第148話「猛将ライ・ラカンの最後」
精兵たるラストア混成大隊四千の突進により、初めてルイーズの二千七百騎の勢いが止まった。
戦場に「おおっ」と、どよめきが上がる。
戦場に災厄を撒き散らし続ける、紅い軍神の動きが止まった。
それだけで、崩れかけた拳奴皇軍の士気は、持ち直した。
しかし、犠牲は大きい。
誇り高きラストア騎士は、肉弾戦を持ってルイーズを食い止めているのだ。
人間にはとても敵わぬような強大な化物。
例えばドラゴンを相手にしたとき、ラストア騎士はどうするか。
我が身を盾にして食い止めるのである。
勇気ある一騎がではない、皆が我先にと四方八方から殺到して食い止める。
それは、かつて帝国に存在した不死団のような、洗脳されて命を捨てた自殺者の群れではない。
命は惜しい、だがそれよりも大事な仲間を守るため、自らの氏族の誇りのために覚悟した肉弾戦。
ルイーズが、斬り伏せようと突きさそうと、勢いの止まらぬ血肉は雨となってルイーズに降り注いでくる。
気迫ごときではルイーズは退かないが、死を覚悟してさらに一歩前へ。死してなお強い意志の伴った血と肉は、物理的にルイーズの障壁となって立ち塞がった。
悪鬼羅刹のごとき力を誇る魔界の化物や魔族に対して、立ち向かってなお負けないラストア騎士の戦いとは決死の意志なのだ。
生物として蛮族や魔族よりも力の劣るラストア人が勝ち抜いてこれたのは、全のために己の身を捧げる揺るぎない信念。
厳しい辺境に生きるラストア氏族は、それを最もよく知っている。
「ふうっ、これが音にも聞く辺境のラストア騎士の覚悟か。敵ながら見事!」
そう言って笑うルイーズも、さすがに息も上がっている。
拳奴皇軍二万の軍勢を突っ切ってきたのだ。さらに、ラストアの混成大隊の四千と戦うのはキツイ。
戦はもはや、こちらの勝ちかもしれない。だがルイーズにとって、それは単なる余録に過ぎない。
我が
「どこだ、ダイソン」
ただ、強敵を求めてルイーズは、精悍なるラストア氏族の騎士達を敵にして、なお疲れて重くなった腕を酷使して、大剣を振るい続けた。
その時、さっと戦場の空気が変わる。
王者の気迫を感じさせる大ぶりの蛮刀を持った勇猛なる騎士が、ルイーズの前に立った。
一瞬、ダイソンかと思ったが、違うようだ。
「ラストアの将軍、ライ・ラカンだ」
「貴様がラストアのライ将軍か。『万剣』のルイーズだ。お相手願おう」
無言で、立ちはだかるだけで凍てつくような殺気を感じる。
強さと勇猛さを兼ね備えた、ラストアの猛将ライ・ラカン。
ルイーズが求める拳奴皇ダイソンとは違うが、こいつもまた倒して置かなければならない敵だった。
息を整えると、ルイーズは必殺の剣をライ将軍に向かって振り落とす。
「弾いただと」
オリハルコンの大剣を、単なる蛮刀で弾いて見せた。
いや、それなりに業物なのかとは思う。
「この刀は、少し特殊でな」
「面白い……」
騎士が使う大剣は、馬上から馬の走る勢いで斬る剣である。
その素材は硬ければ硬いほど良いとされるのだが、ライ・ラカンの使う蛮刀は違った。
硬く鍛え上げられた鋼鉄と粘性のある軟鉄を組み合わせた、特殊合金製の野太刀である。
ラストア氏族の騎士たちは、自分たちよりもはるかに硬く強い生物と戦うために、その武器防具に様々な工夫している。
さすがにオリハルコン、当たれば蛮刀は刃こぼれがするし曲がりもするが、それでも果敢に打ち掛かるライ・ラカンの剣技は粘り強く、折れない。
ラメラー式の鎧は、掠った程度であれば装甲が剥がれることで、打撃を受け流す。
ライ・ラカンの剣技は、勇猛なだけではなく柔軟さと冷静さも兼ね備えている。
ライ将軍の刀は、ただの蛮刀ではない、弱きが強きを打ち破るために練り上げられた刀なのだ。
「これでどうだ!」
「なにっ」
ライ将軍の蛮刀が、変幻自在に揺らめき、ルイーズの猛烈な一撃を跳ね除けた。
それだけなく、返す刀で馬の首を強かに斬り伏せて傷つけた。
