第154話「終息」

 先頭に立ち押しまくっていた拳奴皇ダイソンが倒されたことにより、乱戦状態だった戦場は奇妙な沈黙が訪れていた。

 潮目が引くように敵軍の勢いが衰えていく、趨勢すうせいが変わったことを兵士たちは敏感に察知する。


「何をしているのですかアレ客将。早くシレジエの勇者を殺してください。竜乙女ドラゴンメイドの貴女なら、その力があるはずです!」


 魔術師将軍レブナントの悲鳴のような甲高い叫びがあがった。

 奴も、潮目が変わったことは理解しているだろうが、だからこそ必死になっている。


 確かに、こちらも満身創痍。

 ヘルマンとルイーズが囲んでも勝てなかった、この竜乙女ドラゴンメイドの少女が本気でかかってくれば、危ういかもしれない。


 俺は無言で、魔法銃ライフル弾倉マガジンを交換して、戦闘に備えた。

 向こうがやる気ならやるしかない。


「はあ、何を言っているレブナント。私は、勇者とは戦わないと言ったゾ」

「敵は傷つき弱りきっているのですよ。どうぞあと少し、あと少しのお力添えをお願いします。ここまで来たんです、シレジエの勇者さえ倒せれば、こちらの勝ちなんですよぉ!」


 どうやら竜乙女の少女は、俺たちとこれ以上戦う気はないようだ。

 レブナントが跪いて懇願するが、アレはそっぽを向いている。初対面の俺も、二人の力関係というのが何となく理解出来る構図だ。


 どうやら、アレ・ランゴ・ランドと名乗ったドラゴン娘は、カスティリア王国に所属しているというよりは、協力してやってるだけということなのだろう。

 やるかやらないかは、彼女自身に任されている。どう見ても、気分屋だしな。


「やりたければ、お前がやるといいゾ」

「そんなぁ、魔術を封じられた状態の私が、勇者に勝てるわけがないではないですか!」


 こんな乱戦のさなかでも、レブナントは力の差を分析できている。声を振り絞ってアレに参戦を訴えながらも、自身は冷静ということか。

 レブナントという銀髪の変態マゾヒスト魔術師将軍。奇矯な言動が目立つが、手強い知将のようだ。


 この機会に敵の上級魔術師を殺しておけば先生が喜ぶし、いっそここで殺すかと銃を構えてはみるが。

 下手に殺すと、せっかくやる気を無くしているアレを刺激することにもなりかねない。


 判断の難しいところ、こっちもギリギリである。

 負けるとは思わない。むしろ勝てる。しかし、今は犠牲をこれ以上増やしたくない。


 レブナントは、上級魔術師なのに一軍の将という厄介な敵だ。交渉する敵将を殺してしまうと、無秩序な潰し合いでどちらかが全滅するまで混戦は収まらない。

 ここは、休戦を提案するのが無難かと銃を置いた。


「どうだレブナント・アリマー。ここは、お互いに痛み分けで停戦といかないか。ここで下がってくれるなら追撃はしないと約束する」

「何が痛み分けですか、ふざけないでいただきたい! ここまで持ち込むのにカスティリアがどれほどの時間と手間をかけたか。ダイソンまで倒されて、何も出来ずに引けば私は将軍を解任されます!」


「解任されればいい。もうお前の負けダ。見苦しいゾ、レブナント」

「なんですって、アレ客将。さっきから貴方は、どっちの味方ですか!」


 見苦しくわめきちらすレブナントに、アレが冷たく言い放った。


「どっちの味方か……。そのことだが、私は今日を持ってカスティリア軍を離れる。これまで世話になったナ」

「アレ、貴方はカスティリアを裏切るつもりですか!」


「裏切るなどと人聞きの悪い。世話になった分は、戦ってやったのだゾ」

「それは、そうかもしれません。でもなぜここで……よりにもよって、こんなところでなんですかーッ!」


 レブナントは、悔しそうに泣き喚く。

 敵ながら、気持ちは分からなくもない。カスティリアも多大な犠牲を払ってここまで追い詰めてきた。あと一歩のところだろうから。


「私が客将として付いたのは、カスティリア王国がランゴ島の同盟者としてふさわしいかどうか見させてもらうためでもあるのダ。もともと、そういう約束だったのダ。その結果、もう協力はできないと判断した」

