第160話「出立」

「ねえお兄様、そろそろご褒美をいただくわけには」

「そのことなんだが、もう茹だってきてるから止めにして上がろう」


 シェリーと文字通り水入らずで風呂に入ったまでは良かったが、アレの邪魔が入ったからゆっくりできなかった。

 もう風呂に浸かり過ぎた。今から湯船で騒ぐと、のぼせてしまうかもしれない。


「そんなあ」


 シェリーは口を尖らせている。

 なんだか彼女の要求レベルがどんどんアップしてきているので、誤魔化したい気分もある。


「その代わり、今日は後宮のベッドに寝させてやるぞ。前から泊まってみたいって言ってただろう」


 妻の夜の相手をするのも俺の仕事のうちなのだが、今日はさすがに疲れたので休ませてもらおうと思っていたのだ。

 後宮とはいえ、ただ寝るだけなら色事にはならないだろう。


「本当ですか! 寝させてはやるけどお兄様は隣にいないとか、つまらないオチをやったらさすがに私でも怒りますよ」

「いや、もちろん一緒に寝るよ」


 シェリーは鋭い。俺の顔色を読んだのか。

 一緒に寝ないってことはないが、誰か他にも呼んで誤魔化しとこうかとは一瞬思ったのは確かだ。


「一緒に寝るってことは、スリスリもありですよね」

「ああっ、まあご褒美だから最大限の要望には答えてやろうとは思うが……」


 内心でなんだそりゃと思っていると、シェリーが身体を擦り寄せてくるのでそういうことかと分かる。

 その程度ならいいだろう。


「もしかして、モニュモニュもありだったりしますか」

「いいけど、後もう一つ付き合って欲しい用事があるんだが」


 モニュモニュってのはなんだと思うが、聞くのがなぜかはばかられる。「モニュモニュもありですかーっ」とシェリーは頬を赤らめている。

 好きにすればいいが、はしゃぎ過ぎて睡眠不足にさせたらマズイかもしれない。


 シェリーに上がるぞと声をかけて、風呂を出て新しい服に着替えさせてやる。

 当然のように、バッサバッサ羽を羽ばたかせながらアレが付いてきたが、後宮に入るのは遠慮するように言う。アレは、メイドや城の衛視に怖がられているために誰も文句が言えず、後宮へもフリーパスで入ってこられてしまうから、注意しないと。


 しかし、そう考えると竜乙女やらホモ大司教やらは、フリーパスになってしまってるんだな。

 うちの後宮の警備体制、けっこうガバガバなんじゃないか……。


「まあいいゾ、勇者が次の戦に行くときは声をかけてくれ。旅にずっと付いていけばいくらでも既成事実化するチャンスはあるはずだからナ」

「俺の護衛を買ってでてくれるのはありがたいけど、そんなチャンスはないからな」


 浮気はご法度である。

 もう妻が七人もいて、浮気もクソも無くなってきてるような気がするんだが、それでもちゃんとラインは引いておかないといけない。


 ガバガバの警備体制でも、ないよりはあったほうがいいのだ。


「あの、お兄様。私に頼みたい用事って」

「ああそのことなんだが、まあ風呂上りに涼むつもりで、ちょっと付き合ってくれ」


 俺はシェリーを連れて、そのまま後宮の奥にある外葉離宮まで歩いて行く。


「ここは、ゲルマニアの皇帝陛下と皇孫女殿下が住まわれているお屋敷ですね」

「そうだ。シェリーは、今後ここも出入り自由にしてやるから、たまにエリザベートの様子を見てやって欲しいんだ」


 エリザの遊び相手。

 考えてみたんだが、最初はシェリーあたりが適任ではないだろうか。


 もちろん、遊び相手になってほしいなんて言わない。

 シェリーは十三歳で、エリザよりは五歳も年上だからお姉さんとして接してくれればちょうどいいだろう。二人とも歳よりも聡明で、大人をやることを回りに強いられてるって立場が似てるから話が合うかもしれない。


