第118話「救出作戦」

 前回の拳奴皇ダイソンの演説のタイミングを狙った救出作戦は失敗に終わった。

 救出を焦る抵抗軍レジスタンスは、すぐにでも新しい作戦を決行すると言い出したが、ヘルマンから聞いたその計画は酷いものだった。


「帝城の前で騒ぎを起こして、裏から救出って、じゃあその騒ぎを起こした連中はどうなるんだよ」

「ゆう……いえガンナー様。既に皆、死ぬ覚悟はできてますゆえ」


 ヘルマンはそう言うが、下策も良い所だろう。

 陽動作戦は良い。俺もそうすべきだとは考えたが、囮が確実に死ぬような作戦は外道だ。俺が付いてる限り、そんな杜撰な作戦は許さないぞ。


「しょうがないな、カアラ。何か案はあるか」

「はい、国父様。アタシにお任せ下さい!」


 久しぶりに、カアラを策士として使ってみることにした。

 カアラはよっぽど嬉しかったのだろう、調子はずれの口笛を吹きながら、帝城の地図を書き始めた。軍師の威厳ゼロだから止めたほうがいいぞ。


「ツィターさん、皇孫女と皇帝が囚われているのはどこです」

「はいえっと、この裏側の尖塔から歌が聞こえてきたんですよね」


 そもそも、この救出部隊を結成することになったのは、楽士ツィターが皇帝たちが囚われている位置がわかったと帝国軍に直訴したからだ。

 宮廷楽士だった彼女は、クーデターが起こって帝城から追い出されても、未練があって帝城のお堀をうろついて居たそうだ。


 すると、裏側の帝城の尖塔から聞き覚えのある歌声が聞こえてきた。

 楽士ツィターが、直接お目通りしたときに教えた歌を、老皇帝と皇孫女が二人で合唱していたというのだ。


 敵に囚えられているのに、のんきに楽しく合唱なんて普通はあり得ないんだが。

 味方の救出を呼ぶため、それが無力な老皇帝にできる精一杯の努力だったのだろう。そして、それを偶然ツィターが耳にしたのだ。


 城の構造に詳しいヘルマンに聞くと、やはりそこに囚われている気配が濃厚だという。

 その尖塔は、牢獄として使われていたそうだ。軟禁ではなく投獄である。「仮にも皇族を獄につなぐとは、許しがたい暴挙だ」と怒っていた。

 それだけに、弱っている老皇帝の健康状態が気遣われる。一刻も早く救出したいというヘルマンたちの気持ちもわかる。


「ヘルマンさん、脱出経路はどこになりますか」

「それは……ここの隠し扉から地下通路を通って、堀の下を抜けて帝都の外に出れます」

「アタシに、もうちょっと詳細に構造を教えて下さい」

「詳細にと言われても……」


 さすがに皇室の最高機密となるので、ヘルマンもいいあぐねているが、どうもカアラに言わせると地下通路の大きさが大事な問題になってくるらしい。

 よく分からんがカアラに策を任せると言った以上、そのための材料は極力与えてやらなければならない。俺がヘルマンに言い添えて、思い出せる限り詳細に話させた。


 しかし、通路の直径とか長さとか、帝城の構造と地下通路との細かい位置関係、そして作られた年代まで聞いてるのが、何の役に立つのかはよくわからない。

 まあ、今回の策はカアラに任せたのだ。考えるのは、俺の仕事ではない。


 作戦を説明する際に、カアラがまず言ったのは「私とオラクル様は、空が飛べます」と言うことだった。

 当たり前のことなのだが、抵抗軍レジスタンスは、カアラとオラクルの実力を知らない。だから悲愴な作戦を立てたのだろう。


 カアラの作戦はこうだ、とりあえず夜陰に紛れて、大きな籠で全員を帝城の尖塔にあげて待機させる。

 そして、然る後にカアラが帝城の前で上級魔法を派手にぶっ放す。


 その混乱の隙に、尖塔から侵入して皇帝と皇孫女を助けだして脱出すればいい。

 カアラも騒ぎ回ったら、あとは夜陰に紛れて飛んで逃げて、合流するということだ。


「以上が、アタシの作戦ですがいかがでしょう、国父様」

「うん、いいんじゃないか」


 魔族らしい容赦ない作戦だ。

 カアラが暴れたくて仕方がないと言う感じが出てて好感が持てる、


「えっとあの、これにさらに追加するなら、作戦決行前に帝都の四方八方に放火して守備兵をさらに分散させるというのもあるんですけど」

