第七章 王将軍の帰還
第181話「王将の帰還」
シレジエの内戦が終結して、俺はカアラに抱えられて王都シレジエに向かい飛行中。
荷物は後で送ってもらうのだが、竜の翼で飛べるアレと大火竜に乗ったルイーズとだけが、お供として後ろに随行していた。
一刻も早く妻たちの待つ王都に帰りたい。
気がかりなこともある。
「ひとまず終わったな」
「国父様、ゲルマニア帝国の後始末はまだですよ」
それも気がかりの一つなんだが、考えることが多くて参ってしまうね。
「あっちは、マインツが上手く回してくれているからな。多少のんびりしてもいいだろうから、順番に片付けていくさ」
「シレジエの属国として正統ゲルマニア帝国を復活させるとなると、皇帝位が不在というわけにはいきませんよね」
「そうだな……」
シレジエ王国政府の息の掛かったものを復興支援名目で送り込むにしても、病床にある老皇帝コンラッドをまた皇帝に据えると傀儡国家としての印象が強すぎる。
本当は、孫娘のエリザベートを皇帝にするのがいいんだろう。幼すぎるが、後見人はいくらでも付けられる。未来に期待を持たせられるから、シレジエには一番都合がいい。
だが、エリザはようやく普通の女の子らしい暮らしができるようになってきたのに、聡明とはいえ八歳の幼子を政治の道具に使うのか。
戦争に勝ったら勝ったで、悩みどころが増える。
「国父様、国父様!」
「なんだ、カアラ」
「あれ、オラクル妃殿下じゃないですか」
「えっ、おお!」
向こうから豆粒のように見えるのは、オラクルだった。
近づいてくるとマントを翻して飛ぶオラクルの姿が見える。
「久しぶりじゃなタケル」
「行き違いにならなくてよかったな」
俺のところまで飛んできたオラクルは、抱きついてくる。
聞けば、こっちに向かって飛んでくるところだったそうだ。
まさか空で出迎えられるとは思わなかった。入れ違いにならなくて良かった。
「なんじゃ急いでみたが結局、ワシは役には立てんかったの」
「いやいいんだよ。オラクルは身体を大事に、あれなんかお腹周りがスッキリしてないか」
あとせっかく成長していた背が、また少し縮んだような気がするぞ。それなのに、子供が出来て大きくなった胸はそのままで、なんか妙な感じだ。
せっかく最近大人っぽくなっていたのに、飛ぶのに邪魔にならないようにか白っぽい髪をツインテールにくくって、また全体的に少女っぽくなっている。
「ふむ、子供が無事生まれたからの」
「へー、子供が産まれたのか。そりゃ良かったな」
「おう、元気な男の子じゃったぞ」
「うあーっ!」
オラクルが顔を顰める。
「なんじゃ、いきなり大声を出して」
「おまっ、お前……。いま子供を産んだって言ったか!」
「だからそう言っとろうが、膨らんだ腹がへこんだんじゃから、見りゃ分かる」
「そうか……」
勝手に報告もなく産むなよということや、俺が一緒に居てやれなかった申し訳なさとか、いろんな物が混ぜこぜになって俺は言葉が出なかった。
子供が産まれるから戻って来いと言われても、俺は戦争中で動けない状態にあった。だからといって一言声をかけてくれたら、うーん堂々巡り。
俺に言わず、一人で産んでしまったのはオラクルの気遣いであることも分かる。
「なんじゃ、もしかしてタケルは産まれたときに居なかったことを後悔しているのか」
「そうだよ」
俯いた俺を見て、オラクルは微笑んでその胸に抱きしめた。
されるがままに頭をあずける。少女のようなオラクルに、慰められてしまうとは情けないと思うところなのだろうが、心地よかった。
まだシレジエには着いていないのだが、ようやく戻ってきたと感じる。
「子供なんて女が一人居れば産めるものじゃろうに、変なことを気にするの」
「でも俺が居ないときに、何かあったらと思うと」
「案ずるより産むが易しとは言うじゃろ。どうせ男はそういうとき何もできんのだから、心配せんでいいんじゃよ、ワシはそもそもそっち方面の専門家じゃし、回復魔法の使い手もおるじゃろう。王城は子供が産まれるには理想的な環境じゃぞ」
「そうはいってもなあ」