「そうですか、エリザベート殿下……。確かに、妹ポジションが被らないように調整しておく必要はありますね」

「いや、そういう話じゃなくて純粋に遊び相手をだな……って、弦楽器の音が聞こえるなあと思ったら、何をやってるんだツィター」


 外葉離宮にある本当に小さな小池に、無理やり大きなボートを浮かべてノーテンキ宮廷楽士が、満面の笑みで勇壮な行進曲を掻き鳴らしていた。

 二十四歳なのに容姿も言動も小娘にしか見えない、蜂蜜色の長い巻き髪のツィターである。


「はい、詩想が浮かんだもので」

「詩想は分かるが、ボートを浮かべるのが分からない」


 どっから持ってきたんだこのボート。


「すみません、すみませんタケル様! ツィターがどうしてもというので……」

「いや、いいんだよエリザ。遊びたいなら好きにして構わないんだが、八歳の子供に申し訳なさそうな顔させてるんじゃねえよツィター!」


 ツィターがまず謝れよ。許してやるから。


「だって詩想が浮かんだら、しょうがないじゃないですか! こういう曲のイメージなんですよ。それより池が小さすぎます。本来ならセイレーン海を勇者様の艦隊が勇壮に進むシーンなんですううーっ!」

「逆ギレして、さらに注文とか……お前すごいな」


 ツィターは、ジャーンと弦楽器をかき鳴らした。

 その音を合図に、ボートは向こう岸にまで流れていく。どういう仕掛けかと思ったら、エリザが音に合わせてふうふう言いながらロープを引っ張っているだけだった。


 ツィター、マジでお前、皇孫女殿下になにをやらせてるんだよ。

 決死隊に参加して帝城に救出しに行ったほどの忠臣だったのに、どうしてこうなった。


「おいおい、どこに行くつもりだ。戻って来い……」


 戻ってこないので、慌てて向こう岸に回りこむ。

 詩想が降りてきているらしいツィターには、もう話が通用しなかった。あーでもないこーでもないと言いながら、ジャンジャン弦楽器を掻き鳴らしているだけだ。勇壮な曲はいいけど、客を出迎えろよ宮廷楽士。


「とりあえず、エリザ。紹介したい人がいるから降りてきて」

「はい……毎回うちの楽士がすみません」


 いや、エリザは悪くないから謝らなくていいが、部下の扱いをもうちょっと考えたほうがいいんじゃないだろうか。

 ツィターは、正統ゲルマニア帝国の宮廷楽士なので、俺が文句言う筋合いでもないからな。


「まあいいや、音楽バカは放っておこう。えっとこの子はシェリーだ。うちの奴隷少女なんだが……」

「お兄様の妹をさせていただいております、エリザベート皇孫女殿下。どうぞお見知りおきください」


 シェリーは、スカートの裾を持ちあげて足を折って作法通りの会釈をする。聡明な彼女は、宮廷儀礼もひと通り覚えているのだ。

 折り目正しい皇孫女殿下の相手をさせるには、ちょうどいいと思う。


「タケル様には、妹君がおいでになられたのですね。でも、奴隷少女?」

「えっとそうだなシェリーは、俺の奴隷少女でもあり、城の財務官でもあり、義理の妹みたいなものだ」


 いつの間にか、シェリーが妹設定になっているのをどう説明したらいいのか迷う。

 俺も何でこんなふうになっているのか、よく分からないのだ。戯れのつもりでシェリーを妹と呼んでいるうちに、いつの間にか城でも公式設定化されてしまった感がある。


 数学的な天才であるシェリーは、この歳で城の財務官として精力的に働いている。

 ライル先生に仕えている改革派の官僚とも予算折衝で渡り合わないといけないので、俺の妹という立場を上手く利用しているのだ。


 義理とはいえ俺の妹となれば、箔がつく。

 シェリーは聡明チートなので、ニコラ宰相を篭絡したり俺の妹というポジションを確保して発言力の強化に努めているわけである。


「タケル様の妹なら、シェリーさんは私にとっても妹みたいなものですね」

「いや、そこはお姉さんだろ年齢的に考えて」


 エリザもたまに言うことがよく分からない。

 シェリーも、そう言われて「私はお兄様の妹ですが、エリザ様は姉になるのかな……えっ、でもこの場合はどっちになるんだろ。順番なのかな、それとも年齢……」とかブツブツとつぶやいている。


