第112話「姫騎士再び」

「姫様、いきなり何をなさるんですか!」


 執事騎士セネシャルカトーが、血相を変えて間に飛び込んでくる。

 せっかく穏やかな顔をしていたのに、やっぱりこの銀髪の老紳士の苦労は死ぬまで絶えないらしい。


「結構な、ご挨拶だったなエレオノラ……」


 俺の言葉に、エレオノラは勝ち誇った様子で燃える手甲を見せつけた。

 いきなり殴りつけた釈明などないのだ、分かってたけど。姫騎士が口を開かなくても顔を見ただけで、「斬られないだけマシと思いなさい」とか考えているとすぐわかる。


 本当に、姫騎士なんてとんでもない存在と、嫌な感じに因縁浅からぬ仲になってしまったものだ。

 こういうことは、後悔したときには遅い。


「ゆ、勇者様申し訳ございません。最近は大人しかったもので姫様の粗忽は治ったと思って油断しておりました! このカトー、一生の不覚でございます」


 カトーさんが直立した姿勢から、ものすごい鋭角な角度で頭を下げた。斜め七十五度だ。

 年寄りとは思えない身体の柔らかさに圧倒されて、俺は即座に姫騎士の無礼を許すことにした。


「いや頭をあげてくれカトーさん、姫騎士にこうされるのは初めてではない」


 本来ならとんでもない外交問題のはずだが、思えば俺も敵同士だったころに暇つぶしにエレオノラを散々いたぶったこともあったしな。

 出会い頭に一発をもらっても、しょうがないと言える。


「あら、殴り返してもこないし、文句すら言わないのね。さすが王配に成られたお方は寛大と言ったところかしら」

「エレオノラ、いい加減にしないか」


 エレオノラの父親のエメハルト公が、後ろから窘めた。

 さすがに、父親に怒られるとお転婆姫もバツの悪そうな顔をしている。


「王将軍閣下、申し訳ございません。我が娘は甘えておるのです。閣下が、結婚したのが気に食わない様子で」

「なっ! お父様何を言ってるんですか、そんな嫉妬に狂った女みたいな、全然違います。私と勇者は、宿命のライバルで!」


 さっきまでいい笑顔で人の腹にパンチを繰り出していた公姫が、顔を真赤にして父親に食って掛かっている。

 いつからエレオノラと俺は宿命のライバルになったんだ。


「ハハハッ、意地っ張りなお前のことは、お父さんがよく知ってるからな」

「もう、お父様は全然分かってらっしゃらないわ!」


 俺の疑問を他所に、やたら美形な父と娘は、じゃれあっていた。切れ者のエメハルト公は、ダメ娘の前になると途端に威厳がゼロになって、ただのダメな父親になる。

 そこに時折、執事のカトーさんが口を挟んで、場を和ませる。


 俺と、守護騎士ヘルマンは、しれっとした顔で見ているだけだった。


 このアムマイン公爵家の安いホームドラマをほどほどで止めて、早く夕食にして欲しいんだが、客の立場では言い出すこともできず。

 俺たちは、アンティークの置物の一部みたいに無口なメイドが、何杯でもおかわりを淹れてくれる紅茶を、口の中が渋くなるまで飲み続けるしかなかった。


     ※※※


 ようやく夕餉の時間となり、ランクト城の食堂に通される。

 さて、見せてもらおうか大富豪のディナーとやらを。


 アーチ型の大理石の柱が壮麗なホールに立ち並び、天井の黒くてずっしりとしたオーク材の欄干に支えられている。

 縦溝彫りのクリーム色の壁には、突き出し燭台が立ち並び、昼間とほぼ遜色がないほどに明るく煌々と辺りを照らし続けている。


 文明シビライゼーションは、受け継がれていく灯火ともしびという言葉がある。