「そこまでやったらクーデター軍と一緒になってしまうから、原案どおりでいいぞ」


 最初から、俺好みではない外道な策を言わないあたり、やはりカアラも成長してるなと思う。

 帝都には無辜の市民も、味方もいるのだから、無思慮な攻撃は避けたい。


「ヘルマン、こんな感じの作戦で良いかな」

「ハッ、ありがたき幸せ」


「バカ、頭をあげろヘルマン。俺とお前の仲じゃないか。助けるのは当然だ」

「ご助力、痛み入ります」


 皇家直属の守護騎士である『鉄壁の』ヘルマンが納得すれば、抵抗軍レジスタンスの面々も納得なんだろうけれど。

 その守護騎士に深々とかしずかれている、流離いの黒銃士ドリフ・ガンナーは何者なんだよって話になるから、あまり慇懃な振る舞いは止めて欲しい。


 しかしまあ、融通の利かないヘルマンに言っても詮無いことか。

 近衛不死団出身で、まったく世慣れしてない守護騎士に、腹芸を要求するほうが間違いというものだ。


 強大な力を持つ魔族を二人も使役している俺は、明らかに救出部隊から怪しまれているんだが。

 下手に身分を詮索されるよりは、むしろ怪しまれているぐらいでちょうどいいのかもしれない。


「ちょっと、待ってくれ!」


 若い騎士が、進み出て俺に声をかけてくる。

 確かこの人、隊長格だっけ。


「何か、策に不備な点があったかな。えっと……」

「ガンナー殿、挨拶が遅れた。俺は隊長のラハルト・ヴァン・レトモリエールだ。作戦は了解したが、帝城に忍び込んで救出するのに三十人全員で行くことはない。むしろ少人数のほうが都合がいいはずだ、この俺に兵を二十人くれ」


 えっと、名前にヴァンがついてるってことは一応、下級の貴族なのかな。

 帝国がこうなっている以上、貴族もクソもないんだが、意地があるんだろうなあ。


「ラハルト殿、死ぬような作戦は、さすがに認められないぞ」

「いや死にはしない、先ほどまでその覚悟もあるつもりだったが、ガンナー殿の作戦を聞いて考えが変わった。今から馬をかき集めて来て、帝都の門の前で騎馬隊による陽動を仕掛ける」


「なるほど、帝都の前で騒ぎを起こせば、あの拳奴皇だったらノコノコと見に来るかもな」

「もちろん、俺達だって生き残りたいから、あの化け物が来たらまともには相手をしないけどな。見たところ、ここの門の警備は厳重ではなかった、二十騎も居ればいい勝負ができるだろう」


 ふむ、騎兵隊とカアラの攻撃で、二重の陽動作戦か。

 悪くない陽動作戦だとは思える。


「終わったあとに、逃げるあてはあるのか」

「もともとここは帝国の土地だ、こちらの協力者の村はまだあるんだ、馬で一目散に逃げれば死ぬことはない」


 カアラも助かると言っている、ラハルト隊長の提案で、計画がより確実なものになりそうだった。

 俺はお願いすると、握手した。少しは抵抗軍レジスタンスの救出部隊と、俺も打ち解けられたかもしれない。


「俺は元々、将軍だったんだよ。シレジエの勇者との戦いでドジを踏んでしまって、後方に左遷されたんだが、人生はわからんものだ。それでシレジエ会戦に参加することなく助かってしまった。俺たち帝国抵抗軍の将軍である、マインツ前将軍もその口だ」

「なんだ『穴熊の』マインツが、貴君らの指揮官なのか」


 ラハルトという若い騎士隊長に、怪訝な顔をされた。

 しまった、今の俺は流離いの黒銃士ドリフ・ガンナーだった。マインツと知り合いだったらおかしいよな。


「ガンナー殿は、マインツ卿と知り合いなのか」

「いや、名前を聞き知っているだけだ。名将として有名だから」


「いや、マインツ卿は、凡将で余り有名ではないんだが……」

「まあ知る人ぞ知るって感じだよな」


 なんだか話が噛み合っていない。

 知らないで通せばよかった、余計なことを言うもんじゃないな。


「とにかくだ、俺は将軍としてあのシレジエの勇者と直接戦っても生き残った男である。戦に負けた不名誉は返上したいところだが、賊軍相手にこんなところで死にたくないという気持ちもあってな。騎士らしくはないと思うが」

