第151話「人質は高く吊り上げられた」
カスティリアの妖艶なる魔女。
染めているのか地毛なのか、鮮やかな紫色の巻き髪に豊かなボディーラインが出るぴっちりしたドレスを来ている。ドレスの胸元はきわどく開いており、スカートには鋭角にスリットが入っていて、大胆に太ももをあらわにしていた。
宮廷魔術師『魅惑』のセレスティナ・セイレーンは、手でいじくり回している
セレスティナの特異魔法、『
「
セレスティナの魅惑の吐息が発せられるが、王城から迫るシレジエの兵士たちは、これまでのように操られない。セレスティナに、槍を持って突きかかってくるので、キャーと叫び声をあげて慌てて逃げた。
予想されていた事態なので、本気で叫んでいるわけではない、からかっているだけなのだ。
すぐに爬虫類人の護衛がやってきて、セレスティナを守った。
ご苦労様と声をかける彼女は、ご機嫌に足取りも軽やかにレブナントのところまで走っていった。
布の面積が少ないドレスを身にまとう彼女は、ある意味とても動きやすいと言える。
「うむ、ディスペルマジックの範囲に入りましたか」
一軍を率いる魔術師将軍、レブナント自身も風魔法を唱えてみるが、本来なら
致し方がないので、自軍の温存していた兵士を前線にあげて、王都から湧いた敵とぶつからせた。
「ねぇ、レブナント。あの、シレジエのおじいちゃんのせいよね」
大胆にあらわにした太ももを見せながら擦り寄ってくるセレスティナに、レブナントは顰めっ面で頷いてみせる。
彼女の言うおじいちゃん、シレジエ宰相であり上級魔術師でもある大博士ニコラ・ラエルティオスの手強さを思うと、油断ならなかった。
シレジエの大博士ニコラ・ラエルティオス。その魔術の力は、上級魔術師としては高いものではない。ラエルティオス家は名門ではあったが、禁呪の因子操作を使わねばならないほど、魔術師としては枯れた家系だ。
むしろ老博士ニコラの強さは、魔術師ならば誰もがおろそかにする初級魔法ディスペルマジックを特異魔法と呼べる領域まで鍛え上げた、その卓見にある。
ディスペルマジック。魔術師が初めて習う基本呪文の一つで、他者の魔法を打ち消す最も地味な魔法の一つである。
強大な力を誇る上級魔術師ならば、歯牙にもかけぬ魔法だ。もっと派手で強力な魔法の習熟に力をかけるのが普通である。
なぜなら、上級魔術師は自らの地位向上のために素人でも分かりやすい派手な魔法で、自らの力をアピールする必要があるから。
ディスペルマジックが得意だからといって、魔術師としての評価につながらない。誰もがひと通り出来ればよしとする、地味で目立たぬ基本的な抗呪魔法。
それをニコラは、生涯をかけて研究して高めていった。また、配下の中級魔術師五人を有する魔術師団にも、ディスペルマジックの鍛錬を推奨して組織的な大規模対抗魔法のフィールドを作り上げたのである。
その結果が、ユーラ大陸でも屈指の実力を持つ若干十九歳にして、人間と魔族の魔法の両方を最上位まで習得した天才魔族カアラをも抑え込めるほどのディスペルマジックの力となったのだ。
ニコラが入念に結界を張って守る王都では、敵対する魔術師はその力を失う。カスティリア王国最強の魔術師『魅惑』と言えども、例外ではない。
自らも上級魔術師であるレブナントは、その見えない力の恐ろしさに臍を噛んだ。いや、大丈夫。これは知略の戦いだ。
魔法が無効になるからこそ、こちらには接近戦闘の鬼神どもを用意したのだ。いっそこちらもディスペルマジックをまき散らして、戦場を魔術無効化の空間にしてしまおう。そうなれば魔術師団を攻撃に使えない向こうが不利になるはず。
それに人質だっている、振り返るとレブナントは、馬車の中で
「なによ!」
「クククッ、ついに人質の貴方に、役に立ってもらうときが来たようですよ」
「いやっ、やめてぇ!」
「おとなしくするのですねえ。抵抗すると、怪我をしますよ」
簀巻きとはいえ、足は動けるわけで、サラちゃんの放つ強烈なキックを何度も顔面に受けながら、レブナントは至福の表情でにじり寄った。
レブナントが暴れるサラを捕まえて、台車の上に乗せた大きな十字架に引っ掛けるのを、周りの味方たちは嫌そうな顔で見ていた。
卑怯極まりない人質作戦は、やはりこの世界の倫理観から言っても、あまり喜ばしいものとはされてない。
