供が泣くじゃろうが!」


 オラクルはシャロンから赤子を受け取って、あやしながら言う。

 アレがバサバサやってても、俺の子は泣かない。強いんだと誇らしくなるが、なんかあんまり騒ぎに関心がない様子。


 ちょっと、こんなところで乳をやりだすなオラクル。

 赤ん坊は、母親の乳房には感心があるらしく「だー」とオラクルに手を伸ばして喜んでいる。現金だな。


「勇者、私も早く赤ちゃん欲しいゾ!」

「ああっ、もう分かったよ」


 俺は別にアレが嫌いなわけじゃないのだ。

 ただ、何となくなし崩し的になるのが違うかなと思っただけで、みんなが良いというのならしょうがない。


「やった! 今の分かったは結婚するってことダ!」


 そう言ってアレが抱きついてくる。もう苦笑いするしかない。


「では話はまとまったようなので、よろしく頼む!」


 突然、ルイーズが声を上げて綺麗にお辞儀した。


「私もよろしくお願いします」


 カアラがさっと頭を下げた。


「ええっ? 私も、私もよろしく頼むゾ!」


 アレが慌てて頭を下げた。円卓に座っている俺の妻達が、一斉に拍手する。

 何なのこれ、俺もびっくりなんだけど、こういう儀式なの。


「私も、若輩者ですがよろしくお願いします!」


 シェリーが最後にちょこんと椅子から立ち上がって頭を下げた。

 いや、シェリーは関係無いだろ。


「えっとじゃあ、みんなルイーズと、カアラと、アレを嫁に迎えるからよろしく頼む。そのうち結婚式はやるだろうけど、あと一応エレオノラにも許可とっておかないといけないから」


 もちろん、エレオノラも俺の嫁だから忘れてない。

 そっちはそっちで、ゲルマニア帝国の後始末を付けるときにしっかりと頼みにいくつもりだ。


「ちょっと待ってくださいお兄さま!」

「はい」


 シェリーさん、なんでしょう。


「なんでまた、私だけスルー的なアレなんですか。すっごいドキドキしてスタンバイしてたんですよ! 座ってて何も言われなかったら今度こそ行けると思うじゃないですか!」


 アレが呼んだかと顔を出す。

 いや呼んでない。アレのことじゃないぞ多分。


「いや、だってシェリーは元々関係ないだろ」

「うええーっ?」


 もうみんな、話は終わったと歓談し始めた。

 オラクルが産んだ俺の子供の名前をどうするかに、議題は移ったようだ。


「というわけで、みんな解散。シェリーもご苦労だったな、なんで来たか知らないけど」

「うええーっ!」


 なぜか叫んでいる銀髪の少女の方を、ポンポンとライル先生が叩いて慰めていた。

 結局、シェリーは関係ないのになんで、綺麗に髪を整えたり珍しくドレスを着てめかし込んで来てたんだろ。


「シェリー、また機会はありますよ」

「違いますよね。これアレさんのやつみたいに、ダメだと思わせておいて行けるとかそういうサプライズですよね、そう言ってください!」


 シェリーは何か不満があるらしく、銀髪を振り乱してライル先生に訴えていたのだが、まあいいや。俺は懸念材料がひとつ減ってホッとした。

 椅子に座り込んで沈思黙考、あと冗談でなく子供の名前も考えないとな。パッと思いつくのでいいのかもしれない。


 オラクルとタケルで、オラケルなんてどうだろう。

 ちょっと単純過ぎるかなあ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る