 だとすれば、眩いばかりに美しい絢爛豪華なランクト公の城こそが、この世界における最も優美な文明の灯火なのではないだろうか。


 こんなだだっ広いダイニングホールで食事なのか、落ち着かないなと心のなかで悪態つきながらも。

 シレジエの王城ですら足元にも及ばぬ栄華には、どうしても圧倒されてしまう。この豪奢を作り維持していくのに、どんだけ手間と金がかけられているのか。


 しかも、見せびらかすようなところがない。貴重なマホガニー材の机にしても、そこに並べられた、白磁器の皿や、銀の燭台や食器に至るまで、ごく自然なのだ。

 例えば夜中にも煌々としたコンビニの明かりに驚かされるのは、田舎者だけだろう。輝きに満ちた生活を送るランクト公爵とその娘は、この世界における洗練された都会人なのだ。


 だだっ広いホールで、俺とヘルマンとオラクルちゃんとおまけにカアラ、あと公爵家の父娘。六人での食事だが、メイドや執事たちがたくさんいて給仕してくれるのでまったく寂しい感じはしない。

 ホールの奥にある、はめ込み式の暖炉のマントルの上に掲げられた、ランクト家の緋色の鷹の紋章を見て、俺はため息をついた。


 毎回来るたびに、ランクトの街の文化を少しでも吸収してやろうとは思うのだが。

 こんな金をかけた豪奢なやり方は、もったいなくて真似できないな。


 もちろん、無駄金を使っているわけではない。エメハルト公が、芸術・文化に湯水のように金を使うからこそ、ユーラ大陸中の芸術家たちがこぞってこの街に集まり、結果として都市で花開いた芸術・文化が、また世界に循環して金を生むのだ。

 これは単なる奢侈しゃし趣味ではない、きちんとした投資なのだ。


 しかしそれは、百年単位でやらないと利潤を生まない投資である。

 そこら辺も含めて、真似できぬことだ。代々の貴族権力は腐敗の原因にもなるが、芸術・文化の守り手としての役割をきちんと担っているとも言えるのだろう。


 さて、料理だが。てっきりずらずらと豪華な料理が並ぶのかと思えば、まずメイドに飲み物は何が欲しいかと聞かれる。


「えっと、何があるんですか」

「なんでもお好きなモノを」


 居酒屋さんみたいだが、メニューはない。

 つまり、なんでも出せると言っているのだ。


 俺は蜂蜜酒ミードを、ヘルマンは冷えた麦酒エールを所望する。オラクルちゃんたちは、葡萄酒ワインを頼んでいた。

 すると待たされることなく、口当たりのよい飲み物が、摘みの胡桃のビスケットやひよこ豆を炒ったものと一緒に出てくる。


 前菜には同じサラダとポタージュが出てきたが、メインの料理もやはり自分でセレクトできるらしい。

 なるほど、押し付けがましくやたらご馳走を並べられるよりも、洗練されている。


「お食事は、何かご希望のものがございますか」

「うーん」


 なんというべきか悩んでいると、エレオノラが「勇者は私と同じ物を食べると良い」と言い始めた。

 じゃあそれでと言うと、エメハルト公がそれでは粗餐になりすぎると、自分と同じ魚料理を頼んでくれた。


 蜂蜜を塗ってケシの実を注ぎかけたヤマメ。

 わりと普通の魚料理だなと思ってナイフで身を崩してみると、ヤマメの内臓を抜いて詰め物をして味付けしてある手が込んだものだった。味も申し分ない。


 さて、エレオノラと同じ料理というと、これがまた意外なもので、ソーセージと黒パンだったのだ。

 ゲルマニア地方のごくごく庶民的な食べ物である。もちろん俺の口にはよく合う。カリッとした食感のソーセージを食べてるうちに、肉料理系を遠慮無くガツンガツン食べているヘルマンのように、麦酒エールが欲しくなって頼んだ。


