第147話「ランクト攻防戦」
ルイーズの街から打って出ようとの進言に、
ただでさえ、暴発しそうな姫騎士エレオノラを何とかガラン傭兵団長と押さえ込んでいる状態なのだ。
「ルイーズ閣下、うちの姫様を焚き付けないでくださいよ!」
「エレオノラ将軍の判断は、基本的には正しいぞ。まあ私の話を聞けカトー殿」
慌てて文句を言ってくるカトーを手でいなして、ルイーズは説明しようとする。
ただ血気に逸っているわけではなさそうだと、老騎士カトーも腕を組んで、聞く姿勢になった。
「では『万剣』のルイーズ閣下のご高説、お聞かせねがえましょうか」
ルイーズは、戦況をこう分析する。
確かに何重もの防壁があり、物資も潤沢なランクトの街に篭っている限りは負けない。
しかし、三万四千もの大軍を有する敵軍に勝つことも、またできないだろう。
ランクトの街を落とせないと分かっているのに、敵軍がこうして膠着状態に陥れているのはなぜか。
敵の目的が、『膠着状態そのもの』にあるのではないか。
こっちに兵力を引き付けるのが、本当の目的ではないのか。そう考えるのは当然のことだ。
「だいたい、マインツ将軍がランクトの街に入らず野戦をしているのは何故だ。私は、我が
「なるほど一理ありますな」
マインツ将軍は、野戦で拳奴皇軍を一掃する作戦を考えて機会を狙っているのだろう。
その動きを見れば、意図は予測できることだ。
ならば、こちらも守るだけではなく打って出るべき。
少なくとも、機動戦力たる騎士団を遊ばせることはない。
「カトー殿、もう援軍はあらかた到着しているではないか。籠城は基本、援軍を待つための方策だろう。騎兵まで塀の中に押し留めて、時を空費するのは良くない」
「……それは、おっしゃるとおりです」
ルイーズは、こう見えても武家の名門の家柄で、元は
基本的な兵学は修めている。
もちろん、籠城策を取ったカトーが、間違いというわけでもない。
彼にとっては、故郷のランクトの街を守るのが第一なのだから、籠城は正しい判断。
しかし、大将軍として全体の戦略を見るマインツは、また別の判断をするであろうし。
ここで何としても拳奴皇ダイソンの首を落としておきたいルイーズとしては、進撃あるのみとなる。
「さて、どこから攻めるかだが……」
「ルイーズ様、狙うはやはり敵将の首でしょう」
無邪気にはしゃぐ姫騎士エレオノラを見て、ルイーズは苦笑する。
ルイーズの育てたシュザンヌやクローディアたちは、まだ幼さが残るほどに若いのに苦労をしたせいか、こういう血気に逸るところがない。
彼女たちは、まだ成人にも達していないのに、必死に大人をやろうとしている。
それに比べると、ハタチを超えようかというエレオノラが、憧れているルイーズと一緒に剣を振るって戦えると子供のように喜んでいるのだから面白いものだ。
そう言えば、この高貴なる姫騎士様は、タケルと結婚したのだよなとルイーズはふと思った。
どうしようもないお転婆なようで、可愛げもある姫様だ。女性としての美しさもさることながら、生き生きした明るい生命力がある。そういうところに、タケルは惹かれたのかもしれないと、ふと思った。
「私の顔に何かついていますか」
「いや……。作戦はそんなに深く考えることはあるまい、裏門からとりあえず打って出て敵将の首を目指すまでだ」
ランクト公国の重騎士二千騎を中心に、シレジエ王国軍の軽騎士五百騎と、義勇軍の騎兵隊二百騎が、脇を固めて敵の横っ腹を突き破る。
大軍に囲まれて、機動性を失わないようにだけ気を付ければよいだけだ。とにかく、スピードでかき回して、敵将を引きずり出して素っ首を打ち取る。出てこなければ、そのまま敵の陣の弱い部分を突き破ってやる。
「いいですね、ルイーズ様の作戦は、わかりやすいです」
「それで戦局が動くから、あとは野戦を仕掛けているマインツ閣下が呼応して動いてくださるだろう」
自分の
さあ、ようやく暴れまわることができる。ルイーズも騎士である、久しぶりの激戦の予感に文字通り腕が鳴った。
※※※
「鎧袖一触、でもないなこれは」
ルイーズと、エレオノラの騎士団が打って出ると、大都市ランクトの周りを囲んでいた雑兵たちは脆くも崩れ去った。
まだ当たってもいない敵兵すら、軍馬の嘶きが聞こえただけで逃げ惑う。しかもその逃げ方が、統率も何もあったものではなかった。これが雑兵というものか。
あまりのあっけなさに罠じゃないかと思うほどだった。
「フッ、罠でも構うものか。来るがいい!」
ルイーズは、手応えのある敵を求めている。
時折、モヒカン兜を被った指揮官クラスらしい騎乗の戦士がルイーズに斬りかかってくるが、剣ならば一閃。槍ならば二閃で、あっけなく両断された。