ルイーズの軍馬は悲痛な声を上げて、倒れ伏した。その拍子に、ルイーズは馬から放り出される。
ついに、ルイーズを落馬させる騎士が現れたのだ。敵味方の陣営から、どよめきが上がる。
しかし、ルイーズもさるもの。
放り出された衝撃を、空中を一回転して殺すと、大剣を手から離さずに着地して、また馬上のライ将軍に立ち向かった。
落馬したルイーズを即座に襲う、ライ将軍の蛮刀を物ともしない。
降り注いだ蛮刀と、オリハルコンの剣がギリッと削れあって火花を散らす。
むしろ今度は、ライ将軍が押される番であった。ライ将軍の蛮刀では、ルイーズのオリハルコンの鎧を傷つけることはできない。
ルイーズの大剣が直撃でもすれば、馬ごと一気に斬り伏せられるのはライ将軍の方だ。
ライ・ラカンに勝機があるとすれば、硬い鎧の隙間を狙うしか無い。
オリハルコンの大剣を大上段に構えるルイーズもそれが分かっているから、隙がなかった。
激しい戦闘のさなか、両軍の将軍が斬り合う一騎打ち。この瞬間だけ、敵味方ともに剣を休めてその対決を見守った。
馬が生きているため、機動力に優るライ将軍ではあったが、隙のないルイーズの剣技に埒が明かないと考えたのか、突如「うあああぁぁ」と空気を震わせる雄叫びを上げながら、馬上から飛び上がった。
勝負に出たのだ。
二万もの敵を相手にしたあとで、ラストア騎士に連戦を強いられたのだ。ルイーズは疲れている。
ここは、騎乗の有利を捨ててでも攻める。
ライ将軍が狙ったのはルイーズの動揺。
斬られてもいい、少しでもルイーズの剣技が乱れれば、肉を斬らせているあいだに喉元を突いてやる。
いや、それで勝てる相手ではないか。いっそ相打ちになっっても構わぬと、ライ将軍は覚悟を決めた。
ルイーズさえ倒せれば、二万と四千の軍勢に囲まれた、たかだか二千七百騎が勝てるわけがない。このライ・ラカンの命、決して安くはないが――。
安くはないが、ここは命を賭ける価値のある戦機。
この一刀に、ありったけの力を込めて、ラストア氏族の命運を賭ける!
しかし、ライ将軍の渾身の力を込めた猛烈なる突きを受けるルイーズは、まったく焦らなかった。
空中から巨体をぶつけるように叩きつけられた一刀を意外にも優しく大剣で受け止めると、微笑みすら浮かべて、そのまま柔らかく力をいなして地面へと弾き飛ばした。
「なんとぉ!」
ここで柔剣とは、読まれていたのか。
これまで軟剣を使うライ・ラカンに対して、ずっと硬剣で戦って見せたルイーズが、最後の最後でみせた柔らかい受けの剣技に、ライ将軍の渾身の一撃は辛くもかわされた。
唖然とするところに、さらに一閃、薙ぐ。
その身を削り曲がりながらも、共に戦い続けてくれたライ将軍の蛮刀が、中程からポッキリと折れてしまった。
勝負は、あった。刀とともに、命運も潰えたか。
「……不覚だ」
ライ将軍が、そうつぶやいて首を差し出すように頭を垂れる。諦めたのか、あるいはそれでも折れた刀を手放さなかった彼は、ルイーズの油断を誘ってまだ一矢報いるつもりだったのかはわからない。
ルイーズが、刹那の躊躇もなくライ将軍の首を落としたからだ。
激闘のあまりのあっけない終わりに、一騎打ちが終わったというのに、戦場は静まり返ったままだった。
時が止まったように静まり返る戦場の真ん中で、ルイーズはたった一人、ライ将軍の馬を奪ってまたがると、ラストア騎士に向かって突撃をしかけた。
自らの将軍の血に染まったオリハルコンの大剣に打ち掛かられて、ようやくラストア騎士たちは、自分たちの将軍が負けたのだと自覚した。自覚せざるを得なかった。
ルイーズがやすやすと身の丈ほどもある大剣を打ち振るい、血しぶきが宙を舞う。
「うああああぁぁ」
静まり返っていた敵味方の全ての陣から、悲しみと怒りに満ちた絶叫が響き渡った。誰が最初に叫んだのかは分からないが、その悲痛な叫びは全体に伝染する。
それを合図にして、騎士隊は突撃を仕掛けて、また殺し合いが始まる。
