第三章 公姫嫁入 編

第122話「絶対に避けられないフラグ」

「ところで、マインツ将軍。お前のとこの軍隊は、正統ゲルマニア帝国軍って言うのか?」

「はて、今のはワシの口先が勝手に言ったことですのでね。別にそう言ってもいいんじゃないかなとは思いましたがね」


 コイツ……本当に食えない爺様だ。俺は、苦笑してしまった。単なる残党より、仰々しい名前を付けたほうが、ゲモンを乗せやすいということなのだろう。ああいう野心家は、何よりも権威に飢えてるものだから。

 マインツは、好々爺のごとく白髭を揺らして笑っている。


「ゲモンを殺しても一銭の得にもならないから。ならば、そのまま叛徒を味方につけておけばいいということだな。奴はダイソンの下に戻っても殺されるだけだから、他に行き場がない男だし」

「そうですね、あの男の顔には反骨の相があったので、裏切りをそそのかしてみたのです。即座に討たれるかもしれませんが、少なくとも時間稼ぎにはなってくれるでしょう」


 ゲモンも傭兵から一軍の将に成り上がった男だ、もしかしたら存外に上手く頑張ってくれるかもしれない。

 ダイソンが直接出てくればあえなくやられてしまうだろうが、逆に言えば拳奴皇軍は、ダイソン以外にまともな求心力を持つ将軍がいない。


 下手にダイソンが帝都を動けば、留守中に反乱を起こされたフリードの二の舞になってしまう。

 得た者は、今度は失うことを心配しなければならないというわけだ。そこら辺も敵の弱みとなる。付け入る隙になるのだろう。


 今後の細かい善後策を話し合っている、マインツと俺のところにエレオノラがやってきた。


「それで、皇帝陛下と皇孫女殿下はウチで預かればいいのかしら」

「そのために、エレオノラは来てくれたのか」


 エレオノラは、馬車はこの近くまで来ているから、ランクトの街まで行くなら乗せると言っている。

 ゲルマニア皇族の身柄をどうするかは、ちょっと考えものだ。


 どちらにしろ、安全圏に逃すつもりだったのだから、とりあえずランクトの街までいけばいいか。


「私はどっちかというと、あんたを迎えに来たんだけどね」

「えっ、俺?」


「うん、私は別にいいって言ったんだけど、ちゃんと結婚式しないとダメだってお父様が言うから」

「待て、エレオノラ。何の話をしている」


 なんか、すごく嫌な予感がしてきたぞ。


「えっ、だから私とあんたの結婚式よ。ランクトの街は、今その準備で大忙しになってるんだから」

「えっと……」


 なんだこれ。

 えっ、俺マジでなんかやっちゃったか。


 待てよ、思い出しても、俺は何かミスったってことはないよね。

 エレオノラと結婚の約束とか、そんなのなかったよな。地雷原は、舞うようにして華麗に回避したはずだが。


「なに、もしかして私と結婚しないつもりなの!」

「いや、それ以前の問題として、何が何だかわからない」


「あーそうなんだ、あんたってそういう人なんだ。子供まで作っておいて、結婚しないんだ」

「はあ、コドモ?」


 一瞬、ゲシュタルトが崩壊したぞ。コドモって、子供って意味でいいんだよな。

 いつそんなのができたんだ。エレオノラが、腹をさすってるんだけど、ちょっとこれはないだろう。


 うちのハーレムにだって子供はまだできてないよ。

 いきなりハーレムの外に子供ができるとか、どんな修羅場だよ。


「おい、オラクル! すぐに調べろ!」


 エレオノラの狂言だろうが、万が一ということもある。こういう時は、性の専門家に任せるのが一番だ。

 もう、俺一人ではこの事態を収集できない。というか、訳がわからないんだよ。


「いや、調べろもなにも……。この小娘は、処女のままなのじゃ」


 オラクルちゃんはエンシェントサキュバスなので、匂いを嗅げばやってるかどうかがわかるのだ。

 よし、オラクルの判定がグリーンだったらセーフだよな。


