第152話「皇孫女は正義を叫ぶ」
「正統なるゲルマニア帝国の後継、エリザベート・ゲルマニア・ゲルマニクスが、カスティリア王国軍に告ぎます。人質などという卑怯な真似を即刻おやめなさい!」
十字架に括られた少女を盾に、俺をおびき寄せようとしたカスティリア王国軍も唖然としている。
目的たる勇者を釣り出す前に、いきなりゲルマニア帝国の皇孫女が釣れてしまったのだから。
とにかく慌てて追いかける。エリザは本当に八歳の幼女なのだろうか。大人の俺よりも、よっぽど立派に皇族の気位を見せている。
青みがかったプラチナブロンドを腰まで伸ばしている、金と青のヘテロクロミアの煌めく瞳が敵を射すくめるように睨んでいる。
子供ながら、ゲルマニア皇族の証たる貝紫色の豪奢なドレスを身にまとう気品。敵軍二千の前に徒手空拳で立ち向かう強い意志は、世界に冠たる帝国の末裔として相応しい威厳がある。
隣に居て、今にも手に持った弦楽器を弾きだしそうなお供のツィターは、うん……あの顔は何も考えてないなきっと。
「クククッ、これは皇孫女殿下、ご機嫌麗しゅう。私は、上級魔術師にしてカスティリア王国の将軍レブナント・アリマー、どうぞお見知りおきください」
「卑怯者に語る口など持ちません。レブナントとやら、まず人質の少女を解放してから申し述べなさい!」
エリザ、敵を挑発しすぎだ。
俺がようやく尊大なる皇孫女殿下の元に駆けつけるが、こっちに話しかけてきた前髪を長く垂らした銀髪の魔術師は、勝ち誇った笑みを浮かべている。
「うーん、ここだと実に良い眺めですね」
「キャー、あんた何見てんのよ、死ねェェ!」
敵軍のレブナントとか言う魔術師将軍は、何と大きな木の十字架からロープで吊るされているサラちゃんを下から見上げて、スカートの中を覗いていた。
こいつも、こいつで余裕すぎるだろ。
「レブナント! 貴君も一軍の将であるなら、婦女子を辱めるような真似をして、恥ずかしいとは思わないのですか!」
「オホッ、まさか八歳の幼女殿下に名指しでお叱りの言葉をかけられるとは、このレブナント恐悦至極ぅううぅぅううう!」
こいつ変態だーっ! 全軍の前でエリザに罵倒されて、頬を赤らめビクビクと身を震わせて喜悦の表情を浮かべている。
何でこんなヤツが代表者なんだ、カスティリア王国軍……。
よく見ると、敵軍の面々もみんな顔を背けて嫌悪に満ちた顔をしている。
だよな、どう見てもただの変質者だ。
レブナントにウンザリってことで、みんなの心が一つになったところで、何とか和解案を見いだせないだろうか。
「と、とにかくまず人質の女の子を解放なさい。貴方がたの要求は、私の身柄なのでしょう、私はこの通り逃げも隠れもいたしません」
「ククッ、そう言われて『ハイそうですか』と解放するようなら、最初からこんなことはしてないんですよ」
レブナントのあまりにも変態な態度に、度胸の塊である皇孫女も怒りを忘れて、顔が蒼白になっている。
マゾという言葉を知らなくても、こいつはヤバイ奴だと一目で分かる。みんなドン引きだからなあ。
「良いだろう、皇孫女殿下の言うとおり人質は解放してやろうではないか」
「ダイソン……」
身の丈三メーターの巨漢。半裸のトレーニングパンツが、貝紫色のマントを翻しながら姿を現した。拳奴皇ダイソンが、なんでこんなところにいるんだよ!