まるで、紙を切るように手応えがない。
ルイーズの振り回す『オリハルコンの大剣』は全てを斬り裂いていくし、矢が降ろうが鉄砲が降ろうが『オリハルコンの鎧』を傷つけることなどできない。
「グッ……」
ルイーズの目の前で、大きな爆発音が空気を震わせて、馬が戦いて足を止めた。
火薬玉、原始的な手投げ弾のようなものを敵が投げつけてきたのだ。
雑兵に過ぎぬゲルマニア帝国軍とて、新兵器が次々と産まれる時代に手をこまねいていたわけではないのだ。
銃を作るまでの技術はないが、火薬という新しい素材を使って何を作るかと考えたときに、爆弾という結論に至ったのは賢明である。
人は進化の過程で、石程度の大きさの物を遠くまで投擲することにかけて、どんな動物よりも正確にこなせる能力を獲得した。
中世の戦闘では熟練した投擲手の投石が、弓矢や火縄銃に匹敵する威力を発揮したとも言われている。
球状の火薬の塊に、導火線をつけただけの原始的な手榴弾。
だが、それでも熟練した投擲手に囲まれて投げつけられるそれは、激しい光と大きな炸裂音を伴う攻撃であり、何よりも騎乗する馬の足止めになる。
「虚仮威しが!」
ただの騎馬隊ならばそれで止まったかもしれない。
だが、今のルイーズは鬼神だ。大剣を振り回すと、その剣風だけで次々と投げつけられる爆弾が弾かれた。
あっけにとられる投擲手の前で、ルイーズは馬上から大剣を振りかざして叫んだ。
「ウラアアアアアアァァ!」
炸裂する爆発音よりも大きな一喝が戦場に響き渡った。
ビリビリと空気を震わせる、
地上最強の生物である竜の鳴き声は、動物の本能的な恐れを刺激して、足をすくませる効果がある。
ルイーズは、その竜を殺し続けてその血肉を喰らい続けるうちに、竜性をその身に宿す竜殺しの英雄となった。
ルイーズの叫びを合図にしたように、爆発に恐れおののいていた騎馬の統制が戻る。
単なる虚仮威しに過ぎない爆発の何が恐ろしいものか、それよりも恐ろしい軍神を背に乗せていることを馬は気付いたのだ。
ルイーズの手綱の命ずるままに、馬は敵に向かって駆ける。
無慈悲なる『オリハルコンの大剣』が一閃した。
投擲手たちの身体は、為す術もなくその身を両断されて、血肉をまき散らす赤黒い塊へと変わった。
その死の旋風を前に、人はもはや抗えない。
「ヒイッ!」
ルイーズが生み出す地獄の恐ろしさに、農民兵に過ぎない拳奴皇軍の兵たちは一人、また一人と統制を失って逃げ惑う。
その場に残ったのは、ルイーズの一喝を浴びて、身動きも取れぬほどに怖気づいてしまったものだけだった。
もちろん、逃げられない者は、容赦なく騎馬に踏み潰されて殺される。
ルイーズの旗下にも、エレオノラを始めとした猛将たちが揃っている。雑兵ごときの装備で太刀打ちできるはずもない。
何よりも気を呑まれてしまった兵は、戦場では使いものにならない。立て直せるだけの力を持った指揮官もいなかった。士気を失った軍隊の兵卒は、哀れである。
ルイーズの騎馬隊の突き進むところ、もはや一方的な殺戮が繰り返される。
ユーラ大陸最強の騎士に、ルイーズは成りつつあるのだ。
伝説の最強装備に身を包んだこともあるが、勇者が使うべき装備の性能をフルに発揮できるのは、やはりルイーズの実力というべきだろう。
たかだか七百騎の騎兵を従えて、二万を超える拳奴皇軍を圧倒するルイーズの前には、もはや敵となるだけの力をもった騎士はいなかった。
もちろん、ルイーズにかかってくる敵がいなかったわけではない。
「ぐははは、デボン三兄弟が相手だ!」
「くらぇぇ!」 「でええぃ!」
そんなことを言いながら、高級将校の証たるモヒカン兜を被った三人が、果敢にも振り回す鉄の鎖に鎌がついた変わった武器で連携攻撃を仕掛けてくる。
いかに猛将といえど、三体一でなら勝てる。そのような甘い目算が、戦場では死を招く。
ルイーズはブンブンッと大剣を振り回す一閃で、身体にまとわりつこうとした三本の鉄の鎖を、鋭い鎌ごと破砕してみせた。
オリハルコンの大剣が、鉄鎖で絡め取れるわけがないのである。
「なぬっ!」
必殺と信じた技が打ち破られて、驚き叫んだ時は、三兄弟の首が悲鳴とともに、スポン、スポン、スポンと仲良く空に飛ぶ。
将軍も、将校も、雑兵も、不幸にもルイーズの眼前に立ち塞がってしまった兵たちの首は無残にも飛び続けた。
疲れを知らぬルイーズの進撃、敵の返り血を浴びてその身を紅く染めながら、血よりも紅い燃えるような髪を靡かせて、敵の中央部へと一直線に進んでいく。
この敵の大群の真ん中に、彼女が目指す首があると信じてるのだ。ルイーズにとってただの雑兵など、二万人いようが三万人いようが、もとから相手ではない。