しかし、魔術師将軍レブナントには、そんな常識は通用しない。彼は手段を選ばない、それどころか目的すら選ばない。彼にあるのは、自分の歪んだ美意識だけ。
むしろ、みんなにやるなと言われることを率先して、嬉々としてやる。
敵に回しても、味方に回しても、質の悪いとしか言い様がない変態だった。これは、強敵である。
※※※
シレジエ王国の首都シレジエ。王都の外壁を守る兵士たちは、混乱した。
シレジエの外壁を、二千の兵が囲んだかと思えば、義勇軍の代将サラ・ロッドが、人質として大きな十字架の上にその小さな身体を括りつけられるようにして、晒し者にされたからである。
「サラ兵長が、人質に取られてるって!」
「おい、落ち着け」
少女が人質として使われるなど、まともな国同士の戦いでは、あまり見られないシーンだ。
騎士道で言えば、婦女を人質にするなど禁忌である。戦争はときに残酷であるから、歴史上にはそういうケースもないこともないが。
卑怯者の謗りを受けて評判を著しく落とす反面、あまり効果的な作戦とは言えないので、近年では見られなかった光景。それだけ、戦争は再び陰惨な時代を迎えたと言えるのかもしれない。
しかも人質にされているのは、義勇軍創設以来から活躍している有名な少女だ。城を守る兵の中でも、義勇軍出身者はかなり動揺した。
「兵士長、敵は人質と皇孫女エリザベート殿下を交換だ、などと叫んでますけど」
「はぁ、そんなことできるわきゃないだろうが!」
王都の兵士長のおっさんギル・ヘロンは、外壁の上を走り回って兵士の動揺を落ち着かせると、手を出さないように命じる。
敵軍を遠巻きにしながら、とにかく早く王将軍を呼ぶようにと、部下に命じた。
「いま、王将軍閣下は、ライル摂政のお見舞に出ていまして……」
「見舞いだと? 敵が首都の前まで来てるんだぞっ! ええいっ王将軍でなくとも良い。宰相閣下でも、女王陛下でも誰でも構わん。とにかく城のお偉いさんに、現状を報告してこい!」
これはマズイことになったなと、ギルは焦る。彼は、十年以上も三百人の城兵をまとめて王都を守り続けているベテランの兵士長だ。
王都シレジエの防衛に限って言えば、プロフェッショナルと言っても良い。
敵がたとえ十倍の数で攻め寄せようとも、王都の守りを破らせない自信はあった。今回の防衛には、魔術師団も義勇軍兵士もいるのだからその点は安泰。
問題は、現場に責任を取れる将軍がいないということ。
義勇軍は兵士の数が居ても、隊長クラスですら敵の陽動に引っかかって全員出払っている。
ギル兵士長は、あの人質に取られているサラ兵長(いや、今は出世して代将閣下におなりだったのだったか)の安否の責任を取りたくないのだ。
小心者のギル兵士長にできることは、城を守ることだけ。他の面倒事や厄介事には、かかわらないようにして、ここまで生き残ってきた男なのだ。
人質をめぐって、敵軍との難しい交渉などやるつもりもないし、出来る権限もない。
「かぁー、なんで俺しかいないときに、こんなことになってんだよ。宰相でも女王でも王将でも誰でもいいから、早く来てくれーっ!」
「俺を呼んだか、ギル兵士長」
空を飛んできた魔族の娘っ子に、担がれるようにして浮かんでやってきた王将軍、シレジエの勇者、佐渡タケルの姿を見て、ギル兵士長はポカンと口を開けて。
慌てて、敬礼した。
「こっ、これは大変失礼しました。王将閣下っ! 現状報告なのですが……」
「報告はいい。状況は、見れば分かる」
佐渡タケルは、外壁の上に降り立つと、腕を組んでニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
ギル兵士長は、あのサラという少女が王将軍閣下の愛妾であったと、義勇軍の隊長に聞いたことがある。
自分の女が、敵に人質に取られても、これほど冷静にいられるものか。
まだお若いが、さすがは伝説の勇者と讃えられるお方だなと、感心した。
狼狽していたギル自身も平静さを取り戻し、自分の仕事をしようと部下の兵士たちに城の守りを固めさせる。
上にしっかりと責任を取ってくれる将軍さえ居てくれれば、ギル兵士長は有能な武官なのである。
※※※
「さてと、どうしたものか」
「敵は、皇孫女エリザベート殿下と人質の交換を申し出ておりまして」
「それはできんだろうな」