将を失った軍はひどく脆くなる。ラストア混成大隊の動きは精彩を欠いた。
ランクト攻防戦の勝敗が決したのは、猛将ライ将軍がルイーズとの一騎打ちに敗れた、この瞬間といえるだろう。
ルイーズの勝利に勢いづいて、ついにランクトの街の全ての大門が開き、街の中にいたランクト公国軍が拳奴皇軍へと殺到しだした。
均衡は崩れた。
※※※
トラニアの民族的英雄、ダ・ジェシュカ将軍は視力を失っている。
しかし、その代わりに他の感覚は研ぎ澄まされている。何となく先の陣で、ライ将軍が討ち死にしたことを鋭敏に察した。
失った将が優秀であればあるほど、兵の狼狽とどよめきが、空気を震わせて手で触れるように伝わってくる。
いつもは冷静なダ将軍も、杖を握る手に力がこもった。確認のために、隣に居たガルトラントの将軍サンドル・ネフスキーに尋ねる。
「ライ将軍は、ダメかね?」
「ああ……死んだみたいだよ。彼とは長い付き合いだったが、これも武運の尽きというものだろう」
サンドル・ネフスキー将軍は、目の見えぬダ・ジェスカにそう教えてやる。
その声は暗い。ラストアのライ将軍とは、長い付き合いだったのだ。サンドル将軍はしばし戦友のために瞑目して冥福を祈る。
「あの男、死に急ぎよって。祖国の独立を勝ち取っただけで、満足しておけばよかったものを……」
やはり、長い付き合い。盲目将軍も、少し寂しそうにつぶやいた。
三大領邦国家の三将軍と並び評された中でも、四十二歳だったライ将軍は最も若い。まだ脂の乗り切った時期だ。これからいくらでも、戦働きができたであろうにと思えば無念が残る。
死ぬ順序が逆だろうと、齢五十七歳の初老であるダ・ジェシュカ将軍は、愚痴りたくもなる。
だが、若い方から死に急ぐ、ということもあるのだ。過ぎた野心とは、飲めば飲む程に乾き、若者を死へと誘う毒薬でもある。ライ・ラカンはその誘惑に抗し切れず、彼我の戦力を見誤り、引き際を見失った。
哀れには思うが、将としての不覚なのだ。
戦場で感傷に流されてはいけない、ダ将軍は頭を切り替える。
「そうだな……。どうだろう、この先も独立を守るならば、シレジエ王国側にもよしみを通じておくべきかね。カスティリアもやるようだが、やはりあのシレジエの勇者の軍は手強いようだ」
「たった一人の騎士に十倍の戦力を覆されては、指揮棒を握る我々としては敵わんよなあ。遠くの国の戦争など知ったこっちゃないが、
込み入った話になりそうだったが、よく考えるとそんな相談をしている場合ではない。
「自分で言っておいてなんだが、今は逃げる算段をすべきときだった」
「あーそうだったそうだった」
「ハハハッ、じゃあまあ情けなく逃げるとするか」
「じゃあ、お互い無事に逃げられると良いな」
そうは言っても、撤退する猶予は十分にあった。撤退の段取りは、すでに終わっている。
ダ・ジェシュカ将軍は、付き添いの騎士に手を引かれて武装した馬車に乗り込み、サンドル将軍は馬に跨って、あとは一目散に後ろに逃げるだけで済む。
もともと、この作戦は老練な知将である二人が主導したと言える。
だから、ランクトの街を攻める形が、トラニア・ガルトラント王国軍が上手に撤退するための布陣ともなっている。
負けた時のことも考えて、大軍を扱うのに慣れない新ゲルマニア帝国軍の将校たちにそのように攻めるように助言しておいたのだ。
そのおかげで、逃げるときもまんまと敵に対する壁になってくれるのである。
攻めるときには、常に引くときの事も考えておく。自軍の犠牲は極力出さない。
一軍の将ならば、当たり前の配慮だ。
トラニア・ガルトラントの両軍合わせて一万の軍勢は、統制の取れなくなった拳奴皇軍が右往左往して、討ち取られている間に悠然と撤退していく。
賢将たる二人の予想通り、両軍が引いた後で、統制を失った拳奴皇軍は包囲殲滅されて壊滅した。
ルイーズがライ将軍との一騎打ちに勝ったことを契機にして、ランクトの街にいた軍勢も門を開いて各所から拳奴皇軍に向かって殺到したのだから当然の結果といえる。
