第153話「古の勇者と新しい勇者」

 俺だって、冷静さは失っていないつもりだ。

 確かにダイソンは俺より強かった。突然俺たちの目の前に出てきた、青い竜の鱗を持つ少女もルイーズの『オリハルコンの鎧』を一撃で貫く鋭い爪を持っている。


 さすが、海軍大国カスティリアとダイソンの同盟軍だ。

 よく強大な駒を揃えたものだと褒めてやろう。


 だが、両方とも接近戦闘チートだ。

 相手の得意な一騎打ちに敗れたからなんだって言うんだ、これは戦争なんだよ!


 こっちだって接近戦チート対策は考えてある。

 あいつらには、致命的な弱点があるのだ。


「カアラやってやれ!」

「はい、国父様!」


 俺の奥の手。呼べば、カアラはどこの影からだって現れる。

 俺が待てと命じていたからだろうが、よく気配を消して辛抱強く隠れていてくれたものだ。


 俺の奥の手は、カアラの使う強大なる上級魔法。

 格闘技チート、たしかに強い。しかし、所詮は近距離でしか力を発揮できない連中。遠距離からの大規模攻撃で封じ込めてしまえばいい。


 現に、帝都の地下通路が崩れ落ちる土砂をまともに受けたとき、ダイソンは何も出来なかった。

 どれほど強大な個の力であろうとも、自然の大いなる力には勝てない。圧倒的に見える敵にも、ちゃんと弱点があるのだ。


「カアラ・デモニア・デモニクスが大地に命ずる、大いなるいわおとなりて、あだなす敵を押し潰せ!」


 単に巨大な岩が落ちてくるだけの地味な部類の土の上級魔法岩石落としグラッグプレスだが、カアラの使う呪文は一味違う。


「カアラ・デモニア・デモニクスが命ずる! 巨大なる巖よ、降り注ぐとき、降り注げば、降り注げェェ!」


 ダイソンと青い鱗の少女の頭上めがけて、四方八方から岩石を連弾で打ちまくっている。

 岩石落としの連弾、ピンポイント攻撃。こんな七面倒臭いことをしなくても、得意のメテオ・ストライクを使えばいいのにと、素人目には思えるだろう。

 だが、ことはそう簡単ではない。


 今の王都は、ニコラ宰相率いる魔術師団が入念に広範囲のディスペルマジックをかけて、敵の魔法力を封じている状況だ。

 当然、対応として相手の上級魔術師二人もディスペルマジックを仕掛けてきたので、お互いに魔法が使えない拮抗状態になっている。


 カアラは、敵味方の双方から抗呪魔法が撒き散らかされているフィールドで、針の穴ほどのディスペルされない隙間から魔素を引き出して、瞬時に岩石落としグラッグプレスを詠唱して連発しているのだ。

 まるで、オーケストラの名指揮者のように、ひたいに汗を浮かべながら激しく手を振り回して、次々に岩の塊を引き出して落とす


 魔法力ゼロで魔素の流れが見えない俺にはそのすごさはよく分からんが、魔素を直接利用できる魔族の特性を持ちながら、人間の魔術の頂点を極めた天才カアラ。

 ヘッポコ魔族軍師っぽい感じで安く見られがちだが、彼女は立派な天才魔術師チートなのである。その巧妙な魔法技術を駆使によって、大規模な質量攻撃が成立する。


 たとえ鉄拳が光の剣を弾こうが、鋭い爪がオリハルコンを砕こうが。

 空中から次々と出てくる、無数の大質量に押し潰されては手も足も出るまい。


 手も足も出る、出てるな……おい!

 そう言ってる間に、格闘家チートどもは、ガンガン降り注ぐ巨大な岩を砕きまくって進んでくる。

 四方八方から降り注ぐ大質量攻撃なんだぞ、厳然たる物理法則をパワーで平然と打ち破るなよ!


