第161話「海賊王と呼ばれた男」

「よー、勇者。これはまたすげえ面白いことになってんじゃねえかっ!」


 さすがに盗賊王ウェイク。俺の腕にまとわりつく、竜乙女ドラゴンメイドアレの姿を見ても恐れることはない。それどころか、そのアレに腕を引きずられている俺の姿がツボに入ったらしく笑い転げている。

 見る人見る人、大きなドラゴンの翼を羽ばたかせているアレの姿にみんなびっくりしてブルセールの街に入ってきたときは衛視の一隊が包囲したぐらいなんだが、ウェイクにはそれすらも笑いの種らしい。


 金髪を振り乱して、こっちを指さしてヒーヒー笑っている。笑いすぎだろ。

 アレの機嫌を損ねると、いくらウェイクでもただじゃ済まないぞ。


「ま、まあ……久しぶりだよな、ウェイク」

「フハハハッ、あの姫騎士と結婚したことをからかってやろうと思ってたのに、こっちの予想の遥か上を超えてくるから、勇者と付き合ってると本当に飽きねえんだよなあ。お前の顔を見るのが、毎回楽しみでなあ、フホッ」


 まだ笑い足りないのか。

 ウェイクは、笑いすぎて脱力したらしく側近に支えられている。


「俺は毎回、お前を笑わせるためにやってきてるわけじゃないんだがな」


 まあいいや、もう好きなだけ笑ってくれ。

 今回、ウェイクの協力は必要だからそれぐらいで機嫌が良くなるなら安いものだ。


「いやいや笑って済まない。人族最強と名高い竜乙女の武闘家も物珍しいが、そっちの女騎士も面白いことになってんなあ。両手に花ってのはよく聞くが、両手に最強の女戦士ってのは初めて見るケースだ。どうやったらこうなるんだよ」

「それは、俺が聞きたいぐらいだよ……」


 アレはまだ覚悟してたんだが、義勇兵団長を辞めて何かが吹っ切れたルイーズも、俺の護衛として付いてきている。アレが俺にベタベタくっつくのがルイーズの癇に障るらしく、道中延々と俺の手を引っ張り合って言い争いを続けているのだ。

 耳元で口喧嘩されるぐらいは我慢するが、両手を全力で引っ張り合うのは本当に止めて欲しい。いろいろ補正かかってる勇者の俺じゃなければ、マジで引きちぎれてるぞ。


「ちょっとアレ、我が主の利き腕を潰すとは何を考えてるのだ!」

「ハッ、勇者は私が守るからいいのダ。心配ならお前が離れればいいゾ!」


 だから、腕を全力で引っ張り合うのはやめろ!

