第120話「要塞街ダンブルク」

 地下通路を抜けて、帝都ノルトマルクより脱出を果たした俺達は、一路北西へと歩を進める。

 程なくして、騒ぎを起こしてから飛行魔法で逃げてきたカアラとも合流する。


 今回のカアラは大活躍してくれたから、あとで褒美をやらなければならないが、それも後回しだ。

 ここまで派手にやらかしたし、皇族は拳奴皇ダイソンにとっても大事な駒。

 確実に追手はかかるだろうが、帝国軍残存がいまだに健在である北西の要塞街ダンブルクまで逃げきればとりあえず安全だ。


 なにせ『穴熊の』マインツが守る要塞なのだから、そう簡単に落ちるわけがない。

 さてどう行くかだが、老皇帝と皇孫女は俺と一緒に大きな籠に乗って、空の旅で飛んでもらうことにした。


「えっとあと、ヘルマン」

「私は、一人でもどうとでもなるゆえ。お先に行ってください」


 ヘルマンは、どうあっても乗りたくないらしい。

 まあ、重量オーバーになりそうだしな。皇帝陛下の車椅子を、ヘルマンが抱えて逃げれば囮にはなりそうだ。


 徒歩の単独行で、敵陣を突っ切るのは本来なら無茶苦茶なのだが、ヘルマンに限って言えば朝飯前ということになる。付いてきた抵抗軍レジスタンスの兵士八人も、ヘルマンが安全なところまで送ると言っているので任せればいいか。


「ツィター、君もこっちにこい」

「えっ、私もこれに乗るんですかー」


「なんだ、空の旅は苦手か」

「いえあの、それより皇帝陛下や皇孫女殿下と同じ籠に」


「はぁ、そんなこと言ってる場合じゃないだろう。もういいから来い」

「きゃー」


 俺は、ツィター抱きかかえると、そのまま籠に放り込んだ。

 蜂蜜色の艶やかな髪を編んでいる村娘にしか見えない彼女は、こんな場所に不釣り合いだ。


 ヘルマンのほうにツィターが行かれると、兵士の足手まといになるんだよ。

 小柄でほっそりとした身体つきで子供っぽく見えるが、聞いたら二十四歳の大人の女なんだろうから、それぐらいわかってほしいものだ。


 ツィターはこんなときでも、弦楽器だけは大事そうに抱え込んでいる。本当に、なんで危険な戦場までついてきたんだか。

 まあ旅すがら、音楽で皇族でも和ませていればいい。


 子供に老人に、小柄の女性に俺が一人か。重量ギリギリってところだな。


「オラクルちゃん、いけそうか」

「うんまあ、なんとかなるのじゃ」


 カアラは大魔法戦闘を終えてきた直後なのだが、人間の魔術を使わずに生来の魔族の飛行魔法だけで行けば魔素は足りるか。

 途中でガス欠になって、転落事故だけは勘弁してほしい。


「国父様、私も行けると思います」

「特に急ぐ必要はないからな、安全運転で頼む」


 ふあっと籠が浮き上がると、またツィターが悲鳴を上げた。俺は飛ぶのに慣れているけど、この世界の人間に飛行魔法はやはり怖いか。

 老皇帝コンラッドは静かに瞑目しているし、皇孫女エリザベートは籠に手をついて、空からの眺望に金と青のヘテロクロミアの瞳を輝かせている。やけに嬉しそうだ。

 怖さよりも、飛ぶのが珍しくて楽しいのだろう。言うことはませていても、黙っていれば、子供らしい。


 長い夜が開けて、やがて地平線の彼方に日が昇った。

 いかに化け物じみた戦闘力を誇る拳奴皇タイソンとはいえ、空の上までは追ってこれないだろう。ああいう相手とは、同じ土俵で戦わないのがセオリーってものだ。


     ※※※


 しばらく流れる雲を飽きずに見つめてはしゃいでいた皇孫女エリザベートであったが、やがて思いついたように、白いドレスのスカートを手で払うと俺に向き直った。


「えっと、貴方の名前はどうお呼びすればよろしいのですか」

「ガンナー様です、殿下」


 チラッと皇孫女に睨まれると、ツィターはほっそりとした肩をすくめる。

 恐れ多いと言ってたくせに、ツィターは皇族の会話に、わりと平然と口を挟むんだよな。彼女は、楽器を弾くことしかできず戦闘力ゼロだが、度胸だけは大したもんだとおもう。宮廷音楽家としての自負心が、そうさせるのかもしれない。