「はぁ、いきなり来て何言ってんのちびっ子魔族! あんたもタケルの奥さんだったわよね。私がライバルになると困るから、そんなこと言ってるんでしょ」

「いやいや、エレオノラ待てよ。少なくとも子供はできないだろ」


「だって……したら、子供はできるでしょう」

「してないし、できないだろ!」


 もう前提も結果も間違ってるよ。

 何からツッコんだらいいのかわからない。


「タケル、だからワシはこの爆炎小娘はやっかいじゃから、くれぐれも扱いには気をつけろと、あれほど……」

「もうどうしてこうなった。とにかく、絶対どっかで誤解があるから、エレオノラはまず落ち着いて、一から説明してみろ」


 エレオノラの話を聞くと、すぐにどこで間違いがあったか分かった。

 ランクト城に一泊したあの日、エレオノラは俺の部屋で、お腹をくすぐられて気絶したあと、一人で俺のベッドで眼を覚ました。

 その時に、彼女は下着が変わっていることに気がついて、つまりはまあ俺と『そういうことがあった』と誤解したわけだ。


 あの日は、俺の部屋から、エレオノラの悲鳴や奇声が盛大に響いていたわけで、ランクトの城にいる人の多くが、エレオノラと俺がやったという誤解を持ったわけだ。

 城でそのようなことがあれば、街にまで噂が広がるのは時間の問題だった。


 領主の一人娘である姫騎士エレオノラも、シレジエの勇者である俺も、超がつくほどの有名人だ。

 もうこれは結婚だろう、結婚しか無いよねという噂が、街中に広がって結婚式の準備が大都市ランクトの総力を上げて始まったわけだ。


 ゲルマニア帝国が戦争に負けたり、諸侯連合がどうしようもなく独立したり、いろいろ不透明な情勢で、大都市ランクトの民衆も「これからどうなるんだろう」と沈んでいた矢先のことだった。

 シレジエの勇者とランクトの戦乙女が結婚となれば、ランクト公国も先行きは安泰だ。降って湧いたような僥倖である。


 そのめでたいお祭りムードの高まりの中で、だんだんと調子に乗ったエレオノラの『自分は勇者とやった』という確信は深まっていき、ついには存在しない俺の子供がお腹にいるという妄想にまで深まってしまったようだった。

 姫騎士怖いわー。なんでそうなるんだよ。


「なんなのよ! じゃあ私はタケルとやってないし、このお腹には勇者の子供もいないの?」

「そうだ、全部誤解だったんだ。やってないし、子供もいない」


 エレオノラは、そう聞くとがくんと両膝をついて崩れ落ちて、碧い瞳から滂沱のごとく涙を流した。

 無言で泣くなよ、泣く事のことかこれ。


「私、死ぬわ」

「わー!」


 エレオノラは、腰から剣を抜くと自分の首を切り落とそうとした。

 姫騎士は、死ぬと言ったら死ぬ。冗談じゃなくて本気で自殺しかねないから、俺は慌てて止める。


「止めないで、もう生きてられない! だってもう街中で結婚式の準備が始まってるのよ。久しぶりのお祝いだから盛大にやろうって、もう恥ずかしくて……嫌だもう、死なせて!」

「待て、落ち着けエレオノラ! 死ぬほどのことはないだろ」


 まあよく考えると、死ぬほどのことではなくても、泣くほどのことではあった。

 あの大都市ランクトの民衆が、街を上げて結婚式の準備を進めているのに、いまさら何もなかったですとは言えないわな。

 とんだ赤っ恥ということにはなる。


「もうタケルが結婚してやるしかないのじゃ」

「えー」


 オラクルちゃんは、喉を掻き切って自殺しようとしてるエレオノラと、それを止めようともみ合う俺を見て、呆れたようにため息をつくと、そんな提案をした。


「そうよ、それがいいわ。結婚しなさいよ、じゃないと殺す!」

「なんでそうなるんだよ!」


 エレオノラは抜き身の剣を持ったまま、今度は俺に向かって振りかぶってくる。

 こんなことになるんじゃないかと思ってたよ!