我が主の危険となりうる、拳奴皇ダイソンを殺すことだけを目指している。
そのために邪魔となるならば、すべて踏み潰すのみ。
彼我の戦力比は、十倍か、二十倍か。
少勢は多勢には勝てぬ。そのような戦場の哲理ですら、軍神と化したルイーズの前では足を震わせて逃げ惑うであろう。
女騎士の頂点、シレジエの勇者の片腕、『万剣』ルイーズ。
この日の血みどろの活躍が、わずか二千七百騎で二万の軍を退かせた最強の騎士ルイーズの伝説となった。
その勇姿に、鼓舞されて姫騎士エレオノラも騎士団長マリナも、シュザンヌやクローディアたちも一心に剣を振るい、槍を突き刺した。
軍馬一体。やがて、怒涛の如きルイーズの騎士団は、本当に二万の軍勢を突き破ってしまった。
全体の戦況を後方より眺めていた者は、皆心を打ち震わせたであろう。
※※※
「これが、人の成しうることか」
そんな意味のつぶやきを、各所で上げたに違いない将軍たちも、この未曾有の事態に呼応して動き始めた。
野に伏せて反撃の機会を虎視眈々と狙っていたマインツ将軍は、「いまだ」とばかりに、敵軍に向け進軍を再開した。
ルイーズが、そのまま止まらずに敵軍を両断すれば、寡兵によってでも包囲して圧殺できる。
気を呑まれて、統制を失った軍は、もはや形骸にすぎない。
もちろん、ゲルマニア軍もそれに対応しようとはする将軍はいる。
「あの女騎士を止めなくては……」
援軍でありながら、本軍たる気概のある猛将ライ・ラカンは、率いるラストア王国の混成大隊は、拳奴皇軍を立て直すため、ルイーズを足止めするために、前面へと軍を押し立てた。
トラニア・ガルトラント王国軍の考えは少し違うようで、ラストア王国軍の援護をしながらも、すでに撤退のタイミングを窺い始めたようだった。
拳奴皇軍二万が、総崩れとなってしまっては、数の優劣が逆転してしまう。いやもうこの段階で、城門を開いてランクト公国軍が全軍突撃を仕掛けてくれば危ないだろう。
そうなれば、拳奴皇軍はともかく、援軍に来ただけのトラニア・ガルトラント王国軍は被害が拡大するまえに撤退する。
同盟の義理で援軍に来たとはいえ、トラニア・ガルトラント王国軍は一緒に心中するつもりは毛頭ないのである。
ここが勝敗の分岐点だ。それが分かっているからこそ、ラストアの氏族長ライ・ラカンは攻勢を焦った。
拳奴皇ダイソンは、一度奴隷に落ちたとはいえ、元はラストア氏族の血筋である。
ラストアの出身者が、自分たちを支配していたゲルマニアの皇帝になろうとしているのだ。
だから、彼らラストア氏族は我が事のように喜んだし、協力も惜しまなかった。
北西の辺境の果ての小さな
それは、生まれついてのラストア人であるライ・ラカンの血を熱くするだけの価値を持った大望だった。
ライ将軍は、出撃前にゲルマニアの首都ノルトマルクで、皇帝ダイソンに会っている。ランクト公国への進軍を将として支えてくれと頼まれている。
身の丈二メートル五十センチを超える巨漢であるダイソンは、これ以上ないほどに見事なラストア男子だった。
頑強な肉体と、茶色の髪、茶色の瞳を持つダイソンは確かにラストア人だった。
長らく帝国の属領として、望まぬ戦いを強いられてきたラストアの騎士たちにとって、ラストア王国の独立は悲願である。
それを飛び越えて、ラストア人たるダイソンが支配国の皇帝になろうとしているのだ。これで滾らぬ者はラストア男子ではない。
そのダイソンの前で自然と頭を垂れたライ将軍は、この方を陛下と呼びお仕えしようと誓ってた。
だからこの一戦、何としても負けられないのだ。
「誇り高きラストアの騎士たちよ、覚悟を決めよ。ここが我らの力の見せどころだ!」
人類世界の辺境に住まうラストア人。過酷な環境に耐え忍ぶ彼らは、雑兵など比べ物にならないほどに強い。
その精兵を選りすぐったラストア王国の混成大隊四千は、ゲルマニア帝国の雑兵二万にも勝るであろう。
いかに化け物じみた活躍を見せる『万剣』ルイーズであろうとも、本当の化け物や魔族と日々戦い続けているラストア騎士が負けるものか。
ルイーズの騎士団の勢いを止めようと、自らも馬を駆り突撃を敢行するライ将軍には、その覚悟と気概があった。
たとえ、敵が伝説のオリハルコンに身を固める最強騎士であろうと、鮮血に身を染める鬼神であろうとも、ラストア騎士は食い止めて打ち勝ってみせる。
そのようにして、あらゆる強敵から、人類世界の果てを守り抜いて来たのが、彼ら誇り高きラストア
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