「やっぱりね。王様になったからって変わらないのよ。勇者は、戦場を常に駆け巡ってるから、こういうものが口にあってるのよ」

「確かに気取った料理よりは、こんな食事のほうが好きだが」


 エレオノラはやけにしたり顔で言うので、少し不思議になって聞いてみると、戦士の修行として、戦場で兵士が食べているのと同じ物を食べて鍛えているのだと自慢げに言っていた。

 この感覚のズレってなんなんだろうな。


「エレオノラ……」

「んっ、どうしたの?」


 ソーセージを旨そうに頬張っているエレオノラに余計なことをは言わないことにした。きっと本人は、戦場で戦う一兵士を思って、ワイルドな気分になっているのだろう。

 やっぱり、エレオノラはどこでも将軍扱いだから、実際の兵士の食生活を知らないのだなあ。


 兵士だって小麦のパンが食えるときは、わざわざ黒パンを食べたりしないし、彼らが戦場で食べているパンは、白だろうが黒だろうが乾燥した硬いパンだ。

 しかも粗い石臼挽きだから、小石が混ざっていてガリガリしていたりする。


 エレオノラに出されているライ麦パンは、丹念に作られた贅沢品でしかも焼きたてのものだろ。

 俺の感覚からいくと、高級ベーカリーでしか食べられないもので、食パンよりよっぽど高級品だぞ。


 しかも、この銀の網の上でジュウジュウと良い音を立てて焼かれているソーセージのほとばしる肉汁、香りの高さはなんだ。

 良い豚使ってますねとしか言いようが無いし、香りづけに香草とハーブが詰めてあるよな。高価な胡椒もマスタードもふんだんに使って、その上、焼きたてのソーセージに付け合わせの新鮮なアスパラガスが添えられるとか、戦場食では絶対にありえないだろう。


 ふむ、ソーセージも良いが。


「もしかして、ベーコンとかもある?」

「すぐお焼きします」


 本当になんでもあるんだな。

 この分だと、マンガ肉を注文しても出してくるんじゃないだろうか。


 ちなみに俺も作ったことがあるが、マンガ肉は豚の太ももを使った古代のハムの製法だったりする。

 もっと言うとオーク肉のほうがしっかりと骨が発達しているので、骨付き肉は作りやすかったりする。


 ベーコンも美味い、故郷で食べ慣れている懐かしい味に舌鼓を打つ。麦酒エールも美味いし、こうなるとジャーマンポテトにして食べたいところだが、ジャガイモはまだこの世界のゲルマニアには伝来していないので残念。


 上質なライ麦パンに挟んで食べると、ソーセージやベーコンの旨味と良くあった。

 こんな楽しい食事は久しぶりだ、これも一つの贅沢だなと思う。


 エレオノラは戦場食を食べてると自慢気だし、エメハルト公は、どうしようもない娘の変わった粗餐に付きあわせてしまって申し訳ないと謝ってきた。彼らは、これで質素な食事をしているつもりなのだ。