 お前らは、大岡裁きの「子争い」か。それのパロディーで、子供を引っ張り合って本当に引きちぎってしまう話を思い出したが、冗談ではない。


 ルイーズはシレジエ最強の万剣ばんけんの騎士で、アレはそれをも凌駕する竜乙女最強の武闘家なのだ。

 もう少し手加減してくれないと、俺が死ぬ。王将軍が護衛に引っ張り殺されるとか冗談にもなってない。


 ずっとこの調子なんだよと俺が愚痴ると、ウェイクはニヤーと深い笑みを浮かべた。

 コイツ、本当に人が女絡みで困ってるのを見るのが好きだよなあ。いい性格してるぜ。


 英雄色を好むと言う。シレジエ、ローランド、トランシュバニア、三国の裏社会を統べる盗賊王ウェイク・ザ・ウェイクは、無類の女好きとしても有名だ。

 それなのに、女性関係でトラブルを起こしてるのを見たことない。ウェイクは、本当に上手くやっているのだ。


「ウェイク、良かったらこういう人間関係をうまく調整する方法を教えてくれ」

「そうだな。まず最初に気をつけなきゃダメなのは、自分より強そうな女戦士には絶対に手を出さないこと。盗賊ギルドでは、それが一番言われてるから」


 前提の段階でダメじゃねーか。忠告が遅いんだよ。俺が不平を漏らすたびに、ウェイクはゲラゲラと笑い転げている。

 そりゃウェイクが絶対ダメと思ってることを、俺が全部やらかしてるんだから面白くて仕方がないだろう。


「もういいや、ウェイクの分の魔法銃ライフル弾倉マガジン持ってきてやったから確認してくれ」

「ありがとうよ。こじれに縺れてどうしようもなくなった女性関係の調整は無理だが、他の相談になら乗ってやってもいいぜ」


「うんまあ、頼むよ」

「海賊を味方に付けたいんだったな。裏社会は陸と海で繋がっている。まず俺に相談してくれたのは賢明だった」


 そうなのだ、俺は海賊に伝手がまったくない。

 北海の海賊には、傭兵として雇うと触れを出してみたが全く反応がなかった。もう相談できる相手といえば、ウェイクしか思い浮かばなかったのだ。


「そりゃー陸では大活躍のシレジエの勇者様とは言え、海の上じゃまだまだ無名だから、用心深い海賊どもは素直に言うことを聞かないさ」

「そういうもんなんだな。今回はウェイクの知恵に頼るよ」


 そう言うと、ウェイクは嬉しそうな顔をした。


「まっ、国同士の争いには盗賊ギルドは介入しないんだが……」


 その建前はよく知ってるよ。建前だけだってこともな。

 他人の不幸をあざ笑いまくるウェイクだが、これで友達甲斐のあるやつなのだ。


「俺が個人的に、勇者に知り合いを紹介してやるぐらいのことはしてもいいだろう」

「このブルセールに、適した人材がいるのかな」


 トランシュバニア公国の首都ブルセールは、ツルベ川沿いの街ではあるが内陸部だ。

 スケベニンゲンの港と違って、海の男が居るとは思えないのだが。


「そうだな、この街の土牢にその昔、海賊王だった男が居るんだよ」

「海賊王?」


「あくまで『だった』だ。そいつが現役だったのは、もう六年も前のことだからなあ。勇者の権力なら、囚人の一人を出すぐらいのことは容易なんだろ」

「ヴァルラム公王に頼めばできるだろうけど……」


 六年も土牢に幽閉されている囚人か。海賊王のフレーズは心躍るものがあるが、期待できるのだろうか。

 まあ行ってみないことには何もわかるまい。ブルセールの居城に寄ってヴァルラム公王に挨拶してから、囚人解放の許可を得ることにした。


 竜乙女だの盗賊王などを引き連れてきた俺にギョッとした公王だが、それでも歓待してくれる。

 茶飲み話に、近頃のカロリーン公女の様子など俺の話を楽しそうに聞いていた公王であったが、ことが海賊王の話になると難色を示す。


「勇者様は、ご存知ないかもしれませんが『黒髭』のドレイクは、かつて北海を荒らしまわった大海賊の首領ですぞ。下手に殺してしまうと、海賊への抑えが効かなくなるので死ぬまで生かしておるだけなのですよ」

「そこを何とか頼むよ、カスティリアに勝つためには海賊の力も必要になるんだ」


「しかし、海賊ドレイクを自由にするなど、海にシャチを放つような真似ですぞ……」


 威厳のある額に縦ジワを浮かべるヴァルラム公王に聞けば、トランシュバニアのささやかな艦隊も、海賊ドレイクによって散々な被害を受けたそうなのだ。

 北海の海賊勢力を糾合し、海賊王とまで呼ばれた『黒髭』のドレイクは討伐に展開したブリタニアンとトランシュバニアの艦隊を各地で討ち破りながら北海全域はおろかセイレーン海にまで進出。それはそれは厄介な悪党だったそうだ。


 しかし、海軍大国カスティリアの権益まで脅かすほどにまで強大になったのがドレイクの運の尽き。

 カスティリアの無敵艦隊の猛攻を受けて、ドレイク海賊団は壊滅。


 ドレイク自身も敗走に次ぐ敗走でズタボロになり、カスティリアに捕らえられるよりはと、ついには格下のトランシュバニアの警備船に捕らえられてしまった。

 逮捕されたときは、生きているのが不思議なほど傷ついていたそうである。そうしてかつての海賊王は今も、首都ブルセールに幽閉されている。


 ドレイクを解放して、また大海賊団復活の悪夢が再び起こるのではないか。公王の立場なら憂慮するのは当然だろう。

 そこを一緒に居た、盗賊王ウェイクが説得してくれる。


「なあに公王さん、北海の海賊も代替わりしてるからドレイクの盛名は昔ほど通用しないし、何よりこのシレジエの勇者が請け負うって言ってるんだから滅多なことは起きないさ」