最大の危険人物である新ゲルマニア皇帝、帝都ノルトマルクを空っぽにしてでも、ゲルマニア皇族を取り返しに来たというのか。
「久しぶりだな我が妻エリザベート、迎えに来てやったぞ」
上半身裸の拳奴皇ダイソンが、悠然と仁王立ちしながらエリザベートに語りかける。
エリザは、俺の後ろに隠れて震えている。当たり前だよ、八歳の女の子に我が妻とか言うなよ。
勝手に人質を解放すると宣言したロリコンと言う名の皇帝に対して、楽しそうに人質をいたぶっていたレブナントが、不快感を表明した。
「ダイソン陛下、何を勝手なことをおっしゃるか、これから私が人質を使っておびき寄せられてきた勇者をいたぶってですね」
「黙れレブナント。貴様、誰に向かって口を利いておるか」
ダイソンの野太い声の迫力に、さすがのレブナントも押し黙った。
そりゃそうだよな、いくらマゾといっても魔術師のヒョロヒョロの身体じゃ、ダイソンに殴られたら一発で死んでしまう。
「シレジエの勇者よ。初めて……いや、初見ではないか。たしか、余に一度煮え湯を呑ませてくれたな、ドリフ・ガンナー」
「ありゃ、バレてるのか」
まあ、
勇者としての力を
「そちらの言うとおり、人質は解放しよう。その代わり、余とお前で一対一で勝負してもらうぞ。どちらがエリザベートの夫となるにふさわしい強者か、示してくれよう」
「いや、待てよダイソン」
ダイソンは、言うが早いか飛び上がって、十字架に括られているサラちゃんのロープを手刀でたたっ切ってそのまま放り出した。
地面に「うぎゃ」と落ちたサラちゃんは、ジッと近くに潜んでいたらしいミルコくんが飛び出して、小さい身体を抱えると脱兎のごとく逃げていく。
捕らわれヒロインとしては、あっけなくも悲しい解放のされ方だったが、無事に解放されてよかった。
レブナントは、人質計画を台無しにされて憮然とした表情をしている。
「さあ、言われたとおり人質は解放したぞ。まさか、ここまできて余の勝負を受けないという卑怯はするまいな」
「いや、本当に待って欲しいんだけど、しかたがない……」
このダイソンという男は脳筋に見えるが、その実、頭も切れる手ごわい強敵なのだ。
同盟軍のカスティリアに散々と汚れ役をやらせておいて、それをわざとらしくたしなめることで、得意の接近戦闘で俺と一騎打ちする有利なフィールドを作り上げた。
敵味方を巧みに利用した、これ以上ないほどに、見事な立ち回り。
さすがは、帝都でトップクラスの人気だった拳闘士、ショーアップはお手の物なのだろう。
ここは王都シレジエの正門前なのだ、敵味方の兵士が見守る中で、正義を唱えてしまったからには、俺もエリザも引くに引けない。
正々堂々と一騎打ちをやるしかない。八歳の子供の身柄を賭けてというのが、もう全く釈然としないんだけどな。
「ガンナー様、いえ……。佐渡タケル様、申し訳ありません」
「無謀な真似は感心しないが、お前は立派だよエリザ。みんなが言いたいことを堂々と言ってくれたんだから謝ることはない。これを持って、下がっていてくれ」
俺は、エリザの青みがかった金髪を撫でると、
俺はまだこのとき、ダイソンを所詮は格下と見くびっていたいたのかもしれない。柄にもなく、正々堂々と戦おうとしてしまったのだから。
肉体的に考えるとダイソンにはるかに劣るとはいえ、俺は『光の剣』と『中立の剣』を持ったシレジエの勇者だ。
格闘家チートが『オリハルコンの手甲』を付けていようと、どれほど身体を鍛えあげていようと、所詮はただの人間ではないか。
この世界には、絶対的な力の強弱が存在する。たとえ格闘家チートが最強金属オリハルコンで固めていても、勇者の力には勝てない。神の力を付与された勇者を舐めんなよ!
両方の手から光り輝く双剣を顕現させて、ダイソンに斬りかかる。
「お望み通り、一撃で決めてやるぞダイソン」
「行くぞ、シレジエのォォォ!」
ダイソンの大きな岩ほどもある手甲パンチに向かって、俺は『光の剣』と『中立の剣』を大振りに、連続斬りを仕掛けた。
これは、かつてフリードが使った『ゲルマニクス流剣術 烈皇剣』に近い大技。
格下相手に、小細工はいらない。
全身からほとばしる気迫のままに、ただ強烈な斬撃をぶち当てるだけだ。相手は一撃で死ぬ。
「なっ! 弾いてみせただと」
「フッ、さっきの勢いは、どうしたあァァ!」
俺の青白く輝く光の剣は、確かにオリハルコン製の手甲を斬り裂いた。火花を散らしながらその表面を削ってみせた、そこまでは良かった。
続けて、鈍い銀色に輝く中立の剣を打ち当てて拳を砕いてやろうとしたのに、ダイソンの『ただのパンチ』に弾かれてしまった。
連続斬りでダイソンを傷つけることが出来なかった俺は、そのままの勢いで殴りかかられて、拳圧に押されるようにして距離を取る。
なぜだ、なぜ創聖女神に与えられた『光の剣』と、混沌母神に与えられた『中立の剣』を喰らって無傷で立ってられる。
「ダイソン、お前……、一体何者だ」
「余か。余は世界最強の拳奴皇、ダイソンである!」
そんなことを聞いてるんじゃねえ。
大きな巨体のくせに、軽々と飛びかかって頭上から拳の雨を降らせてくるダイソンの攻撃を、剣振り回しながら受け流して、地べたを転がりまわって何とか逃げまわる。
なんて重い拳圧、『ミスリルの鎧』が無ければ即死だった。俺の大事なミスリルの鎧にヒビが入ってるんだけど、どうなってんだよ!