「ううっ……」


 レブナントは、腰をストンと落とすようにして座り込んだ。

 肩を落とし、黙りこくる。戦場のど真ん中で放心するほどショックだったのだろうか、警戒しながら見守っていると、スッと立ち上がってこっちに振り向く。


 さっきまであれほど激しくわめいていたのに、今度は冷徹なまでの無表情。

 感情のアップテンポが激しすぎる。本当に不気味な男だ。


「王将軍閣下、カスティリア軍は停戦の提案を受け入れて、引かせていただきます。はいはい皆さん、撤退しますよ!」


 レブナントは手を叩いて、カスティリア軍に撤退を促した。引き始める軍勢を見回すと、無表情のまま一瞬だけ、俺を強く睨みつける。

 そして、ニタァ~ッと大きく口の裂けるような不気味な笑いを浮かべた。


 怖いわ!


 痛切な敗北の苦渋すらも、快楽に変えてしまったのか。変態、怖えぇぇ。

 レブナントは、「ヒヒヒヒッ」と不気味な笑い声を上げて俺を散々にビビらせて、あとはもうこちらに興味を失った様子だった。首を左右に振りながら長い銀髪の前髪を揺らして、颯爽と馬車に乗り込んで去っていった。最後までわけの分からない奴だった。


 それにしても底が見えない相手だった。来るときもいきなりだが、去り際もあっけない。

 こういう即断で動ける将軍は、鳴り物入りで攻めてくる敵よりも、手強く恐ろしい。


 レブナントは将軍から降格されると言っていたが、ここで殺せなかったからには是非ともそうなってくれることを祈る。

 長い期間をかけて執拗な入念さで策を準備し、華々しくも卑劣な罠を使い攻めてきたにもかかわらず、失敗すれば傷が浅いうちにあっさりと撤退を決めることができる。いろんな意味で異常な作戦指揮だ。


 あんな動きの読みにくい敵将の相手をするのは、二度とゴメンだな。あんな異常者と知恵比べをやってたんだから、そりゃライル先生も疲弊するわ。

 俺もいささか疲れた。


 停戦の合図である赤い花火と狼煙があがり、乱戦は収まった。

 敵軍は、戦死した遺体まで綺麗に回収して引いていったが、竜乙女のアレだけが取り残されていた。


「お前は、一緒に行かなくていいのか」

「……言わなかったか勇者。カスティリアとは縁を切ったのダ」


 アレは、ポロリと取れてしまった胸の包帯を巻き直したあと、俺の視界の端っこに立ったまま、大きな竜の翼をバタバタと羽ばたかせて、ブルーンブルーンと左右に青竜の尻尾を振っている。