「産んだ子を見てみたいか」
「そりゃ、会いたいよ。でも産まれるときに居たかったな」
俺が駄々っ子のようなことを言うと、オラクルは溜息混じりに言う。
「しょうがない奴じゃの。一人で止めとこうかと思ったが、そんなに言うならもう一人ぐらいこさえとくか」
「はっ、いやオラクル。そんなことで産むとか産めないとか、決めるなよ」
オラクルは、頭を上げて抗議する俺を見て、カカカッと無邪気そうに笑った。
冗談なのか、本気なのか。
「あっ、そうじゃ。いい忘れておったが、シルエットとカロリーンも妊娠したのじゃ。これでコンプリートじゃな」
「オラクル!」
親指を立ててグッじゃねえよ。おーい、それ言っちゃダメだろ。
分かってない、こいつ分かってないよ。
「なんじゃ」
「そういうことは、本人から最初に報告受けないと」
「あっ……なるほどのう。ワシもずっと一人でおったせいか、気配りが足りんかった。人間の心遣いというのは難しいの。じゃあ聞かなかった振りでよろしく」
「オラクルのせいで、感動が台無しだよ……」
まあ、初めて聞いた演技しろって言われたらするけども。
そうかシルエットとカロリーンもな……。コンプリートって言い方はあんまりだと思うが。
んっ、コンプリート。
なんか引っかかるような感じもするが。
再び王都シレジエに向かって飛びながらそう考えてると、後ろで俺の飛行ユニットになっているカアラがささやいた。
「国父様」
「なんだカアラ」
「奥様全てに子種を付けられるとは、さすが優秀ですね!」
「なんかその褒められ方、嫌だなあ」
「王として、子を成すのはもっとも大切な資質ですよ」
「そりゃそうなんだろうが」
「アタシたちもよろしくお願いしますね」
「う、うん……」
それもあったか、ルイーズとカアラか。
王都に居る妻達に、なんと説明したらいいのだろう。内戦が終わっても、俺は考えることが山ほどあったのだった。
※※※
俺が帰還するという知らせは、まだ王都には届いていない。飛んで行くと早馬よりも早く着いてしまうからだ。
ルイーズが使役している大火竜も居たので、中庭に着陸すると大騒ぎになった。
騒ぎを聞きつけて出てきたなかには、お腹が目に見えるほど大きくなったライル先生もいるので俺は、少し慌てて駆け寄る。
「ライル先生、寝てなくて大丈夫なんですか」
「お久しぶりですタケル殿、上手く戦を終結させたようですね」
俺はそっちより、ライル先生の容態のほうが気にかかる。
「ええそれは、上手くまとまりました。でも先生身体は……」
「アハハッ、心配しなくても大丈夫ですよ。前はリアさんがお腹に回復魔法をかけてくれてたんですけど、近頃はそれなしでも動けるようになってきたので公務にも出ています」
「いや、公務にも出てるって本当に大丈夫なんですか……」
「うーん、そのことなんじゃがな」
なんか、オラクルが短い腕を組んで考えこんでる。
「なんだ、オラクル」
「もしかすると、ライルのお腹の子が中で回復魔法を使ってるんじゃないのかの」
「どういうことだよ、胎児が回復魔法使えるって超天才児ってこと?」
「ふむ、ちゃんと調べてみるか」
オラクルは、ライル先生のちょっと大きくなったお腹をその場でペロンと出して、筆で丸い魔法陣を書きだした。
なんかこういうアートあるよね。いや、のんびり見てる場合じゃない。
「ちょっと、お前ら見るなよ!」
周りにいる兵士を慌てて下がらせた。
過剰反応かもしれないが、ライル先生の肌をあまり他の男に見せたくはない。
うーん、別にエロいことをしているわけではないんだが、大きくなったライル先生の白いお腹に魔法陣が書かれているのを見ると、なぜか見てるとムラムラするんだが。
俺は変態なのだろうか。
「タケル、医療行為なんじゃから変な目で見ちゃイカンぞ」
「見てないよ!」
ごめん、ちょっと見てた。
「やっぱりじゃ、胎児が中から回復魔法を使っておる。その創聖の魔力で、不調和になっておる胎児と母体との魔素連結が上手く保たれておるんじゃな」
「そりゃすごいことだな、リアが使った魔法を胎児が覚えたってことなのか?」