 あいつら化物とか怪物とか、もうそういうレベルを凌駕している。あんなの相手にしてられるか。

 カアラの攻撃は少なくとも足止めにはなる。足は止まらなくても、敵のスピードは落ちる。


「ヘルマン、今のうちに逃げるぞ!」


 さすが防御チート、鉄壁のヘルマンだった。あのドラゴン娘の鋭い爪でも、本人は怪我一つしていない。

 竜爪の攻撃で傷ついた『オリハルコンの大盾』を抱えて、よろめきながらも起き上がったヘルマン。


 俺は、「撤退するぞ!」と声をかけると。

 まだ苦しそうな呻き声を上げているルイーズをしっかりと抱えて、全速力で逃げることにした。


「ルイーズしっかりしろ」


 唇から血を垂らしているルイーズの姿は痛々しい。彼女は、ランクト公国での連戦を終えて、休む間もなくこちらまで戻ってきたのだ。

 いかに回復ポーションを飲ませて傷を治療しても、蓄積された疲労までは取りきれない。


 ここまでよく助けに来てくれた、今度は俺が彼女を守ってやる番だろう。

 ルイーズを連れて、絶対に逃げ切ってみせる。


 厄介な混戦状態だが、たかだか敵の兵力は二千で、まだ王都への侵入も許していない。

 地の利はこちらにある。上手く距離を取れば砲撃だって仕掛けられる。乱戦さえ収束すれば、絶対に勝てる戦だ。


「逃げるな、シレジエの勇者!」

「なんだー、戦わないでどうするのダ」


「クソ、好き勝手言いやがって……いまに見てろよ」


 後ろから格闘家チートどもが、しつこく追ってくる。ストーカーかよ!

 カアラは頑張って岩を落とし続けてくれているのに瞬足サイドステップで避けられるせいか、ぜんぜん距離が広がらない。

 態勢を立て直すことができれば、打つ手はあるのに。


「苦戦してるようですね、シレジエの勇者タケル」

「お前は、ホモ……じゃない、ニコラウス大司教!」


 街の外壁沿いを逃げる先に、いきなり帝都に居るはずのニコラウス大司教が現れた。

 今日は裸じゃなくて、大司教服を着ている。


 あまりにも唐突すぎるが、白銀の翼で飛びまわれるコイツが、前触れもなく出てくるのは毎度のことだ。

 ダイソンがいるんだから、ホモ大司教が居てもおかしくはない。


 確かお前はこっちに味方してくれる約束だったよな。今の俺は、意識が戻らないルイーズを抱いて、藁をもつかむ思いだ。

 今ならホモでも、ノンケでも、なんでもこいだぞ。


「フフフッ、この時を待ってました。ついに僕の出番ですよね。助太刀してあげましょう」

「頼む、ニコラウス!」


 どうしようもない変質者とはいえ、これでもニコラウス・カルディナルは勇者検定一級の大司教なのだ。

 最上級まで神聖魔法を極めた実力は伊達ではない。聖遺物『アダモの葉』って目くらましもあったよな、ダイソン相手でも足止めぐらいにはなるだろう。


 銀縁メガネをクイッと直して、颯爽と立ちはだかるニコラウスに、ダイソンの足が止まった。

 よしよくやったぞ、そのまま肉弾で止めろ。殺られてもよし、ぶつかりあって相打ちしてくれるならそれもよし。


 ニコラウスが死んでも、その働きには感謝して戦後の新教派ホモテスタントの処遇は格段の配慮をしてやろう。

 だから無駄死ではないぞ、ホモ大司教!


「ふっ……。誰かと思えば、シレジエに寝返ったのか、ニコラウス大司教」

「僕の心を先に裏切ったのはダイソン、貴様のほうです。靴の裏に張り付いた馬のクソほどの価値もない変態ロリコンめ。神妙にアーサマの罰を受けるがよろしい!」


 ダイソンは、つまらなそうにニコラウスの方を一瞥して鼻で笑う。

 まあ、ホモ大司教に変態呼ばわりはされたくないよな。


「フンッ、それでどうするつもりだニコラウス。いまさら、神官一人が加わったところでこの流れは変わらんぞ」

「戦うのは私ではありません。ダイソン、貴方には『私が認定した新しい勇者』と戦っていただきましょう」


 そう言ってニコラウス大司教が指差す先には、車椅子から起き上がれないはずの老皇帝コンラッドが立っていた。

 王都を囲む高い外壁から、貝紫色のマントを翻しながら飛び降りてくる。俺ですら、思わず逃げる足を止めて目を疑う。


 やせ細ったヨレヨレの老いぼれ。エリザにしか分からない意味不明な単語を呻くことしかできなかった耄碌もうろくしたはずのコンラッドが、矍鑠かくしゃくとした姿で戦場に飛び込んでくる。