 やっぱり、この世界的な富豪の親子はどこかずれていると、食後のコーヒーと白桃のデザートをいただきながら、俺はため息がでる思いだった。


「王将軍閣下、ふつつかな娘ですがよろしくお願いします」

「うむ……」


 エメハルト公に、いまさらよろしくと言われても遅いような気がする。

 姫騎士に面倒をかけられるのは、もう毎度のことなのでもう諦めてるよ。


 捲土重来を狙う帝国軍の残党と、諸侯連合の連携について相談すると言うので、俺はカトーさんに案内されて、自分に割り当てられた部屋に行って休むことにした。

 オラクルちゃんが愚図ったが、さすがに他人様の城で精気を吸われても困るので、違う個室で寝てもらった。


 客間にしても、立派な部屋を割り当ててもらったものだ。

 天蓋付きの豪華なベッドは、確かに一人寝にはちょっと大きすぎる。


「しかしまあ、単身赴任の寂しさを味わうのも乙なものか」


 六人もの妻を持つ身だ。むしろ、この久しぶりの孤独感は貴重なものかもしれない。

 ベルベットのカーテンを開けて、城の窓の眼下に広がる、眠らない街ランクトの繁栄を眺めながら、気分を出してみる。


 すると、ノックの音が聞こえた。


「まさか、専門のメイドが夜伽にくるとか……」


 ちょっと、イケナイ想像を働かせて見たが、そんなわけないな。

 部屋を訪ねて来たのは、色気もなにもない『炎の鎧』に身を包んだままの姫騎士エレオノラだった。


「なんだ、エレオノラか」

「なんだとはなによ!」


 なんだか喧嘩腰だな。いまさら、勝負のやり直しとか面倒なんだけどなあ。

 もう寝ようと寝間着に着替えたところだったんだが、この城は彼女のホームなので応対しないわけにはいかない。


「それで、どうしたんだ」

「あんたとは、勝負の決着がまだついてなかったから」


 やっぱりか。

 素直な女だ、どうしてこうも『そのまま』なんだろうな。何回注意したかわからないけど、少しはひねってこいよ。ワンパターンすぎるんだよ。


「しかし、部屋の中で殴り合いはさすがに、ってお前何を脱いでるんだよ!」

「はぁ、脱がないとできないでしょう」


 頬を赤らめながら、『炎の鎧』を外して見せた。

 エレオノラのフルプレートメイルは不思議な構造になっていて、脱ぐと下は肌着しかつけてないのだ。


 いや、ひねれとはいったが、そんなひねり方をしろとはいってないだろ!

 しかもなんだ『できない』ってどういうことだ、なにをするつもりなんだ。


 エレオノラが身につけている下着は、網目模様も細やかなデザインの赤いブラシェールにパンティーだった。

 さすがエレオノラお嬢様は、良い物を付けていらっしゃる。なんて言ってる場合ではない。


「あっ、そうか。これはもしかするとモテ期ってやつか?」

「はぁ?」


 聞いたことがある、一説に言う、『男は結婚するとモテる』というアレか!

 そうだよなあ、一気に六人の嫁さんができた男が、モテないわけがない。


「エレオノラも俺の秘められた魅力にメロメロになってるということなのか、これは困った……」


 やばい、どうしよう。単身赴任中に浮気なんて、俺にこんなイケないイベントが起こるとは。

 確かに、エレオノラはどうしようもない姫騎士だが、黙って一切動かなければ美少女とはいえる。このチャンスを……いや、チャンスとか言ってちゃいかーん。浮気はまずい、誘惑には負けてはいかんぞ。最近俺は調子に乗ってるから、不心得なことをしては絶対反動が来る。これは、明らかに罠、美人局だ。バッドエンドルートだ、悪魔マーラよ、去れ!


「あんた何ブツブツとバカなこと言ってんのよ、私は勝負の続きをしにきたのよ!」

「はぁ、勝負ってなんだよ」


 突然、ストリッパー勝負か。ならお前の勝ちでいいが。


「白塔での決闘の続きよ。あんたがくすぐってきて、そこで引き分けになったじゃない」

「えっ、お前あれを未だに引き分けと捉えてるの?」


 何この子怖い。

 聞くのが怖いんだが、もしかするとその前の敗北も、スパイクの街で決闘に負けたのもノーカンにするつもりか。


「だって私は、負けましたなんて言ってないもん!」

「言ってないもんじゃないだろ、お前はあのとき失神しただけじゃなく失禁」


 うわ、まずい。

 これは失言したな。エレオノラが、怒りの形相になって拳を振り上げた。戦闘不可避だ。


「うああぁぁぁあああ、それは忘れろぉぉ!」


 羞恥に顔を真っ赤にした、下着姿のエレオノラが、殴りかかってきた。

 勝負はいきなり、真夜中の拳闘ボクシングへと移行したようだった。

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