後はもう一方的な殲滅戦である。中隊の指揮を取っていた数十名の
敗北した拳奴皇軍は、出撃した指揮官のすべてを失い、その死者は一万を超える。一方で、ランクト公国軍が払った犠牲は、驚くべきことに百名足らずに過ぎない。
こうして『ランクト攻防戦』は、ランクト公国側の圧勝に終わった。
※※※
「結局のところ、敵軍の中にダイソンはいなかったというのか」
大勝利を得たルイーズは、物足りない気持ちを味わっていた。
確かに敵との戦には勝った、ライ・ラカンという強敵も倒した。しかし、狙っていたダイソンはどこにもいなかった。
「『万剣』のルイーズ殿。ご苦労様でした」
「これは、マインツ大将軍……。閣下こそお疲れ様でした」
巧みな包囲戦術によって敵軍二万と四千のラストア混成大隊を瞬く間に下した、老将マインツが杖をついて、ひょこひょことルイーズのところまでやってきて、労をねぎらった。
度重なる野戦にもかかわらず、指揮を執った老将は
「ホッホッ、大将軍は、少し恥ずかしいね。ましてや『万剣』ルイーズ殿のような大英雄に言われるとなればだ」
「我が主は、マインツ大将軍の命に従えと言いました。私はこの機会にダイソンを倒したかったのだが、どこにいるか見当がつくだろうか」
ふうむと、白髭をさすって考えこむ。
マインツの隣から、青いモヒカン兜の騎士がひょっこりと顔を出して「賊将ダイソンなら帝都に、こもってるんじゃないのか」と口を挟んだので、ルイーズは反射的に剣を抜いてしまった。
「のわっ! 違うぅぅ! 俺は味方だ! 正統ゲルマニア帝国のゲモン将軍様なんだぞぉぉ!」
「すまん、モヒカンだったので……」
まあまあと取りなすマインツ大将軍が言うには、ゲモンのように敗戦続きの拳奴皇を見限って、こちら側に寝返る兵もでてきたのだと言う。
この度も、ゲモンが敗残の兵に呼びかけて、こちらの味方を増やすことを考えているそうだ。
こう見えて、正統ゲルマニア側に付いても、一軍の将として重用されているゲモン・バルザックは、寝返りを奨励する広告塔として役に立っているのだ。
なにせゲルマニアは広い、ルイーズのように立ちはだかる敵はみんな殺すなんてやっていては、いつまでも戦争は終わらない。
大将軍ともなると、いろいろと考えることが増えるようだ。モヒカン兜を改心させて味方にしようなど、一心にタケルの騎士であろうとする、ルイーズの単純な思考では思いもつかないことだ。
とりあえずモヒカン兜はみんな敵だと思い込んでいると、味方を斬ってしまうかもしれないから気をつけなければならないようだ。
ルイーズの殺気に当てられたせいで、マインツ将軍のマントの影に隠れて、ビビって震えているゲモン将軍だが。彼の言うことも、もっともと言えた。
今回の戦場に出ていないとなれば、拳奴皇ダイソンは帝都ノルトマルクに居ると考えるのが普通だろう。
「しかし、違うね」
「違うといいますと?」
マインツは不意に真顔になると、白い髭を手でさすって答える。
「こっちは陽動だろうと考えている」
「では、ダイソンは帝都には居ないと?」
拳奴皇軍と三王国合わせて、三万四千の軍勢を『陽動』と呼ぶのは、大将軍の視野の広さだろう。
しかし、本来ならばゲルマニアの雌雄を決するべき侵攻作戦に賊将ダイソンが居ないとなれば、この大攻勢自体が陽動と考えるほかない。
「この勢いでゲルマニアの帝都へと攻め上りたいワシとしては、このままルイーズ殿に手伝ってもらえると助かるのだが、そうもいかないね」
「もしや、ダイソンはタケルの元に向かったと言うのか!」
それは、ルイーズがもっとも危惧していることだった。
拳奴皇ダイソンは、単体の力としてはタケルよりも強い。
それはルイーズだって、勇者たるタケルならば、力量が上のダイソンすらも打ち破るかもしれないと期待はする。
でも、その身を危険に晒すのが嫌なのだ。君主の危機に、守るべき騎士が側に居ないのなら何のために私は居るのか。