 ウェイクが俺の肩をポンと叩いて、調子のいいことを言う。

 結局は、俺の責任でやるしかないからしょうがないんだけどさ。


「さようですか、勇者様がそのようにおっしゃるのであれば、許可を出しましょう」

「済まないな公王」


「いえ、この国はもはや勇者様のものですから。国政を預かっているだけのワシがとやかく言うことでもありますまい」


 その設定まだ生きてたのか。

 まあ、いずれは俺とカロリーンの子供が継ぐって話だから問題ないのか。


「じゃあ、土牢に案内してもらえるかな」

「御意……」


 ヴァルラム公王自らの案内で、ブルセールの城の裏庭にある土牢へと案内された。天然の岩窟を利用して作られた土牢の中に、その男はいた。

 海賊王と呼ばれた男、『黒髭』のドレイク船長。


「これがそうなのか」

「ワシも、コヤツの顔を見るのは六年ぶりです」


 公王も俺も、ちょっと躊躇してしまった。来る牢を間違えたのかと思ってしまった。

 なぜなら、鉄格子が嵌った土牢の中で粗末な木の椅子に座ってこちらを見ている男は『黒髭』ではなかったからである。


 聞けばまだ六十にもなってない初老のはずだが、長い幽閉生活が祟ったのか、伸び放題のざんばら髪は白髪交じりで、自慢の黒髭も真っ白になっていた。

 酷く痩せ衰えている。船乗りらしい赤黒く日に焼けた肌は皺だらけ、激しい戦いで失ったのか左腕がない。左足も中ほどからなく、粗末な木の義足を付けている。


 右目に黒い眼帯を付けているのも海賊ファッションというわけではなく、片方の視力を失っているのだろう。

 ただ、濁った左眼だけがギロリとこちらを見つめていた。


 昔はどうだったか知らないがこんな老いさらばえた男では、もう何も出来ないのではないかとも思えた。

 無言で座り込んでいるドレイクの牢を開けさせて、盗賊王ウェイクが近づいていく。


「久しぶりだな、ドレイク」

「……何のようだ、陸の若造」


「ご挨拶だな、お前を釈放しにやってきてやったんだぜ海賊王ドレイク」

「ドレイクという男は死んだ、海賊王なんて呼べる存在も、もうどこにも居やしねえ」


「じゃあ、お前はなんなんだドレイク」

「……過去の悔恨で余生を過ごしているだけの、ただの老いぼれだ」


 なかなか気難しい男のようだな。

 ウェイクは肩をすくめているが、笑い顔のままだ。あの反応だと、ドレイクはまだ使えるって判断だと俺は思った。使えるならば、使う。


「ドレイク、お前を雇いたい」

「誰だてめぇは」


 左目の濁った灰色の眼が俺を睨みつける。

 誰だろう俺は……。


「俺は、シレジエ王国の王将軍。シレジエの勇者、佐渡タケルだ。海賊を味方につけて、新しいシレジエの海軍を創りたい」

「ふざけたことを言うやつだな。海賊を雇い入れた『キング』アーサーの真似事でもやりてぇのか」


 真似事じゃないんだよな。

 俺が、目指すべきは上位互換。


「俺は、カスティリア軍に襲われているそのアーサーを助けなきゃならんのだ。そのさらに上を行って、カスティリアをぶっ潰さなきゃいけないんだよ」

「夢物語だな。仮に海賊を味方にできたとしても、海賊の軍船をかき集めたぐらいでカスティリアの無敵艦隊をどうこうしようしようなんざ無理だ。それが出来てたら、おらぁ、こんなところで朽ち果ててねぇ!」


 ドレイクは、敗北を思い出したのか皺だらけの頬を震わせて、眼に涙を溜めていた。

 負けた悔しさにそれだけ悲嘆にくれるってことは、まだ諦めていないってことだとも思えた。


「聞けドレイク。俺にはそれが出来る。そのための方策も、新兵器もある。ただ、船の数と船員、そして提督の数が足りてない。だからお前に頼むんだ。俺の作る艦隊の提督になってくれ」

「はっ、バカを言うなよ。おらぁ、海賊だぞ。しかも、海賊船長をやってたのはもう昔のことで今じゃこんな老いぼれだ。自分の意志で手足すらも自由にならん、こんな残りカスに何ができる」


「ドレイク、お前は海賊王とまで呼ばれた頭領だろうが。盗賊王ウェイクだって認めている海戦のプロフェッショナルだ。前歴は問わん、船に乗るんだから手足なんぞいらん。お前に艦隊を率いて戦える経験と実力があるなら、それが欲しい」

「……」


 ドレイクは黙りこんでしまった。

 『黒髭』から『白髭』になってしまった老いたドレイクだが、大艦隊を率いてカスティリアの無敵艦隊と戦った経験を持っている。


 よくよく考えると、これ以上はない人材に思える。

 もうちょっと強く勧誘しとくか。


「ドレイク、お前は負けたままで悔しくないのか。俺に協力すれば、カスティリアの無敵艦隊に勝てるぞ」

「若造が、マジで言ってんのか……」


 先程までは、若輩者の俺を見下すような眼つきだったが、俺の大言壮語で少し反応が変わった感じがする。

 ドレイクを雇うのだから、雇い主としての力を認めさせないといけない。こういうのは吹かしまくってやったほうが良いというのは、経験的に分かっていることだ。


「そりゃ、本気で勝てると言っている。ブリタニアン海軍と共同して無敵艦隊とは一度戦った。アーサーは負けたが、俺は負けてない。敵の新型船を奪ってやったんだから、勝ってると言ってもいい」

「とても信じられんな……」


「いいから港までついてこいよ、信じられないものを見せてやるから。俺が作った新しい軍艦を見て、それで決めろ」

「分かった、そこまで言うのならついて行ってやる。牢暮らしにも飽きたから、死ぬ前に海が見てぇ……」


 半信半疑ながら、ドレイクを立ち上がらせることには成功した。

 黒杉軍艦の主砲の一つでもぶっ放してやれば、ドレイクの濁ってた眼も覚めるだろう。

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