いまいちよく分からない俺が聞くとオラクルがニヤッと笑って頷く。
ライル先生の子供なら、魔術を使えても不思議はないと思うのだが、正直なところ魔力ゼロの俺が相手だったので、そこまで高い魔術師になるとは思わなかった。
ライル先生は創聖魔法は使えなかったはずだ。
これは、将来有望ってことだよな。
「なんだか、お腹に話しかけられていると妙な感じがしますね」
俺達が、ライル先生の大きくなったお腹に触れてあーだこーだ言っていると、ライル先生が苦笑いした。
確かに、妙な感じがする。
「お久しぶりです、タケル様」
「ご主人様、お勤めご苦労様でした!」
女王のドレスに身を包んだシルエットと、エプロンドレス姿のシャロンがやってきた。
シャロンが抱かえている赤ん坊は、もしかするとオラクルが産んだ子だろうか。よく眠っている。
「ああ、帰ったよ。シャロン、その子供はもしかすると……」
「そうです、オラクルさんが産んだご主人様の子供ですよ」
「そうか、どうりでオラクルによく似てると思った。男の子だったよな」
恐る恐る受け取って抱いてみると、小さくてとても頼りない感じがした。
よく眠っている赤子は、魔族とのハーフとなるのだが肌は思ったよりも青みがかっていない。灰色に近い肌で、ちゃんと生えている髪もグレイだった。
俺とオラクルの血を半分ずつ分けあった赤ん坊。とても可愛らしくて、とても不思議な感じがする。世界で最も遠い、異世界の男と魔族の女の血が交じり合うと、こういう子になるのだな。
この魔族と人間の血を引いた小さな赤ん坊が、どう成長していくのだろうかと思うと、俺は考えこんでしまう。
手に抱いた赤ん坊の身体は軽いけれど、俺の責任は重い。もう本当に、独り身ではなくなったのだ。
俺は父親としてこの子が、無事に育っていける環境を作って行かなければならない。
「うあーうあー」
「おっ、よしよし」
なんとも表現できない声を漏らして赤ん坊が眼を覚ました、見開いて俺を見る子供の目はオラクルと同じルビーのような赤い瞳だった。
泣いてしまうのだろうかと、俺はあやすつもりで小さな顔に手を伸ばすと、本当に小さい赤ん坊の手が俺の指をギュッと掴んだ。
「キャッキャ」
「お、おおっ!」
笑った。
なんと可愛らしい笑顔、思わず腰が抜けそうになった。そうか、これが俺の子か。そんな実感が遅れてやってきて、感激で胸がいっぱいになる。
「ご主人様、とりあえず城の中に入られたらいかがでしょう」
「そうか、外の日差しは子供には強すぎるか!」
「ご主人様、一瞬で子煩悩になられて……」
「うふふふっ」
シャロンと、シルエットに笑われてしまった。子煩悩って、そんな顔をしていたか俺は……。
まだ名前も付けていないオラクルの赤ん坊をシャロンにまた預けると、シルエットに後で話があると声をかけられた。
ああ、さっきの話か。
そういえばカロリーンもそうだったはずだが、どこに行ったのだろう。
シルエットと城の控室の一室に入ると、発表がありますと言われた。
そんな得意げな含み笑いをされても、何言われるか分かってるんだよな。こういうとき、どういう顔をしたらいいか分からない。
「私にも貴方の子が出来ました」
「そ、そうか……それは本当に良かった」
ちょっと、ぎこちないリアクションながら、俺はシルエットを抱きしめた。
こんなんでいいのかな、まあシルエットも本当に良かったよな。これでシレジエ王国も安泰だ。
「そういえば、リアとカロリーンの姿が見えないが」
「聖女様はどうしてるか分かりませんね。カロリーンなら、後宮の自分のお部屋で荷物をまとめていましたよ。ここ数日ずっとそんな感じで」
「ええっ?」
どうやら、カロリーンは国元に帰る支度をしているらしい。
子ができたって報告を聞けると思ったのに、俺があんまりにもほったらかしてしまったので、怒ってしまったのだろうか。
「とにかく、後宮に行ってみよう」
俺は足早に、カロリーンのところに向かった。
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