「今わかった、もう私の生き残る道はそれしかない、タケルを殺すか、結婚するしかない!」

「わかった、結婚すればいいんだろ!」


「えっ……いいの」

「いいから、とりあえずその剣をしまえよ。危ないから!」


 エレオノラは、そう聞くと俺から身体を離して、剣をそっと鞘に収める。

 ようやく落ち着いたか。


「嘘をついたら殺すからね!」

「物騒だから剣の柄から手を離せ。まったく、お前はいつもやることが極端すぎるんだよ。俺と結婚したいって言うのなら、順序ってものがあるだろう」


「なに、抱きたいの? 好きに抱けばいいじゃない」

「だから、違うだろ!」


 こいつもう本当に……、アホかよ。

 いや、いまさらエレオノラにツッコんでもしょうがないよな。


「何よ、あんたがどうしたいのか、言ってくれないとわかんないのよ」

「まず、なんで俺と結婚したいのか、からだよ。俺のことが好きなのか」


 聞くのも恥ずかしい話だが、エレオノラの場合は確認とっておかないとわからないからな。すると、彼女は俺の質問に顔を真赤にして、手のひらを横に激しく振った。

 あれ、待てよ。そこからまず否定するのかよ。面白すぎて笑えてくる。


「バッ、バカ言わないでよ。あんたなんか大嫌いなんだからね!」

「バカはお前だろう、なんで嫌いな奴と結婚するんだよ。ツンデレ……じゃないよな、お前の場合なんて言ったらいいんだろ、本当に」


 ツンデレというと、本当は好意があるのに、恥ずかしいから素直になれないって感じだよな。

 こいつの場合なんか違うんだよな、一緒にしたらツンデレの側が拒否すると思う。


 曲がってないんだエレオノラは、真っ直ぐに、直向に、素直にやってこれなんだよ。

 最初から最後まで、真っ直ぐに交わっていない。曲がってるんじゃなくて、平行線を永久にたどり続けている感じがする。

 最初から軸がズレきっていて、修正とか一切受け付けないタイプだ。


「だってしょうがないじゃない、あんたが私のことを抱くから」

「いや、抱いてねえし」


「傷物にされたし」

「まあ、その点は、微妙に俺も悪いような気もするけど」


 でも戦争で敵同士だったんだから、その点しょうがなくないか。

 もしかすると、しょうがないって言うのは、そういうことも含めてしょうがないってことなのか。


「あんたこそ、私のこと好きなんじゃないの? だから結婚したいんでしょ」

「あー、お前の中で、もう俺が結婚したいから結婚することになってるのか」


 怖いわ、エレオノラ。

 あいかわらず、思い込み激しすぎるし、会話が通じない。


「だってしょうがないじゃない、私はもう……」

「あー泣くなよ、わかったから。わかるよ、何というか好きとか嫌いとかじゃなくて、しょうがないよな。うんうん、結婚するしか無いよね」


 上手く言葉で言い表せないが、エレオノラの『しょうがない』という言葉はわかる。俺が思っている感覚にとても近い。強いて言えば、エレオノラと俺は、関わりすぎてしまったのだ。