 信じられない光景だった、糸が付いてて操られているんじゃないかと、思わず確認してしまう。神聖魔法に操糸術そうしじゅつとかあったっけ。いや冗談言ってる場合じゃないな。


「おいニコラウス、お前コンラッド陛下に何をしたんだ……」

「古の勇者コンラッド陛下は、新たに勇者付きの聖者を得て、再び往年の力を取り戻したのです。ああ僕は感謝します、これぞアーサマのお導きです!」


 呆れた。このホモ大司教は、あいかわらず無茶苦茶なことをしやがる。弱りきった老皇帝コンラッドの勇者付き聖者となり、再び勇者としての力を蘇らせたのか。

 老いたコンラッドの身体は、白銀の光をまとって一時的に力が回復しているようにみえるけど。老体に鞭打ち過ぎだろ、半病人にこんな無茶やらせて、普通に死ぬぞ。


 止めなくて、大丈夫かと思ったら、白髪交じりロマンスグレーのコンラッドは俺に振り向くと、余裕の笑みを浮かべてみせた。


「シレジエの勇者殿、元を正せば全て余の過去の行いが招いた報い。ダイソンの始末は、任せてはくれまいか」

「コンラッド……」


 耄碌したおじいちゃんが、まともにしゃべってるの初めて聞いたよ。

 こんなに渋い声だったんだ。


「フハハハハッ、これは愉快だぞ。あの老皇帝コンラッドを復活させたというのか」


 ダイソンは、嬉しそうに拳を構えている。

 コンラッドは、俺が地面に下ろしたルイーズの身体にそっと触れると、どうやったのかわからないが『オリハルコンの鎧』を一瞬で取り外した。


 酷くやせ細って、歩いているのも不思議なコンラッドが、『オリハルコンの大剣』を軽々と持ち上げて構えると、『オリハルコンの鎧』が引き寄せられるように身体に張り付いた。

 なんだこれ、古の勇者ってのは超能力でも使えるのか。


「そうだ、皇帝の名を僭称する不埒者めが! ゲルマニアの勇者であり唯一の皇帝たるこのコンラッド・ゲルマニア・ゲルマニクスが、貴様を成敗してくれる」

「おい、コンラッド無理するな」


 いくら古の勇者の力が復活したとはいえ、年寄りの冷や水だ。枯れた樹の枝のように痩せ細ったしわくちゃの爺さんに、月の輪熊のような巨体の拳闘士ボクサーの相手をさせるわけにはいかないだろ。