 周りが怖がっているから、止めて欲しい。


 アレは何のアピールのつもりだ。

 俺が代表者として、アレになんか言わなきゃいけないのはわかるけど、なんとなく声がかけづらい。


「うーん」


 こいつの扱い、どうしようかなと、俺は悩んでしまう。

 カスティリアと縁を切ったと言っても、こっちの味方になったわけではない。

 こっちが唸っていると、痺れを切らしたように向こうから話しかけてきた。


「勇者、佐渡タケル。私は、アレ・ランゴ・ランド。南方のアフリ大陸。大砂漠の沖合に浮かぶランゴ島の竜女王レディ・オブ・ザ・ランゴの娘ダ」

「自己紹介は、さっき聞いた」


 アフリ大陸って、アフリカだったよな。

 大砂漠が、サハラ砂漠に該当するとすれば、ランゴ島とは北アフリカのカナリア諸島あたりなんだろうと当たりを付ける。

 たしかスペインの植民地だなと、大航海時代を扱ったゲームの知識で知っている。


 今の時代は、大航海時代の直前だろ。カスティリアはアフリ大陸との貿易で稼いでいるらしい。

 アレたち竜乙女の住んでいるランゴ島は、まだカスティリアの植民地というわけではなく、港を貸している程度の関係なのだろう。


「私の武闘家としての腕は見ての通りダ。カスティリアとは縁を切った、もしも勇者がどうしてもと望むならば、そのなんだ……私が力を貸してやってもかまわんゾ」

「そりゃ、魅力的な提案だな……だが断る!」


 この佐渡タケルが最も好きな事のひとつは、自分で強いと思っているやつに「NO」と断ってやることだ。

 ……ってのは、まあ冗談としても。戦い抜いたライバルが仲間になるみたいな安っぽいパターンを目の当たりにすると、素直に受け入れがたい。どこぞの戦闘民族のツンデレ王子でも、もうちょっとデレるまで時間をかけるだろ。


「どうしてダ!」

「どうしてって、目の前でルイーズを傷つけられたし、いきなり仲間になるとか言われても困るよ」


 腹を割かれたルイーズは、回復ポーションで傷はふさがったけど、まだ眼を覚まさないでいる。

 あとで自分を倒した敵が、仲間面してこっちの陣営にいたら、ルイーズはなんと思うだろう。少なくとも、俺なら抵抗がある。


「なんでダ、私は勇者の仲間を殺さないように手加減したんだゾ!」

「それは……ありがとうとは言っておくけど」


「だいたい、その女戦士が弱いのがいけないのダ。アレは強いゾ、最強だゾ、どうして勇者は強い私を欲しがらないのダ」

「はぁ……そういう問題じゃなくてさ」


 もう相手にするのが面倒になってきた。

 本当なら、まだ目を覚まさないルイーズを見ててやりたいのだ。


 敵軍には鉛弾すら硬い鱗で弾く爬虫類人レプティリアンの傭兵が混じっていたらしく、こちらの軍の被害も激しい。

 そっちのほうの後始末も思いやられる。


 事後処理がたくさんあるから、王将軍としてやるべきことはいくらでもある。

 ただ、アレの凶暴な戦闘力は敵の軍勢の後ろ盾がなくなったとしても、放置できないから監視はしなくてはならない、これは優先事項。

 まったく面倒なことだけど。


「ああそうか! もしかして、勇者は私を戦士ではなく女として欲しているのか。それならそれで、責任を取ってくれるって言うなら考えなくもないゾ。……実を言えば、私は婿探しに来たのダ」

「いやそういうのも、もう間に合ってるんで、すみませんが」


 確かに、竜乙女ドラゴンメイドのアレは、若々しい裸体に白布を巻いただけの艶めかしい姿だ。胸やお尻は豊満なのにお腹は綺麗に引き締まっている。

 手足に青い鱗が付いて、凶暴なドラゴンの爪や羽や尻尾が生えてるのを差し引いたとしても俺の好みのタイプだよ。


 一年前だったら良かったんだろうけど、今はそんな結婚フラグは御免被る。

 もうマジで勘弁してくれ。俺に嫁が何人いると思ってるんだよ。面倒みきれないよ。これ以上、妻子が増えたら心労で死ぬ。


「じゃあ、どうしたら勇者は、側においてくれるのダ!」

「待て待て、なんでそんな話しになってるんだよ」


 アレは、ジリジリと俺に向かってにじり寄ってくる。

 何のつもりかと思ったら、鱗のついた大きな手で俺の手を掴んだ。青い瞳を輝かせて、ひたすらに俺をジッと見つめてくる。


 俺は、アレに手を握られて少し焦った。あの鋭い爪が、手に突き刺さるかと思ったからだ。しかし、アレの竜爪は猫の爪のように格納できるようになっているようで、手のひらは傷つかない。