 こういうのはつまり、情が湧いたとでも言えばいいのだろうか。


 相手の女がどんなに美人だろうが、金持ちだろうが、腹筋の形が理想的だろうが、いきなり結婚しろと言われたら、俺は絶対に断る。たいていの男はそうだろう。

 断る理由はいくらでも湧いて出る、エレオノラは文句なしに綺麗だし、世界でも有数な金持ち公爵の一人娘だ。


 だからこそ、他に結婚する相手ぐらい、いくらでもいるだろう。なんで相手が俺なんだよ、と言う感じで断れるだろう。

 それが、姫騎士エレオノラではなかったら、の話である。


 エレオノラは並大抵の男では相手にできない、まず普通の男がエレオノラに接触すると燃える。物理的に燃え尽きる。

 面倒な女どころで済む話ではなくて、たいていはちょっとでも触れると不幸になる。関り過ぎた相手はぶっ殺される。


 そういう意味では、騎士にとても向いている女なのだ。常に行くところに暴力と死を撒き散らし続けるエレオノラには、他に天職はないと思われる。

 遠巻きに見れば、『ランクトの戦乙女』は華美で見目麗しいが、近づくと命が危ない。そりゃ、男に敬遠されるだろうって話だ。


 ウェイクに聞いたが、盗賊ギルドでは姫騎士エレオノラは不幸の象徴とされていて、絶対に近づいてはならない相手として、ブラックリストに入っているそうだ。

 たかが女と侮って盗賊が姫騎士に関わると、最終的に全員が死ぬ。まあ、あながち迷信でもない。


 公姫であるエレオノラと釣り合いが取れる上で、相手ができる程に強い男ってのは、ものすごく少数だ。そして、その少ない強い男は、女は好きに選び放題だから、どうしようもなく面倒な姫騎士を絶対に相手にしない。

 なにせ女好きの盗賊王ウェイクや、金獅子皇フリードにすら敬遠されてたからよっぽどのことだ。


「わかったなら、責任を取りなさいよ」

「わかったよ、じゃあ結婚するよ」


 姫騎士エレオノラが結婚できる相手は、おそらくこの世界に俺しかいないだろうなと。そう思えるようにいつの間にか、なってしまった。

 お互いに深く関わりすぎてしまったのだろう。エレオノラも、そんな確信があるから、こうやって迫ってきてるんだろうし。


 好きとか嫌い以前の問題として、これはもうしょうがないよなあ、としか言えない。

 今から思えば、最初に会った時から、こんなことになるんじゃないかなって予感がしてた。


 いつ姫騎士エレオノラとのフラグが立ったのかと思い起こすと、もう最初に会った段階で立っていたのである。

 逆らえぬ運命なんて言葉は使いたくないが、『質が悪いのに当たった』としか言いようが無い。


「するよじゃなくて、結婚してくださいって言ってよバカ!」

「うんじゃあ、結婚してください」


「じゃあ、しょうがないから結婚してあげるわ。今回だけだからね」

「いや、結婚に今回も次回もないだろ……」


 いや結婚に今回とか次回とかあるか、俺は現に嫁が六人いるわけだしな。

 あっという間に一人増えてしまった、これどうするんだろ。自分でやっておいてなんだが、かなりまずい状況だ。


 すり合わせとか、大変になってくる。

 いろいろと先行きが、心配になってきた。もう絶対に嫁は増やさない、今回が最後だ。


 そうだな、そう考えていくとエレオノラが言うことは、正しいと思う。

 今回だけ、特別ってことにしておこう。エレオノラだけは、しょうがないのだ。


「じゃあ、うちのお城で結婚式があるから、タケルもちゃんとしてね」

「エレオノラ、今のうちに言っとくが、お前はシレジエの後宮には入れないからな」


 エレオノラはなんだそんなことかと言う感じで、肩をすくめた。


「別に良いわよ。私はそんなとこ入りたいとも思わないし」

「そうだよな、お前はそんなタイプじゃないし、ランクト公国を守らなきゃいけない仕事があるからね」


 断ってくれてホッとする。エレオノラを入れたら、まず後宮が全焼することを覚悟しなければならない。

 姫騎士とは、自由にしか飼えない生き物なのだ。その取り扱いは厳重な注意を要する。

 姫騎士を嫁にする勇気がある男は、この酷幻想リアルファンタジーに俺しかいないだろうという確信がある。

 まさに、勇者に相応しい冒険だ。


「あんたとの子供さえできればいいから、結婚して抱いてくれれば文句はないわよ」

「お前って、凄いよな、そういうところ。いろいろ通り越して、尊敬するわ……」


 いろいろ通り越していきなり抱けときた、もちろん俺は抱かないけどね!

 剣を振りかざして結婚を迫ってくる女は、きっとエレオノラだけだ。彼女は、この世界で唯一の姫騎士なのであった。


 彼女に目をつけられた段階で、俺の選択肢はエレオノラを殺すか、殺されるか、結婚するかしか無くなっていた。

 どうしようもなさすぎる。


 姫騎士エレオノラとは、かくも恐ろしき存在なのであった。

 気がついた時には、もう遅い。

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