 子供の言うことだから、深い意味はないと思うぞ。

 シンプルに姉でいいぞ姉で。


「まあ、今日は顔合わせだ。退屈してるだろうから、うちの城の人間とも多少は話したりするといいと思ってな」

「それでしたら、たまにタケル様の奥様方が遊びに来て下さいますよ」


「そうなのか、シャロンにそれとなく気にしてくれるようには頼んでおいたからな」

「面白い方ばかりですよね。特にステリアーナ様とか」


「あっ、リアとはあまり親しくしないで欲しい」

「そうなのですか。ステリアーナ様は特に色々と珍しいお話をしてくださるのですが」


 だからそれがマズイのだ。リアに、エリザまでが汚染されてしまう。あれは情操教育の妨げになる存在だ。純粋だったシェリーも、リアの影響で妹だのなんだの言い始めたからな。

 それで壁が取れて、仲良くなれるのはいいのだが程度の問題だろう。そして、リアのやつは程度を遥かに越えていくから困る。


「まあ、シェリーもたまに顔を出すし、いつも仕事で城にいるから気が向いたら会ってやってくれ」

「ええ喜んで、行かせていただきます」


 エリザは、子供らしくない畏まった態度でそう言った。

 たまには歳相応にはしゃげばいいのに、と思って後ろを見る。


 ツィターは、詩の女神が降りてきたらしくボートの縁に片足を乗せてジャンカジャンカ弦楽器をかき鳴らしている。

 あまり調子に乗りすぎて、ボートから転げ落ちそうになって転けた。「ぐほっ」とうめき声を上げながら、それでもまだ手を止めずに、威風堂々たる弦楽器のメロディーが続いているのがすごい。


 エリザとツィターは、足してニで割ると良かったのにな……。

 一心不乱に音楽のこと以外何も考えていないツィターは、もう無邪気とかそういうレベルではないが。


「そうだ、親睦を深めるという意味で、エリザ様もお泊まり会に来ますか」


 しばらくエリザと親しげに話していたシェリーがそんなことを言い始めた。

 あんなに後宮に泊まるのを楽しみにしてたのに、エリザも一緒に誘ってやるとか最大限の歓待だな。


「お泊まり会ですか」

「ええ、今日は後宮のベッドで一晩お兄様を自由にできるのですよ。エリザ様もご一緒にいかがですか。今回だけ特別にご招待して差し上げます」


 そう聞いて、エリザは顔を耳元まで真っ赤にさせている。

 なんか、変な勘違いがあるようだな。


「こ、後宮ですか……。ちょっと自信がありません。まだ私たちには少し早いのではないですか」

「ご心配は無用です。今回の催しは、ビギナーの方にも安心なソフトな感じに行こうと思っております」


 何の話だ。

 急に小声になり、二人でゴニョゴニョと話しだした。まあ、仲良くなったんだからいいかとも思う。


 手持ち無沙汰になった俺は、ツィターが奏で続ける音楽に聞き入っていた。

 ゲルマニア出身のせいだろうか、威風堂々と言ったが弦楽器だけで勇壮さを感じさせる弾き語りは、ワーグナーのワルキューレの騎行にちょっと似てる。


 俺は、クラシックにはあまり詳しくないけど。

 メロウな曲からハイテンションな曲まで幅広いレパートリーを誇り、俺の知ってる歴史上の名曲に近い旋律を即興で引いてみせるんだから、やっぱりツィターはすごい音楽家なんだろう。


 皇孫女に気を使わせるあたり、どうしようもなく宮廷楽士には向いていないけど。

 ツィターも一種の天才チートではあるのかもしれない。その才能が、何の役にも立ってないあたりがご愛嬌。


 自分の才能がどうなのかなんて気にもしていないであろうツィターは、小池に浮かぶボートの上で一心不乱に蜂蜜色の髪をかき乱しながら、俺しか聞いていない音楽会オンステージを延々と繰り広げる。