 いやでも、あの爪の長さは猫の爪どころじゃないぞ。どうなってるのかと、アレの手のひらをマジマジと観察してみた。


「そんなに触られると、少し恥ずかしいゾ」

「なあ、あの長さの爪がこの指のどこに引っ込んでるんだよ。物理的におかしいだろ」


 ルイーズの土手っ腹を、鎧ごと突き破った長い爪だったんだぞ。

 猫の爪を押し出す要領で、手を押してみると先っぽからチョビっと爪が出るだけ。こんなに可愛らしい爪じゃなかっただろ。


「竜爪は、私の思うように伸びたり縮んだりするゾ。力のある竜族なら当たり前のことダ」

「いやーないだろ!」


 俺はないだろと思ったが、ファンタジーならあるんだなこれが。

 アレが実際にやってみせるとジャキンと金属音を立てて、硬い竜爪が指の先で伸びたり縮んだりを繰り返す。

 単純な格納ではない様子だ、おそらくなんらかの魔法なのだろうか。あるいはオリハルコンを貫く強度を目の当たりにすれば、俺の『中立の剣』イマジネーションソードに近い素材なのかもしれない。こういうところは、ファンタジーとして納得するしかない。


「爪の話はもういい、私はお前の戦いに惚れたのダ。ユーラ大陸にくるまで、伝説の勇者とはどのようなものかと色々と想像していたが、期待以上だった」

「そりゃ、褒めてくれるのは嬉しいけど、勇者なんてそんな大したものでもなかっただろう」


 ダイソンには、まともに当たっても勝てなかった。

 俺が勝てたのは、ヘルマンやルイーズが危ないところを助けてくれて、カアラが足止めしてくれて、老勇者コンラッドが身体を張って戦い方を伝授してくれたからだ。


「私はこれまで、戦いとは単純に強いほうが勝つと信じてきた。しかし、お前の戦い方は違った。ダイソンよりも弱いのに、見事に倒してみせた。これが伝説の勇者の力なのかと私は震えがきたゾ」

「かなり、危なかったけどね」


「つまり勇者とは、人を惹きつける強い光なのだろう。多くの勇士がお前の元に集まり、その力を集めて、自分よりもはるかに強い敵を倒してみせた。そのまばゆい光に、私も惹きつけられたのダ」

「だから、俺の仲間になりたいと言うのか」


 アレは俺の手をしっかりと握りしめたまま、コクンと頷く。

 それにしても無骨で太い手だ、俺の手がすっぽりと覆われてしまう。人間部分は、美少女にしか見えないのに、竜乙女ってのはアンバランスな生き物だな。


「分かった、仲間にしてやる」

「おー、良かったゾ。本当に断られたら、どうしようかと思った」


 いや、一度断ってるんだけど。そこまで言われて、「だが断る」とも言えないだろう。

 それにアレは、カスティリア王国と切れているんだから行き場がない。こんな強大な存在に、無所属でシレジエ王領をフラフラされたら治安問題になる。


 なんかで気分を害されたら、村一つ消えてましたとか普通にありそうで怖い。

 どちらにしろ放ったらかしにしておける存在ではないのだ。


 格闘家チート。このタイプは初めて味方にする。果たしてうちの陣営で仲良くやれるのかは、とても心配だが。

 とりあえず手元に置いて、様子をみるしかないようだ。


 それにしても、「勇者とは人を引き付ける光」か……。

 アレはそんなことを言っていたが、惹きつけられてくるのが、みんな一癖も二癖もありそうな連中ばかりなので、苦労させられている。


 それを何とかするのが、勇者の仕事なんだろうけどね。

 戦のあとで、混乱する王都を立てなおして、密偵スカウトに敵軍が完全撤退するまでの監視を命じて、戦地から馬車で戻ってきたライル先生の無事な顔を見て、俺はようやく全て終わったと安心できたのだった。

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