第117話「拳奴皇ダイソン」
広場に張り出す帝城のバルコニーから、民衆に向けて宣言があると聞き、俺たちも広場に潜伏した。
拳奴皇軍の兵士たちが、帝城の前に集結して厳戒態勢が敷かれている。この分なら、帝城の後ろから強襲すれば行けると思うのだが、ヘルマンが嫌な予感がすると言い出して、拳奴皇の演説が始まったのを確認してからにすることになったのだ。
「ヘルマン、嫌な予感ってのは何なのだ。実は敵に救出作戦がバレていて、この拳奴皇のお触れ自体が罠だとかそういう」
「いや、そういうことではないのですが、騎士としての勘です」
ふうん、まあ分からなくもないな。
帝都に俺たちが侵入して、次の日に都合よく広場に集まるようにお触れが出るなんて、何か予想外のハプニングがあるかもしれないと疑うのも無理はない。
「よしヘルマンの勘を信じる。そういう慎重さが、お前をここまで生き延びてさせたのかもしれない」
「恐れいります」
何事もなければ、十分作戦を決行する時間は取れるだろう。
広場ではモヒカン兜を被った、拳奴皇軍の幹部兵士達が「ダイソン! ダイソン!」と声をあわせてダイソンコールをやっていた。
拳闘士のスター選手だった頃の慣例をそのままやっているのだろう。
やがて、民衆にもダイソンコールが広がっていく。
「ダイソン! ダイソン!」
オラクルちゃんがノリノリでやっているので、ビックリしたがよく考えるとやってないのはおかしいよな。
俺も拳を上げて、ノリノリでダイソンコールしてみた。
そして、その盛り上がりを見越したように、巨漢の半裸の男が猛る肉体を皇帝の証である貝紫色のマントに包んで現れる。
拳奴皇ダイソンが、マントを翻してバルコニーに姿を現しただけで、広場の群衆はヒートアップした。まるでいまから拳闘の試合でも始まりそうな雰囲気だ。
「あ、やっぱりダメです」
「どうした、ヘルマン」
「拳奴皇の隣に立たされているのは、皇孫女エリザベート殿下です。あれではご救出は無理です」
月の輪熊を思わせるほどの巨漢の拳奴皇ダイソンの隣に、可憐な幼女が立っている。
皇孫女エリザベート、まだ八歳の子供だ。小さい身体の腰まで青みがかったブロンドに、金のティアラを乗せて、豪奢な編み模様のついた純白のドレスを着せられてはいるが、その姿はあまりにも小さく幼気だ。
俺は双眼鏡で見ているからよく分かるんだが、皇孫女の幼い顔は青ざめて、硬く強張っている。今にも泣きそうな悲しみを堪えているような、子供のする顔ではない。よく見れば、皇孫女の後ろに槍を持った重装歩兵が並んでいる、脅されて立っているのだ。
皇族や王族が、政治の道具に使われるのは普通のことだと分かってはいるのだが、それでもたった一人の八歳の子供が、敵の大人に囲まれて晒し者にされていることを思うと、俺はとても気分が悪かった。
「やはりヘルマンの勘が的中したんだな。用心しておいてよかったじゃないか」
考えなしに帝城を打ち破ったら、老皇帝は救出できても、皇孫女の救出はできなくなるところだった。
チャンスは一回だけなのだ、一度失敗すれば今度は警備も厳重になるだろう。
老皇帝は、『オリハルコンの鎧』の借りもあるから、助けてやりたいとは思っていたが、こうして兵士に囲まれて顔を強張らせている子供の顔を見れば、皇孫女も助けてやりたいと思う。
まあ、警備が厳重でも子供一人助けるぐらいはできるかもしれないが、無事に救いだしてやりたいしな。
「ヘルマン、お前も撤収しろ。俺は一人で、拳奴皇の暗殺を狙ってみる」
「ゆう……いえ、ガンナー様とはいえど」
拳奴皇さえ倒せれば、指揮系統が混乱するし、より簡単に助け出せるはず。
いやそんな理屈は後付で、俺はダイソンのやりようを目の当たりにして、許せないと思えてきたのだ。