「そうだな、流離いの黒銃士ドリフ・ガンナーとでも呼んでもらおうか」

「偽名ですね」


 おお、そんなまともなツッコミを仕掛けてきたのはこの子が初めてだ。

 可哀想な眼で見られて、スルーされがちだったので、少し嬉しい。というか、八歳の子供相手と同等というのもあれだが、この子は聡明だ。


 俺が胡散臭い異称を使うのに、何らかの意図があるとちゃんと察しているのだろう。ようやく手応えのある相手が見つかって、俺も嬉しかった。

 それでは、こちらも子供扱いせず、そのように対応させていただく。


「それに答える義務はないだろう」

「それでは質問を変えます。ガンナー様は、なぜお祖父様や、わたくしを助けたのですか」


 なるほど聡明だ、皇帝の家臣でもない俺が救援に手を貸したことに、何らかの政治的な意図があると考えているのだろう。あるいは助けた見返りに、何かさせようとしてると疑われているのかもしれない。

 拳奴皇ダイソンに、散々と政治の道具に使われたことで、彼女の心は傷ついているのかもしれない。疑念を持つのは当たり前だな。


「俺が助けたのは義侠心だ。皇帝陛下や皇孫女殿下に、何かさせようと思ってはいないし、見返りを求める意図はない。このままダンブルクに到着すれば、殿下の忠臣に御身をお返ししよう。その後は好きにされればよい」

「失礼ですが、そのフードを上げて眼を見せていただけますか」


 隠密の俺に、顔を見せろと来たか。

 仕方がない、俺の顔は割れていないから、見ても正体はばれないだろうし、どうせ作戦目的も達成したから、これで流離いの黒銃士ドリフ・ガンナーも終わりだ。


 俺は、黒フードを上げて、朝日に反射して輝く少女の金色と紺碧の瞳を見つめた。

 おそらく俺ってカアラとオラクルちゃんを使役してるから魔族だと思われてるんだよな、これで同じ人間だと分かれば、怖がらせることもあるまい。


「良い目をしてますね。貴方を信じます」

「それはどうも」


 良い目をしているか、八歳の子供が言うセリフではない。

 聞いたようなことを言っているのは、おそらくどこかで聞きかじったセリフだ。そこで静かに寝ている、爺さんの真似をしているのかもしれない。


 老皇帝コンラッド。今は耄碌して、たまに呻くだけだが、かつては英雄であり勇者であり皇帝でもある、ユーラ大陸の覇者と謳われた英傑なのだ。

 だからこそ、その子供らや孫娘は、みな気負ってしまってこのように生き急ぐ。


 シレジエ王国に、新王室を作ってしまった俺にとっても他人ごとではない。この年老いた勇者と、唯一残った孫娘をそれとなく見守って、行く末を観察するのは意味のあることだと思う。

 少なくとも、他山の石とすべき存在ではある。


 俺は、老皇帝コンラッドのようにはならないぞ、とか。

 そんな失礼なことを俺が考えているとは知らない皇孫女は、お礼は何が良いかとか言い始めた。


 助けられた姫様にはありがちなセリフだが、うちの一番下の奴隷少女よりも幼い彼女が言うと、子供が口真似をしているようにしか見えない。

 口真似でも、自分のポジションを理解して、言うべきことなすべきことをきちんとできるのはまあ賢い子供といえた。


「いや、お礼とかは要らないから」

「そうですね、身ひとつで牢獄に囚われていたわたくしは、何も報いる物を持っておりません。ですが、いずれ帝国が力を取り戻したあかつきには」


「ストップだ、殿下。子供の言うことではない」

「帝国に残った唯一の後継たるわたくしを、子供呼ばわりするのですか」


 皇孫女は少し怒っている。子供と言われて怒るのが、子供なのだけどね。

 幼女の口から帝国がどうこうとか、俺は聞きたくもないし、ゲルマニアの騎士に任じますとか言われた日には困ってしまう。もうその手の称号は間に合ってるからな。


「お礼を言いたいなら、子供らしくそういえばいいだろう。義侠心で助けたと言った、俺は皇帝と皇孫女だから助けたわけではない、ならず者に酷い目に合わされている可哀想な老人と子供だと思ったから助けたのだ」

「さようですか、そのようなこともあるのですね」


 俺が言うことは彼女にとっては突飛だったのだろう、皇孫女は当惑している。なにせ彼女の皇孫女としてのマニュアルには、家臣と敵への対応しか存在しない。落ち着かないように長い髪を手櫛で整えている、態度を決めかねているようだ。

 皇族としての振る舞いしか教えてもらえなかった子供とはこういうものか。根は聡明だが、今のまま育つと、残念なことになるかもしれない。他人ごとながら、その窮屈さは少し不憫に思えた。