このダイソンの圧倒的なパワーは、闇の力に取り込まれて魔王勇者化したフリードと打ち当たったときの感覚に似ている。
「ダイソン、お前もしかして魔王化したのか」
「ハンッ? 知らん」
そうだよな。魔王化したら魔族になるもんな。
ダイソンは、あくまでただの生身の人のままで、固く握りしめた拳に不思議な力を宿している。
「ならば、『光の剣』も『中立の剣』も通用しない、その拳の強さはなんだ」
「余の拳は我流。拳に宿る拳気は、森羅万象の全てを打ち砕くものなり」
ダイソンも小細工しない。
巨躯のダイソンよりもはるかに小柄な俺を格下と見て、ただ真っ直ぐに重い拳を頭上に叩き下ろしてくる。
必死に光と中立の双剣で受けるが、その圧倒的な拳の力にまた弾き飛ばされた。
たった一撃、強烈なのをまともに喰らっただけで、立ち向かう気力が萎えかける。本能が、こいつと戦ってはいけないと悲鳴を上げている。
まるで、ダイソンの巨体は立ちはだかる巨大な鋼の壁だ。鋼の壁がそのまま、頭上からふりそそいでくるような重さを感じる。
その一撃を喰らうごとに、
腕がしびれて、立ち上がろうとする足がよろめく。
打撃ダメージが酷い。一撃喰らうごとに、なによりも抵抗しようすると精神が、ごっそりと削られた。
拳気とやらに覆われた『オリハルコンの手甲』の拳は、実際にはオリハルコン以上の硬さを誇る。
ただの人間にどうして、勇者の力が通用しない。ただの人間が、どうしてここまでの圧倒的な拳力を持てる。
「ダイソン、お前もしかして、足がタコみたいな触手になってる女の人に会わなかったか」
「フンッ、何を言ってるか分からんが、人で在るもの人で在らざるものにかかわらず、強者ならばなんでもこの拳で叩き潰してきた。いちいち覚えていないが、その手の
細かい事情は分からないが、俺はその言葉で、得心がいった。
鎧も身に着けていない生身なのに、ダイソンには『中立の剣』の効き目が悪い。身体中が硬いバリアに覆われているで、剣が通らない。
ドラゴンを殺しまくって、その血肉を喰らい続けたルイーズに竜気が宿ったように、ダイソンはおそらく『古き者』の誰かを素手で殺して、その身体に『混沌の力』を得ている。
アーサマの力は、きちんとした手順を踏んで勇者にならないと得られないが、この世界の宇宙そのものである『母なる混沌』の力は、そうではない。
混沌の顕現である『古き者』に力を示せば、力を与えられることもある。ダイソンが『拳気』と呼ぶその力は、俺の『中立の剣』と同質の力だ。混沌母神の源からきている。そう確信した。
あれ……これ、まずくないか。
付与された神力で同格に並ばれたら、格闘家としてのスピードもパワーも、戦士としてのテクニックすらも負けている俺はどうすればいいんだよ。
ヤバイなこれ、絶体絶命のピンチってやつじゃん。
俺は久しぶりに命の危険を感じて、全身が震えた。武者震いと思いたいが、怖気だ。
もしかしたら、殺されるかもしれない、恐怖。考えてはいけないと思っても、敗北する未来が見えた。
シレジエの勇者に成り上がって、一方的な強者として戦うことに慣れた俺からは、決死の覚悟が消えていた。
心の上でも、ダイソンに圧倒されてしまう。
ダイソンは、容赦なく拳気に満ちたオリハルコンの拳を、ただ真っ直ぐに俺に向かってぶつけてくる。
決め手に欠ける俺は、二本の神剣を振るいながら、防戦一方になった。このままじゃ殺られる。俺も覚悟を決めて。
効き目の強い『光の剣』で重たい拳を止め、反撃を喰らうのも覚悟で、捨て身の斬撃を仕掛ける。肉を切らせて骨を断つだ。たった一撃、急所にさえ当たればいい!