「いや、それでいいんじゃないか。生きてこそ名誉回復もできる」


 それにしても、このラハルトという若い騎士、俺と直接戦ったというがどこで見たかな。ちょっと考えてみるが、思い出せない。

 緒戦の方だったのだろうか、将軍と名のつく騎士はマインツと姫騎士エレオノラ以外、たいていやっつけてしまったと思うのだが。


「シレジエの勇者の話ですか?」


 そんなことを思いつつ、ラハルトと話していると楽士ツィターがそんなことを言って話に入ってきた。

 いや、シレジエの勇者の話はしてないけどね。


 今その話を蒸し返さないでくれるか、もしかしたら俺のほうが覚えてなくてもラハルトが俺の顔を覚えてるかもしれないからね。

 ここで正体が割れると、面倒なことになりそうだったので俺は黒フードを目深に被りなおす。


「おうそうだ、シレジエの勇者と真っ向から戦って、生き延びた幸運な将軍は俺ぐらいな者だと言う話しさ」

「私、シレジエの勇者を讃える歌を、今作ってるんですよね」


 ツィターも、いまいち話が噛み合ってないよな。

 なんでゲルマニア人なのに、シレジエの勇者を讃える歌を作るのか聞いたら、個人的にファンなんでとか言われた。


「宮廷楽士を首になったから、吟遊詩人で儲けるつもりではなかったんだな」

「それもいいですね。陛下の救出作戦が終わったら、シレジエまで行って吟遊詩人をやるのもいいかもしれません。英雄譚の詩とか作ったら、きっとすごく受けますよね」


 確かにツィターは楽士としての才能はあるし、それはとてもいい身の振り方だと思うが、もういい加減その話から離れようぜ。

 そう思ってると、ツィターが急に気がついたように声を上げた。


「あっ、すみません。ラハルト隊長の前で、シレジエの勇者を讃えるとか、不謹慎でしたか」

「いや、構わんさ。敵国の将軍であったとはいえ、民に讃えられる勇者ではあるんだろう。佐渡タケルか……あのような伝説級の勇者と戦って負けたのであるから、俺も一人の騎士として悔いはない」


 なぜか遠い目をして、ラハルトは爽やかに笑った。

 かつての俺との戦いを思い出しているみたいな風なんだけど、やっぱりこいつの顔は思い出せないなあ。


「そうだ、不謹慎ではないぞ。いまやシレジエ王国も敵ではない。シレジエの勇者様は、我ら帝国軍に秘密裏にではあるが、協力してくれているぐらいである」


 おーい、ヘルマン。何言い出したお前……。

 ダメだこいつ、早く何とかしないと。


「そうだったんですか、ヘルマン様。あー、私わかっちゃいました!」


 ヘルマンの言うことを聞いて、ツィターが手を叩いて、嬉しそうに言い出した。

 おいこれ、俺の正体がバレたんじゃないか。あちゃー、もうこれしょうがないな。


「ガンナー様って、シレジエの勇者様が送ってくれた援軍なんですよね」

「えっ、ああ……」


 そう来たかって感じだ。

 まあそりゃそうだな、俺も曲がりなりにも王族なんだから、まさか直接本人が来るとは思わないよな。


「あれ、違いましたか。ガンナー様ってすごくお強いので、そうなんじゃないかなーと前から薄々は思ってたんですけど」

「いや、何と言ったらいいかな。まあそう考えてもいいが、そこら辺は微妙な外交問題になるので黙っておいてくれるか」


「あっ、すみません。機密ですね」


 ちょっと子供っぽいほっぺたをほころばせて、ぷっくらとした唇に人差し指を押し当てて、ツィターはアハハと笑った。

 本当に機密なんだよ、ヘルマンに最初に正体をバラしたのが、もう失敗だったけどね。あいつにも秘密にして変装すればよかった。


「よしじゃあ、作戦も決まったことだし、各自動くとしようぜ」


 みんなは立ち上がると、それぞれの準備を開始した。作戦は今夜、囚われている老皇帝と皇孫女が居ることを確認したのちに、決行の予定だ。

 全てが終わってから、カアラが何か含み笑いをしている。


「どうした、カアラ。まだ何かあるのか」

「はい、使う機会があるかどうかわかりませんが、念の為に内緒の秘策がございます」


 俺とオラクルに耳打ちして、ゴニョゴニョと説明した。

 ふうむ、俺が気が付かなかった奥の手まで用意していて感心した。いつもは頭脳チートすぎるライル先生の影に隠れて間抜けを晒してるが、ちゃんと策士できないこともないんだな。


 よくできたと、カアラの淡い金髪を撫でてやった。

 まあ、秘策なんて使わないに越したことはないのだが、あの拳奴皇ダイソン。思ったよりも、手強い相手だから油断は禁物。念には念を入れる、カアラは正しい。


     ※※※


「ツィター、この尖塔なのか?」

「ええここです、それでは歌ってみます」


 さらば さらば わが故郷

 故郷遠く 旅ゆく


 ツィターは、弦楽器で郷愁を誘われる旋律を奏でながら、澄んだ声で歌い始めた。こういう明るい曲も弾けるんだな。

 地方より帝都に向けて、弟子入りの旅に出た職人の歌。この国ではよく歌われるポピュラーな民謡だそうだ。


 いざ友にぞ 偲べ

 しばしの わかれ


 去りゆく故郷を職人が懐かしむ、単純な歌と旋律なのだが、さすがにプロが弾いて歌うとぐっとくるものがある。

 やがてツィターの美声に続けて、尖塔の窓からかすれた老人の声と、弾んだ張りのある女の子の声が聞こえてきた。


 さわば さらば わが故郷

 故郷いま わかれゆく


 本来はこれから帝都で頑張ろうという明るい歌なのだが、その歌声はまるで助けを求めるような悲しい声だった。

 「故郷いま、わかれゆく」そう歌う女の子の声は、「ここから早く助けだして」と、言っているように聞こえた。


「ガンナー様、やはりここに帝が居られます」

「そうか、ツィターご苦労だった。あとは俺たちの仕事だ」


 敵の兵士に怪しまれぬように早々に立ち去る。

 これで、こちらの準備は整った。今夜、夜陰に乗じて救出作戦を決行する。

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