第119話「皇孫女エリザベート」

 いよいよ、夜陰に乗じて作戦が決行された。

 俺達が大きな籠に乗って、帝城の屋根の上、尖塔近くに運び上げられる間に、帝都の大門にラハルト隊長率いる騎兵隊二十騎が強襲を仕掛けて暴れまわり始めた。


 その騒ぎの知らせがこっちに届き、増援の部隊が帝城から出ていくのを待つ。

 そして、しばらくの時間差を置いて、カアラが上級魔法で帝城を正面から焼き尽くす作戦である。


 帝城の正門から火の手があがると同時に、俺たちは裏の尖塔から侵入して救出する。


「今のところは完璧だな」


 俺の小声に、ヘルマンは頷く。俺とオラクルちゃんとヘルマンとツィターと兵士が八人で、計十二名の救出隊は帝城の屋根にじっと潜む。

 こっちも救出隊としては多すぎるぐらいなのだが、こっちの兵士八人は騎乗が得意ではなかったので仕方がない。騎乗できないで、囮部隊に行くと逃げきれずに死ぬからな。


 しばらく待っていると、帝城の前の方からものすごい爆音がして、どえらい火柱が上がった。夜中なのに、目の前が明るくなったほどだ。

 おそらく火系の上級魔法、獄火炎インフェルノを使ったんだな。


「綺麗な花火じゃのー」


 オラクル、それ明らかに悪役側のセリフだからね。

 やはり服装が、黒だと悪役っぽくなってしまうのか。いっそオラクルちゃんにもお揃いの黒ローブ着せればよかったね。


「よっし、そろそろ行こうか」


 俺たちは尖塔から、老皇帝と皇孫女が囚われている石の牢獄へと侵入した。

 牢獄の看守は、たかだか三人で、こっちの数を見て逃げようとしたところ、オラクルちゃんが追いかけて衝撃波を放って片付けた。


 尖塔の中は、狭すぎて俺の魔法銃ライフルが使いにくいしな。


 気絶している看守から、錠の束を取ると尖塔の牢獄を探して回った。

 幸いなことに、城を守っている兵士とは合わずに、檻の中に囚われている老皇帝と皇孫女に出会うことができた。


「陛下、お救いに上がりました」


 ヘルマンが跪くと兵士たちは皆、鉄格子の前で跪く。

 そんなことやってる場合かと思いながら、俺は鍵束を使って牢獄の鍵穴に何度かトライして、鉄格子を開いた。


「た……」

「たってなんだよ」


 俺の顔を見て、老皇帝コンラッドはそう言った。

 皇孫女エリザベートの顔はもう知ってるが、コンラッド帝を見たのは初めてである。


 昔はイケメンだったんだろうなと思うロマンスグレーの老人だが、顔も手足も酷く痩せ衰えて皺だらけで、大きなベッドのような車椅子に静かに寝そべっていた。

 かつての勇者とはいえ、齢七十を超える爺さんだし、こんなものだろうか。もっと矍鑠かくしゃくとしてるかとも思ったんだがな。


「お祖父様は大儀であると言ったのです、無礼者!」


 コンラッドを守るように立った、青味がかったプラチナブロンドの皇孫女がそう言う。

 ちっこいくせに、こまっしゃくれている。


 まあ俺も大人だし、この程度で悪い気持ちにはならない。

 俺も勇者だの王将軍だのと言われるようになって、人から偉そうな態度をされることなんて久しぶりだ。

 それが精一杯背伸びをしている八歳の女の子の言いようならば、可愛らしく見えるというものだ。


「俺は皇帝の臣下ではない、せっかく助けに来てやったのにその態度は、そちらこそ礼儀を知らんと見える」

「それは失礼しました……。わたくしが、お祖父様に変わってお礼をいいます」


 小さい皇孫女は、俺の言い分を理解したらしく、ペコリと頭を下げた。

 やや気負いもあるが、良い子に育ってるじゃないか、その柔軟な態度には好感が持てた。


「素直でよろしいことだ。時間がないので、さっさと来てもらおう」

「しかし、お祖父様はこのようなお身体ですから」


「大丈夫みたいだぞ」

「あっ!」


 ヘルマンが、たった一人で大きな車椅子ごと老皇帝を抱えた。

 八人の兵士が、慌ててそれを支えようとするが、さっさと走って行ってしまう。


「ほら追いかけないと、なんならおぶってやろうか」

「いえ、わたくしにも足はあります」


 なるほど、子供の足ながらなかなか速い。長いスカートを手でたくしあげて、よく走るものだ。

 エリザベートは見た感じよりも、ずっと活発で聡明だった。こんな皇孫女が残っているなら、ゲルマニア帝国も先行きはそれほど暗いわけでもないのかもしれない。


 牢獄の尖塔から、秘密の地下通路はさほど距離があるわけではない。

 順調に行けば、やっかいな敵である拳奴皇ダイソンとぶつかり合うことなく逃げ切ることができるだろう。


「こっちがそうです」


 ヘルマンの案内で、秘密の地下道へと入る道が開かれた。

 どういう仕掛けになっているのか、所定の石像を何回か押すと、ゴゴゴゴッと音がして地下への階段が開くというRPGではおなじみの仕掛けである。


 リアルにそれを見て、俺は少し感動している。

 これうちの城にも作れないかなと思ってしまう、何の動力もあるように見えないのにどうやってこんな仕掛けができるんだろうか。

 こういうギミックならば、専門家のオラクルちゃんに相談すべきだな。


 そんな俺の感動を、邪魔する声がかかった。


「隠し通路、やはりそんなものがあったのか!」

「ダイソン!」


 拳奴皇ダイソンが、配下のモヒカン兵士を連れてやってきてしまったのだ。

 この最低なタイミング、もしかするとこっちの意図は読まれて泳がされていたのかもしれない。


 まあ、秘密通路とかお約束だもんな、バカでなければそういうのは疑う。

 そして、ダイソンもそうバカではないってことだろう。もしかしたら、ヘルマンが『オリハルコンの鎧』を持って逃げる当たりで察知されてたのかもしれないぞ、あいつは腹芸ができないから。