 まして、ダイソンの身体にも混沌の力が宿っているのだから、勇者の力だけでは勝ち目はないんだぞ。


「シレジエの若き勇者よ、貴君はまだ本当の勇者の戦い方を知らない。余の戦いを見て、学ぶと良い」

「本当の勇者の戦い方だと……」


 もしかして、さっきの自動的に『オリハルコンの鎧』を着脱した技を言ってるのかな。

 しかし、そんなちゃちな超能力で、ダイソンが倒せるわけもない。


「どうした、復活した老皇帝コンラッドと戦えるならばそれも面白い。こないなら、こちらからいくまでだぞ」


 ダイソンは、余裕でこちらに拳を構えている。

 青い竜の鱗の少女も腕を組んで後ろに下がった、ダイソンとコンラッド。二人のゲルマニア皇帝の戦いを静観するつもりらしい。


「勇者タケルよ、余の戦いを見て覚えるのだ。勇者の力は、このように武器や防具に通して使うことも出来る!」


 そう言うと、コンラッドは俺が止める暇もなく、『オリハルコンの大剣』を構えてダイソンに打ちかかった。

 ギイイイッと金属がこすれあう嫌な音がして、大剣を『オリハルコンの手甲』を付けたダイソンの拳が止める。


 そうか、オリハルコンの大剣に、光の剣のような白銀の力の帯が巻いている。

 よく見れば、ダイソンの手甲にもまた鈍い銀色の力が宿っている。それを見て、俺はようやく気がついた。


 ダイソンやコンラッドと俺の戦い方は違う。彼らは意識して、装備してる武具に勇者や混沌の力を通している。

 大きな拳を振り回して、捕らえようとするダイソンを、コンラッドは羽が生えたように高く飛んでかわした。


 ダイソンの殺人拳を、コンラッドは大剣の剣身で優しく受け流す。まるで舞っているようだ、見ているだけで心の芯が震えるほど、流麗で研ぎ澄まされた剣技だった。

 柔よく剛を制す。フリードが力任せに剣を振り回していた技など子供の遊びだ、これが本来のゲルマニクス流剣術なのだろう。


 これこそが、世界帝国ゲルマニアを創った古き勇者の剣技か。

 かつての勇者コンラッドは、このようにして世界帝国を築いたのだと思えば、感動もする。


「さすがは、伝説の勇者コンラッド。シレジエの若輩とは、ひと味違うなァァ」

「貴様ごとき若造が、気やすく勇者を語るでない!」


「そうか、だが新しい時代に老人はいらぬのだ。我が拳で、古き時代ごと老皇帝を打ち破るのもまた一興よな」

「抜かすか、小童こわっぱ!」


 古の勇者コンラッドの気迫は、さすがだった。

 だがやはり、ダイソンの動きは速い。見ているとヒヤヒヤする、たった一撃でも鋼の塊のようなダイソンの拳が当たれば、コンラッドの命など消し飛んでしまう。


 一騎打ちなんかさせるものかと、俺が飛び出して行くのを抑えるように、青い髪の四肢に竜の鱗が付いた娘が立ちはだかった。

 クソッ、一体お前はなんなんだよ。


「勇者、自己紹介が遅れたが、私は竜乙女ドラゴンメイドのアレ・ランゴ・ランド。おっと待て、私は勇者と戦うつもりはないのダ」

「戦う気がないならそこをどけ。あんな老人を、ダイソンと戦わせて黙って見てられるものか」


 アレと名乗った竜乙女は、戦う姿勢にはないが。

 俺が進もうとするのを、青い鱗のついた両手を広げて阻もうとする。


「違うぞ、シレジエの勇者。あのご老君は戦いを通して、お前に勇者の技を受け継がせたいのダ。命を賭けた勇士の意志を汲んで……」

「勇者の戦いとか、騎士の誇りとか、そんなの俺はどうだっていいんだよ。やる気がないなら、いいから退け!」


 ダイソンは若く体力にあふれている、対してコンラッドはもう息が上がっている。

 このままでは、コンラッドはダイソンに殺されてしまう。


 死にかけの老勇者が、命を賭して俺に技を伝えようなんて黙って見てられるかよ。

 分かるよ、よくある話だよな。そりゃここでコンラッドが死んで見せれば、話は盛り上がるだろうよ。


 むしろ、コンラッドは、最初から死ぬつもりなんだろう。そうでなければ、老いた身体で戦陣に立つまい。

 命を捨てて戦うことが、シレジエ会戦から続く未曾有の大戦を引き起こす原因になってしまったコンラッドの責任の取り方なのかもしれない。


「ああっ、お前なんでそんな脱げやすい格好してるんだよ、なにこれただの包帯じゃん」

「勇者、女を脱がすなら人のいないところでダナ……」


 うるさいよ!

 俺は、いま怒りに震えているんだ。お前に構ってる暇はない。


 アレと揉みあううちに、身体に巻いていた包帯が取れてオッパイがあっけなくもろ出しになってしまった。

 普段なら俺だってワーキャー言って付きあってやるけど、いまこんなふざけたラブコメ展開やってる場合じゃねえんだよ。


 形の良い双乳がプルンと姿を現しても、アレという少女は大の字に両手を両足を広げて、胸を隠そうともしない。

 クソッ、ちょっとは恥ずかしがって悲鳴でも上げて屈みこんでくれれば、囲みを抜けられるかもと考えたのは浅はかだったか。


 豊満な胸を覆う包帯が解けても、竜乙女の少女は少しも隙を見せない。

 そうだな、戦闘中だからそれは正しい、でも邪魔だ!