しかし――
「バカ、なっ」
「そんなもので終わりか」
たたっ斬ってやろうと、ダイソンの丸太のように太い首に『中立の剣』を叩きつけたのに、筋肉で受け止めやがった!
中立の剣は、筋肉を浅く斬り裂いたに止まり、骨まで達していない。神剣の
「やっぱりもう、お前は人間じゃねぇよ!」
「余は人間だ。貴様とは、鍛え方が違うだけだ!」
ダイソンの拳を腹にまともに喰らってしまった。
鎧がひしゃげて、俺の身体が悲鳴を上げるように軋んだ。このままじゃ、鎧も俺の身体も持たない。
「ぐはぁっ! ああ……」
「つまらん、シレジエの勇者。なんと弱いのだ。これなら飛び道具を使っていたときのほうが、よっぽど強かった」
斬り裂かれた首から血を流しながらも、ダイソンは全くダメージを受けた様子がない。荒い息の下で、俺は劣勢を悟った。打つ手が無い。
様々な強敵と戦い、眼が鍛えられた俺は、中途半端に強い。だからこそ、俺は怖いのだ。ダイソンの圧倒的な強さが分かって、恐ろしい。
これほど追い詰められているのに、ダイソンはまだ百パーセントの力を出していない。
こちらの剣は通用しない、今のダイソンの瞬速の拳を受け続けるだけで、俺は必死なのだ。
あいつはまだ、決め技の
これでもまだ、全力じゃないのだ。
どうする、逃げるか。
勝てないなら全てを捨て置いてでも、ここは逃げるべきか。しかし、その隙がないぞ。
「ハァ、ハァ……」
「なにが勇者だ。くだらん力に溺れ、筋肉の鍛え方が足らんのだよ。そんなことだからなぁ!」
ダイソンの拳が、『ミスリルの鎧』の腹を粉々に砕いた。
パリンと、ガラスが割れるような軽い音がした。
これまで、粘り強く俺を守り続けてくれた
俺はまた強かに殴り飛ばされて、地面へと叩きつけられた。受け身を取り、転がるように這いずりながら、起き上がろうとするが、そこにダイソンが拳を握りしめて駆け込んでくる。
ああ……やばい。
「クソッ、このままでは……」
「これがお前の全力か? これで終わりなら、楽にしてやろう。その身に最強のパワーをたっぷりを刻みながら逝くがよい、
頭上から、信じられないぐらいデカイ拳が降り注ぐ。これほどまでに奴の力は強いのか、このまま俺は為す術もなく――
あっ、またこの感覚か。死を前にして、世界がスローになっていく。
命の危険を感じた心臓が、脳にドクドクと血を送って思考を高速化させる。何か起死回生の策はないかと探らせるのだ。
しかし、俺を守る『ミスリルの鎧』はもう砕けた。勇者の剣も通用しない。
いまさら気がついても遅いが、勇者の力が通用しなかったときに、逃げておくべきだった。勝てない敵を避けるのは恥ではないのに、不覚としか言いようが無い。
俺は、自らを押しつぶす大きな拳が振り下ろされるのを見守るしかなかった。これは、死ぬかもな――
ガキィィィ
硬い金属と金属が削れあう音。俺の肉と骨がダイソンの、
俺の目の前で、『オリハルコンの大盾』を抱えて、ダイソンの一撃を受け止めた大きな背中。
「守護騎士ヘルマン、
「ヘルマンすまん、助かった」
やだヘルマンカッコイイ。俺が女だったら、絶対惚れてたわ。
鉄壁のヘルマン、頼もしい守護騎士様の登場だ。
「お前ら、これは一対一の勝負なのだぞ」
「我が君の危機に、知ったことかァァァ!」
軍馬に乗ったルイーズが、空気を震わせる大声で叫びながら駆け込んできた。そのままの勢いで『オリハルコンの大剣』を振りかぶり、ダイソンの巨体目掛けて叩きつける。
さすがのダイソンも、ルイーズ渾身の一撃には吹き飛ばされた。
最強の剣と盾の騎士が、間に合ってくれた。
俺はこの隙に、ポーチから
ふうっ、一息つけた。助かった。
「王将軍閣下! ダイソンは、我らが引き受けますゆえ」
「すまない、ヘルマン、ルイーズも」
彼らは騎士だ。本来なら、一騎打ちに割って入るなど、誇りが許さない行為のはず。