「無理と思うか。でも、試してみる価値はあるだろう。遠方から狙って狙撃してみるだけだ、ダメなら俺も撤退する」
「くれぐれも深追いしませんように、そこらの雑兵ならともかく、拳奴皇と直接戦うことになれば、貴方様でも危ういでしょう」
ハッキリ言ってくれるなと思ったが、ヘルマンは当てこすりを言うような男ではない。真剣に俺の身を案じて、忠告しているのだ。
俺も分かったと頷く。
広場の向かいの建物に、金を払って入れてもらうことにした。拳奴皇の演説を高みから見物しようと、物好きが登ってるらしいので、それに紛れて屋根の上まで登ることができた。
「さてと」
いつしか聴衆は静まり返り、拳奴皇ダイソンの演説は続いている。
その隆々たる化け物じみた肉体と、厳つくデカイ顔の割に、声は通りの良い涼やかな声だった。
だが奴の仁王が怒ったような凶暴な面をスコープ越しに見ている俺は、その声にゾッとするような冷徹さを感じる。
明らかにチートクラス。その静かなる声に秘められた、こいつは強いという実力がビンビンに伝わってくる。逆に言えば、俺もこの世界に様々な強者を見て、それが分かる程度には慣れてきたということか。
「……東の三王国は我が軍に友好の使者を送ってきた、ローランド王国並びにブリタニアン同君連合とも、停戦協定を交渉中である。無思慮な抵抗を繰り返す帝国貴族共は所詮弱卒であり、我が拳の前になすすべもなく押し返された。いまや、我ら新ゲルマニア帝国の覇道を阻むものはこの国に存在しない……」
俺は、遠距離用の、スコープを付けて狙う。グルーピングの調整がまったく出来てないのが不安だが、数発撃つチャンスはあるだろう。
初弾を外しても、撃ちながら調節すればいい。
それに、弓魔法を併用した
元の世界のライフルより、風の影響を受けにくいからより狙撃に向いていると言える。
「あとは俺の腕だな」
スコープで拳奴皇ダイソンを見ると、この距離からでもデカイなと思う。的がデカイってのはいいことだ。
ダイソンは、身長二メーター五十センチを超える化物だ。ヘルマンよりも巨漢な男は初めて見た、確かにこれは強いだろうなと思う。
ダイソンを見てまずビックリするのは、首の筋肉のデカさだ。
手足が丸太みたいに大きいのはまだわかる、図体が化物じみてデカイのもわかる。しかし、あの太い首の筋肉はどんな鍛錬を積んだら付くんだろう。
人間の肉体的弱点を、鍛えぬかれた筋肉で補強しているという感じだ。
「しかも、皇帝なのに上半身裸で、トレーニングパンツとか誰得だよ」
たぶん、下で喝采を上げている民衆や兵士が喜ぶんだろうな。
拳奴隷の皇帝なんて名乗っているのだ、そりゃ庶民派アピールはするだろうさ。
裸体でトレーニングパンツなのに、綺麗に刈り上げられたくすんだ茶髪のゴツい頭に、ゲルマニア皇帝の証である太陽を象ったギザギザの帝冠を乗せて、貝紫色のマントを張っているという無茶な服装。
それなのに、やけに似合ってやがる。まるで風雨に削りだされた巌のような風格のせいだな。
「シレジエ王国に負けるような犬にも劣る古い帝国軍は打ち払われて、我々最強の新ゲルマニア軍が新しい秩序をこのユーラ大陸にもたらすことになる。その時こそ、ゲルマニアの民が失った自信と誇りを再び取り戻し、勝利の栄光に輝くであろう!」
俺は、ダイソンの演説を聞いてつぶやく。
「いや、そうは言うけど、帝国軍強かったぞ」
ライル先生の策謀フル回転で、なんとか勝てたぐらいにこっちもギリギリだった。
フリードの留守中に、帝都を奪っただけの小悪党が何を言うかだ。
「先帝コンラッドに禅譲を受けた余は、このたびコンラッドの孫娘である皇孫女エリザベートと結婚することとなった。これで、余はゲルマニア帝国の正統なる後継ともなったのだ」