ただひたすらにタケルの騎士であろうとするルイーズは、そう考えるのだ。
血気に逸って、進撃してしまったのは、もしや失敗だったかと悔やんだ。
「君とダイソンの思考は似ている、つまり敵の大将の首を取れば勝ちってことだろうね。ダイソン側が、そう考えない理由はない」
「こうしてはおられぬ、私は王都に戻るぞ!」
そうなるだろうなと、マインツは予想していた。
あるいは、そのような目を残して、こちらの進撃を阻むのが陽動作戦の可能性もある。
一騎当千の騎士たるルイーズを王国に戻すのが本当の敵の罠なのかもしれないが、万が一にも王都が襲われて王将軍が討たれたとなれば、全ては灰塵に期す。
マインツとしても、王都にいる皇帝コンラッド陛下と皇孫女エリザベート殿下の身が心配なのだ。
こう言えば、ルイーズは帰ってしまうだろうと思っても、その予想を口にしないわけにはいかない。
「騎士ヘルマン!」
「ハッ」
いつもマインツの傍らに居た、『鉄壁』のヘルマンが静かに前に出る。
彼もまた『オリハルコンの盾』を有した一騎当千たる無敗の騎士。
戦時の今、旗下から貴重な戦力を割くのは惜しいが、そうも言ってられまい。玉体を守り切って、上手く敵将ダイソンを倒せればこちらの勝ちとも言えるのだから、戦力は守りに集中すべきだ。
マインツは、指揮棒をさっと振るって命じた。
「君もルイーズ殿と共に王都シレジエに行きたまえ。王将軍も心配だが、何よりも陛下の身をお守りしてくれ」
「御意!」
こうして、最強の剣と最強の盾は王都シレジエに向かう。
本当にダイソンは、王都を襲うのか。ルイーズたちの救援は間に合うのか。時間との勝負となるだろう。
「私もルイーズ様と一緒に行くわよ!」
「姫様ぁ、ご自重なさいませぇ!」
エレオノラの燃える『炎の鎧』に手のひらを焼かれながらも、老執事カトーは必死にルイーズについていこうとする姫騎士の腰にすがりついて、行かせまいとする。
この主従はどうしたものか。
呆れて眺め、さすがの大将軍マインツもため息をついた。
跳ねっ返りは、イレギュラーになりやすい。
むしろ、これを行かせて、ライル君の邪魔にならないかと言うところだな……。
大将軍マインツは、とりあえず諭して見ることにした。
「エレオノラ姫、貴女が離れてランクト公国はどうするんだね」
「だってマインツ将軍、タケルが危ないんでしょう!」
やれやれと、マインツは白髪を掻きながら戦力を計算する。
これでも姫騎士エレオノラは、ランクト公国軍の象徴なのだ。彼女が手足のように操るランクト公国騎士団の機動力も捨てがたい。
姫騎士エレオノラが抜けると、駒が足りなくなるなと考えて止めることにした。
「エレオノラ公姫。貴女はランクト公国を守るために残ったのでしょう、少なくとも領地の安全を確保できるまでは動くべきではない」
「むうっ、私だって奥さんなのにぃ!」
なんとかエレオノラの暴発は、食い止め続けるしかない。
さてはて、拳奴皇ダイソンは本当に帝都に居ないのか、王都への強襲作戦は本当にあるのか。それによって、今後の戦略も大きな違いが出てくる。
「ホッホッ、あっちもこっちもやっかいなことだね」
何の因果か、大将軍なんて大層なものを引き受けてしまったマインツは、考える事が多い。
老練なマインツは、迷いは禁物だと知っている。こうなれば、腹を括って自分の仕事に集中するのみ。
果たすべきは、守将としての役割であろう。いまは守り。できる限り力を蓄えて、来るべき反攻への準備を整える。
マインツは、それでいいのだ。
姫騎士エレオノラと老執事カトーの主従が、「行くわよ!」「後生でございますれば、お止めください!」などとワーキャー騒ぎ立てているのをよそ目に見て苦笑しながら地べたに座り込むと。
目の前に戦略地図を広げて、白い顎髭をさするマインツは、今後の先行きを占うように、しばし黙考するのだった。
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