「いいからどけ、どいてくれ!」

「ダメだ、それよりもよく見ろ。一人の剣士が、命を賭けてお前に技を伝えようとしているのだゾ」


 そんなの、俺が一番良く分かってんだよ……。

 老皇帝は、悠然と『オリハルコンの大剣』を構えて、ダイソンに対峙しているが徐々に押されているのが分かる。


 コンラッドの額から、すっと汗が流れた。このままで、あと何発ダイソンの圧殺拳プレス・アウトに耐えられるのか。

 俺自身があれを喰らって死にかけたから分かるんだ。勇者の力を通した大剣と鎧がどれほどの強度を持とうが。


 コンラッドの老いた身体は、魂までもごっそり削り取られるほどのダイソンの重い拳に耐えられない。

 コンラッドはダイソンの拳をいなしながら、文字通り命を削って立っているのだ。


 剣筋を見れば分かる。コンラッドは、もはや身を守るつもりも勝つつもりもない。俺に勇者の技を見せて教えながら、ダイソンを存分に疲れさせて俺の戦いにつなげるつもりなのだ。

 自らの不甲斐なさでフリードを止められなかったコンラッドの贖罪。それで責任を取ったつもりなのだろう。


 コンラッドが自らを犠牲にして一太刀でも浴びせ、疲弊したダイソン相手に俺が格好良く勝利して、ゲルマニア戦争に終止符が打てれば万事綺麗にハッピーエンドってか。

 だが間違っている。ゲルマニアの皇帝どもは、どいつもこいつも自分勝手だ。


「ふざけるなコンラッド! お前の子孫はフリードだけじゃないだろうがっ!」

「わっ」


 俺は、アレの鉄壁の防御を抜けるのを止めて、さっと後ろに下がった。

 意表をつかれたアレが、つんのめって転びそうになってるが、知ったことじゃない。


 俺が下がったのは、視界に青みがかったプラチナブロンドの髪をなびかせて、小さな少女が走りこんでくるのが見えたからだ。

 ゲルマニア帝国最後の後継、皇孫女エリザベート。


 小さなエリザは、俺に駆け寄って魔法銃ライフルを小さな手で差し出してくれる。

 よく持ってきてくれた、これがあれば勝てる。


「タケル様、どうかお祖父様を助けて下さい!」

「請け負った!」


 老皇帝コンラッドは、責任の取り方を間違っている。

 エリザが泣いているんだぞ。お前の孫娘は、もうお前しか肉親が居ないんだ。お前をまだ頼っている八歳の孫を残したまま、死ぬんじゃねえよ!


 俺はダイソンに向かって、魔法銃ライフルを構える。

 押しとどめようと、アレが叫んだ。


「勇者、なぜ決闘を邪魔立てする! これは誇りある拳闘士と古の勇者が命を賭けた……」

「だからなあ、そんなのは俺の知ったことかって言ってんだよっ!」


 勇者の力を武器に通すか。

 本当にいいことを教えてくれた。だけど、コンラッドの時代に銃はなかったんだよな。だから、これから俺がやることは老人にはわかるまい。


「見るがいい、これが新しい時代の勇者のやり方だ!」


 俺は精神を集中して、ダイソン目掛けて魔法銃の引き金を引いた。

 エリザのために、コンラッドを絶対に殺させない。もはや一寸の迷いも躊躇もない、やり方は光の剣を貫き通すイメージと同じだ。


 この研ぎ澄まれされた感覚、眼をつぶっていても弾は当たる。

 スコープもなく狙いもつけていなくても、ダイソンの巨体目掛けて回転して飛んでいく銃弾がハッキリと視えた。


 撃ちだされた鉛の銃弾は、ただの弾ではない。それにはアーサマの光の力が込められている。

 まるで小さな『光の剣』のように、弾丸は一心にダイソンに向かって飛んでいく。


 刹那、ダイソンは向かってくる銃弾に気がついて、それを拳で弾こうとした。見事な反応だ。

 ただの弾丸ならば、ダイソンの拳に宿った『混沌の力』はやすやすと弾いたであろうが、突き破る!