そのこだわりよりも、俺を守ることを優先してくれたのだ。すまないとしか、俺には言えない。
「一騎打ちの約束が破られたぞ!」
そのレブナントの叫びを合図にしたように、敵味方のおそらく双方が望んでいない乱戦が始まった。
敵だって兵力はさほど多くはないし、こっちも本来なら街の中に篭っていれば、楽に勝てたものを、乱戦では被害が多くなる。
俺の身を守ろうと、リアやシレジエ軍が駆け寄ってくる。敵も負けず劣らずに押し寄せてくる。
これではお互い、削りあうだけの戦闘になる。これも俺が不甲斐なかったせいだと、諦めるしか無いか。
すでに双方の兵士たちによるマスケット銃や、弓矢の撃ちあいが始まっている。
俺の目の前にも、敵の矢が突き刺さって肝を冷やした。流れ矢がどこから飛んでくるかも分からない、ここは危険だ。
「ツィター、何をぼさっとしている。エリザベート殿下を早く下がらせろ!」
俺が慌てて振り返って叫ぶと、戦場のど真ん中で弦楽器を抱えて右往左往していたツィターは、小さいエリザを抱えて後方に逃げていった。
殿下の身柄より、自分の楽器を守るのを優先しようとするんじゃねえよ、まったく……。
俺も不甲斐なかったが、それ以上に間抜けな楽士ツィターを見ていると、心が落ち着く。
あれは癒し系だなと思う。そうだ、サラちゃんは救えたし、皇孫女も無事なのだ。勝負の勝ち負けなどどうでもいい。
一人でダイソンを殺れないなら。
ヘルマンとルイーズと俺の三人で囲んで倒せば良い。
化物を相手にするのだ、卑怯者の謗りなど、いくらでも受けてやる。
被害を出さずに、敵を倒せるのが第一。そう思って俺は前を向いたのだが、そこには目を疑う光景が広がっていた。
ヘルマンが、地面に突っ伏して倒れている。
鉄壁のヘルマンが、ほんの一瞬眼を離した隙に、やられていた。
「少しがっかり、シレジエの勇者の側近にしては弱いのダ」
ヘルマンを最強の大盾ごと弾き飛ばしたのは、ダイソンではなかった。
ダイソンと俺たちの戦いに、いきなり割って入った、手足に大きな青くゴツゴツした鱗が付いている、変わった風体の少女。
目鼻立ちは美しく、大きな胸に白い布を巻いているだけのあられもない半裸に、一瞬眼を奪われそうになるが、青い髪から生えた大きなドラゴンの角、大きな翼と長い尻尾がそうはさせない。
美少女の外見になど惑わされない。鱗の突いた大きな手から伸びる白く鋭い竜爪は、恐るべき戦士のそれだ。こいつも、格闘家チートか。
ヘルマンに続いて、ルイーズが『オリハルコンの大剣』を振りかぶって、青髪の少女に襲いかかるが、ギリッと音を立てて跳ね除けられる。
最強金属、オリハルコンの大剣をやすやすとその鋭い爪で弾き返した少女は、そのまま空中に弾き飛ばしたルイーズの腹を、グサッと鋭い爪で突き刺した。
「ルイーズッ!」
「ガハッ」
為す術もなく鋭い爪に貫かれた、ルイーズの背中から、赤い鮮血が吹き出した。
俺は慌てて倒れ伏した彼女に駆け寄る。ルイーズの腹が、鋭い爪で突き破られた。致命傷には至ってないようだが、『オリハルコンの鎧』を一発で貫くなど『中立の剣』でも出来なかったことだ。
「分かるか、勇者……この女の急所、わざと外してやったのだゾ」
一撃でヘルマンを退け、一突でルイーズを倒して見せたドラゴンの少女は、無邪気な笑顔で、ジャキンッと勝ち誇るように鋭い竜爪を掲げてみせた。
分からねえよ!
「まったく、次から次へと規格外の敵かよ……」
この期に及んで、ダイソンと同格か、それ以上の強敵が出てきたってことか。
俺は、ルイーズに
冗談キツイよ、まったく。
だがな、まだ終わらんよ。
こうなったら、俺だって最後の奥の手を使わせてもらうぞ!
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