「もちろんであります。それを断ったら今度は、王将軍一人で引き取りに来いなどと、ふざけたことを申しております!」
部下の手前、冷静な振りをしてみたんだが、敵にサラちゃんを人質に取られているって状況は、いかにもやりづらい。
もちろん皇孫女を身代わりに渡すなんてことができるわけもない。しかし、このピンチを脱する策は俺では思いつかない。
本来なら、知恵を出してくれるライル先生も、今はここに居ない。
そう言えば、サラちゃん救出はミルコくんに任せろって言ってたな。再び渡してくれと、
「ギル兵士長、義勇軍のミルコ・ロッサを探して呼んできてくれないか」
「ハッ」
ミルコくんは、南部貴族との戦いには戻っていない。あっちに戻れば、副将格として指揮官だってやれるのに、サラちゃんを助けるために一兵士として王都を守る義勇軍に紛れているはずだ。
その若者の懸命さは同じ男として好ましいが、必死の覚悟を抑えないとそのままサラのために本当に死んでしまうかもしれない。
どう命じるべきか、考えてる間もなく、ミルコくんが猛ダッシュでやってきた。
「よう、久しぶりだな」
「勇者様、サラ代将を助けてください、助けてください!」
ものすごい形相で、詰め寄ってくる。彼は、サラちゃんを助けるのに、ただそのためだけに真剣なのだ。
自分の出来ることは全てして、それでも力が足りなければ、平然と誰にでも頼むし、頭を下げてみせる。命だって投げ出して見せるだろう、この若者はサラちゃんのことになると、そういう危うさがある。
「落ち着け、そのために呼んだんだ」
「そのためになら、何なりといたします。サラを助けられるなら、僕は死んだっていいんです!」
「その覚悟は立派だが、両方が生き残れる道を考えろ。ほら、ライル先生からだ」
「はい?」
一度は、取り上げられた
「それが、先生からもう一度お前に預けられた意味、分かるな?」
「分かりました、何とかチャンスを見つけて、僕がサラを助け出します」
真剣な表情で頷き、武器と外衣を受取るミルコくん。急いで装備して一目散に駆け出した。良かった、分かってくれたか。
ぶっちゃけてしまうと、俺は「ミルコくんに助け出させろ」って先生が言った意味、いまいちよく分かんないんだよね。
先生たち、軍師がやっているのは、世界を盤上に見立てた将棋だ。
武器を与えられたミルコくんもそうだし、王将軍などと威張って見ても、俺も『王将』という一つの駒に過ぎない。
「まっ、駒の一つとして、精一杯気張って見せることだ」
王城からやってきたのだろう、ニコラ宰相と魔術師師団が外壁まで駆けつけてきた。シルエット女王まで護衛を引き連れて付いて来ている。あまり戦場には近づいて欲しくないのだが、見えるところに居てくれた方が安心かもしれない。
シルエットには、シャロンやジルさんが護衛についている。万が一、王城が落とされるようなことになれば、逃げることも考えないといけないから、城に居るよりもいいかもしれない。
「国父様、作戦はお入用でしょうか」
「言ってみろ」
カアラも空を飛んで来て献策してくるが、なぜか一緒にリアまで抱えてきている。アーサマ教会のシスターなのに、リアはなぜ魔族とばかり仲良く馴れあうのか。思わず苦笑してしまう。
お前ら敵対してるって設定はどうしたんだと聞いたら、もうシスターではないと返してくるのだろうか。仲がいいのは良いことだが。
「アタシが、隠形で近づいて、人質を救い出してご覧に見せます!」
「却下だ、カアラ。お前一人で出ていっても各個撃破されるだけだ。手段を選ばない敵は、甘くないぞ」
これが、誘い出す罠なのは分かっているのだ。
一人で行っても、上手くいくはずがない。それが分かっていて、俺を危険に晒すまいとカアラは提案したのだろう。
カアラは一度、俺の身代わりになって大怪我をしたことがある。
魔族は強大な力を持つ代わりに、回復ポーションが効かないという厄介な性質があるのだ。あの失敗は繰り返すまい。
「ですが、国父様」
「お前は、俺の大事な最後の奥の手だ。いざというときには合図するから、そのときは頼む」
そう言っておかないと、カアラは引き下がらないからな。
このときは、本当に彼女まで使わないといけないところまで、追い込まれるとは思っても居なかった。
「リアは、どうすべきだと思う」
「わたくしは……」