 楽器さえ弾ければ本人は幸せそうなので、この娘はこれでいいんだろうな。


     ※※※


 夜になり、後宮で眠る時間になった。

 さっきまで金箔が煌く大きなシャンデリアや、金縁の付け柱などが珍しいのか二人で「いい仕事ですね」「こういうのは帝城にもありません」などと見上げてはしゃいでいたが。

 一緒に床に付こうという段になって、女の子は準備があるからとなぜか俺一人でベッドで待ってろと言われた。

 何のサプライズかと苦笑してしまうが、シェリーと楽しそうに耳打ちして相談しているエリザは微笑ましかったので好きにさせることにした。


 どうせシェリーへのご褒美のつもりなのだから、何にでも付き合ってやるつもりだ。


 ……と思っていたのだが、シャンデリアに照らされた明かりの下に出てきたシェリーとエリザの姿を見て、俺は叫んだ。


「シェリー、お前なんてものを付けてきてるんだよ!」


 シェリーとエリザは下着姿だった。

 普通の下着ではない、そのなんというか……カロリーンとかリアが盛り上がったときに身に着けてくる、アーサマ教会にある薄い本を参考にした、その……。


「エッチな下着ですが、いかがですかお兄様」

「いかがですかじゃねえよ!」


 俺には、シェリーはまだ子供にしか見えないが、綺麗に装えば神秘的な美少女とはいえる。

 白銀の髪に、色素の薄い透き通るような肌。ほんの少しだけ大事な処が隠れた、細やかなレースが透けて見える下着としての機能を全く放棄したような薄紅色の布は、シェリーの幼さの残る身体を淫靡なものに見せている。


 裸よりも、かなり扇情的なので、ちょっとこみ上げてくるものがあった。だからそういう気持ちを誤魔化そうと、つい怒鳴ってしまったのかもしれない。

 そんな俺の反応をジッと眺めて、シェリーはどう思ったのか薄い布に覆われた小さな胸を反らして、機嫌良さげにニンマリと笑いフフンッと鼻を鳴らした。


「あの、タケル様。私には似合ってませんでしょうか」

「エリザ……早過ぎるんだ。それは大人になってから着るものだから、いま似合ってたら困るんだよ」


 エリザが耳元まで真っ赤になって、恥ずかしそうに身体を縮こまらせている。

 女の子らしい羞恥心があるのはいいことなんだけど、エリザの歳でこの扇情的な下着の意味が分かって恥ずかしがるって、なんかそれはそれで大きく間違ってる気もする。


 本当に、なんだこれ……。

 この世界では、パンティーやブラシェール自体が高級品なのだ。精緻なレースがついたシルクのパンティーは、同じ重さの宝石とつりあうほどの貴重品である。なんでシェリーやエリザが身につけられる小さいサイズのエロ下着があるんだよ。


「この勝負下着の予算は私が通したんです。そのときに、私のも作ってくれるように交渉しておきましたからね。抜かりはありません」

「そこは抜かって欲しかった」


 エリザの下着は、用意されたものではなくシェリーの予備らしい。

 サイズがあってないらしく、歩いた途端にスルリとパンティーが脱げてしまった。


「キャッ!」


 慌てて、サイズの合わない薄紅色の薄い布を手で引っ張りあげるエリザ。

 あっ、けつまずいて泣きそうな顔をしている。慣れないものを穿こうとするからだ。


「ううっ……」


 潤んだ眼で、こっちを見つめないでくれ。

 いや、しゃがみこんで身体を隠さなくても、エッチい眼では見てないからな。


 そもそも、この前一緒に風呂入ってたじゃないか。なんでそこで恥ずかしがるんだよ。恥ずかしがると、なんか変な空気になるだろ。わざとやってんのか。

 もう俺は、呆れてベッドに突っ伏すしかない。


 八歳の子供が勝負下着を穿いている姿を見せられてどうしろと言うのだ。

 こんなときどんな顔をしたらいいか、わからないにも程がある。


「それではお兄様、今から私たち二人が夜伽の相手をさせていただきます」

「はぁ、もうシェリーの好きにすればいいよ」


 お泊まり会が、なんで夜伽になってるかは突っ込まないことにした。

 こう見えてシェリーは、リアみたいなおバカではないから限度は心得ている。


 大げさに三指ついているところを見ると、冗談でやっているのだろう。場所が後宮のベッドということもあって、そういうごっこ遊びをやるつもりなのだ。大人の真似をやるのは、子供らしい遊びとはいえた。