八歳の幼女と結婚とかマジで言ってるのかよ。あんな巨大な大男が、あんなちっさい女の子と結婚するとか。
聞いてると残酷な話なのに、賛同の声を上げている民衆の気持ちが俺には分からない。
まあ、結婚といっても、まさか本当に手を出すわけじゃないんだろうけど。
統治の正統性を得る上での、仮の話だよね。
「こっち見んな……」
なんだろう、
早く撃ってしまえと思うんだが、なかなか隙がない。
いや、隙とか関係無いだろう。遠距離からの狙撃なんだぞ、皇孫女に当たらないようにだけ気をつけて、頭を撃ちぬいてしまえば終いだ。
俺は悪い予感と恐れる気持ちを振り払い、気合の叫びを上げつつ引き金を引いた。
「ダイソン、奴隷が皇帝になる夢を見ながら死んでいくがいい!」
バシュッと音を立てて、弾丸はまっすぐにダイソンの大きな顔面に飛ぶ。
だが、信じられないことにダイソンのオリハルコンの手甲をつけた拳が、弾丸を弾いた。
攻撃を察知したというのか、この距離からの狙撃だぞ。
たまたま受けられたに違いない。
俺はもう一発の弾丸を撃ったが、頭があった位置に吸い込まれるように飛んだ弾丸を、今度は避けやがった。
まだだ、俺はさらに六発。今度は、狙いもほどほどに連発してみたが、全て『オリハルコンの手甲』によるパンチで弾かれてしまった。これはもはや、偶然避けたとか弾いたとかってレベルではない。
クソ、弾切れか……。
俺が弾倉を詰め替えようとしていると、ダイソンの声がこっちに響く。
「我らと敵対する者よ、余を殺しに来るのはいいぞ! 最強である者がこのゲルマニア帝国を治めるのだ、世界最強である余は、逃げも隠れもしない!」
ワーと、民衆の歓声があがる。何が世界最強だ、お前はどこのフリードだよ。ゲルマニア皇帝ってのはこんな奴ばっかりだ。
しかし、俺の狙撃は、結局のところダイソンの演説を盛り上げてしまうだけの結果となってしまったようだ。
ダイソンのこちらに向けた雄叫びで、遠距離攻撃されたということが分かってしまったのか、ようやく護衛の兵士が動き出して、こっちに向かってくる。
「時間切れだな、作戦失敗か……」
スナイパーは、位置がバレたらお終いである。これ以上の深追いは危険だ。
俺は、建物の天井から飛び降りて、その場を逃げ去った。
逃げながら考える。格闘家チートの力を見誤ったのが、失敗だったのだろうか。
例えば合気道の創設者、植芝盛平は六人に囲まれて拳銃による同時集中射撃を受けたが、狙撃手を投げ倒して囲みから抜けたという伝説がある。
植芝翁いわく「光の筋を避けると、一瞬遅れてその筋に従って銃弾が飛んできた」というのだ。
まるでニュータイプだが、研ぎ澄まされた感覚の世界とはそういうものだ。俺も極限の戦闘で、何度か時間の感覚が変わった経験をしているので、わからないほどではない。
狙撃手の殺気を肌で感じて、魔法や銃撃による射撃を弾いたりかわしたりできるチートレベルの格闘家はリアルに存在するのだ。
だとすれば、
失敗ではあるが、無駄ではなかった。
相手の力の程が、本格的な戦いの前に知れたということには意味がある。単純な狙撃が通じないなら他の攻撃も織り交ぜて叩けばいい。
「見ていろよダイソン、次こそ息の根を止めてやるぞ」
俺は隠密効果のある黒ローブに身を包んで裏路地を抜けて、敵の追手を撒いた。
これで、表面上はクーデター側に付いていて特別扱いされている新教派の教会に逃げ込めば捕まることはない。
しかし、銃撃による暗殺をしかけて失敗とか。どちらが悪役か分かったものじゃないなと、俺はさすがに苦笑した。
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