リアは、俺に意見を聞かれるとは思っていなかったのだろう。驚いた顔で、言いよどんだ。
俺も何で、リアに意見を聞いたのか自分でも分からないが。少し考えて、そうかと思い直す。
「俺は、勇者だ。お前はもうシスターではないが、勇者付きの聖女だろ」
「捕らわれた味方がいるならば、勇者は自らが先頭に立って、是非とも助けるべきです……」
「俺はリアの、その言葉が聞きたかった」
「でもわたくしは、もうシスターではありません、タケルに行けなんて言えません!」
リアがいつになく、真剣だった。
俺はサラちゃんを助けたい。でもそれは、ライル先生に止められている。だからリアに背中を押して欲しかったのに、そうしてはくれないらしい。
「敵は俺を待っているんだろう。ここで行かなければ、勇者じゃないんじゃないか」
「わたくしは、聖母になりました」
リアは、突然何を言い出すのかと、びっくりする。
「おい、オラクル。リアの言ってることは……」
「うむ……。おそらくアーサマの小娘が言うのは本当じゃろう。まだ胎児が小さくて分からんが、出来とる感はあるのじゃ」
なんだその中途半端な感じは、性の専門家オラクル先生に聞いても、微妙なご意見だった。
妊娠してるのか、してないのかハッキリしろ。
「わたくしに、アーサマから受胎告知がありました。勇者の子が出来れば、聖女は聖母となり、その力は増すのです」
「アーサマって、そういうサービスもやってるんだな」
なんというか、あの女神様も豆だよなあ。
いちいち、信者に「子供が出来ましたよ」とか言いに来るのだろうか、そりゃケツカッチンにもなるわけだ。
聖母の力を授けてくれるって、まるで出産祝いを送ってくれる上司だ。
あいかわらず、微笑ましいアットホームさだな。アーサマ教会。
「おそらくこれもアーサマのシナリオ。戦う運命にあるために、聖母の力を授けたのだと思います」
「それなら、俺がいくしかないってことだろう」
リアは、俺を抱きしめてくる。
いつもの激しい抱きつきではなくて、そっと優しく肩を抱くだけで、それなのに縋りつくような力を感じる。
「だからこそ、危険な戦いになると分かっているのです。アーサマが行けと言っても、わたくしはタケルを行かせたくありません」
「心配してくれて、ありがとよ」
リアとあわせた柔らかい肌から、新しい力が伝わってくる。
勇者と聖女は、リンクしている。その力は、結びつきが強まれば強まるほどに高まる。お互いの血を分けあった子供ができるなんて、その最たるものだよな。
きっと、今の俺なら何が来ても負けないよ。
アーサマのシナリオとやらを、俺は全面的に認めるわけじゃないけど、運命は信じているのだ。
女神様の言うなりになるのは少し釈然としないが、今ではリアと一緒になったことを後悔はしていない。
「タケル、わたくしは……」
「見てみろよ、リア。どうしても、俺が行かないといけないように、なってるみたいだぜ」
カスティリア王国軍の二千の軍隊の前に、台座の上に押し立てられた木の十字架にロープで簀巻きにされてぶらされがれたサラちゃん。
そこに敢然と、立ち向かう一人の少女がいた。サラちゃんよりも幼い、八歳の女の子。
ゲルマニア帝国最後の後継、エリザベート・ゲルマニア・ゲルマニクス殿下。
連れているのは、敵軍を前にしても陽気な楽士のツィターだけだ。
「まったく、ゲルマニアの皇孫女殿下は、勇者よりもよっぽど勇敢じゃないか」
俺は、リアにそう言って笑いかけると、外壁を飛び降りてエリザベート殿下の元に走っていった。
あまりにも無謀で褒められたものではないが、敵の眼前に堂々と出ていった、皇孫女の勇気に胸を打たれる。
誰が、人質のことを皇孫女に知らせてしまったのか知らないが。
自らが交換条件になっていることを知ってしまったのだろう。
ゲルマニアの皇孫女として相応しい帝王教育を受けてきたエリザだ。
敵の卑劣な人質作戦に、怒りに燃えて出ていったのだ。
きっと、こうなる運命だったのだと俺は思う。
サラちゃんが人質に取られて、やんごとなき童女ですら怒りに燃えて躍り出るこの場面で、俺が出ていかなくてどうする。
味方の影に隠れていては、何が勇者かと笑われてしまうではないか。
勇者ならば行くべきなのだ。
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