 まだ幼いエリザの情操教育には果てしなく悪い気もするが、この期に及んでもうどうしようもない。


 お泊り会というシェリーの言い換えに騙されて、エリザまで後宮に招いてしまった俺も悪い。どうせ寝るだけのことだから、もう気にしないことにした。

 俺はなるべく、シェリーが身に着けている倫理的に好ましくない薄い布切れのことは考えないようにして、明かりを吹き消してから床に入った。


 シェリーが擦り寄ってくるので、サラサラの髪の毛を手で梳くように撫でてやる。

 少し伸びすぎたかなとも思う。シェリーはなんとなくだけどショートカットのほうが似合う。忙しいとボサボサになるまで放ったらかしにするから、短いほうが何かと便利だろう。


「シェリーは、もうそろそろ髪を切ったほうがいいかもな」

「おっ、お兄様の可愛がりキタコレですね」


「キタコレってシェリー。お前、本当にリアとの付き合い考えたほうがいいぞ」

「すみません噛みまみた」


 なんか色々混じって、微妙に間違ってる。この意味が分かってないのに、とりあえず言っている、にわかな感じ……。

 お前らリアが持ち込んだ薄い本を回し読みしてるだろ。


 いまさら注意しても遅いけど、あれまだお前らの歳では読んじゃダメの本もあるんだから気をつけろよ。

 アーサマ教会は、外の世界に悪い影響を与えないように禁書にしてるって設定をちゃんと守れ。まあ、それはリアに言うべきことだが。


「はぁ、それで俺はどうすればいいんだ」

「お兄様は何もしなくていいですよ」


「んっ、なんかさせたかったんじゃないのか。今日は最大限、どんなことでも付き合うつもりだったんだが」

「あまりご負担をかけても申し訳ないです。お兄様が大変なことは分かってますから、一晩でも一緒に居てくださるだけで私は十分です」


「……お前なあ」

「お兄様、そんなに強く抱きしめられたら苦しいです」


 散々とふざけまくったあとで、可愛いことを言うんじゃねえよ。

 びっくりさせられたり、呆れさせたりされたあとだったもので、なんかホロッと来てしまった。


「でもなんか、下げられたり上げられたりして、すっかりシェリーの術中にハマってるような」

「ありゃー、ギャップをつけて好感度を上げる作戦に気がついちゃいましたか。私もまだまだですね」


 イタズラっぽくシェリーが笑うのが、仄暗いなかでも感じられた。本当にそんな駆け引きなら言うわけがないので、シェリー流の冗談なのだ。

 こいつめーと、柔らかい猫っ毛をクシャクシャにしてやる。


「なあシェリー。俺の前でまで大人をやる必要はない。難しい事ばかり考えてないで、たまには頭を休ませておけ」

「タケル様は、みんなにそんなことを言ってるんですね!」


 俺の後ろで横になっているエリザが、俺の背中をコツンと叩いた。ちょっと痛かった。

 不満気な口調なのは、どうしてだ。


「そうなんですよねー。お兄様の口説きのテクなので、これでうちの奴隷少女はみんなコロッと落とされてるわけです」

「フフッ、悪い人ですね」


 エリザとシェリーに、左右でクスクスと笑われて、俺はなんだかいたたまれない気持ちになったが、やがて苦笑をこらえきれずに一緒に笑い出した。

 まったく、いい大人が子供にからかわれて翻弄されてたら立つ瀬がないよな。


 うちのこまっしゃくれた小娘たち。優秀チートすぎて、とてもじゃないが口では敵わない。

 まあからかわれるぐらいは、多めに見るか。それこそ、俺は大人なんだから子供の他愛ないお遊びに付き合うぐらいのことは構うまい。


 シェリーへのご褒美のつもりが、この日のお泊まり会は心安らかに眠れる貴重な夜になった。

 俺が大人をやって守ってやっているつもりが、実のところ子供らに助けられてばかりなのかもしれない。


     ※※※


 次の日、盗賊王ウェイクに出していた手紙の返事が帰ってきた。

 そこには『トランシュバニア公国の首都ブルセールで会おう』とだけ書かれている。


 他ならぬウェイクの言うことだ。俺が求めるものが、そこにあるというのだろう。

 しばしの休息を終えて、俺は新しい戦いに臨むために出立を決めたのだった。

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