「お礼なら、君が言うべき言葉を、俺はまだ聞いてないな」

「ありがとう、ございました……」


 探るように、御礼の言葉を述べる皇孫女。

 子供がお礼を言えないぐらいはいいのだが、その言葉がすんなりと口にできない、やっかいな地位なのだと思うと可哀想だった。うちの家は、絶対こんな家風にはすまい。


「子供はそれでいいんだ、お礼がとか見返りがとか身構えて考える必要はない」

「そうですか、ありがとうでいいんですね」


 皇孫女は気が抜けたような顔をして、空を飛ぶ籠の中に座り込んだ。

 隣でいまだ静かに寝ている祖父の顔を見つめてから、意を決したように語りかけてくる。


「ガンナー様、わたくしのことは、どうぞエリザとお呼びください」

「えっと、そうか。じゃあエリザな」


 俺が子供らしくしろと、エリザに教えたのではないか。

 いきなり距離感を縮めてきた皇孫女に、俺が当惑してどうすると、苦笑した。俺だってそのうち父親になるかもしれない身の上だから、自信を持たないと。


 皇孫女と言ったところで、プライベートではただの子供だし、老皇帝といえどただの爺様だ。

 その方がエリザたちも気負いが抜けて、楽になれるんじゃないかと思う。そういう対応で行こう。俺はそれが正しいと思ってやってやってきたし、これからもやっていけばいいのだ。


 できれば、自分の家庭もそのようにしていければいい。

 壁が取っ払われてしまえば、わりあいと子供らしいところもある小さいエリザに、ポツリポツリと帝都のことなどを聞いていると、四角く角張った石造りの堅牢な要塞街ダンブルクが見えてきた。


 ツィターが「一曲やりましょうか」とか言ってきたが、もう着くからね。


     ※※※


 俺達が空から飛来すると、ダンブルクの要塞街は大慌てになっていた。

 要塞街の分厚い外壁の上に、弓を持った兵士が展開してきて、開け離れた門からぞろぞろと騎士や槍を持った重装歩兵が出てくる。


 そりゃ、あからさまに怪しいからしょうがない。

 俺達が来るって報告も、まだなかったのだろう。


「うーん、囲まれたみたいだな」


 エリザが「無礼者!」とかやると思ったが、やはり子供。

 千を超える数の完全武装の大人に囲まれれば、萎縮してしまったらしい。下唇を噛んで、泣き叫ばないだけ立派なものだ。


「あー、ここにおわすお方をどなたと心得る。恐れ多くも、皇帝コンラッド陛下と皇孫女エリザベート殿下であらせられるぞ。一同頭が高い、控えおろう!」


 俺が大喝すると、囲んでいた兵士たちはザワザワとざわめき立って、二、三歩後退して屈んだ。

 まるで時代劇だが、わりとこういう格式張った物の言いようが、この世界の人間には効果的なのを俺は知っている。


 兵士の囲みを割って、見覚えのある短髪の白髪、白髭の威厳がある爺様が杖をついてやってくる。

 要塞街ダンブルクを治めている、マインツ将軍。いや、左遷されて前将軍だったか、どちらにしろよく生き残ったものだ。


「おお、これは本当に、陛下。よくぞご無事で……」


 齢六十を越える老人なのに、鈍く輝くフルプレートを着込んだマインツ卿は、重たそうな身体をその場に跪き、シワだらけの顔をさらにシワくちゃにして、ハラハラと小さい目から涙を流した。

 さすがに、この好々爺が呻き声を押し殺して、土を掴むように跪いて泣いているのを見ると、俺もグッとくる。マインツは、コンラッドの時代が終わるときに、戦場で殉死しようとした程の忠臣だ。本来ならば、救出軍に加わりたかったぐらいなのだろう。


 その強い気持ちを押し殺して、いま自分のできる最良を冷静に考えて、後方で留守を守るために采配を振るうのも、この老将なのだよな。

 マインツ・フルステン。あのライル先生が、愚将揃いと吐き捨てたゲルマニア軍の中で、唯一の名将と評価した老人である。


 刹那、伏せて泣くとマインツは起き上がって、俺に向き直った。


「それで、そちらの方は」

「久しぶりだな、マインツ将軍」


 マインツ卿には、別に隠すことはないかと俺は顔を見せた。

 彼ならば口止めをしておけば、他の人に話すってことはないしな。


「ホッホッ、これはこれは……なんと数奇な運命か。この死にかけの老いぼれに、返しきれぬ借りがまたできたということかね」


 俺の顔を見た白髪の老将は、涙を拭いて、さも愉快といった様子に大笑すると、またフードを伏せるようにと俺に手で合図した。

 マインツには顔を見せた俺が、こんな格好をしている意味を、察してくれているのだろう。口止めをする必要すらなかった。


「さあ、兵士諸君。陛下と、救い出してくださった英雄を城にお通しするのだ」


 マインツ卿の先導で、俺たちはダンブルクの堅牢な城へと入った。

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