「お前たちは、陛下をお運びしろ。ここは私が食い止める!」


 部下の兵士に、車椅子を運ぶのを任せて、ヘルマンは『オリハルコンの大盾』を構えてダイソンに立ち向かった。

 一人で立ち向かって、老皇帝と皇孫女を逃がすつもりなのだろう。


 そうだな、俺の魔法銃ライフルは、ダイソンには通じないからヘルマンに任せた。

 そのかわり、俺はダイソンの周りの兵士を次々に、狙撃してやった。


 俺の連続射撃を受けて、悲鳴をあげてあたふたする敵の兵士。

 一応、頭を狙ってはいるが、連発してるので射撃の精度には欠ける。身体のどこかに当たればいいという感じだ。


 槍や剣を持って俺に近づく兵は、オラクルちゃんが衝撃波で吹き飛ばしてくれる。

 なかなか良い連携だ。


 ダイソン以外の兵士は、瞬く間に沈黙した。

 俺は魔法銃ライフルの弾倉を交換しながら、ヘルマンと戦っているダイソンに叫ぶ。


「さあ、どうする。もうお前だけだぞ拳奴皇!」

「ハッ、その程度の攻撃で崩れる惰弱な護衛なら、余には必要ない」


 俺の揺さぶりを、鼻で笑ってダイソンは、ヘルマンの構える『オリハルコンの大盾』を拳の力のみで圧倒した。

 ルイーズの剣戟ですら守りきった『鉄壁の』ヘルマンが、ダイソンとの激しい鬩ぎ合いのなかで、若干押されているように見える。


 それにしても、ゲルマニア皇帝は傲慢にならなきゃいけないってルールでもあるんだろうか。

 弱いながらも命がけで戦った兵士が苦しんでる最中で、そういう偉そうなことを言うダイソンには痛い目を見せてやらねば。


「ならば、一人ですべての攻撃を受け止めてみるがいい!」


 たった一人の男を相手に集中射撃とか、本来は悪役のやることだが、俺達は騎士じゃないし、なりふりなんて構わない。

 オラクルちゃんが衝撃波を浴びせて、俺も交換を終えた十二発の弾丸を全てダイソンのバカでかい肉体に叩き込んだ。


 ダイソンは、身体のバネをつかいものすごいスピードで後方に飛びながら、オラクルの衝撃波と俺の銃撃を『オリハルコンの手甲』パンチで正確に弾いていく。

 弾丸が一発も当たらないだと……にわかに信じがたいが、豪語するだけの実力はある。


「どうした、こんなモノで終わりか。では今度は、こちらから行こうか」


 ダイソンは、超高速で俺たちにタックルを仕掛けてきた。巨大な岩の塊が、飛んできたようなどうしようもなさがある。

 それでも俺は、オラクルを守らなければと思い、とっさに腰の『黒杉の木刀』を抜きながら、ダイソンの攻撃を真正面から受け止めた。


 何が起こったのかいまいちよくわからないが、目の前に火花が散ったと思うと、俺は吹き飛ばされていた。

 俺のとっさの斬りこみ。俺だって剣術は鍛錬を重ねているから、決して甘い斬撃ではなかったというのに、それをかわされた上に何発当てられたのかすらわからなかった。


 そう見えなかったのだ。これは、武器の違いではない。持って生まれた体格、才能や技術の差でもない。単純に速度の差だ。

 俺が毎日百回木刀を振るって満足している間に、この格闘家は一万回拳を振り抜いて鍛錬を重ねている。


 スピードは、積み重ねに絶対的な差を生んでしまう。

 刀と拳のリーチの差など、奴にとってはまったく支障にならないだろう。接近戦で戦っては、格闘家チートには勝てないとぶつかって確信した。


「カハッ」

「タケル!」


 膝をついた俺は思わず咳き込んでしまう、ダメージを受けてずっしりと重たくなった身体をオラクルちゃんに支えられて何とか立つ。

 胸が痛い、腹が痛い、肩が痛い。アーサマの加護と『ミスリルの鎧』に守られているはずの俺に、全身の骨が軋むほどのダメージを与えられた。


 たった一回の攻撃で、ここまでやるとは、勇者と魔王の力で増幅されたフリードレベルの接近攻撃じゃねえか。

 拳奴皇ダイソンは、何の力の補助もないはずなのに、本当にただの人間か。