「ぬっ、ぬぉぉおお!?」


 グシャッと骨の割れる音が響いて、『オリハルコンの手甲』ごとダイソンの大きな拳が砕け散った。

 怯むダイソンに、コンラッドが大剣で斬りつけていく。


「ぐはあっ、なぜだっ!」


 拳奴皇ダイソンは、銃弾に右の拳を砕かれ、左腕を大剣で斬られて、よろめくようにして後退した。

 そのまま、足のバネを使った瞬足バックステップで逃げるつもりなのだろう。


 愚かなものだな、飛び道具に対して距離を取っても意味はない。

 よっぽど慌てていると見える。


「逃げるな、ダイソン。さっきまでの威勢はどうした」

「飛び道具ごときが、なぜ……」


 ダイソンの血走る眼は驚愕に彩られている。

 そうだよな、そういうものだ。圧倒的な力に溺れるということは。


「俺の弾丸から逃げられるとは思うな、たっぷりと喰らうがいい!」

「余の身体に傷ぉぉぉおおぉぉぉ!」


 俺は、今一度、静かに引き金を引き絞った。

 静寂の世界で、突き抜ける光のイメージ。ダイソンの巨体、それは眼をつぶっていても当たるぐらい、大きな、大きな的だ。


 バシュッと乾いた音が響いて、ダイソンの胸に『光の銃弾』が突き刺さった。

 これまでのことが嘘みたいにあっけなく、ダイソンが胸から大量の血を噴きだす。


「ぐはっ、こんなバカなぁぁ……あり得ない、あっては、ならぬ……。なぜ余の最強の肉体、が崩れ」


 胸から鮮血を噴き出し続けて、足をよろめかせてもまだ、こっちに向かって拳を振り上げるダイソン。

 銃撃を胸に受けて、生きているのも不思議だが、これが拳闘士としての本能なのか。


 血に染まる悪鬼、だがもう恐ろしくはない。身にまとう混沌の力さえ打ち砕けば、ダイソンは強いだけの『ただの人間』なのだ。

 人として死ね、ダイソン。


「お前の負けだ。楽にしてやる……」

「ぐあぁぁあぁああぁぁ!」


 もう一撃、すでによろめくだけの大きな的に向かって、静かに引き金を引く。

 吸い込まれるように『光の弾丸』がもう一発、ダイソンの胸に突き刺さって、その巨体を打ち砕いた。


 ダイソンが盛大な土煙と地響きを上げて倒れるのと同時に、こっちも力尽きたのかコンラッドがガクッと片膝を突く。

 エリザが、コンラッドに駆け寄っていく。


「お祖父様!」


 俺も、コンラッドの様子を見に行くか……。

 横目でチラッと、ダイソンを確認する。自らが噴き出した血だまりのなかで、ダイソンは大の字になって仰向けに臥している。


 胸に開いている大穴。人間は弾丸に心臓を撃ち抜かれれば死ぬのだ。混沌の力さえ打ち破ってしまえば、どれほど鍛えていようが人の定めには逆らえない。

 ダイソンは絶命しているにもかかわらず、顔をしかめ赤く血走った両眼を見開き、拳を強く握りしめたままだった。


 あれほど否定していた飛び道具で倒されたことは、無念だったのかもしれない。

 これも戦争だから悪いとは思わないが、冥福を祈ってやる。だから化けて出てくるなよ。


 いや、ダイソンと戦った俺だから分かる。

 きっとダイソンの死体が、アンデッドや魔族になって蘇ったりは絶対しないだろう。


 この世界に混乱を巻き起こした拳奴皇ダイソン。ただひたすらに力を求め、拳を振るい殺し続けた。その生き様は『母なる混沌』に愛されて、大きな混沌の力を授かったが、それでもフリードのように、闇に落ちることはなかった。

 ダイソンは最後まで人間の拳闘士ボクサーだった。誇りある人として戦い、そして人として死んでいった。


 迷惑極まりない存在だったが、その生き方までは否定すまい。

 ただでさえ接近戦チートのダイソンが闇堕ちして、魔王なんかにならずに居てくれて、助かったとはいえるからな。


「ぐふっ、死に損なったようだな……」

「お祖父様、お祖父様ぁ!」


 エリザに抱えられて、力尽きるようにゆっくりと地に横たわった老勇者コンラッド。その老体にすがりついて、八歳の女の子がわんわん声を上げて泣いている。

 どれほど気丈に振る舞って、聡明に見えても、エリザはただの子供なのだ。子供から最後の肉親を奪う権利は、コンラッド本人にもないだろうに。


「コンラッド帝、孫を泣かせるな」

「スマンの、若き勇者よ……ワシはいささか疲れた。あとを、頼む」


 そう言い残すと、老いた勇者は静かに眼を閉じた。

 おい、死んでないよな。


 慌てて駆け寄って脈を取ると、老勇者コンラッドは、眠っただけのようだった。

 ふうっ、人騒がせな爺だよ……。

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