「ほう、小癪な飛び道具に頼るだけの雑魚かと思えば、俺の圧殺拳プレス・アウトを受けて立ち上がれるのか」

「雑魚だと……」


 くっそ、そんな扱いを受けたのは久しぶりだぞ。

 だが力を見くびってくれてるなら逆に好都合だ、まだ最悪ではない。イマジネーションソードを出して正体を明かす段階ではない。


 それで確実に殺れたら良いが、こいつはまともにぶつかり合ってすぐに殺せる相手とは思えない。むしろ、こっちが力を見せると、さらに力を増して余計にやっかいになるタイプ。

 油断してくれているのなら、それこそがチャンスだ。付け入る隙になる。


「黒ローブの男。一応、名前を聞いておこうか」

「俺は流離いの黒銃士ドリフ・ガンナー。貴様のように、自分を最強だと思い上がっている奴が許せない質でな!」


 ダイソンは、ハハハッと声を上げて笑った。


「余が許せぬか……面白いことを言う。ではどうするのだ、流離いの黒銃士ドリフ・ガンナーとやら。どのような強力な武器を使おうが、どのような強力な防具で身を固めようが、飛び道具に頼る脆弱な精神の持ち主に余は倒せんぞ」

「ではこうさせてもらう!」


 俺はリュックサックと、魔法銃ライフルを背負うと、『黒杉の木刀』を握りしめて全力で走りこんだ。

 もちろん、ダイソンに向かってではなく、地下へと続く秘密通路の階段に向かって。


     ※※※


 逃げたのではない、戦術的撤退だ。

 俺の意図が、分かってくれたらしくオラクルちゃんも、ヘルマンも一緒に逃げてくれる。


 ヘルマンなど、『オリハルコンの大盾』で、拳奴皇ダイソンの丸太のような両腕から繰り出される、無数の圧殺拳プレス・アウトを受け続けて撤退するという神業をやってのけた。さすが、鉄壁の二つ名は伊達ではない。


「フハハッ、どうした、逃げてるだけでは勝てんぞ!」


 ダイソンは、ヘルマンを殴りまくりながら、楽しそうに俺たちを追い詰めてくる。

 ヘルマンは苦しげ眉間に皺を刻みながらに、それでも歯を食いしばってすべての攻撃を受け止めて耐え切った。


「よし、このあたりでいいだろう」


 俺が合図すると、ヘルマンはダイソンの攻撃を「うおおッ!」と、裂帛の気合を迸らせて押し返した。

 そこに、俺はまた銃撃を繰り出して、ダイソンを後ろに飛び退かせる。


「ハハハッ、そんな攻撃は無駄だと」


 ダイソンは最後まで言えなかった。


 いきなり、ボコッと地下通路の天井が陥没して、大量の土砂が怒涛のごとくダイソンの頭上に振りかかって行ったのだ。

 そして次に、激流がダイソンの立っていた位置に滝のように流れ落ちていく。その勢いは、まるで土石流である。


「よし、みんな撤退するぞ!」


 これで死んでいればいいが、人間離れしたあの肉体では、望み薄だろう。

 それでも、土石流に押し潰された中を進むということも、人間には物理的に不可能だ。


 ちなみに、地下通路が陥没したのは、オラクルちゃんの水流操作の魔法である。

 ちょうど、ダイソンが立っていた位置の頭上が、大量の水が張ってある城のお堀にあたる。


 これがカアラの言っていた、念のための奥の手である。

 帝城の地下通路はかなり広く、作られた年代も古い。彼女の推定によると十分に『迷宮ダンジョンとして使える』状態になっているとのことであった。


 そう、そこがダンジョンなら、オラクルちゃんは地中から吹き出て溜まっている魔素を使って、ダンジョンマスターとしての力を発揮できるのだ。

 普段はお風呂の水で遊ぶ程度の水流操作の魔法が、地下一階に当たるお堀の水をそのまま土台ごとぶちぬいて、地下二階の地下通路にまで流し込むほどの威力に変わる。


 こうして俺達は悠々と地下通路を進み、帝都の外まで逃げ切った。

 別にこっちは、拳奴皇ダイソンを倒さなくても、老皇帝と皇孫女さえ救えば、ミッション・コンプリートなのだからこれでいいのであった。

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